三好in東方Project(仮)   作:フォークロア

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第十三話 八目鰻の夜、鬼の酒

「よお、ロンメル」

 

夕暮れの竹林を抜け、将和は見慣れた軍帽の男に手を振った。

エルヴィン・ロンメル――外の世界では“砂漠の狐”と呼ばれた名将。

だが幻想郷では、寺子屋の教師であり、将和とも今では気の置けない飲み仲間となっていた。

 

ロンメルも軽く手を上げ、穏やかな笑みを返す。

 

「やあ、将和。今夜は少し飲みたくてね。付き合ってくれるかい?」

「もちろん。あんたと飲むと、話が尽きないからな」

 

二人は並んで歩き、八目鰻の香りが漂う屋台の前で足を止めると、中へと入る。

 

「いらっしゃい……あっ、ロンメル先生!」

「今日は将和と一緒に飲ませて貰うよ、ミスティア」

 

ロンメルの姿を認めたミスティア・ローレライはぱっと表情を明るくした。

二人が入った店は彼女が経営する八目鰻の屋台だった。

そしてロンメルは時折、慧音や妹紅と一緒にこの店へ来る常連でもあった。

 

「へぇ、珍しい組み合わせね。じゃあ、二人とも鰻と冷酒でいい?」

「もちろんだ」

 

将和とロンメルは席に腰を下ろし、湯気の立つ八目鰻を前に杯を交わした。

ロンメルは杯を半分程飲み干すと静かに切り出した。

 

「そういえば将和、この前――異様な覇気を感じたのだが、誰と戦ったんだい?」

 

将和は少し驚き、杯を置いた。

 

「ああ……八雲紫が、俺の憧れた世界の勇者を喚んでくれてな。それで手合わせしてもらってたんだ」

 

ロンメルは納得したように頷く。

 

「なるほど、境界の妖怪の仕業か。あの威圧感……私も慧音も飛び起きてしまったぞ」

「それは……すまん」

 

将和が素直に頭を下げると、ロンメルはニカッと笑った。

 

「構わんよ。久しぶりに“軍人としての本能”が目覚めそうになっただけさ」

 

その言葉に、将和は思わず目を細めた。

ロンメルもまた、戦場の空気を知る者――その“勘”が今も生きていることが嬉しかった。

ふと、将和は気になっていたことを口にする。

 

「そういえばロンメルって……弾幕勝負とかできたりするのか?」

「ん? まあ、多少は」

 

その答えより先に、ミスティアが身を乗り出した。

 

「できるどころじゃないわよ。私やリグル、チルノたちが束になっても敵わないんだから。ロンメル先生に勝てるのは……慧音先生くらいじゃない?」

「それは言い過ぎだよ、ミスティア」

 

ロンメルは苦笑したが、否定しきれない雰囲気だった。

 

「人里の自警団に戦術指南役を買って出て教えてるから、剣の腕だって立つのよ」

 

ミスティアが続けると、将和の興味はさらに深まった。

 

「ほぉーん……なら、今度手合わせしてくれないか、ロンメル。お前の実力を俺も見てみたい」

 

ロンメルは杯を置き、将和を見据える。

 

「構わないが……そうであるなら将和。海では百戦錬磨でも、陸ではキミに負けるつもりはないぞ。私にも“陸の将”としての矜持があるのでな」

 

将和も負けじと笑う。

 

「望むところだ。俺だって前世で伊達に修羅場を潜ってきたわけじゃないぜ」

 

二人の間に、軍人同士の静かな火花が散る。

幻想郷に馴染んでもなお、根底にある“軍人の魂”は消えていない。

 

その空気を感じ取りながら、ミスティアは微笑んだ。

 

「ねえ、将和。あなたとロンメル先生って、まるで長年連れ添った“戦友”のように見えるんだけど、前世ではどんな関係だったの?」

 

ミスティアはロンメルが転生者だと知っているので、将和とは前世で交流があったのだと推測していた。

しかし、将和は苦笑しながら首を横に振る。

 

「いや、ほとんどロンメルとは交流は無かったよ。国同士で同盟は組んでたけど、アジアと北アフリカじゃ戦場が違うしな。名前だけは知ってたけど、まさか幻想郷で飲み仲間になるとは思わなかったよ」

 

ロンメルも笑う。

 

「私もだ。だが、戦場を知る者同士というのは、不思議と話が合うものだよ。これが“同郷のよしみ”という奴なのかもしれないな」

 

将和とロンメルは、軍人同士の昔話と幻想郷の雑談で盛り上がる。

ミスティアはそんな二人の杯に酒を注ぎながら、「ほんと、あなたたち戦友みたいね」と笑う。

 

──その時だった。

 

屋台の暖簾が、風もないのにふわりと揺れた。

 

「ねえ、隣……空いてるかい?」

 

低く、しかしどこか楽しげな声。

振り向くと、そこには――瓢箪を肩に担いだ小柄な少女が立っていた。

 

伊吹萃香。

幻想郷最強格の鬼。

 

ミスティアが思わず声を上げる。

 

「す、萃香さん!? 珍しいわね、こんなところに来るなんて」

 

萃香は笑いながら将和の隣に腰を下ろした。

 

「いやぁ、ちょっとね。さっきから面白い匂いがしてたんだよ。“強者の匂い”ってやつさ」

 

将和は一瞬だけ驚いたが、すぐに杯を置いて挨拶する。

 

「伊吹萃香……鬼の大将か。俺に何か用か?」

 

萃香は瓢箪を傾け、酒を一口。

その目は、将和をまっすぐに見据えていた。

 

「用ってほどじゃないよ。ただ――この前の“決闘”を見ててね。あんた、なかなか面白い剣を振るうじゃないか」

 

ロンメルが眉を上げる。

 

「やはり、見ていたのか。あの覇気を感じ取れるのは、鬼か軍人くらいだと思っていたが」

 

萃香は笑う。

 

「そりゃそうさ。あれだけの火花を散らされたら、鬼が気づかないわけないだろ?」

 

将和は苦笑しながら杯を持ち直す。

 

「見られてたのか……恥ずかしいな」

 

「恥ずかしがることないよ。むしろ誇りな。あんたの剣、あれは“戦いの匂い”がする。幻想郷じゃ珍しいタイプだ」

 

ミスティアは興味津々で身を乗り出す。

 

「萃香さんがそんなこと言うなんて、珍しいわね」

 

萃香は将和の杯に自分の瓢箪から酒を注いだ。

 

「だからさ――ちょっと飲んでみないかい? 鬼の酒を飲める奴なんて、そうそういないんだ」

 

萃香が注いだ酒は、その香りだけで空気が濃くなるような代物だったが、将和は迷わず杯を掲げる。

 

「望むところだ。俺も酒は強い方だしな」

 

ロンメルが苦笑し、ミスティアは心配そうに眉を寄せる。

 

「将和、鬼と飲み比べはやめておいた方が……」

「萃香さんの酒って、普通の妖怪でも倒れるレベルよ……?」

 

しかし、もう遅かった。

 

萃香はニヤリと笑い、杯を合わせる。

 

「じゃあ、勝負だ。あんたがどれだけ強いか、鬼が見てやるよ」

 

──その瞬間、屋台の空気が変わった。

 

ミスティアは背筋を震わせる。

 

「うわ……なんか空気が濃くなってない?」

 

ロンメルは静かに頷く。

 

「“能力”を使っているな。まだ本気ではないが」

 

将和は気づかぬまま、杯を一気に飲み干した。

 

萃香も同じく飲み干し、笑う。

 

「へぇ……いい飲みっぷりだね。気に入ったよ、博霊の禰宜、三好将和」

 

萃香は瓢箪を傾け、将和の杯に次から次へと酒をとくとくと注ぐ。

 

将和は一切ためらわず、杯を一気に飲み干し、気付けば10杯目に差し掛かっていた。

 

──ゴクリ。

 

屋台の空気が止まる。

 

「飲んだ……これで10杯目よ……!」

「表情が変わらない……だと?」

 

二人の飲み比べを見ていたミスティアとロンメルは目を丸くする。

同じ量を飲んでいた萃香も目を丸くし、次の瞬間――楽しげに笑った。

 

「いいねぇ!じゃあ次はこれだ!」

 

萃香は瓢箪を振り、さらに濃い酒を注ぐ。

鬼の酒の中でも“上物”――普通の妖怪なら一口で倒れる代物だ。

 

将和はそれも一気に飲み干した。

 

「……ふぅ。ちょっと強いな、これ」

 

「ちょっとで済むの!?」

「将和……君、前世で何を飲んでいたんだ……?」

 

ミスティアとロンメルが呆気にとられ、萃香はついに立ち上がった。

 

「よし、分かった!あんた、本気で飲める奴だ!なら――鬼の本気を見せてやる!」

 

萃香は瓢箪を逆さにし、自分の杯に“鬼の原酒”を注ぐ。

 

そして将和にも同じ量を注ぐ。

 

「これが飲み干せたら、あんたの勝ちだ!」

 

将和は杯を持ち、萃香を見た。

 

「じゃあ――勝負だ」

 

二人は同時に杯を傾けた。

 

──その瞬間。

 

「……っ……!」

「……うん。これは……旨いな」

 

萃香の顔が、ぴたりと止まった。

一方の将和は平然としていた。

萃香は震える手で杯を置き、そのまま、ぐらりと身体を揺らした。

 

「……か、勝ったのか……?」

「萃香さんが……飲み比べで……負けた?」

 

ロンメルとミスティアは目を見開き、思わず立ち上がる。

萃香はしばらく黙っていたが、やがて、ぽつりと呟いた。

 

「……あんた……本当に……面白いねぇ……」

 

そして、どさりと将和の肩にもたれかかった。

 

「……次は……負けないからね……?」

 

将和は苦笑しながら、萃香の頭を支える。

 

「大丈夫か?」

 

萃香は目を閉じたまま、笑った。

 

「……鬼の私が……人間に負けた……こんなの……久しぶりだよ……」

 

その声は、悔しさと楽しさが入り混じっていた。

 

──この夜。

伊吹萃香は、人生で数えるほどしかない“敗北”を味わった。

 

そしてその悔しさは、後に幻想郷を巻き込む“宴会異変”の火種となる。

 

鬼は、負けたままでは終われない。

ましてや――気に入った相手になら、なおさら。

 

萃香の胸に、静かに炎が灯った。

 

「……次は……勝負で勝つからな……?」

 

その呟きは、誰にも聞こえなかった。

 




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