ウマ娘プリティーダービー 《Red Resurrection》 作:矢面
あの日──私たちは、運命と巡り合った。
『最終コーナー、最初に立ち上がったのは……!』
吐く息が白く曇る十二月下旬、中山レース場。
年末の大一番、有馬記念。
冬の空は高く、冷たい陽光が馬場を照らしていた。スタンドを埋め尽くす観客は幾万の群れとなって渦巻き、その熱気は氷点下の空気をも押し返していた。
『後方待機組が一気にスパート! 大集団がなだれ込む──!』
実況が放たれた瞬間、耳を貫くような歓声が波のように押し寄せる。人々の喉が、思い思いの名を叫び、旗や紙が揺れ、無数の足音がスタンドを震わせる。熱狂は空気そのものを震動させ、私の小さな身体まで突き抜けてきた。胸の奥で鼓動が暴れ馬のように暴れ、息は浅く、瞬きすら惜しい。視界も聴覚も、嗅覚までもがレースという一点に吸い込まれていく。
『──ここで、見事な追い上げを見せてくる!』
響く実況は、鼓動と混ざって自分の内側まで響いた。
次から次へと飛び込んでくる情報は、濁流のように荒々しく、理解が追いついたと思った瞬間には、もう次の光景に塗り替えられている。耳に飛び込む蹄鉄の音は金属を叩く鋭さと、大地を蹴る重さを併せ持ち、胸骨を震わせた。芝を削る匂いが風に混じり、私の頬を撫でて通り過ぎていく。
最前線では、二人のウマ娘が並び立ち、一歩も譲らず激しくぶつかり合っていた。
目に見えない刃で互いを削り合うような、全力の走り。吐息は白く弾け、額の汗は冬陽を反射し、一瞬の煌めきとなる。肩と肩がぶつかれば陽炎のように空間が揺らぎ、芝と泥の飛沫が細かな宝石のように宙を舞った。
──すごい……すごい……!
幼い私の胸は、熱に焼かれるように高鳴っていた。
目の前にあるのは、走ること以外の全てを超越した「生き様」そのもの。
一歩踏み出すたびに、勝利への渇望が空気を裂き、信念や覚悟などという言葉では到底足りない何かが全身から溢れ出していた。
『激しい一騎打ち──勝利の栄冠を掴むのはどちらのウマ娘か!』
耳を裂くような実況の声。
群衆の叫びは波濤のように押し寄せ、心を掴んで離さない。
先頭で争う二人の姿だけが世界を支配し、私の時間を奪い尽くしていた。
『──今ゴール! 素晴らしい走り! 年末のこのレースを制したのは──!』
決着は瞬きの間だったはずなのに、その刹那は何分にも何時間にも感じられた。観客席が地震のように揺れる。拍手が雪崩のように降り注ぎ、幾千の歓声が天へと突き抜けていく。
ほんの数分の出来事──けれど、その数分は永遠よりも深く私の心に刻み込まれた。
「ガーベ!」
隣で、少年が大声で私を呼んだ。体を揺らす歓声よりも熱く、頬は赤く、息は白く、興奮を抑えきれない顔をしている。
「すっげえカッコよかったな!」
まるで今すぐバ場へ駆け出していきそうな勢いで、彼は私を見つめる。その瞳には、このレースの熱がそのまま宿っていた。
彼もまた、私と同じくその熱を宿していた。
──うん……すごく、カッコいい……!
唇から零れたその言葉は、胸の奥で燃え盛る鼓動に押し出されたものだった。
頬が熱く、指先まで震えている。
あの走り、あの瞬間──私にとって、それはあまりにも鮮烈で、あまりにも抗いがたい「運命の輝き」だった。
だったのだ。