副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
再延長戦 決着のとき
気温三十五度。真夏の太陽は西へ傾きながらも、なお容赦なくグラウンドを照りつけていた。観客席も選手たちも、そして審判までもが汗に濡れ、誰もがこの死闘の結末を固唾を呑んで見守っている。
大会関係者たちは口をそろえて「これ以上は危険だ」と選手の体を案じたが、試合開始前に決められた規定は揺るがない。決勝戦、同点のまま延長を終えれば再延長戦十分。それでも決着がつかねば両校優勝。残酷でありながらも、公平な取り決め。
しかし、ピッチに立つ二つのチームは、そんな取り決めに甘んじるつもりはなかった。
開始直前、不意に空がかき曇り、雨粒が落ちてきた。
「雨だ……!」
観客がどよめき、選手たちは顔を上げる。灼熱に焼かれ乾ききった体に、恵みの雨が冷たく降り注いだ。ほんの数分の通り雨。しかしそのわずかな潤いが、燃え尽きかけた両チームの心と体に、もう一度火を灯した。
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南葛ベンチにて
「両校優勝でも構わないさ」南葛FCの城山監督がそう漏らした。
だが翼は首を振る。「ダメです!」汗と雨で濡れた髪を振り払い、まっすぐ前を見る。「俺たちは、一回戦で明和に負けています。勝たなければ、本当の優勝とは言えません!」
若林も短く言った。「俺も同じだ。怪我はテーピングで問題ない。守り切って、勝つぞ」
キャプテンの声に南葛の選手たちは頷き、立ち上がった。
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明和ベンチにて
日向は芝の上に寝転び、空を見上げていた。雨粒が頬を打つ。「攻めるしかないな……。明和のサッカーは勝つサッカーだ。引き分け狙いなんて柄じゃねえ」
その声に辰馬が力強く応じた。「そうだ、小次郎! 攻撃あるのみだ!」
監督も深く頷く。チームはまとまった。日向と辰馬は立ち上がり、仲間に向かって叫ぶ。「勝つのは明和だ! 最後まで走り抜くぞ!」
両チームは雨の止んだピッチに再び歩み出した。決戦の十分快が幕を開ける。
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再延長前半
笛が鳴った瞬間から、明和は猛攻を仕掛けた。
日向が吠えるように突進する。猛虎の異名にふさわしい突破力で、浦辺を吹き飛ばし、高杉をなぎ倒し、最後は石崎のスライディングすら体ごと跳ね飛ばしてペナルティエリアへ突入! オーバーヘッドの体勢に入った。
「来い若林!」
渾身のオーバーヘッドキック! 炎のようなシュートがゴールを襲う。しかし若林は身体を張ってこれをブロック! こぼれ球を狙った辰馬が走り込む。
――ここで決めなけれる。
辰馬の脳裏に、これまで積み重ねた練習の記憶が蘇る。両足を使える自分の特性を生かし、編み出した無回転トゥーキック。生まれながら両利きという稀有な資質を持つ彼にしかできない一撃。
「うおおおおッ!」
渾身の力を込め、振り抜いた。
無回転シュートが予測不能の軌道を描き、若林が飛びつく。「読めた!」手が届いた!指先に当たったボールはゴールポストにあたり外に転がろうとしていたボールに黒い影が飛び込んできた。
日向のダイビングヘッドだ「入れーーーー!」DF陣も足を伸ばしゴールを死守しようとするが、ボールはゴールネットを揺らした。
「決まったあああッ!」
スタンドが割れんばかりの歓声に包まれた。辰馬は天を仰ぎ、雄叫びを上げる。日向も拳を突き上げる。明和全員が吠えた。
だが、絶望に沈むはずの南葛の中で、翼だけは燃えていた。
「まだだ……!」翼はチームに叫ぶ。「俺たちは負けない!」
前半終了。スコアは5対4、明和が一歩リード。
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再延長後半
残り五分。今度は南葛が総力を挙げて攻めに出た。
岬は痛む足を押さえながらも走り、翼と黄金コンビを再び繋ぐ。二人のワンツーが明和ディフェンスを切り裂き、修哲トリオ――井沢、来生、滝も必死に絡む。
「まだ走れる!」井沢が叫ぶ。
「南葛の底力、見せてやろうぜ!」来生がボールを追う。
滝が駆け上がり、クロスを上げる。だが若島津が空手の構えから拳で弾き返す。
石崎が痛みをこらえ、顔面でシュートをブロックした場面では観客席がどよめいた。「うおおっ!」「石崎ィ!」仲間たちが叫ぶ。彼の勇気がチームをさらに奮い立たせる。
だが時間は刻一刻と過ぎる。残り二分、明和はカウンターに活路を見出す。辰馬が奪い、日向へロングパス!
「小次郎、頼んだ!」
「おうッ!」猛虎ドリブルが再び牙をむく。だが若林が最後の壁となり、シュートを阻止!
逆に南葛の反撃。翼と岬の黄金コンビが中央突破! 辰馬が必死に割って入り、翼に食らいつく。「行かせない!」
「辰馬……!」翼も全力で応じる。激しいぶつかり合いからボールがこぼれる。その先にいたのは石崎だった。
「オレだってやれるんだ!」石崎がまさかのセンタリングを上げる!
浮き球がゴール前へ――。
翼が最後の力を振り絞り、宙を舞った。オーバーヘッドキック!
「させるかァ!」日向と辰馬が同時に飛び込み、身を挺して防いだ。ボールはわずかに枠を外れ、ゴールラインを割る。
――そして試合を終わりを告げる笛が鳴った。
試合終了。スコアは5対5。同点。
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ノーサイド
その瞬間、両チームの選手はその場に崩れ落ちた。立ち上がる気力すら残っていない。それでも、敵味方を越えて互いの背中を叩き合い、握手を交わす。
「ナイスゲームだったな、小次郎」翼が息を切らしながら言う。
「おう……。けど、次は勝つ!」日向が唸るように返した。
辰馬も翼に歩み寄る。「大空……いや、翼。お前の勝ちへの執念……忘れねぇ」
「一度負けてるからね…どうしても勝ちたかった。」
翼は汗を拭きながら悔しそうに返す。
岬が笑った。「でも楽しかったね、翼くん…」
「岬くん…うん、楽しかった、またやろうよ。」翼は返す。
最後に両キャプテン――翼と日向が並んで優勝旗を掲げ、両チームで全体写真を撮った。観客席からは万雷の拍手。死闘を戦い抜いた勇者たちへの称賛が鳴りやまなかった。
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東邦学園スカウトの訪問
試合後、汗と泥にまみれた選手たちが控室へ戻ろうとするところに、一人の女性が現れた。東邦学園のスカウトだった。冷静な眼差しを保ちながらも、その声には熱があった。
「日向小次郎くん」
呼びかけられた日向が振り返る。
「最初は、どちらか一人をと考えていました。でも決めました。大空翼にはゲームメーカーとして、そしてあなたにはエースストライカーとして――二人ともに、東邦学園でプレーして欲しい」
翼は別の場所に呼ばれていてその場にはいなかったが、日向は真っ直ぐにスカウトの瞳を見返す。「……俺は、明和の仲間と勝ちにこだわってきた。けど、もっと強くなるためなら……考えてやってもいい」
女性はさらに続ける。「そして……辰馬くん」
辰馬が目を見開く。
「あなたもよ。両利きの資質、今日の無回転シュート……才能は計り知れない。東邦に来てみないか?」
辰馬は少し黙り、口を開いた。「……いい話だと思います。けど、即答はできません。俺は小次郎とまだサッカーをやりたいけど、親とも相談させてください」
スカウトは微笑んで頷いた。「ええ、それで構いません」
日向が隣で笑う。「お前も引っ張りだこだな、辰」
辰馬は苦笑しつつも拳を握った。「小次郎、お前となら……どこに行っても戦える」
夕陽が沈むグラウンドに、彼らの影が長く伸びていた。熱き死闘を終えた少年たちの未来は、まだ始まったばかりだった。