副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
後日談 河川敷にて
あの死闘の決勝戦から、しばらくの時間が流れた。
夏の全国大会決勝。再延長戦を戦い抜き、最後は両チーム優勝という形で幕を閉じた南葛と明和の戦いは、今も語り草として新聞や雑誌に取り上げられている。だが、試合を戦った本人たちはもう次のことを考えていた。
その日の午後。強い日差しの中でセミの鳴き声が響く河川敷に、二人の少年の姿があった。
日向小次郎と辰馬だ。練習は休み。小次郎は珍しくアルバイトもなく、ただ河川敷に寝転がって空を見上げていた。
「こんなにゆっくりできるなんて、久しぶりだな……」
小次郎が腕を枕にしながらつぶやく。
「ほんとにな。お前がバイト入ってないなんて、めったにないからな」
辰馬は笑いながら、少し離れた場所に腰を下ろす。足元にはコンビニで買ったスポーツドリンクが転がっていた。
二人の間に流れる空気は、試合の緊張感とはまるで違い、どこか穏やかでのんびりしていた。
「そういえば、小次郎。スカウトの件、どうなった?」
辰馬がふと切り出す。
「ああ……東邦学園の女の人か。結局、俺はあそこでやることにした。奨学金が出る特別推薦だ。俺の家じゃ金の心配が常にあるからな……ありがたかった」
小次郎は淡々と語る。だがその声の奥には、両親や弟妹たちの生活を背負う決意がにじんでいた。
「……そっか。俺もさ、この前親と一緒に話したよ。特別推薦で東邦学園に入れることになった」
「お前もか、辰。やったな!」
「うん。ありがたい話だよな。うちはそこまで生活に困ってるわけじゃないけど、それでも親父も母さんも“しっかり勉強して、サッカーに全力を尽くせ”って背中押してくれた」
二人の目が一瞬だけ合い、互いの決意を確かめ合った。
「翼は……どうしたんだ?」
小次郎がぼそりと尋ねる。
「ああ……聞いたよ。翼は東邦を断ったみたいだ。公立の南葛中に進むんだってさ」
「はあ? なんでだよ。あいつならエリート街道まっしぐらでいいだろうに」
「どうやら……自分はまだ明和に勝ったとは言えない、だからこそ地元でやるんだってさ。それに――」
辰馬は少し声を落とす。
「本郷さん、ブラジルに帰っちゃったんだよな。翼を置いて……」
「……そうか」
小次郎は短く答え、目を細めて空を見上げた。
「でも翼はあきらめちゃいない。中学を出たらブラジルに渡るつもりらしいよ。あいつはそういうやつだ」
「だろうな……。負けてたまるかよ」
小次郎はぎゅっと拳を握りしめた。
河川敷を渡る風が、汗ばむ頬を撫でていく。
「小次郎はどうする? 若林はドイツに行くらしい。翼はブラジルか。あいつらに負けないなら、どこを目指す?」
「……そうだな。俺は……イタリアとか、かな」
「イタリア?」
「セリエAだよ。世界最強のリーグだ。フィジカルもテクニックも要求される。そこでも俺のシュートを通用させてみたい」
小次郎の目はどこか遠くを見ていた。
「なるほどな。小次郎なら似合うかもしれないな」
辰馬はうなずき、少し考え込んだあと笑みを浮かべた。
「でもな、俺はイタリアよりイギリスだな」
「プレミアリーグか」
「そう。イギリスサッカーは激しい。泥臭いプレーも厭わない。伝統のフットボールの国だ。スピード、フィジカル、戦術……全部を求められる。あそこで戦える選手こそ本物だと思うんだ」
「ふっ、らしいな辰らしいよ」
小次郎が笑った。
「小次郎だってらしいさ。猛虎がセリエAに行ったら、そりゃ怖い相手だろうな」
「お前に言われる筋合いはねえな」
二人は笑い合った。
決勝の激闘から時間は経った。だが、その戦いで芽生えた絆とライバル心は、ますます強固なものとなっていた。
空は高く青く、夏の雲がゆっくりと流れていく。
二人は言葉少なに未来を夢見ながら、しばらくそのまま河川敷の草の上で寝転んでいた。
その日、特別なことは起こらなかった。
だが、この何気ない時間が彼らにとってはかけがえのない休息であり、次なる戦いへの力を蓄える瞬間だった。
やがて二人は立ち上がり、また歩き出す。
夢に向かって、未来に向かって――。