つぎはぎの騎士と笑う死霊術師   作:藤屋・N・歩

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魂の名前

 セレスの指が、机に広げられた地図の上を滑った。

 その動きはまるで、外科医が手術の切開点を冷静に定めるような正確さと慎重さに満ちていた。

 

 彼女の目が、ある一点を指し示す。

 

「まずは、南のザラン砦。

 “王国騎士レオ・ヴァレンティア”という名を持つ者が、本当に存在したのか。

 過去の戦歴、関係者の記録、残された遺体……そこから解析を進めます」

 

 レオは地図を見つめていた。

 

 ザラン砦。懐かしい地名だった。だが、それは今のこの“自分”には、あまりに遠い。

 

「こんな姿で行って何になる……俺の名が通じるわけがない。

 今さら……何が掘り返せる?」

 

 セレスは顔を上げ、静かに問い返す。

 

「では、“今のあなた”は何者なのですか?」

 

 レオは答えなかった。

 

 鏡の中に映る、自分ではない女の顔――あのつぎはぎの身体が脳裏をよぎる。

 

 剣を振るえば振れる。戦える。魂は、確かにここにある。

 

 だが――“誰”として、生きるのか。

 

 それだけが、答えられずにいる問いだった。

 

 言葉を探す間に、沈黙が落ちる。

 

 やがてセレスがひょいと鞄を肩に担ぎ、軽やかに踵を返す。

 

「では、さようなら」

 

 さらりと言い捨てたその声に、レオの視線が僅かに揺れる。

 

「助けていただきありがとうございました。命を救い、魂を繋ぎましたので、これにて貸し借りは帳消しということで」

 

 背を向けたまま、セレスは軽やかに歩き出そうとする。

 

 レオは、その場から動かず背中を見つめていた。

 そのあまりの軽さに、思わず問い返す。

 

「……お前、それ本気で言ってるのか」

 

「ええ、本気で」

 

 振り返ったセレスの顔は、実にあっけらかんとしていた。

 

「あなたは、燃え盛る馬車の中で迷いなく剣を抜き、私の前に立ちました。

 顔も名も知らない女のために。

 それは――“騎士の中の騎士”、まさに“行動が魂を証明する”瞬間でした」

 

 レオの眉が微かに動いた。

 

「……なら、なんでこの姿に」

 

「魂の適合と保存条件を優先した結果ですね。

 あ、あと私の審美眼も加味されています。これは私の術者としての誇りです」

 

「……勝手に誇ってるなよ。こっちはこの姿で生きてく羽目になってるんだぞ」

 

 セレスは少しだけ目を細めた。

 軽口のままに見えて、その瞳の奥には確かな誠実さがあった。

 

「誤解なさらずに。私はあなたを“騎士らしい姿”にしようとしたのではありません。

 “騎士であるあなた”にふさわしい器を、最大限の敬意をもって組んだつもりです」

 

「……つもりか」

 

「はい、つもりです」

 

 即答だった。

 ぶれない声音。確固たる自信。冷静で、まるで学術的な結論を述べるような口ぶりだった。

 

 だからこそ、レオは反論しようとして、ふっと息を吐いた。

 

「……それで、さよなら、か」

 

「あなたが望むなら。……それとも、まだ何か?」

 

 セレスの問いかけに、レオはようやく口を開いた。

 

「……俺は何者でもなくなった。

 だが、“かつての俺”をただ見捨てるのは、逃げだと思う」

 

 セレスは唇の端を緩める。

 

「ふむ、やはり“騎士の中の騎士”ですね」

 

「だから、その言い方やめろ」

 

「褒めてるんです。最大級に。……で、私にどうしろと?」

 

「同行を頼む。お前の力がいる」

 

 その一言に、セレスの表情がふわりと和らいだ。

 

 からかいでも皮肉でもない、ほんとうの笑み。

 

「ええ、もちろん。もともと“魂の旅”には興味がありましたし。

 あなたのような騎士の魂なら、なおさら価値があります。

 この目で最後まで見届ける義務が、術者として私にもあるでしょう」

 

 レオは少しだけ口を引き結んだ。

 

「……そういう風に言われるのも、なんか……落ち着かないな」

 

「では、口は慎みますが、態度は変えません。

 よろしくお願いします、“騎士の中の騎士”殿」

 

「……“騎士の中の騎士”ってのはもう言わないでくれ」

 

「了解しました、“騎士の魂の鑑”さん」

 

「……もっと悪化してるだろそれ」

 

 二人の会話の最後には、微かに風が吹いた。

 

 その風は、まだ名も定まらぬ騎士の魂が向かう先を――確かに示していた。

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