副キャプテン 辰馬   作:匿名希望のぽっちゃり

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幕間・日常①

後日談 河川敷にて

 

 あの死闘の決勝戦から、しばらくの時間が流れた。

 夏の全国大会決勝。再延長戦を戦い抜き、最後は両チーム優勝という形で幕を閉じた南葛と明和の戦いは、今も語り草として新聞や雑誌に取り上げられている。だが、試合を戦った本人たちはもう次のことを考えていた。

 

 その日の午後。強い日差しの中でセミの鳴き声が響く河川敷に、二人の少年の姿があった。

 日向小次郎と辰馬だ。練習は休み。小次郎は珍しくアルバイトもなく、ただ河川敷に寝転がって空を見上げていた。

 

「こんなにゆっくりできるなんて、久しぶりだな……」

 小次郎が腕を枕にしながらつぶやく。

「ほんとにな。お前がバイト入ってないなんて、めったにないからな」

 辰馬は笑いながら、少し離れた場所に腰を下ろす。足元にはコンビニで買ったスポーツドリンクが転がっていた。

 

 二人の間に流れる空気は、試合の緊張感とはまるで違い、どこか穏やかでのんびりしていた。

 

「そういえば、小次郎。スカウトの件、どうなった?」

 辰馬がふと切り出す。

「ああ……東邦学園の女の人か。結局、俺はあそこでやることにした。奨学金が出る特別推薦だ。俺の家じゃ金の心配が常にあるからな……ありがたかった」

 小次郎は淡々と語る。だがその声の奥には、両親や弟妹たちの生活を背負う決意がにじんでいた。

 

「……そっか。俺もさ、この前親と一緒に話したよ。特別推薦で東邦学園に入れることになった」

「お前もか、辰。やったな!」

「うん。ありがたい話だよな。うちはそこまで生活に困ってるわけじゃないけど、それでも親父も母さんも“しっかり勉強して、サッカーに全力を尽くせ”って背中押してくれた」

 

 二人の目が一瞬だけ合い、互いの決意を確かめ合った。

 

「翼は……どうしたんだ?」

 小次郎がぼそりと尋ねる。

「ああ……聞いたよ。翼は東邦を断ったみたいだ。公立の南葛中に進むんだってさ」

「はあ? なんでだよ。あいつならエリート街道まっしぐらでいいだろうに」

「どうやら……自分はまだ明和に勝ったとは言えない、だからこそ地元でやるんだってさ。それに――」

 辰馬は少し声を落とす。

「本郷さん、ブラジルに帰っちゃったんだよな。翼を置いて……」

 

「……そうか」

 小次郎は短く答え、目を細めて空を見上げた。

 

「でも翼はあきらめちゃいない。中学を出たらブラジルに渡るつもりらしいよ。あいつはそういうやつだ」

「だろうな……。負けてたまるかよ」

 小次郎はぎゅっと拳を握りしめた。

 

 河川敷を渡る風が、汗ばむ頬を撫でていく。

 

「小次郎はどうする? 若林はドイツに行くらしい。翼はブラジルか。あいつらに負けないなら、どこを目指す?」

「……そうだな。俺は……イタリアとか、かな」

「イタリア?」

「セリエAだよ。世界最強のリーグだ。フィジカルもテクニックも要求される。そこでも俺のシュートを通用させてみたい」

 小次郎の目はどこか遠くを見ていた。

 

「なるほどな。小次郎なら似合うかもしれないな」

 辰馬はうなずき、少し考え込んだあと笑みを浮かべた。

「でもな、俺はイタリアよりイギリスだな」

「プレミアリーグか」

「そう。イギリスサッカーは激しい。泥臭いプレーも厭わない。伝統のフットボールの国だ。スピード、フィジカル、戦術……全部を求められる。あそこで戦える選手こそ本物だと思うんだ」

 

「ふっ、らしいな辰らしいよ」

 小次郎が笑った。

 

「小次郎だってらしいさ。猛虎がセリエAに行ったら、そりゃ怖い相手だろうな」

「お前に言われる筋合いはねえな」

 二人は笑い合った。

 

 決勝の激闘から時間は経った。だが、その戦いで芽生えた絆とライバル心は、ますます強固なものとなっていた。

 

 空は高く青く、夏の雲がゆっくりと流れていく。

 二人は言葉少なに未来を夢見ながら、しばらくそのまま河川敷の草の上で寝転んでいた。

 

 その日、特別なことは起こらなかった。

 だが、この何気ない時間が彼らにとってはかけがえのない休息であり、次なる戦いへの力を蓄える瞬間だった。

 

 やがて二人は立ち上がり、また歩き出す。

 夢に向かって、未来に向かって――。

 

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