副キャプテン 辰馬   作:匿名希望のぽっちゃり

56 / 60
前話にてスコアと内容が合っていなかったために前話の冒頭にてサラッとナポレオンにシュート決めさせています。
申し訳ありませんでした!


感情より勝利を

 

後半のホイッスルが、雨音に溶けるように鳴り響いた。

ボールは日本のセンターサークルに置かれ、翼が静かに踏み出す。

 

後半は――日本ボール。

 

劣勢、数的不利、そして逆風の判定。

それでも、日本は立ち上がりから一切の迷いを見せなかった。

 

翼と岬。

ゴールデンコンビは、まるで互いの思考が可視化されているかのように、ワンタッチ、ツータッチでボールを動かしていく。

パスと思わせての切り返し、ドリブルと見せかけてのスルーパス。

雨で重くなったピッチを逆に利用し、フランス守備陣の重心を微妙に狂わせていった。

 

「来るぞ……!」

 

フランスDFが声を張り上げる。

 

翼は一瞬の隙を見逃さなかった。

前線で体を張る日向へ、鋭い縦パスを通す。

 

――しかし。

 

副審の旗が、無情にも上がる。

 

「オフサイド!」

 

日本ベンチ、そしてスタンドがざわめく。

ほんの紙一重。だが判定は覆らない。

 

その一瞬の戸惑いを、フランスは逃さなかった。

 

笛も待たず、早いリスタート。

ピエールの足元にボールが収まった瞬間、フランスは一気に前へ出る。

 

ナポレオンは井沢にぴったりと張り付かれ、自由を奪われている。

ピエールは即座に判断を切り替えた。

 

(ナポレオンは囮……狙うのは、もう一人)

 

視線の先、ボッシが次藤と石崎の間に生じた、ほんの僅かな隙間へ走り出す。

 

「行け!」

 

ピエールのスルーパスが、雨を切り裂くように通った。

 

ボッシはフリー。

シュートまで持ち込めば、決定的――

 

だが、その瞬間。

 

「簡単にシュート出来ると思うなぁ!」

 

横合いから、低く鋭い影が滑り込む。

 

ザッ――!

 

水を跳ね上げながらのスライディング。

ボールだけを、完璧に刈り取った。

 

友坂辰馬。

 

「なにぃ!?」

 

驚愕するボッシを尻目に、辰馬はすぐさま立ち上がり、迷いなくボールを翼へ送る。

 

そして、声を張り上げた。

 

「ピエールとナポレオンさえ抑えりゃ、フランスの攻撃は怖くねぇ!

守りは俺たちに任せろ!」

 

その声は、雨と歓声を突き抜け、日本の選手たちの背中を強く押した。

 

「そうだ!任せろ!」と石崎。

「点をとるタイ!」と次藤。

「頼むぞ!」と松山。

 

逆に、フランス側には苛立ちが広がる。

 

「なんだと……!」

 

だが、もう流れは止まらない。

 

翼はボールを受けると、再び岬と並走しながら前へ出る。

テンポは落とさない。

スピードと判断力で、雨をものともしない攻撃を展開する。

 

その中で、岬は決断した。

 

(ここだ……!

僕がピエールに勝てば、チャンスは一気に広がる!)

 

真正面からの一対一。

岬はフェイントを織り交ぜ、ピエールを抜きにかかる。

 

だが――

 

カンッ、と乾いた音。

 

ピエールのタックルが、寸分の狂いもなくボールを捉えた。

 

岬は倒れ込みながら、歯を食いしばる。

 

(みんな……ごめん……)

 

その瞬間、背後から声が飛ぶ。

 

「まだ勝負は終わってねぇ!

サッカーはチームスポーツだぜ!」

 

反町だった。

 

岬の後ろで完璧なポジションを取っていた反町が、こぼれ球をいち早く拾い、ゴール前へと鋭いパスを通す。

 

「翼!」

 

翼はトラップ。

だが、すぐさまフランスDFが身体を投げ出すように前へ出てくる。

 

(無理でも……行くしかない!)

 

翼は一度、強引にシュート体勢へ入る――と見せかけた。

 

次の瞬間。

 

振り足の反動を利用し、後方へ大きく蹴り出す。

 

バックパス。

 

「……!」

 

日向が、その先にいた。

 

FWでありながら、一列下がった絶妙な位置取り。

オフサイドラインを完全に外した場所。

 

(日向くん……!)

 

日向の目が、獣のように光る。

 

「この位置からなら――

オフサイドなんて言わせねぇ!」

 

踏み込み。

 

「必ず、決める!」

 

――ネオ・タイガーショット!!

 

雨を切り裂き、空気を震わせる轟音。

ピエールのブロックも、GKの反応も、すべてを置き去りにする一撃。

 

ズドンッ!!

 

ボールは、勢いよくフランスゴールに突き刺さった。

 

「――――!!」

 

スタジアムが、一瞬静まり返り――

次の瞬間、日本側から爆発的な歓声が巻き起こる。

 

日向はゴールを指差し、叫んだ。

 

「みたかぁ!!

これが――正真正銘のゴールだぁ!!」

 

今度は、旗も上がらない。

笛も鳴らない。

 

誰にも否定できない、確かな一点。

 

「やったぁ!」

「通った!」

「あと一点だ!」

 

日本ベンチも、フィールドも、喜びに包まれる。

 

辰馬は日向のもとへ歩み寄り、短く声をかけた。

 

「……よくやってくれたな、小次郎」

 

日向はフッと笑い、力強く頷く。

 

「ああ。やってやったぜ」

 

二人は、強くハイタッチを交わした。

 

雨は、まだ降り続いている。

だが、日本の心に差し込む光は、確実に強くなっていた。

 

スコア

日本 対 フランス

2 ― 3

 

――あと一点。

戦いは、ここからだった。

 

 

 

フランスボールで試合が再開されると、スタジアムの空気が一段と張り詰めた。

 

ボールを預かったピエールは、まるで雨粒を切り裂く刃のようにスピードを上げる。重心の低いドリブル。次の瞬間、岬と翼が息を合わせ、左右から同時に滑り込む――ダブルスライディングタックル。

 

「止めたか!?」

 

誰もがそう思った刹那、ピエールの足元でボールが消えた。

 

華麗だった。ほんのわずかな体重移動、そして一歩分の加速。二人のタックルを紙一重でかわし、ピエールはまるで舞踏家のように前へ抜け出す。

 

辰馬(岬だけじゃない……翼まで同時にかわすだと?

ピエール……こいつは本物だ。甘く見たら、即やられる)

 

「まだ俺がいる!」

 

咆哮とともに日向が突っ込む。代名詞とも言えるタイガータックル。正面から相手を叩き潰す、剛の守備。

 

だが――

 

ピエールは跳んだ。

 

軽やかに、しかし確実に。日向の肩を越え、視線すら置き去りにするような跳躍だった。

 

日向「なに……っ!?」

 

辰馬(まずい……完全に前を向かせた!

この距離なら……うたれる!)

 

辰馬も全力で距離を詰め、やや遠目からスライディングに入る。しかし――間に合わない。

 

ピエールは一瞬だけ辰馬を見ると、口元を歪めた。

 

ピエール「くらえ!」

 

鋭く振り抜かれた右足。放たれたのは、あのシュート――。

 

「若島津! スライダーシュートだぞ!」

 

辰馬の叫びが雨の中を切り裂く。

 

「まっすぐ来ても、小さく曲がるぞ!」

 

翼の声が重なる。

 

若島津「おう!」

 

若島津は一歩も迷わなかった。シュートの初速、回転、わずかな軌道の変化を読み切り、横っ飛び。雨で重くなった芝をものともせず、身体を投げ出す。

 

――バシィッ!!

 

両腕で、確かに掴んだ。

 

若島津(辰馬さんと翼のおかげだ……

もう一点も、絶対にやらねぇ!)

 

スタンドからどよめきが起き、日本ボールとなる。だが、安堵する暇はなかった。

 

中盤での細かいパスワーク。雨に濡れたピッチでボールが走り、止まり、また奪われる。日本がつなげばフランスが奪い、フランスが仕掛ければ日本が身体を投げ出す。両チームの意地が、激しくぶつかり合っていた。

 

その中で――

 

ナポレオンからピエールへ。

 

岬が即座に距離を詰めるのを見て、ピエールは勝負を選ばない。ワンタッチで、再びナポレオンへ。

 

ワンツー。

 

「来るぞ!」井沢が足を伸ばす。

 

しかし次の瞬間、信じがたい光景が起きた。

 

ナポレオンは、井沢の足ごと――強引に持っていった。

 

井沢「うわぁっ!!」

 

倒れ込む井沢。だが笛は鳴らない。

 

辰馬(ファウルだろ……!?)

 

ナポレオンは止まらない。独特の回転を伴う、あのシュートフォーム。

 

「キャノンシュートだ!」

 

轟音のような一撃が放たれる。

 

若島津は反射的に手を伸ばした。

 

――弾いた。

 

しかし、次の瞬間。

 

若島津「くっ……!」

 

弾かれた衝撃が、手に残る。辰馬は遠くからでもそれを悟った。

 

辰馬(まずい……手、やったか……!?)

 

こぼれ球に、もう一人のフランスFWが詰める。

 

押し込まれたボールが、日本ゴールへ――。

 

フランスベンチが立ち上がり、歓声が爆発する。日本は、言葉を失った。

 

だが――

 

――ピィィィィッ!!

 

遅れて、しかし確かに、笛が鳴った。

 

主審は腕を振り、ナポレオンのプレーを指差す。

 

ファウル。

 

ノーゴール。

 

松山「……助かった……」

 

日向(あの審判……フランス贔屓じゃなかったのか?)

 

わずかに、疑念が晴れる。しかし――

 

辰馬の胸中は、まったく別だった。

 

辰馬(……遅ぇんだよ)

 

もっと早く吹いていれば。

 

若島津が無理に手を伸ばすこともなかった。

痛みを抱えることもなかった。

 

怒りが、静かに、しかし確実に辰馬の奥底で燃え上がる。

 

辰馬(次は……絶対に、俺が止める)

 

雨は、まだ止まない。

だが、日本の闘志は、それ以上に激しく燃えていた。

 

 

倒れたまま、井沢は血に濡れた足を必死に押さえていた。芝生に赤がにじみ、雨に濡れたピッチがさらに暗く見える。

井沢「……うぅ……っ」

 

その声に、誰よりも早く反応したのは辰馬だった。

辰馬「井沢! 大丈夫かぁ!」

松山「立てるか!? 無理するな!」

 

日本の選手たちが一斉に駆け寄り、円を作る。だが井沢は歯を食いしばり、首を横に振った。震える足は、もはや体重を支えることすらできそうにない。

 

傷口を一目見た辰馬は、唇を噛みしめた。

辰馬「……これは無理だな……」

 

そう呟くと、彼は日本ベンチの方を向き、両腕を大きく交差させて“×”のサインを作る。その動きに、ベンチがざわめいた。

すぐに三杉淳が立ち上がり、険しい表情でピッチを見つめる。

 

その様子を、少し離れた場所からフランスのエース、ナポレオンが見ていた。自分のプレイが原因だと分かっているのか、視線は井沢から離れない。

 

辰馬は、ゆっくりとナポレオンの方へ歩み寄った。雨粒が肩を叩く中、その背中からは抑えきれない怒気が滲み出ている。

辰馬「おぅ……上手くやったな」

低く、冷えた声だった。

辰馬「あれだけの怪我をさせて、イエローすら出ねぇとはな。どうやったんだ?」

 

その言葉に、ナポレオンの表情が一変する。

ナポレオン「……なんだと?」

 

二人の距離は、ほとんどゼロだった。掴み合いにはなっていないが、空気は一触即発。互いの視線がぶつかり合い、火花が散る。

そこへ、慌てて日向とピエールが駆け寄る。

 

辰馬は一歩も引かず、さらに声を落とした。

辰馬「そんなに殺り合いたいならよ……俺んとこ来いよ。遊んでやるからよぉ」

 

凄味を帯びたその言葉に、ナポレオンの眉が僅かに動く。怯みかけたのを悟られまいと、彼は歯を食いしばった。

ナポレオン「……なにぃ……」

 

その瞬間、日向が辰馬の肩を強く掴んだ。

日向「辰、よしとけ。……三杉も来る。監督の指示を聞くぞ」

 

同時に、ピエールがナポレオンの腕を引く。

ピエール「ナポレオン、無茶するな。今は試合中だ。こっちへ来い……」

 

互いに声を掛けられたことで、二人の中にあった熱が、ほんの少しだけ冷めた。睨み合いは解かれ、辰馬とナポレオンはゆっくりと距離を取る。

 

その間に、松山と石崎が井沢の両肩を支え、グラウンドの外へと運び出す。観客席からは、心配と激励が入り混じった声が降り注いだ。

そして、交代のボードが掲げられる。

 

――三杉淳、投入。

 

ピッチに入ってきた三杉の周りに、辰馬、日向をはじめとする日本の選手たちが自然と集まる。

三杉は落ち着いた視線で全員を見渡し、静かに言った。

三杉「ナポレオンを含めたディフェンスは、任せてくれ。みんなは攻撃に集中してほしい」

 

辰馬はまだ拳を握りしめていた。

辰馬「三杉……ナポレオンの野郎は俺が――」

 

その言葉を、三杉は遮る。

三杉「辰馬くん。それは“軍師”としての意見かい?」

 

その一言に、辰馬は言葉を詰まらせた。

辰馬「……っ」

 

三杉は一歩近づき、はっきりと言い切る。

三杉「君に私情がないなら任せる。でも……今の君は違うだろう?」

一瞬、間を置いてから続けた。

三杉「この試合に勝つために、守りは僕に任せてほしい」

 

辰馬は深く息を吐いた。胸の奥で渦巻いていた怒りを、無理やり押し込める。

辰馬「……すまん。任せる」

そして、鋭い視線を向ける。

辰馬「ただし、ナポレオンのプレイは相当荒い。……気をつけろよ」

 

三杉は小さく頷いた。

三杉「ああ」

 

辰馬は三杉の横を通り過ぎる際、声を潜めて囁く。

辰馬「それと……若島津が右手をやっちまったみたいだ。気にかけてやってくれ」

 

三杉もまた、小さく頷いた。

三杉「わかった」

 

辰馬はそのままゴール前へ向かい、若島津のもとに近づく。

辰馬「若島津……右手、いけんのか?」

 

すでに気づいていたのか、若島津は迷いなく答えた。

若島津「ええ。任してください。日本ゴールは……俺が守ります」

 

その目は、痛みを隠しきれないほどの鋭さで光っている。

辰馬は一瞬だけその瞳を見つめ、強く頷いた。

辰馬「三杉には伝えてある。この試合の守護神は……お前だ」

少し間を置いて、低く言った。

辰馬「……頼んだぞ」

 

若島津は右手首をそっと摩りながら、口角を上げた。

若島津「はい」

 

雨の中、彼の瞳は獲物を狙う獣のように、ぎらりと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。