副キャプテン 辰馬   作:匿名希望のぽっちゃり

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逆境の笛

 

 

日本ボールで、試合が再開された。

 

センターサークル付近でボールを受けた翼は、軽く視線を走らせる。

その動きに合わせるように、岬が自然と横へ流れた。

 

――来る。

 

フランス守備陣が身構えた瞬間、翼はワンタッチで岬へ横パス。

受けた岬も、止めない。すぐさま、再び翼へ。

 

横、横、横。

 

まるで糸で結ばれているかのようなテンポのパス交換。

ゴールデンコンビの連携が、フランスチームの守備ブロックを少しずつ、だが確実に崩していく。

 

「速い……!」

 

「ついていけないぞ!」

 

フランスDFが声を荒げる。

 

翼は再びボールを受けると、ドリブルで一歩前へ。

その瞬間、岬が斜めに走り込み、相手ディフェンスを引き連れる。

 

「今だ!」

 

岬から、絶妙なタイミングでラストパス。

 

翼は迷わず、右足を振り抜いた。

 

「ドライブシュートだ!」

 

スタンド、日本ベンチ、フランス選手――

誰もがそう思った。

 

だが――

 

(……うん?)

 

その“違和感”に、いち早く気づいたのは辰馬だった。

 

(フォームが、違う)

 

軸足の置き方。

インパクトの瞬間の足首の角度。

 

(ドライブじゃない……!)

 

次の瞬間。

 

ボールは一直線にゴールへ向かうかと思われたが、

途中からわずかに、しかし確実に“滑るように”落ち始めた。

 

「なっ――」

 

それは、ほんの数分前。

 

ピエールが放った――

スライダーシュートそのものだった。

 

日本のサッカー小僧は、

他人の技を、自分のものにする。

 

ゴール前で急激に変化するボールに、フランスGKは反応が遅れる。

 

「くっ……!」

 

ボールは、ゴール右ポストを――

 

カンッ!

 

乾いた音を立てて弾かれ、ゴールラインを割らずに転がった。

 

「危ない!」

 

フランスDFが慌てて駆け寄り、サイドラインへ大きくクリアする。

 

スタジアムが、どよめいた。

 

「今の……」

 

「ドライブじゃなかったぞ……?」

 

ピエールは、呆然とその光景を見つめていた。

 

「なにぃ……!」

 

信じられない、という声。

 

「俺の……スライダーシュートだと!?」

 

目を見開き、拳を握り締める。

 

(嘘だろ……)

 

あの技は、

今大会のために、何度も何度も失敗し、身体を痛めながら完成させたものだ。

 

(それを……一度見ただけで……?)

 

ピエールの胸に、強烈な衝撃が走る。

 

(俺が、苦心して作り上げたスライダーシュートを……いとも簡単に……)

 

ショックは、想像以上に大きかった。

 

一方、ピッチの後方でそれを見ていた辰馬は、冷静だった。

 

(……わかるぜ、ピエール)

 

必死に練習した“切り札”を、

まるで自分のもののように使われる――その感覚。

 

(精神的に、かなりキツいよな)

 

辰馬は、ちらりと翼を見る。

 

(それとも……)

 

(翼は、無意識か? それとも――)

 

(敵の“精神面”を削りにいってるのか?)

 

そこまで考えて、思わず苦笑する。

 

(だとしたら……かなり性格悪いぞ、日本のエース)

 

だが、それもまた“勝つため”の力だった。

 

「おしい! おしいぞ翼!」

 

石崎が頭を抱える。

 

「惜しかったな!」

 

日向も悔しそうに舌打ちする。

 

翼は軽く息を整えながら、振り返った。

 

「うん……でも、まだいける」

 

その目に、迷いはない。

 

コピーは、始まりにすぎない。

次は、進化だ。

 

フランスチームは気づいていた。

 

――この男を、止めなければならない。

 

だが同時に、

止める術が、見えなくなりつつあることも。

 

試合は、確実に――

日本の流れへと傾き始めていた。

 

 

 

 

日本ボールのスローイン。

 

タッチライン際で岬がボールを受けると、すぐさま翼へ。

翼はワンタッチで前を向かず、再び岬へ返す。

 

――来た。

 

ゴールデンコンビの呼吸が合った瞬間、フランスの守備が一歩ずれる。

 

その“わずかな隙”に、岬は縦へ差し込んだ。

 

「小次郎!」

 

ボールは日向小次郎の足元へ。

 

受けた瞬間、日向は考えない。

突っ込む。

 

「うおおおっ!!」

 

力任せとも言える直線的ドリブル。

フランスDF二人が挟みにくるが、日向は肩で一人を弾き飛ばし、もう一人を強引に押し退ける。

 

「止まらねぇ……!」

 

だが、その前に――

 

「そこまでだ」

 

鋭い声とともに、日向の足元からボールが消えた。

 

「なにっ!?」

 

奪ったのは、フランスの司令塔・ピエール。

 

正面から、真正面。

日向の“力”を、“技術と読み”で切り裂いた。

 

ピエールの目が、完全に変わっていた。

 

(スライダーシュートを真似された借りは……)

 

(倍にして返す! 大空翼!!)

 

表情に迷いはない。

 

フランスベンチがざわめく。

 

「ピエールが……」

 

「本気になった……!」

 

監督の声には、驚きと同時に、どこか安堵すら混じっていた。

 

ピエールは一気にゴールへ向かう。

 

マークにつく岬が全力で寄せる。

 

「止める!」

 

だが――

 

ピエールのドリブルは、これまでと違った。

 

技巧派のそれではない。

日向に匹敵する、直線的で荒々しい突進。

 

身体をぶつけ、肩で押し、反則ギリギリのラインを踏み越える。

 

「くっ……!」

 

岬の身体が弾かれる。

 

「うわぁ!」

 

倒れかけた岬を横目に、ピエールは止まらない。

 

(これで反則じゃないのか!?)

 

後方で見ていた辰馬の胸に、焦りと疑問が一気に湧き上がる。

 

(さっきのプレイと同じじゃないか……!)

 

翼が駆け上がる。

 

「俺がマークに行く!」

 

正面衝突。

 

ピエールと翼、互いにボールを蹴り合う形で激突する。

 

ガンッ!

 

鈍い音。

 

ボールは大きく、空中へ。

 

「……!」

 

反応したのは、ピエールだった。

 

翼より、ほんの一瞬早く跳び、

身体を捻りながら前線へ蹴り出す。

 

視線の先――

 

ナポレオン。

 

(ナポレオンには早田がついてる……)

 

(ペナルティエリア内だ、ファウルにならなければ……!)

 

辰馬は叫んだ。

 

「気をつけろよ! 早田ぁ!!」

 

ペナルティエリア内。

 

空中で、ナポレオンと早田が激しく競り合う。

 

ドンッ!

 

身体と身体がぶつかり、ボールはこぼれる。

 

若島津が素早く飛び出し、しっかりとキャッチ。

 

「よし!」

 

だが――

 

その瞬間。

 

早田の肘が、ナポレオンの顔に当たった。

 

「ぐっ……!」

 

笛が、鳴る。

 

――ピッ!!

 

スタジアムが一瞬、静まり返った。

 

(ファウルは……仕方ない)

 

辰馬は歯を食いしばる。

 

(だが……カードは……)

 

主審が、早田に歩み寄る。

 

そして――

 

イエローカード。

 

「……!」

 

すでに一枚もらっている早田は、理解した瞬間、顔色が変わった。

 

主審は、迷いなく――

 

赤。

 

「なっ……!」

 

「退場……!?」

 

翼が駆け寄る。

 

「待ってください!」

 

声を張り上げる翼は、完全に怒っていた。

 

「ファウルになるのはわかります! でも彼は故意じゃない!」

 

「退場は不当です!!」

 

辰馬も一歩前に出る。

 

「なら、先ほどのピエールのプレイもファウルになるはずでしょう」

 

声は冷静だが、抑えきれない苛立ちが滲む。

 

主審の顔が歪む。

 

「まだ言うのか!?」

 

「審判の判定は絶対だ!!」

 

翼は引かない。

 

「間違っていることは、間違っている!」

 

次の瞬間。

 

主審の手が、再び上がった。

 

イエローカード。

 

「……!」

 

キャプテン翼にも、警告。

 

スタジアムは――

フランス人観客の大ブーイングに包まれる。

 

怒りで一歩踏み出しかけた辰馬。

 

「審判が絶対だからってなぁ……」

 

だが、その言葉を遮ったのは――

 

「もう、いい!!」

 

早田だった。

 

「翼、辰馬……」

 

「お前たちまで退場になったら、試合にならねぇ……」

 

歯を食いしばり、早田は背を向ける。

 

そのまま、グラウンドを去ろうとする。

 

ラインを跨ぐ、その瞬間。

 

「早田!!」

 

辰馬の声。

 

振り返る早田。

 

(辰馬……)

 

悔しさを押し殺しきれない表情。

 

辰馬は、強く言い切った。

 

「お前が受けた借りは――」

 

「俺たちが、必ず倍にして返す!」

 

「だから、任せろ!」

 

その言葉に、仲間たちが無言で頷く。

 

早田の目から、涙が溢れた。

 

(……すまない)

 

(辰馬……みんな……)

 

前半11分。

早田誠、退場。

 

まだ、前半は始まったばかり。

 

10人となった日本代表は、

数的不利という重圧を背負いながら、

残り時間を戦わねばならなくなった。

 

一度は握ったはずの主導権が、

ゆっくりと――確実に――

日本の手から零れ落ちていく。

 

 

試合は、ここからが――

本当の地獄だった。

 

 

早田がピッチを去った直後。

日本代表の輪の中心で、友坂辰馬は一人ひとりの顔を見渡した。

 

怒り、悔しさ、戸惑い――

誰の表情にも、それがはっきりと浮かんでいる。

 

辰馬は、あえて肩の力を抜くように言った。

 

「……退場になっちまったもんは、しょうがない」

 

一瞬、沈黙。

 

「切り替えるしかないな」

 

その言葉に、松山が低く応じる。

 

「ああ……だが、どうすればいい?」

 

DF陣の間に、不安が波紋のように広がる。

一人少ない。しかも相手は開催国フランス。

主審の判定も、すでに不穏な色を帯び始めている。

 

辰馬は冷静に状況を整理する。

 

「守りに重きを置きつつ、カウンター狙い……それくらいしか今はないな」

 

視線をスタジアムの時計に向ける。

 

「ハーフタイムまで、あと二十分。

 それまでダメージを最小限に抑えて、後は監督の修正に期待だ」

 

松山は短く息を吐いた。

 

「……やはり、それしかないか」

 

だが、日向小次郎が噛みつくように言う。

 

「けどよ、守ってばっかじゃ勝てねぇだろ!

 早田の借りも、返せなくなる!」

 

辰馬は、力強く頷いた。

 

「ああ、わかってる」

 

そして続ける。

 

「だからこそ、前の人数はこれ以上減らせない。

 ピエールのマークは引き続き岬。

 ナポレオンは……」

 

一瞬だけ考え、井沢を見る。

 

「井沢、やれるか?」

 

井沢は即答した。

 

「ああ、任せてくれ」

 

翼も大きく頷く。

 

「うん。今は辰馬くんの判断でいこう」

 

キャプテンの賛同に、チームの空気がわずかに締まる。

 

辰馬はさらに、声を低くして釘を刺した。

 

「それから……これから先、日本に不利なジャッジが続く可能性もある。

 全員、頭に入れておこう」

 

「えっ……そんなことあるのか?」

 

石崎が思わず声を上げる。

 

「信じたくはないけどな」

 

辰馬は肩をすくめる。

 

「審判も人間だ。

 ここはフランス、しかも主審は欧州の人間。第三国とはいえ、偏りが出ても不思議じゃない」

 

翼が少し俯く。

 

「……俺の抗議のせいかな」

 

周囲が一斉に翼を見る。

 

だが辰馬は、はっきりと首を横に振った。

 

「いや、それだけじゃない。

 その前から、流れはあった」

 

「翼のせいじゃない。気にするな」

 

その言葉に、翼は小さく息をついた。

 

辰馬は最後に、若島津を見る。

 

「PKになったら……結果はどうあれ仕方ない。

 DF陣は詰めを徹底。

 あとは――若島津、頼む」

 

若島津は、拳を強く握った。

 

「はい!

 何としても止めてみせます!」

 

だが――

 

現実は、非情だった。

 

PKスポットに立ったのは、フランスのキャプテン・ピエール。

 

スタジアム全体が息を詰める。

 

笛が鳴る。

 

ピエールは、助走から一切の迷いを見せなかった。

軸足のつま先は右を向く。

 

(右か……!)

 

若島津は、わずかに重心をずらす。

 

――その瞬間。

 

ピエールは、軸足の向きとは逆、

ゴール左隅へ、鋭くボールを流し込んだ。

 

若島津の身体は、完全に逆を突かれていた。

 

「……っ!」

 

ネットが揺れる。

 

膝をつく若島津。

拳が芝を叩く。

 

「くそ……!」

 

すぐに日向が駆け寄った。

 

「気にすんな、若島津!

 PKだ、仕方ねぇ!」

 

そしてボールを抱え上げ、仲間を見回す。

 

「早田の分まで、やるしかねぇだろ!」

 

「いくぞ、みんな!!」

 

「おう!!」

 

だが、スタジアムを包むのは――

圧倒的なフランスコール。

 

青一色の観客席。

日本にとって、これ以上ないほど戦いづらい空気。

 

辰馬は、胸の奥に重たいものを感じていた。

 

(……やるしかない)

 

(だが、この雰囲気……)

 

(やばいな)

 

空気が重い。

ただの心理的圧迫ではない。

 

身体まで、引きずられるように重く感じる。

 

(空気だけじゃない……)

 

(みんな、きついだろうな……)

 

視線の先で、フランスの選手たちは自信に満ちている。

 

そして、スコアボードが静かに示す現実。

 

日本 1 ― 2 フランス

 

前半、まだ半分も終わっていない。

数的不利、逆転、アウェーの空気。

 

日本代表は、

この最悪の条件すべてを背負いながら――

ここからの時間を戦うことになった。

 

それでも、辰馬は前を向く。

 

(ここからだ)

 

(ここを耐えきれなきゃ……)

 

(世界なんて、見えてこない)

 

静かに、だが確かに。

“軍師”の目が、再び闘志を帯びた。

 

 

 

 

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