博麗神社・午後の縁側にて――
将和が神社の鳥居をくぐると、霊夢が掃除の手を止めて振り返った。
「…あら、なんか今日は雰囲気違う。その服、いいじゃない」
将和は少し照れたように肩をすくめた。
「アリスが仕立ててくれたんだ。“時の勇者服”っていうらしい。なんか、昔の記憶を引っ張られたみたいでさ」
霊夢は箒を脇に置き、将和の服をじっと見つめる。
「緑が似合うのね。なんだか…“使命感”みたいなものが滲んでる気がする」
「使命感って…俺、ただの居候だぞ」
「ふふ、そういうところが“勇者”っぽいのよ。自覚ないくせに、異変が起きたら真っ先に飛び込むでしょ?」
将和は苦笑しながら縁側に腰を下ろす。
「まあ、放っとけない性分だからな。…それに、ここの空気が好きなんだよ。静かで、でも退屈じゃない」
霊夢も隣に座り、風鈴の音に耳を傾ける。
「今日はお茶でも淹れようかと思ってたの。ちょっとだけ、いい茶葉が手に入ったのよ」
「お、珍しいな。霊夢が“ちょっとだけ”って言うと、だいたいすごいのが出てくるからな」
「期待しすぎないで。…でも、あなたがその服を着てると、なんだか“特別な午後”って感じがするのよね」
将和は空を見上げた。雲がゆっくり流れ、蝉の声が遠くで響いていた。
「霊夢。俺、ここに来てから、少しずつ“居場所”ってやつが分かってきた気がする」
霊夢は静かに頷いた。
「幻想郷は、そういう場所よ。誰かの“居場所”になるために、形を変えていく。…あなたの服も、きっとその一部なのね」
将和は微笑みながら、そっと服の袖を撫でた。
「じゃあ、次の異変が来たら…この服で、ちゃんと立ってみせるよ」
霊夢は立ち上がり、台所へ向かいながら振り返った。
「その前に、お茶よ。勇者も、まずは一服しなきゃね」
午後はゆったりと霊夢と過ごした。
そして――この日の夜は、静かだった。
風鈴の音も止み、霊夢はすでに眠りについた頃。
将和は縁側に腰を下ろし、夜空を見上げていた。
「英雄でも名将でもなく勇者…か。子どもの頃はよく憧れたもんだ」
将和は自身が着ている“時の勇者服”を撫でる。
この服は、アリスが自身の記憶と魂を縫い上げて作ったもの。
それはただの衣ではなく、彼の歩んできた“時”そのものだった。
「まあ、自分で選んだ道だからな。それにしても…静かだな」
その言葉が空に溶けた瞬間――空気が震え、月の光が揺らいだ。
将和は立ち上がる。
「…来たか」
鳥居の向こうに、二つの影が現れる。
一人は、幻想郷へ彼を導いた“神様”。
もう一人は、境界を操る妖怪・八雲紫。
神様の姿は、龍の鱗を思わせる衣に包まれ、瞳は星のように輝いていた。
その気配は、幻想郷の空気そのものを揺らすほどに深く、静かだった。
「久しいな、将和。勇者服を纏った姿、なかなか様になっている」
将和は一歩踏み出し、静かに問いかける。
「俺をここに呼んだ神か。あんた……何者なんだ? 疎覚えとは言え“俺の知る限り”東方projectには居ない神だった筈だ?」
「私は龍神。幻想郷の根幹を司る存在だ。お前の魂に“可能性”を見たからこそ、ここへ導いた」
龍神が答えると、背後の紫が扇子を開きながら微笑む。
「そして今夜は、少し面白い提案があるの。“リンク”に会ってみない?」
将和の瞳が揺れる。
「リンク…“時の勇者”の?」
龍神は頷く。
「お前の服が“時の勇者服”であること。偶然ではない。魂の波長が、彼と共鳴しているのだ」
「でも、そんなこと…できるのか?」
紫は扇子を閉じ、スキマを開く。
「私の能力は“境界を操る程度の能力”。夢と現の境界も、時間と空間の境界も、裂くことができる。物語の人物であれ、呼ぶことは可能よ」
龍神が手をかざすと、空間が揺れた。
紫のスキマが開き、そこに映し出されたのは――荒れ果てたハイラルの城跡。
ガノンドロフとの死闘を終え、マスターソードを背負ったリンクが、静かに時の扉へ向かっていた。
「…あれが、リンク」
将和は息を呑んだ。ゲームではない本物。
こうして、彼と同じ立ち位置に立ってはじめて分かる。
その背中は、静かで、強く、孤独だった。
だが、そこには確かな“意志”が宿っていた。
紫が指を鳴らすと、スキマが広がり、リンクの足元が揺れる。
「時の扉に入った“狭間”にいる今なら、引き出せる。――準備はいい?」
将和は服の袖を握り、深く頷いた。
「…ああ。会ってみたい。あの背中に、俺が何を感じるか――確かめたい」
スキマが開ききった瞬間、リンクの姿が幻想郷の夜に現れた。
リンクは、ガノンドロフとの死闘を終え、ゼルダ姫との約束を胸に別れを告げると、マスターソードを背に時の扉へと入っていた。
(これで…俺の役目は終わった。ハイラル王国を救った今、あとは元の時代に帰って、悲劇を未然に防ぐだけだ)
だがその瞬間、空間が揺れた。 風が逆巻き、光が歪み、足元の石畳が裂ける。
リンクは反射的に剣に手を伸ばすが、次の瞬間――視界が白く染まった。
気づけば、見知らぬ空の下。 満月が浮かび、桜が舞う静かな夜。そこは、ハイラルではなかった。
「ここは…どこだ?」
そして、目の前に立つ一人の男。
「はじめまして、時の勇者リンク」
「君は…?」
「俺の名前は三好将和。幻想郷って世界で、異変を解決してる剣士だ。突然呼び出して悪かったな」
リンクは警戒を解きながら、将和の服を見つめる。
緑の勇者服を纏い、剣を背負ったその姿は――まるで、自分自身を見ているようだった。
「その服…俺と同じような格好をしてる。なぜ?」
将和は少し照れたように笑った。
「俺が君のファンだからだよ」
リンクは目を見開き、思わず口元が緩む。
「ええ!? それは…なんというか、照れるな。なんでまた?」
将和は夜空を見上げながら、静かに言葉を紡ぐ。
「……そうだな。強いて言うなら、君が俺と似ているから。惹かれるものを感じたんだ」
「似ている?」
「俺も君と同じように、時を超えて、一つの国を滅びる運命から救った。戦争の時代を越えて、未来を変えた。だから、君の背中に共鳴したんだ」
リンクは静かに将和を見据える。
その瞳に、将和の言葉が深く染み込んでいるようであった。
「そうか……君も“時の勇者”なんだな」
将和は肩をすくめて笑う。
「まあ、この姿に関しては訳あって、俺の方が真似ただけだ。モノホンは君で、今は君の姿を借りて幻想郷に居る。――こうして呼んだのは他でもない。時の勇者リンク、手合わせを願いたい」
リンクはマスターソードの柄に手を添え、静かに構える。
「…分かった。俺も、君の“時”を見てみたい」
その言葉に、将和の心が震えた。
それは、憧れの背中に認められた瞬間だった。
──風が止まる。
──桜が舞う。
──月が見守る。
二人の勇者が、剣を抜いた。
「行くぞ、リンク!」
「来い、三好将和!」
剣が月光を反射し、夜空に閃く。
その瞬間、幻想郷の静寂が破られた。
将和が踏み込み、横薙ぎの一閃。
リンクはそれを受け止め、反撃の突きを繰り出す。
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
「重い…だが、迷いがない!」
「君の剣筋、まるで風のようだ…!」
互いの剣筋を読み合い、跳ね返し、受け止め、打ち返す。
将和の剣は重く、だがその動きは異常なほど速い。
リンクはその“速さ”に目を見張る。
「速い…! まるで、時間を飛び越えているみたいだ」
将和は笑う。
「それが俺の“時”だ。幻想郷で得た力――君の剣に届くか、試してみたい!」
リンクは頷き、構えを変える。
「なら、俺も本気で応える。君の“時”を、俺の剣で受け止める!」
ここで将和は幻想郷の技、弾幕を解き放つ。
桜の弾幕が夜空に広がり、光の軌跡がリンクを包む。
リンクは瞬時に反応し、回避と斬撃を織り交ぜながら弾幕を弾いていく。
その動きは、まるで時を操るかのような精密さ。
将和は思わず笑った。
「ははっ、やっぱ弾幕を弾くよな!」
「幻想郷の技…面白い!」
「ハイラルの剣技…見事だ!」
将和は地を蹴って空中からの急降下斬りを仕掛けると、リンクはそれを見切り、地面を滑るように回避。
そして、互いに距離を詰め、剣を振るう。 一撃、一撃が、魂の叫びのように響く。
──剣戟の応酬は続いた。
将和の超高速戦闘と、リンクの精密な剣技。
弾幕と回転斬り、空中斬撃と地上の迎撃――
互いの技はぶつかり合い、火花を散らしながら、どちらも一歩も引かない。
──そして、静寂が訪れる。
二人は距離を取り、呼吸を整える。
月が二人を照らし、桜が舞う中、最後の一撃が訪れることを、互いに理解していた。
「…次で決めるぞ、リンク」
「ああ。君の“時”を、俺の剣で受け止める」
将和が地を蹴る。
超速の踏み込み――時間を裂くような一閃。
リンクは迎え撃つ。
マスターソードを振り抜き、魂を込めた一撃。
──カンッ!
剣が交差する。
衝撃が走り、二人の体が弾かれる。
将和は膝をつき、リンクも肩で息をしていた。
だが、どちらも倒れていない。
剣が、互いの体を傷つけることなく止まっていた。
マスターソードが淡く光る。
『この者に、悪しき心はない』
剣が語ったのは、勝敗ではなく“認め合い”だった。
将和は剣を納め、深く一礼する。
「ありがとう、リンク。これほど、心が躍ったのは初めてだ」
リンクは静かに手を差し出す。
将和はその手を握り返す。
──その瞬間、スキマが現れる。
別れの時が訪れる。
「さよなら、時の勇者」
「…君も“真の”時の勇者だ。また会おう、三好将和」
スキマが開き、リンクの姿がゆっくりと消えていく。
その背中は、再び“時”の狭間へと戻っていった。
──幻想郷の夜は、静かに包み込まれる。
将和は認められた。
ハイラルの勇者に、幻想郷の剣士として。
その名は、“時の勇者・三好将和”。
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