「…………」
「…………」
将和とロンメル。
二人が練兵場にて向かい合った瞬間――空気が変わった。
ロンメルがグランドリオンを構えた瞬間、周囲の空気が“戦場”へと変質する。
砂漠の熱風のような圧。
敵の位置を読む鋭い眼光。
そして――戦術家特有の“静かな殺気”。
(……これは、萃香の時とは違う。戦場特有の肌触りだな……!)
将和もマスターソードを構え、ロンメルを見据える。
練兵場にて二人の対峙を見守っていた者達の間には緊張が走った。
「スペルカード――『砂漠戦術・機動包囲陣』!!」
ロンメルがスペルカードを発動した瞬間――周囲に砂塵のような光が舞い、高速で動き出した。
砂塵のような光が将和の四方八方から迫る。
「速い……!」
将和は剣を振るうが、ロンメルの弾幕を“捉えきれない”と理解すると、走りながら躱す。
迫ってくる弾幕が“見えた瞬間には当たっている”ぐらいの豪速球であったからだ。
まるで――MLBで防御率2.33・219奪三振・15勝を誇る二刀流選手のようなスイーパーボール。
ふつうの直線弾幕と違い、曲線を描きながら死角へ回り込んでくるため、将和は弾幕の雨を躱しながら翻弄された。
「戦場では“見えてから避ける”では遅いのだよ、将和!」
「――くッ!」
ロンメルの声が響く。
将和は必死に目を凝らすが、ロンメルの弾幕は“弾幕”というより“戦術”だった。
――誘導・死角取り・包囲・退路封鎖
ロンメルが北アフリカ戦線で培ってきた経験すべてが、弾幕という形で具現化しているようであった。
――反応が追いつかない。
だが――
「てぇやあぁ――!!」
「――っ!」
将和は徐々に“目で捉えられる”ようになり、ロンメルの弾幕を打ち返し始めた。
跳ね返された弾幕をロンメルは体を反らすことで躱す。
「弾幕の流れを読めば対処することは造作ない!」
「やるな、将和!」
ロンメルは笑い、次のスペルカードを発動する。
「スペルカード――『戦術眼・読まれた退路』!!」
「――っ!?」
ロンメルが次に放ってきた弾幕を将和は躱そうとすると、弾幕たちが――曲がり迫ってきた。
それはまるで追尾機能を持ったミサイルのような弾幕。
将和が避ける方向へ、まるで“未来を読んだように”軌道が変わって襲いかかってきたのである。
(これは……!俺の動きを“読んで”飛んできてる……!)
ロンメルの声が飛ぶ。
「戦場では、敵の動きは“読む”ものだ!」
(これは……背中を守った方が良さそうだ!)
将和は咄嗟に盾を背中に背負い両手で剣を構えると、正面から襲いかかってくる弾幕を打ち返しながら対処する。
しかし――
ガァンッ!!
「うおぉ!?」
背中から強い衝撃を感じた将和は、大きく前へと倒れ込む。
盾がなければ即アウトだった。
「やるな、ロンメル……!――なら、これでどうだ……ッ!」
立ち上がった将和は深く息を吸い、詠唱を始めた。
「天空を満たす光、一条に集いて神の裁きとなれ!――サンダガ!!」
空が裂けた。
凄まじい雷光が降り注ぎ、ロンメルの弾幕を一瞬で消し飛ばす。
「なに……!?」
ロンメルは驚愕した。
観衆も息を呑む。
「すげぇ……!」
「勇者様の魔法だ……!」
将和が一気に距離を詰める。
ロンメルもグランドリオンを構え、二人の剣が激突した。
火花が散り、砂が舞う。
将和が攻め、ロンメルが守る構図が繰り広げられる。
ロンメルは、将和の剣戟を受け止め、いなし、あるいはかわす。
冷淡な表情で将和の攻撃を見切り続けた。
攻め立てる将和に対し、初めからロンメルは己が剣術で劣ることを理解し、堅実な守りを固めたのである。
幾十の剣戟を交えてなお、互いに一歩も引かない斬り合いが展開された。
そんな光景に観衆は息を呑む。
「やるな、将和。まさか、あのような隠し球を有していたとは……!」
「つい最近覚えた魔法だ。実戦で使うのは、今回が初めてだったさ……!」
一進一退の攻防。鍔迫り合いを経て、お互いに一閃――軽く両者の服が斬れる。
マスターソードとグランドリオン――双方の剣は名剣に漏れず、良い性能と共に高いクリティカル率を誇っていた。
(剣が届かない……!? 剣の腕も弾幕も萃香とは違う……!“読み”が鋭い……!)
(やはり将和と正面からやり合うと分が悪いか。ならば……!)
ロンメルは将和の剣筋を読み、最小限の動きで受け流す。
「将和、君の剣は“正面からの突破”に優れている。だが――」
鍔迫り合いの中、ロンメルが低く呟く。
「戦場では、正面から来る敵ほど“読みやすい”」
「っ……!?」
将和は目を庇いながら睨み据える。
ロンメルが弾幕を地面へと当てて、将和の前から姿を消したからである。
砂煙が晴れると、ロンメルは距離を取っていた。
「スペルカード――『包囲・砂漠の狐の罠』!!」
ロンメルが新たなスペルカードを発動すると、弾幕が将和の四方から迫る。
(さっきの弾幕より遅い……?)
将和は剣で弾幕を弾き返そうと振るった。
その瞬間――
パァンッ!!
「なにっ!? うっ……!!」
剣が触れた瞬間、弾幕が爆発し、強烈な閃光と爆音が響いた。
次の瞬間、将和の視界は白く染まり、耳鳴りがするような感覚に見舞われ膝をつく。
(これはまさか……閃光弾!? ロンメル! 俺の“弾き返し”を逆手に取ったのか……!!)
「抜かったな、将和」
ロンメルの笑い声が響く。
「君は弾幕を弾き返す癖がある。なら――そこに罠を仕掛けるだけだ」
戦場では、敵の“癖”を利用する。
ロンメルのお得意戦法であったが、将和は今回読み違えてしまった。
視界が戻る前に、ロンメルの弾幕が直撃し勝敗が喫する。
ズドォンッ!!
「…………」
将和は地面に倒れ込む。
観衆が静まり返る中、ロンメルは剣を下ろし、静かに言った。
「……私の勝ちだ、将和」
将和はゆっくりと起き上がる。
悔しさよりも――“納得”があった。
「……戦いは時の運――いや、これは完璧に俺の不覚だな」
ロンメルは手を差し出す。
「良い戦いだった。君は強い。だが――戦場では“強さ”だけでは勝てないものだ」
将和は苦笑しながら、その手を握り返した。
観衆から拍手が起こる。
「ああ、勇者が負けたか……!」
「大将の方が一枚上手だったな」
「ロンメル閣下の作戦勝ちだな」
「勇者様でも負けるんだな……」
「ロンメル将軍、すげぇ……!」
「どっちも強かった……!」
「勇者も強かったが、相手が悪かったな」
「三好長官もロンメル将軍も流石だよ。どっちが勝っても可笑しくなかった」
群衆の状況を見て、慧音は満足そうに頷いた。
(これで良い。将和が“完全無欠ではない”と皆が知れば、“努力する一人の人間”として見られるだろう)
これこそが慧音の狙いだった。
周りに現実的な見方をして貰う為にも、良い勝負が出来るロンメルに相手取って貰ったのである。
とは言え――
「負けたよ、ロンメル。これが実戦なら俺は戦死だな」
此度の勝負、将和は狙って負けたわけではなく“本当に弾幕勝負で負けた”のであった。
「確かに実戦だったならば次はない。しかし“訓練”での敗北なら幾らでもありだろう。次にその経験が活かせるのだからな」
「……ありがとう、ロンメル。この敗北は、必ず次に活かすよ」
将和の瞳は、敗北の中で確かに“強く”なっていた。
「将和。良ければ君も時々は訓練に参加してみないか? 自警団の者達を鍛えるのに、君の指導が入れば心強い」
「報酬が出るならやっても良いぞ」
「決まりだな。よろしく頼む」
二人は固く握手を交わし、別れようとしたその時――
「待って下さい、三好長官!」
鋭い声が響いた。
将和が振り向くと、訓練で見かけた一人の青年が駆け寄ってきた。
汗と土にまみれ、しかし瞳だけは鋭く澄んでいる。
青年は将和の前に立つと、迷いなく敬礼した。
その敬礼は――陸軍軍人のそれだった。
将和は目を細める。
「その通名を知っているということは、君も俺と同じ世界の出身なのか?」
青年は姿勢を正し、はっきりと答えた。
「はい。生前は三好中佐にお世話になりました」
将和の胸が強く打った。
「将治を知っているのか……!」
青年は頷いた。
「はい。中佐は……私の上官でした」
将和の脳裏に、前世の次男――三好将治の姿が浮かぶ。
長男・三男が海軍航空隊へと進んだのに対し、息子たちの中で唯一帝国陸軍へと進んだ息子。
戦車連隊長として、サイパン、満州等、幾多の戦場を駆け抜けた息子。
その息子の部下が――今、目の前にいる。
「君の名は?」
青年は胸を張り、名乗った。
「船坂弘。元・帝国陸軍軍曹であります!」
「…君がか!?」
将和は息を呑んだ。
前世で直接の面識は無かった将和は彼の事を伝説として知っていた。
それは将和が対米戦争の歴史を勝利に変える前に住んでいた現代日本にて、およそ半世紀前の日本がアメリカに敗北した世界戦において、敗走する日本軍の中で唯一米軍に個人で武功を立てた「最強の日本兵」の一人であった。
そんな彼は、将和が変えた世界線の歴史において“伝説”になることはなかった。
だが――才能は変わらない。
将和は青年の瞳を見つめた。
その奥にあるのは、
“折れない心”
“死線を越える胆力”
“戦場で磨かれた勘”
――まさに“鬼神”の片鱗。
(……こいつは、強くなる)
「将和、彼とは知り合いか……?」
ロンメルが尋ねる。
「俺の世界で、息子の部下だった男だ」
ロンメルは青年を見つめ、静かに頷いた。
「なるほど……良い目をしている。戦場を知る者の目だ」
船坂は恐縮しながらも、ロンメルを真っ直ぐ見返した。
「将軍の戦い、拝見しました。あの弾幕……あの戦術……自分も、いつかあの境地に至りたいと思います」
ロンメルは微笑む。
「なら、特別に鍛えてやろう。君には見込みがあるように見える。どうだ?」
船坂は驚き、そして深く頭を下げた。
「身に余る光栄です……! ぜひ、お願いします!」
その声は、迷いも恐れもなかった。
将和は横で聞きながら、心の中で呟いた。
(……やはり、見抜くか。人を見る目も流石だな、ロンメル)
船坂が敬礼しながら立ち去ると、ロンメルは将和に向き直る。
「将和、あの青年を君はどう見る?」
将和は迷わず答えた。
「……あいつは、将来俺たちを超える存在になるかもしれないぞ、ロンメル」
こうして将和はロンメル達と別れ、博霊神社への帰路につく。
将和と別れたロンメルも慧音と共に自宅へと帰ろうとするが、訓練が終わり、グランとリオンは疲れて眠ってしまったので、ロンメルはグランを、慧音はリオンをおんぶして歩く。
夕暮れの道を並びながら歩く姿は仲の良い夫婦そのものであった。
ふと、ロンメルの顔を覗き込んだ慧音は微笑む。
「あなた、良い顔をしているわ」
「そう見えるか?」
「ええ。久しぶりに“戦った男”の顔ね」
ロンメルは照れくさそうに笑う。
知らず知らずの内に満足そうな思いが表情から表れていたらしい。
「しかし、あの試合。私が負けても可笑しくなかった。剣を中心に戦う将和とは、本来私は相性が悪い。今日勝てたのは……初見だったからだ」
慧音は頷く。
「あなたの能力は“弾幕空間”でこそ真価を発揮するもの。剣士相手に勝てたのは、あなたが本物の戦術家だからよ」
ロンメルは空を見上げた。
「……また戦いたいものだ」
慧音はくすりと笑う。
「はいはい……子どもみたいなこと言って」
二人の笑い声が、夕暮れの道に溶けていった。
(……はじめて負けた。だが、これは必要な敗北だった。次の異変で――必ず活かそう)
神社の階段を上りながら、将和は今日のロンメルとの弾幕勝負に思いを馳せる。
夕暮れの博麗神社は、どこか懐かしい匂いがした。
「ただいま」
将和が鳥居をくぐると、二つの影がこちらへと迫ってくる。
「お帰り」
「お帰りなさい、将和さん!」
霊夢と美鈴。
二人ともエプロン姿で、まるで“家族を迎える”ような柔らかい笑顔だった。
「……美鈴?」
将和が目を瞬かせると、霊夢が肩をすくめた。
「今日は美鈴と一緒に夕食を作ってたのよ。朝、材料を持って来てたでしょ? だから使わせてもらったわ」
「そうなんだな……。それにしても、二人とも仲良くなったんだな」
霊夢は少し照れたように笑う。
「女同士で、色々と話したのよ。わだかまりは、もうないわ」
美鈴も頷く。
「はい。霊夢さんとは……ちゃんと向き合って話しました。これからは協力し合うことにしたんです」
将和は胸をなで下ろした。
(……良かった。二人が敵対しなくて)
そんな将和に、霊夢が静かに歩み寄る。
「ねぇ、将和」
「ん? どうした」
霊夢は真剣な目をしていた。
“将”ではなく、“将和”と呼ぶ時に彼女が話すのは大事な話である証拠である。
「聞きたいことがあるの。あなたが……女性に求めるもの“モノ”って、何?」
「……は?」
「…………」
霊夢の発言に将和は目を見開く。
美鈴も静かに見つめていた。
将和は戸惑う。
「唐突にどうした?」
「あなたのことを、もっと知りたいのよ」
霊夢は一歩近づく。
「貴女が女性に求めるモノは愛? 優しさ? 思いやり? 肯定? 寄り添ってくれる温かさ? それとも……夜の営みかしら?」
「…………???」
将和は言葉に詰まった。
(なんだこの質問……霊夢は何を求めてる? どう答えるのが正解なんだ?)
困惑する将和に、美鈴が優しく言う。
「将和さんは、“どう言えば私たちを傷つけないか”――それを真っ先に考えるんですね」
「……ああ。それが俺だからだ。誰だって“自分を否定せず受け入れてくれる人”を求めるだろ」
霊夢は静かに頷いた。
「だから私は思ったの。あなたが本当に求めているのは――“家族”なんじゃないかって」
「……家族」
将和は息を呑んだ。
――家族。
その言葉は、胸の奥に深く刺さった。
前世で手に入れた幸せ。
今世でもう一度、手に入れたいと願ったもの。
(……俺は、何を求めている? 霊夢を引き留めた時の焦り……美鈴に向けた安心感……あれは知らず知らずの内に二人に対して“一緒にいて安心できること”を求めていたんじゃないか。共に支え共に笑い共に幸せを共有する協力し合える関係性――それは言葉にするなら……)
霊夢がそっと将和の手を取る。
「あなたは私が離れようとした時、美鈴には見せなかった焦りを見せた。あれは……“家族を失いたくない”って気持ちだったんじゃない?」
美鈴も将和の反対側に立ち、優しく微笑む。
「私も……あなたの家族になりたいです」
将和は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……俺は……俺が欲しいのは“家族”だった。俺のこと、理解してくれて……ありがとう」
霊夢が将和を抱きしめた。
「愛してるわ、将」
美鈴もそっと抱きつく。
「愛しています、将和さん」
決定的となる言葉が囁かれた瞬間――頬に湿った感触がした。
二人の温もりが、将和の心を満たしていく。
(……ああ。これが……家族の温かさか)
霊夢が顔を上げ、将和の頬に手を添える。
「……将」
そのまま、霊夢はそっと唇を重ねてきた。
柔らかく、静かで、温かい――
将和の心臓が跳ねる。
一度目の時は感じなかった気恥ずかしさを覚えた。
霊夢は唇を離し、照れたように微笑んだ。
「……これで、もう逃がさないわよ」
美鈴も顔を赤くしながら言う。
「その……私も……」
将和は頷き、美鈴の頬に手を添えた。
そして――ゆっくりと、美鈴の唇に触れた。
「ん……」
美鈴は目を閉じ、小さく震えながらも、幸せそうに微笑んだ。
「……ありがとうございます、将和さん」
将和は二人を見つめ、静かに言った。
「こんな俺だが……幾久しく、よろしく頼む」
霊夢と美鈴は同時に答えた。
「「はい!」」
その声は、まるで誓いのように澄んでいた。
こうして三人は――“家族”としての第一歩を踏み出した。
──数日後。
幻想郷の湖畔に、静かに空間が揺れた。
「…来たわね」
永琳は、てゐと鈴仙を伴い、湖畔の結界の前に立っていた。
空間が裂け、月の光が差し込む。
そこに現れたのは、月の威厳を纏う二人の姫。
──綿月豊姫
──綿月依姫
豊姫は柔らかく微笑み、永琳へ歩み寄る。
「お久しぶりですね、八意様。“山と海を繋ぐ程度の能力”で、幻想郷の指定座標に降り立ちました。月の都からの正式な許可は出ていませんが、私たち姉妹の裁量で動ける範囲です」
永琳は一歩前へ出ると微笑む。
「久しぶりね、豊姫。依姫も、来てくれてありがとう」
依姫は一歩前に出ると、永琳との再会を喜ぶ。
「はい。お久しぶりです、八意様。鈴仙も元気そうで何よりだわ」
「依姫様……!」
依姫は鈴仙へと抱き付く。
月から逃げ出した自身を受け入れてくるその器量に鈴仙は涙を流しそうになる。
「よく頑張っているわね、鈴仙」
その声は優しい。 だが、 その奥にある“絶対的な力”もまた、感じられたのである。
永琳は二人を見つめ、深く頭を下げた。
「来てくれてありがとう。あなたたちを喚んだのは他でもない。無理を承知でお願いしたいことがあるの」
依姫と豊姫はお互いに目線をあわせると、表情を引き締める。
「地上の民と剣を交える……八意様は、そう望んでいるのですね?」
「ええ」
永琳は静かに頷いた。
依姫は、申し訳なさそうな表情で返事を返す。
「ご助力したいのは山々ですが、仮に私が神霊を呼ぶ能力を使えば、月の都から反逆を疑われる可能性があります。申し訳ありませんが、異変の発生側に立つことは、私たちの立場上は無理です」
依姫の返事に永琳は依姫の目を見つめ答える。
「だからこそ、あなたには“剣”だけで立ってほしい。神霊を呼ばず、弾幕と剣術のみで。それならば、月の都も干渉できない。あなたの裁量で動けるはず。なにより――剣の腕が立つ者と戦ってみたくはありませんか?」
依姫は目を見開く。
永琳の言葉は、彼女の中の“剣士”としての誇りを静かに揺さぶった。
依姫はしばらく考え、永琳の目を見つめた。
「確かに剣と弾幕のみでの交戦であれば、私の裁量で動けますが――その剣士はそんなに剣の腕が立つ相手なのですか?」
永琳は頷く。
「ええ。相手は人の身でありながら、“鬼神の力”を扱う。多種多様な妖怪と剣を交え、負かした男よ。あなたの剣で、彼の力を測ってみてほしい」
依姫は息を呑んだ。
「人間が鬼神の力を……? その者の名は、何というのですか?」
鈴仙が口を開く。
「三好将和。 博霊の勇者と呼ばれている男です」
鈴仙からの返事に依姫は空を見上げ、 静かに呟いた。
「……人間が鬼神の力を扱うなんて、 本来あり得ないこと。 でも―― あなたたちが言うのなら、 本当なのでしょうね」
永琳と鈴仙は頷く。
「ええ。 そして―― その力は月の民にとっても“脅威”になり得る」
「……なるほど。 だから私たちを呼んだのですね」
永琳の言葉に豊姫は納得する。
「あなたたちの力が必要なの。依姫……あなたの剣で、彼の意志を確かめてほしい。これは、戦争ではなく“対話”です」
依姫はしばらく沈黙した後、静かに剣の柄に手を添えた。
「分かりました。神霊は呼べませんが“ただの剣士として”――八意様のために、この身をお貸しします」
永琳は満足げな表情を浮かべると、依姫の両手を握り締める。
「ありがとう、依姫。この異変は、幻想郷と月の都、双方の“未来”を決めるものになる。あなたの剣が、その鍵になる」
依姫は静かに息を吸い、 竹林の風を感じた。
「幻想郷……地上に降りるのは初めてだけれど…… 悪くないですね。 空気が澄んでいるように思います」
豊姫は微笑みながら、空を見上げる。
「月は、今夜も静かですね。でも“時”は動き始めている。妹の剣がどんな“物語”を紡ぐのか…姉として見届けさせていただきます」
──こうして、綿月依姫は幻想郷に降り立つ。
月の都の忠誠と、剣士としての誇りを胸に。
異変の発生側に立つという葛藤を抱えながらも、彼女は静かに剣を抜く。
その剣は、ただ一人の地上の剣士――三好将和へと向けられていた。
御意見や御感想等お待ちしていますm(_ _)m