つぎはぎの騎士と笑う死霊術師   作:藤屋・N・歩

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消された騎士たち

 宿の夜は静かだった。

 

 酒場の喧騒も徐々に落ち着き、陽が沈んだ後は、客の多くが部屋に引き上げている。

 残るのは、黙って安酒を舐める一人の男――カイ・ルザルド。

 

 長年の戦場の空気をそのまま纏ったような男だった。無口で、油断がない。だが、どこかに抜けた温もりがある。

 

 レオは、階上の部屋の窓からその姿を見下ろし、深く息を吐いた。

 

「……セレス。あいつを部屋に誘い出す方法、思いついた」

 

 隣で帳面を見ていたセレスが、ぱちりと瞬きをして振り返った。

 

「騎士殿が……これは興味深い」

 

「言うな。言葉にするな。二度と言うな」

 

「了解しました。記録だけはしておきますね」

 

 

 

 

 

 

 酒場の隅、カイの背後の席に、“レオ”がそっと腰を下ろした。

 今は、“あの身体”――女の姿のまま。

 剣は背に隠し、声を低く抑え、肩の布をわずかに落として見せる。

 

「……ご一緒、しても?」

 

 女の声に、カイが視線を向ける。老いた目はまだ鋭く、一瞬の警戒を見せたが、すぐに和らぐ。

 

「……嬢さん、旅の人かい」

 

「ええ。ひとりでは心細くて。歩き詰めで熱くなってしまって……」

 

 胸元をはだけさせて微笑んで見せる。

 

「こんな傷だらけの身体ですが……」

 

 カイの目は分かりやすく動いた。

 笑顔の奥でレオの奥歯が軋む。

 

(……こんな、屈辱が……)

 

 だが、目的は果たせた。

 男は、誘いに応じて席を立った。

 

 

 

♦ 

 

 

 

 静かな部屋の中、カイが上着を脱ごうとした、その瞬間だった。

 

「カイ・ルザルド」

 

 女の口が、その名を呼ぶ。

 

 動きが止まり、空気が張り詰めた。

 

 次の瞬間、レオは振り返り、手にしていた鞘付きの剣を腹部へと叩きつけた。

 

「ぐっ……!」

 

 鈍い音とともにカイが転がり、机が倒れ、ランプの炎が揺れる。

 

「誰が“座れ”と言った。俺は――騎士レオ・ヴァレンティアだ」

 

 倒れたままのカイが、信じられないものを見るような目で見上げる。

 

「……嘘、だろ……?」

 

「本物だ。死んだはずの俺が、生きている。お前が“そうした”んだろう」

 

 足音を響かせ、レオが近づき、カイの襟をつかんで引き起こす。

 

「俺を、死んだことにして消した。記録から名を消し、戦いの痕跡すら葬った。

 誰の命令だ。なぜだ。答えろ、カイ」

 

 呻きながらも、カイはわずかに笑った。

 

「……本当に……お前なのか……」

 

「答えろッ!」

 

 鞘が床を叩きつけるように鳴った。

 

「部隊を消してまで、何を守った……!」

 

 隠れていたクローゼットの奥。セレスは珍しく真顔で、その光景を見つめていた。

 記録帳に、一文だけ走らせる。

 

『騎士、魂の激昂。自らの羞恥を越え、真実へ踏み込む。』

 

 カイは、倒れた椅子の傍に身を落ち着け、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ああ。……お前は、疎まれていた」

 

 重く、苦い声だった。

 

「正直すぎて、強すぎて、黙って従うには危なっかしかった。

 上層部……いや、“今の宰相”になった男にとっては、特に」

 

「リュグナー・ヴァルテノス」

 

「……ああ。あいつがまだ戦略局長だった頃の話だ。

 お前の戦果が目立ちすぎて、“そのままでは上に立たれる”と恐れた。

 そして、無理のある命令が下された。補給なし、援軍なし。

 ナクス前線へ――“死ぬまで戦え”って命令だった」

 

「俺を殺すために、部隊ごと……!」

 

「それだけじゃない」

 

 カイの声に、自嘲が滲む。

 

「俺も、加担した。……村に、家族がいる。飢饉の年に、飢えで死にかけた。

 リュグナーはそこへ“救援”を送ってきた。……代価は、お前を死なせることだった」

 

 レオの拳が震える。

 

「……裏切りの報酬が、麦と金だったか」

 

「違う。……俺が裏切ったのは、“自分の誇り”だ」

 

 カイの目が、潤みさえ浮かべていた。

 

「……お前に、生きて帰ってきてほしくなかった。戻れば、全部に気づくと思ったから……」

 

 言葉を失う室内。

 沈黙の中で、カイがさらに絞り出すように続けた。

 

「だがな――あの男は、魂にまで手を伸ばし始めてる」

 

「……魂?」

 

 その言葉に、隠れていたセレスが身を乗り出す。

 

「何を知っているのですか?」

 

 カイはため息のように言った。

 

「お前の部隊が“戦死”として処理された後、あの男はその部隊を継いで、“戦死者管理局”を私兵部隊に変えた。

 死体の収集、魂の封印、遺族の沈黙……

 最近じゃ、“魂を抜いて別の兵士に埋め込む”なんて話もある」

 

 レオが一歩、前へ出た。

 

「……俺が消されたのは、ただの実験だった?」

 

「そうだ。魂の記録から消す――その試みの、始まりだった」

 

 セレスの目が静かに細められた。

 

「……魂の意志改竄。それが本当なら、協力者がいるはず。魔術の領域を越えてます」

 

「いるさ。“屍語の連盟”っていう、禁術を扱う連中と組んでる。

 そして今、リュグナーが進めてるのが――《フェリクス計画》」

 

 レオは、黙って鞘を拾い上げた。

 

「だったら、俺が生き返った意味がある」

 

「何?」

 

「俺たちを殺したやつが、国そのものを穢してるなら――今度は、俺の剣で終わらせる」

 

 セレスは、微かに笑みを浮かべた。

 

「ようやく、“あなたの真の目的”が見えてきましたね。騎士殿の魂、やはり美しい」

 

「うるさい。俺の魂は展示品じゃない」

 

「ええ、美しくても、戦うための騎士ですから」

 

 そのとき、鋭い足音が廊下を満たした。

 

 戦闘に慣れた兵士の気配。レオとセレスは、同時に反応する。

 

 ドン、と扉が蹴り破られた。

 

 黒衣の刺客が三人、無言で雪崩れ込んでくる。

 

「……裏切り者の口を塞ぐ」

 

 狙いは、まだ床にいたカイ。

 

「させるかっ!」

 

 レオの剣が唸り、戦いが始まった。

 レオの声と同時に、鞘付きの剣が横一線に振るわれた。

 

 刺客の刃が逸れ、体ごと吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、呻く間もない。

 

「……っ、騎士……」

 

 もう一人が踏み込んでくる。レオはそれをかわし、膝を低く落として剣の柄で喉元を打ち抜いた。

 

 “この身体は、剣を覚えている”

 

 ――戦いは数十秒で終わった。

 

 最後の刺客が逃げようと背を向けたその瞬間、セレスの術式が部屋の床に展開された。

 

「《縫魂封(デバリザイン)》」

 

 黒い糸のような魔法が床下から立ち上がり、逃げかけた刺客の足元に絡みつく。

 

 バチン、と音を立てて動きが止まり、そのまま床に沈み込むように気を失った。

 

 静寂。

 

 レオが剣を鞘に戻し、乱れた呼吸を整える。

 

 セレスが、部屋の奥の影から姿を現した。

 

「だから言ったでしょ? あなたの身体は、剣を振るうためのものだと」

 

 誇らしげな笑顔を浮かべるセレスに、レオがやや呆れた目を向ける。

 

「その割には、しっかり奥に隠れてたな」

 

「私は術師ですから。剣で前に出るのは騎士殿の役目」

 

「便利な立場だな」

 

「術師ですから」

 

 セレスは涼しい顔で記録帳を取り出し、刺客の様子を観察しながら言った。

 

「しかしこの騎士......死体ですよ」

 

 青白い顔を見て呟きながら、彼女の手は無意識に腰の護符を撫でていた。

 

「……さて、これで確信が持てましたね。“あの男”は既に我々を消そうとしている」

 

 レオはうなずき、足元の倒れた刺客を見下ろす。

 

「今度は、俺が消しに行く番だ」

 

 レオを嬉しそうに見ながらも、セレスの指先は既に術式を編み始めていた。

 

 床に倒れた刺客の一人に、淡い青光が注がれる。

 

「《魂縫留(リゼメリド)》」

 

 死にかけた魂が、肉体から滑り落ちる寸前で縫い止められる。

 セレスは媒介の小瓶から骨の粉を撒き、低く詠唱を紡ぐ。

 

「魂は記憶を曇らせても、噓はつけません。――さあ、見せてもらいましょう」

 

 光の陣が淡く輝き、視界に霧のような靄が立ち込めていく。

 やがてそれは、映像へと形を変えた。

 

 廃墟の建物。積み上げられた無数の死体。

 玉座のような椅子に座る、白銀の鎧を纏った男。顔は影に隠れ、声だけが響く。

 

「……記録を取れ。死体さえ集めればいくらでも増やせるとはいえ、重要なサンプルだ」

 

 黒衣の術者たちが、魂を結晶へと変え、無造作に死体へと押し込んでいく。

 次々と積まれる棺。そこに納められているのは、戦場で“戦死報告”を受けた騎士たちの遺体。

 

「《フェリクス兵》計画、次段階へ移行。

 強い魂、強い肉体ほど、戦闘反応は高い。

 抵抗? かまわん。魂も、肉体も――割って、組み直せばいい」

 

 冷徹な声が響き、映像は霧散した。

 

 残された静寂の中で、セレスは帳面に記録を書き留めながら呟く。

 

「粗いですが、確かな証拠になりますね……」

 

 レオは霧の跡を睨みつけ、震える声を押し出した。

 

「リュグナー……あいつはずっと、俺たちが死ぬのを待っていた。

 砦で死体を集め……兵器に変えていたんだ」

 

 剣を担ぎ直し、ためらいなくドアを開く。

 

「ヤツは鼻が利く。首都に報告すれば逃げる。……なら、先に叩くしかない」

 

 セレスは大きく嘆息し、帳面を閉じた。

 

「……まったく、無茶にもほどがありますよ、騎士殿」

 

「やめる気はない」

 

 レオは背を向けたまま言う。

 

「たとえ一人でも行く。……だが、お前も協力しろ。その義理くらいはあるだろう」

 

 短い沈黙のあと、セレスはふっと口元を緩め、法衣の裾を翻した。

 

「仕方ありませんね。……魂の記録係として、見逃すわけにはいきませんから」

 

 その声は微笑とも溜息ともつかず、しかし確かに――伴走の意思を示していた。

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