死体だらけの砦をかいくぐるのは容易だった。
セレスの施した術の特異性ゆえか、ゾンビたちはレオを認識できない。
腐臭の漂う廊下を、レオは無言で歩いた。
血に濡れた石畳の上に、無表情の死体兵が断続的に立ち尽くす。
壁には新たに描かれた符文。剥がれ落ちた部屋番号。砕けた鎧の残骸。
――かつて自分が歩いたその場所は、すでに“死者の工場”と化していた。
記憶にあった砦の面影は、すべて死臭に塗り潰されている。
軍の司令部は最上階。リュグナーの性格を考えれば、そこにいると確信できた。
血濡れた扉を押し開く。
静まり返った部屋の奥、黒檀の机に座る黒い影。
それは記憶とは違う異様な気配を纏っていたが、確かにリュグナーだった。
豪奢な黒鎧に青白い肌。見覚えのある姿。
だが――眼がなかった。光を喰らうように、眼窩は真っ黒に穿たれている。
「……珍客だな。貴様は、レオか」
喉が震える。
「……わかるのか」
「光に依存した不安定な感覚は、とうに捨てた」
リュグナーが立ち上がる。
「魂は偽れん。怒りも、悲しみも、覚悟も――すべて分かるさ」
レオもまた、感じ取っていた。
“見える”。
今のリュグナーの魂は、かつてのそれではなかった。
黒く、巨大で、ねじれ、渦巻く黒鉄の雲。
いくつもの魂を無理に溶かし込み、融合し、拡張した――異形の魂。
「……お前、他の死霊術師の魂を取り込んでいるな」
レオの言葉に、リュグナーは薄く微笑んだ。
「必要だった。知識も力も、器も。……“誰のもの”かなど問題ではない」
「そうやって魂を喰らって、何になるつもりだ」
「私は私のままだよ、レオ。ただ、どこまで行けるか確かめたいだけだ」
レオは剣を抜いた。
リュグナーもまた剣を引き抜き、一歩を踏み出す。
影が重く這い寄り、床に刻まれた魔術陣が淡く光る。
「だったら――ここまでだ、リュグナー!」
重苦しい静寂を裂いたのは、リュグナーの黒剣だった。
剣は夕影のように伸び、床をえぐりながらレオへ迫る。
だが、それは空を切った。
レオは高く跳び、剣を肩に担ぎながら避ける。
リュグナーが指を鳴らす。
床の陣が歪み、黒装束の兵が這い出てきた。
鎧を纏い、顔のない兵士たち――意思なき死者。
「“フェリクス兵”……意思を持たぬ不滅の兵、いや兵器か」
「ならば一対一と変わらんさ!」
剣を大きく振り回し打ち払う。
土煙と腐臭を巻き上げて、死霊兵が一斉に襲いかかる。
剣が閃いた。
肉を裂き、骨を砕き、無数の兵が宙に舞った。
死体を割りながら黒い線が背後より迫る。
レオは一転して黒い線に剣を合わせ、火花を放ちながらリュグナーの元へ駆けた。
勢いのまま、鍔競り合いの形から、腕ごと顔を引き裂いた。
「終わりだ、リュグナー!」
剣が肉を断ち、腕ごと顔を引き裂く。
呻き声を上げて床を転がるリュグナー。術を操る腕はもうない。決着はついた――そう思えた。
「……まだ終わらんぞ、レオ!」
背後で、もう一対の隠し腕が印を結ぶ。
黒い霧がリュグナーの身体へと流れ込み、その輪郭が膨張していく。
皮膚が裂け、骨が変形し、複数の顔と手足が混じり合う。
そこに現れたのは――継ぎ接ぎの竜。
暗い眼窩の奥、なおも黒く燃えるリュグナーの魂があった。
「私も――異形なのさ、レオ」