全てを飲み込むような黒い火炎を、レオは間一髪で跳び避けた。
どうにか剣を当てても竜の肌をかすめるだけで、手ごたえはない。
気力を振り絞り剣を握るが、リュグナーの魔力は収まらなかった。
黒い煙を噴き上げ、さらに異形の姿で立ちはだかる。
その吹き抜ける黒い風の中に、レオは気づいた。
――これは、リュグナーの意志ではない。
吸収された元部下たちの、声なき悲鳴だった。
「……そこにいるのか」
レオは剣を担ぎ、目を閉じる。
――レオ、隊長……
――命令を、最後まで……
――俺たちの記憶……お前に、託す……
声が、骨が、剣が、魂に触れる。
かつて共に戦った兵たちの想いが、死の彼方から還ってきた。
燃えるように力が集まり、剣に仲間の気配が宿る。
刃を走る切れ味と、魂を撫でる温もりがそこにあった。
「……俺はお前たちの誇りを、忘れたことはない」
黒炎を、輝く剣が切り裂いた。
その体を流れるのは、かつての部隊を支えた者たちの魂。
「俺の名は――レオ・ヴァレンティア! 騎士として、皆の思いを引き受けた!」
剣は巨大な光の柱となり、砦ごとリュグナーを断ち切った。
一瞬の静寂の後、黒き魂が呻きながら弾ける。
「ぐああああああああ――ッ!」
爆風。
リュグナーの全身が黒い霧となり、砦の天井を吹き飛ばした。
風が抜ける。
レオは静かに剣を収め、まだ煙の残る夜空を見上げた。
「終わったか……」
星に交じり、仲間の魂が一瞬光り、そして消えた。
♦
砦の大半は吹き飛び、石は割れ、通路は裂けていた。
瓦礫の合間を縫って現れたのはセレスだった。
煤けた黒衣に焦げた杖を手に、それでも足取りはしっかりしている。
「……ご無事でしたか。さすがは私の最高傑作――いえ、“騎士殿”ですね」
変わらぬ調子で胸を張るセレスに、レオは思わず笑みを漏らした。
「そっちの仕事も終わったようだな」
「当然です。魂は天に、肉体は地に返しました。もう辱められることはありません」
レオは瓦礫に腰かけ、崩れた天井の夜空を見上げる。
「記録も資料も、全部吹き飛ばしちまった。……これじゃ俺のことも、全部闇の中だな」
「でも、あなたはここにいます。今夜のあなたは、誰よりも輝いていました」
「そうか?」
「ええ。とても。素敵でしたよ」
レオは肩をすくめ、顔を逸らした。
「証拠も、名簿も、記録も消えた。
けど――俺には、“どんな剣を振るえばいいか”が残ってる。
それがあるなら……もう一度、騎士をやってもいいのかもしれねえ」
つぎはぎの体、記憶の抜けた顔。
だが、その背はまっすぐだった。
セレスは一歩前に出て、彼を見上げる。
「それなら……ちょうど良かった」
「ん?」
「私、今回の事件で確信しました。これから“死霊術”を正しく広めなければならないと。
その過程で各地を回りますし、敵も増えるでしょうし……」
彼女は軽く笑って言う。
「――だから、騎士様。私の護衛に付き合ってくださいよ」
レオは呆れたように息を吐いた。
「俺みたいな女の顔した、つぎはぎ騎士でも?」
「ええ。あなたは“騎士の中の騎士”。魂を見れば、誰よりも誇り高い剣の持ち主です」
レオは小さく笑った。
「……護衛騎士ってのも、悪くないな。
ま、命は高くつくぞ?」
「護衛代は、命の貸し借り分でおあいこということで」
風が吹いた。
二人は歩き出す。
塔を背に、過去を焼き払った瓦礫を越えて――。
騎士の歩みが、確かに始まっていた。