つぎはぎの騎士と笑う死霊術師   作:藤屋・N・歩

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死神の砦

 空はどこまでも灰色だった。

 濁った雲が広がり、影と光の境界も曖昧なまま、北門前の広場を覆っている。

 

 ――幌をかけられた遺体の山。

 仮布に包まれた亡骸が、軍規格の無紋馬車に積まれ、列をなして並んでいた。

 十数台の車列が軋みながら砦へと進んでいく。まるで死体が死体を運ぶような光景。

 

 その一台。

 手綱を操るゾンビの隣に座り、セレスはひょいと横目をやった。

 

「馴染んでますね、騎士殿」

 

 軽口。しかし、隣の“ゾンビ”は答えなかった。フードを深く被り、血の気のない頬を隠している。

 

 セレスは口元に笑みを浮かべる。

 

「今日から私は雇われの死霊術師。あなたはその従僕。

 到着したら、私は砦の死霊術式を壊し、あなたはリュグナーをとっちめる。

 ――冷静に考えると、なかなか無茶ですよね?」

 

 レオは顔を上げずに答えた。

 

「できないことじゃない。砦の構造は知り尽くしている」

 

「死霊術式は?」

 

「……お前以上の死霊術師を俺は知らん。どうにかできるんだろう?」

 

「ふふ。そう来ましたか」

 

 セレスは皮肉めいて笑い、手綱を締めた。

 彼女の視線の先、砦の門がゆっくりと開かれていく。湿った風が吹き抜けた。

 

 ――死神の砦。

 

 門番の問いは簡素だった。

 封印符と記録用紙を見せると、詮索もなく通される。

 やはり内部の人間は“考える必要”を奪われている。

 

 レオは微かに顎を引き、セレスは目で合図を返した。

 馬車は低く沈んだ搬入口へ進み、生気を失った兵士――否、すでに死者となった兵が機械のように誘導する。

 

 換気装置の重い唸りが耳を圧迫し、腐臭が鼻を刺した。

 中庭に入った瞬間、レオは光の歪みに思わず目を細める。

 

 そこには巨大な陣幕が広がり、その中央に“何か”があった。

 

 ――青白い炎のような結晶。

 

 無数の死体が円環を描くように並べられ、その中心で結晶は淡く燃えている。

 炎は時折形を変え、まるで断末魔の声が形をとったかのように揺らめいた。

 

 レオが言葉を探していると、隣のセレスが下唇を噛んだ。

 その目は険しく、迷いなく結晶を睨みつけている。

 

「……魂を吸い出して、無理やり物質化してる。

 刻むことも、流し込むことも、読むことも、燃やすことも……全部可能。

 これ以上ない禁術です」

 

 声には怒りが滲んでいた。

 

 レオは、もうひとつの異様さに気づく。

 

「……警備も作業員も、一人も“人間”がいない。

 全員ゾンビだ。死霊術師すら見当たらない……こんなことがあるのか?」

 

 セレスは短く息を呑み、馬車の幌を蹴って降りた。

 ゾンビたちは反応しない。死霊術師の制御がなくても、異常を判断する機能を持たないのだ。

 

「遠隔操作で全体を自動運用……理屈としては可能です。

 ですが、“正常な”死霊術師なら絶対にやらない。――これは尋常じゃない」

 

 彼女は杖を抜き、地に構えた。

 魔力が空気を走り、瞬く間に魔法陣が広がる。

 

「私はここで術式を破壊します。中心部は遠隔の癒着式……ここを潰せば崩れます」

 

 レオは口を開きかけ、そして閉じた。

 表情には、恐れと決意がないまぜになっていた。

 

「……気をつけろ。今度は、守ってやれんからな」

 

 セレスは振り返り、静かに笑う。

 

「ええ。絶対に負けないでくださいね」

 

 レオが一歩踏み出したとき、彼女は背に声をかけた。

 

「――あなたは、私の最高傑作なんですから」

 

 それは皮肉にも、激励にも聞こえた。

 だがレオは振り返らない。

 

 ただ足音だけが、砦の奥へと消えていった。

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