ある所に、高潔な人がいた

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肉の中の泥

彼女の心は泥にまみれていた。

 

この泥は、自分の心から溢れ出たものであり、投げつけられたものである。

 

身体的特徴を話の種にされ、貶され、嘲られた。

 

その度に言い返そうとしたものの、出かかった言葉を飲み込んだ。

 

物を知らない事を話の種にされ、貶され、嘲られた。

 

その度に言い返そうとしたものの、出かかった言葉を飲み込んだ。

 

奴らの言う事は一部は確かであった。彼女には身体的な特徴があり、無知である。

 

人の身体にはどうも本人が関与出来ない所があって、知識には様々な種類がある。知らないことはどうしてもでてくる。

 

彼女もその例に漏れず、どうしようもなく人間だった。

 

奴らが、彼女の関与できないところを貶すなら

 

彼女は、奴らが関与できないところを貶せたのだ。

 

奴らが、自身の知っている事を知らない為に彼女を嘲るのなら

 

彼女は、奴らの知らない事を知っているの為に奴らを嘲る事ができたのだ。

 

彼女は心に汚いものを……泥を投げかけられても、それを投げ返す事はなかった。

 

投げ返しかけた泥を握りしめたまま、泥にまみれた。

 

出かかった醜汚の言葉を飲み込み、反芻した。

 

怒りで叫ぼうとした時、喉が締め付けられ、涙があふれそうになった。

 

身体的特徴や無知を揶揄し、貶し、嘲り笑うことで他者を傷つけるのを良しとしなかった。

 

彼女はそれを倫理に悖る残酷な行為だと感じていた為だ。

 

投げかけられた泥と飲み込んだ泥。

 

そうして彼女は泥にまみれた。

 

その泥は掻き分けても掻き分けても取れることはなかった。

 

肌に土が付いたとき、蛇口から出る水をのみで土を除こうとしているかのような、何度擦っても土が肌の角質にこびりついて落ちないようなもどかしい感覚が、彼女を支配していた。

 

何をしても心は晴れない。

 

歌い、話し、勉強し、眠り、音楽を聴き、映画を観て、ドラマを観て、アイドルを応援し、SNSを見て、恋愛番組を観て、自傷行為をし、涙を流しても。

 

しかしそれも当然であった。

 

内も外も泥であり、こびりついているのだから。

 

ああ、なんとも高潔であったと(わたし)は思う。

 

彼女の心には、汚泥がずっとはりついていた。彼女の内側で留まり続けていた。溢れる泥を持ち、且つ誰も汚さなかつた。

 

彼女の心という器が溢れた泥で決壊したのは、自壊とも壊されたとも言える。

 

そうして自死を選び、器より解放された彼女の魂は、汚泥にまみれていた心からは想像もつかないほどに輝いていた。

 

なんとも(わたし)の側に相応しい。

 

汚い肉は捨て置こう。


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