転生おばあちゃんの覇龍伝説   作:はめるん用

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 お淑やかな女性主人公を書ける人ってしゅごい。



転生おばあちゃんの覇龍伝説

 世界を、巡ろう。

 

 画面の向こう側にあった絶景を、今度は自分の目で確かめて、そして────自分を置いて一足先に旅立ってしまった、愛するアノ人への土産話にしよう。

 

 

 2度目の命。

 

 生前のゲームデータ。

 

 

 孫たちからオススメされて読んでいたライトノベルの知識から、これが所謂“チート転生”だと理解したその女性は即断即決で第2の人生をどう生きるのか決定した。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 見た目はJK、中身はババァ。前世でプレイしていたとあるゲームにチート転生した『ミネルバ』は、その作品で主人公がそうであったようにドラゴンを使役して世界各地を巡るドラゴンテイマーとしての生活を満喫していた。

 大抵の物事をドラゴン同士のバトルで決着とするこの世界は、エンドコンテンツを楽しんでいたデータを相棒のドラゴンごと持ち込んだミネルバにとって観光地以外の何物でもない。成り上がりに興味無く、愛する夫以外とのロマンスなどお呼びでないのだから尚更である。

 

 なので。

 

 

「ミネルバさん、もし良ければ次のタッグトーナメントに向けて僕と一緒にドラゴンバトルの特訓をしないかい?」

 

「良くもなければトーナメントに参加するつもりもないのでお断りしますね」

 

 

 物語の中心となるアカデミーで生徒会長を務めるイケメンによる爽やかフェイスでのお誘いもミネルバにとっては無価値であった。

 

 そもそもの話、ミネルバは公的な大会の類に出場する理由がない。資金は引継いだモノにより世界巡りを実行するには充分な金額があるし、ドラゴンを育成するための各種アイテムも捨てることすら面倒なほどタップリ所持している。

 バトルの楽しみ? 参加者がテイムしているドラゴンの平均レベルが40前後のところにレベル150の相棒を連れていって楽しめるのは雑魚狩りに喜びを見出だせる者だけだろう。一応、レベルを制限する方法はあるしドラゴンたちも弱体化する感覚を楽しんではいたようだが……それでも勝ってしまえば悪目立ちするし、だからといってコツコツ育てたドラゴンたちにわざと負けるよう指示するなど御免である。

 

 

「ハッ! 残念だったな生徒会長サマよぉ、テメェみたいな退屈な男はお呼びじゃねぇってコトだ! おいミネルバ、このオレが特別にお前をパートナーとして認めてやってもホゲァッ!?」

 

「許可なく肩に手を置かないでください。破廉恥ですよ?」

 

 

 続くワイルド系の不良っぽいイケメンも物理的に撃沈。前世では手を繋ぐだけでも嬉し恥ずかしドキドキデートから結婚に至ったミネルバにとって、こういう気安いボディタッチはトキメキ要素など皆無であり不快でしかない。

 

 

(やれやれ。別に不細工に産まれたかった、などと罰当たりなことを望みはしませんが……美人というモノも楽ではない、というのは嫌味ではなかったようですね。はぁ、原作では恋愛要素なんて匂わせ程度だったので油断していました)

 

 

 ミネルバはモテる。

 

 顔が良い、身体が良いといった外見的特徴のレベルが高いのはもちろんのこと、引き継ぎデータのドラゴンたちとは別にチュートリアル的なイベントで引き取ったベビードラゴンをしっかり強く育てたことでドラゴンテイマーとしての実力もあるのでかなりモテる。

 自分にはジイ様という心に決めた相手がいるからと断ることも考えたが、前世のゲーム知識、マンガ知識、ラノベ知識のどれを参考にしても面倒になる未来しか見えなかった。なんなら、詳しく知りもしないクセに愛するジイ様を侮辱されようものなら次の瞬間には相手の眼球に親指を突き刺す自信があった。

 

 だがしかし。そうしてストレートに拒否したところで簡単には完結しないことをミネルバは知っている。案の定こうした振る舞いを気に入らないと嫉妬する連中はそれなりの人数まで膨れ上がっており、細々とした嫌がらせは何度も仕掛けられている。

 もっとも、転生者であるミネルバはドラゴンテイマーとしての価値観が周囲と大きくズレているのでこれまで嫌がらせで困ったことなど1度もなかったりするのだが。例えば、学年の序列を決める大会の出場登録に必要な用紙を盗まれても……世間体のためだけにアカデミーに通学しているミネルバは最初から参加しないつもりだったので特に困らない。

 

 

(そもそも価値観が矛盾しているんですよねぇ。ベビードラゴンの育成を評価する、という部分はまだ理解できないこともありませんが……アカデミーで行なわれる大会で序列を決定し、それがドラゴンテイマーとしての価値を決定するのであれば、学年最下位の私は無価値であると判断されるべきなのでは? 一生懸命に努力する姿が魅力的? 完全なエンジョイ勢の私と違い寝る間も惜しんで努力しているガチ勢は何人もいるのに? 地道な努力家ほど注目されない、というのは異世界でも同じですか。やれやれ……)

 

 

 原作ゲームでも主人公が────つまりはプレイヤーが序列を上げることで、攻略が有利になったりエンディングの分岐が発生したりと様々な変化が起きた。主人公の性別によってはヒロインの女の子とイベントが起きたり、あるいは自分がヒロインとして男の子とイベントが起きたり、なんてオマケもあった。

 もちろんチート転生者であるミネルバは成り上がる必要がないので序列戦には1度も参加していない。だがベビードラゴンだけのパーティーでアカデミーが管理するダンジョンをいくつか踏破したことで、却って悪目立ちしてしまったのだ。本人としては久し振りのレベル1からの育成を純粋に楽しんでいるだけなのだが、効率無視のエンジョイ勢でもエンドコンテンツまで辿り着いた実力はウソをつかない。

 

 だからといって、今さら周囲を気遣って足並みを揃えるつもりなどミネルバには欠片もなかったりする。常識ハズレと指差し嘲笑されるのは実際その通りなのでともかく……別にこの世界のルールを無視してダンジョンを攻略したワケではないし、アカデミーの規則に違反するようなこともしていないのだから。

 

 

「……はぁ。悩んでも現状が勝手に改善されることはありませんし、追加で自称ライバルがウザ絡みしてくる前にアカデミーを出発するとしましょうか。序列によるアカデミーからの支援はありませんが、私には前世から付いてきてくれた頼もしい相棒たちがいますからね。フフン♪ 絶景かな、絶景かな……♪」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ドラゴンには火や水、風などの属性がある。

 

 そして、それぞれの属性ごとに伝説と呼ばれるドラゴンが存在する。

 

 もちろんミネルバの手持ちには全ての伝説級が勢揃いしているのだが、そこで彼女の中にひとつの疑問が浮かんだ。自分が世界に1体だけしか存在しないと言われている伝説級を持ち込んでしまったのであれば、この世界に元から存在したハズの伝説級ドラゴンたちはどうなったのだろう? と。

 愛する夫とあの世で再会したときのための土産話が目的だったミネルバだが、それはそれとして好奇心も失ってはいない。余計なトラブルを防ぐためにネタバレ覚悟で何体か、自分の腕に刻まれた『龍門』と呼ばれるタトゥーから召喚して聞いてみたが、得られた返答は「わからないから確かめてみるのも面白そうじゃね?」という冒険への後押しであった。

 

 相棒たちが乗り気なら尚のこと躊躇う道理無し。

 

 アカデミーのサポートが無くても財力と暴力と行動力は足りている。

 

 インターネットでライブ配信はあっても飛行機はない、でもリージョンを移動するための客船はとても快適という前世持ちのミネルバにとっては不思議で愉快な旅を始めて数日後。

 

 

「あー、待ちな。アカデミーのお嬢さん、まさかアンタこの先の大氷河に挑戦しようなんて考えてるんじゃないだろうな?」

 

「明らかに観光目的の格好をしている私を相手にそんな確認をするということは、つまりそういう無茶をしたドラゴンテイマーがいたということでしょうか?」

 

「まぁな。契約とはいえ能力不足を理解できないバカを命懸けで救助に行きたいヤツなんていねぇ。まして、こちらの忠告を無視するようなクソガキが相手なら尚更だ」

 

 

 ゲームではバトルで敗北しても、それがどんな状況でもアカデミーの保健室から再開できた。もちろん異世界ではそんな便利なシステムなどないのだから、身の丈に合わない無茶をすれば救助が間に合わずそのまま……というのは別におかしな話ではないのだろう。

 

 

「ご安心ください、ドラゴンレンジャーのお兄さん。私の目的はご覧の通り、観光ですので。あと10日もすれば水晶龍の巣立ちが見られるかもしれない、ですよね?」

 

「あぁ、そっちが目当てか。アレはいいぞぉ、俺も毎年見てるが今でも感動できるからな。キラキラと光の粒子が夜空から海へ渡っていく様子を見ながら一杯やるのがウメェんだわ。今年は予想を大きく外れることもなさそうだって話だからよ、じっくり楽しんでくれや」

 

「はい、ありがとうございます。それでは失礼しますね」

 

 

 礼儀正しく頭を下げるミネルバ。

 

 もちろん警備員の男性に話した内容は半分はウソである。伝説級の龍の1体『銀』と呼ばれる氷属性のドラゴンがこの世界でどうなっているのか確かめるのが目的……ではない。そっちはあくまでオマケ。メインは大氷河の景色をしっかりと記憶すること。

 装備はもちろん隠して持ち込んでいる。ドラゴンの中には空間に干渉する力を持つ個体もいるので、モノは試しにゲーム本編のように無制限に道具を持ち歩けないかとアレコレやってみたらコレが大当たり。防寒具や食料などをタップリ持ち込んで探検気分を味わう気マンマンであった。

 

 あくまで、気分。

 

 安全に探索を楽しめる条件が揃っているから楽しむというだけの話。故に、ミネルバは大氷河の調査についてこの世界で公表することはしないだろう。その功績は、大真面目に人生を費やして大自然に挑んだ者にこそ相応しいのだから。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「……特に、なにもありませんね?」

 

『当然と言えば当然よね。だって私はカオルコに従うドラゴンとしてココにいるのだから』

 

「この世界には貴女と同じ個体は存在しないのでしょうか? 初めて挨拶したときから私の前世の名前を知っていたのですから、貴女は間違いなく私のドラゴンなんですよね?」

 

『えぇ、そうよ。もちろんカオルコだけでなく貴女の番であるタイセイのことも覚えているわ。不思議ね、向こうの私は確かにゲームの中の存在だったのに、こうして貴女たち夫婦のことを覚えているのだから』

 

「本当に不思議ですよねぇ。ま、何事も無く平和ならそれで良しとしましょう。では、本命の────氷のカマクラでお鍋料理、始めるとしましょうか! と、いってもカマクラではなく洞窟になっちゃいましたけど」

 

『氷のブロックを積み上げる作業なんてやっていたら日が暮れてしまうわ。私はイヤよ? 朝、目が冷めたらカオルコが冷たくなっていたなんて、タイセイに合わせる顔がないもの』

 

「ようやく1つ目の観光スポットなのに、ここでリタイアは私だって嫌ですよ。それじゃあ早速、ガスコンロと、お出汁と、カットした具材と……」

 

『カオルコ、私は少し散歩をしてくるわ。もし遅くなるようだったら私に構わず他のコたちとお料理を食べてしまって構わないから』

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 

 ダイヤモンドのように美しい翼を広げ、氷属性のドラゴンたちの頂点である『銀』の称号を持つ個体が静かに飛び立つ。その様子を撮影して配信するだけでも数百万の儲け話に繋がるのだが、そんなことよりも鍋の味付けをどうするかのほうがミネルバにとっては重要なのだ。

 

 そんな様子で何処までも観光気分なテイマーとは違い、銀の用事は氷属性のドラゴンたちの未来に関わる真面目なモノである。

 

 ミネルバに質問されたときには誤魔化しているが、実は銀の個体はもちろんのこと、銀と同じ様に称号を持つドラゴンたちはこの世界の自分がどうなったのかを知っている。

 具体的には、ミネルバが転生したときに同化してひとつの個体となったことを隠しているのだ。どうやらこの世界では伝説の称号と引き換えに、世界の秩序を保つためのパーツとして扱われていたことで精神が朽ち果てる直前であったらしい。弱っている方の個体が自我を失うことを承知で喜んで吸収されたのだ。

 

 主人であるミネルバに危害が及ぶ可能性が潰えたのは、それは良しとしておこう。しかし異世界の自分とはいえ、消滅を救済として受け入れるほどメンタルを追い込んだ連中のツラぐらいは拝んでおかなければ気が済まない。

 

 

 事と次第では戦いになるか? と銀は想像していた。

 

 だが、この世界の父龍とは戦いにはならなかった。

 

 

 

 

 ────実力が、あまりにも乖離していたからだ。

 

 

 

 

「ア……ガッ、き、キサマ……ッ!?」

 

「無様ね。片翼、片腕、両足、尻尾。仮にも氷龍族の長でありながら、全力の氷の大魔法を、娘の……たかが氷のブレスで跳ね返されて、そしてその有り様なのだから。レベル90がご自慢のようだったけれど、まともな戦闘経験がなければこんなものね?」

 

 

 銀の個体のレベルが150であることを思えば父龍がボロカスなのはステータスの暴力による結果であり戦闘経験もなにもあったものでは……と、他でもない銀の個体自身がそれを自覚している。

 だが、ここでバカ正直に私のレベルは150ですなどと言えば面倒になることなど想像するまでもない。自分だけで後始末を完結させられるのであればともかく、自分のテイマーまで巻き込むのは銀の個体の好みではなかった。

 

 

「こ、の……愚か者、めがァ……ッ!! 世界の、秩序を、保つのが……我々、選ばれし……龍族のッ! 役目……だ、と、あれほど……ッ!!」

 

「世界の秩序、来たるべき混沌と破壊の使徒に備えよ……でしょう? もちろん知っているわ。ところで、私が祈りの祭壇から姿を消して15年も時間が経過した……ハズ、なのだけれど。その予兆はあったのかしら?」

 

「なん、だと……?」

 

「祈りが途切れて15年。伝承が真実であるならば、混沌の龍族がこちらの世界に攻め込んできてもよさそうなものだけれど、そんな様子は何処のリージョンでも見られない。全てのリージョンを監視しているワケではないけれど、もし伝承通りの厄災が起きるのであれば、人間たちがニュースにしないハズがないわよね?」

 

 

 若手を中心に高まる緊張感。

 

 苦痛以外の感情で顔を歪める父龍。

 

 明らかに動揺を隠せない長老衆。

 

 

 ぶっちゃけ、銀の個体はミネルバのチート転生に巻き込まれたことで世界のネタバレを知っている。

 

 なんだったら、混沌の龍族の頂点に立つ『無色』の個体が、小型化してミネルバの膝に乗り鱗を磨かれて幸せそうに寝惚けている姿を何度も見ているのだ。

 同じレベル150同士、だが戦えば100回挑んで銀の個体が1度勝てるか否かの戦闘力、しかし無色の個体は戦いよりもミネルバと一緒に菜園で野菜の世話をするほうが大好きという平和主義。伝承ではあらゆる生命体の血肉を喰い荒らす? 無色の個体の逆鱗など、せいぜい好物であるピーマンとパプリカを混同して語る者が現れたときぐらいのものだ。

 

 その無色の個体が、この世界の自分と同化したときに、それはもう深い深い深〜い溜め息と一緒に語ったのだ。この世界は、大丈夫だよ……と。

 

 それ以外にも『紅』の個体や『蒼』の個体など、同化を終えた仲間たちと情報をすり合わせた結果────この世界の混沌の伝承は、龍族たちが世界を都合良く管理するために利用されているだけの可能性が高いという結論に至った。

 

 なんて、くだらない。

 

 しかし納得もできる。そんな幻想を本気で信じ、それに縋ることで生き長らえてきた個体では、人間のテイマーと共に歩み共に成長するドラゴンたちには勝てないだろう……と。

 きっとゲームシステムによるバランス調整が無いこの世界でも、自分たちを特別な存在だと思い込んで停滞し続けているようであれば、遅かれ早かれ大氷河は踏破され氷龍族の神秘は人間の好奇心により暴かれることになったに違いない。

 

 だから、向こうの世界の銀の個体はミネルバと出逢うことができたのだ。そう思えば、父龍や長老衆の愚かさも許せるというもの。

 

 

「安心しなさい。もしも本当に混沌の龍族が狭間の壁を越えて侵攻してきたのなら、私が銀を名乗り堂々と立ち向かうことを約束してあげる。もちろん、ほかの『色』たちと一緒にね。だけど、それだけ。私はテイマーと一緒に戦うから、貴方たちは貴方たちで自分たちのことぐらいは自分たちで守護りなさい」

 

 

 絶句する父龍に代わり、長老衆と呼ばれる老龍たちが銀の個体を批難し始めた。

 

 世界を正しく支配するべき龍族が、人間如きに頭を垂れるのかと。

 

 

 それに銀の個体は反論しない。

 

 ただ、言葉通り氷のように冷たい眼差しで彼らを憐れむだけ。

 

 

 銀の個体は知っている。ゲームがそうであったように、この世界でも同レベルなら野生のドラゴンよりもテイマーと切磋琢磨を続けたドラゴンのほうが強いことを。

 もしも無色の個体が語った『大丈夫』が、混沌の龍族や破壊の龍族が攻め込んでくることはない、という意味ではなく。仮に攻め込んできても、テイマーとドラゴンが協力すれば世界を守護れるという意味ならば。努力を忘れダンジョンの奥地に引き籠もっている連中に待ち受ける未来とは、きっと。

 

 

「────さようなら。一族の恥晒しである私は2度とこの地に踏み入らないと約束するわ。嬉しいでしょう? 祈りを捧げる次の『銀』は、せいぜい聞き分けの良い自我の薄い個体を選ぶことね」

 

 

 ☆☆☆

 

 

『遠目に一族の様子を見てきたけれど、平和そうに暮らしていたわ。これで心置きなくカオルコの世界巡りに付き合えるわね。ウフフ、どんなリージョングルメがあるのか、今からとっても楽しみね!』

 

「そうですか、それはなによりです。やはり家族が心配しているかもしれない、と思うと自由に旅行もできませんから。しかし間に合わなかったことだけは残念です。お鍋はベビーたちが残さず食べてしまいました。今回のホワイトリージョンでは銀に一番お世話になっているのですが……」

 

『気にしないで。ベビーたち、私たちのようにゲームデータを引継いだワケでもないのに頑張っているのだもの。それぐらいは役得というモノでしょう? さぁ、周囲は私が見張っていてあげるから、カオルコもお休みなさい。巣立ち、見たいんでしょう?』

 

「えぇ、もちろん。それでは銀、私は先に失礼しますが、どうかよろしく頼みます」

 

 

 興味関心が9割、しかしアリバイ作りのための1割を疎かにするようでは異世界転生者として意識が低いと言わざるを得ない。

 

 アカデミーに所属する学生にはタブレット端末が支給されるのは世界の常識。

 そして、ミネルバという学生は水晶龍の巣立ちを観察するためにホワイトリージョン入りをしている。

 

 ならば、水晶龍の巣立ちを撮影しないのは少しばかり不自然というもの。観光に来たとホラを吹いておきながら、その観光地で行なわれるイベントに見向きもしませんでした……では間抜けと笑われても文句は言えない。

 多少の不自然さならば撮影ポイントを探していた、で誤魔化せる。ドラゴンテイマーが様々な目的で世界を巡ることは一般常識であり、それぞれが必要に応じてサバイバル能力を習得していることを知っている者も多い。撮影のベスポジ探して火属性のドラゴンを召喚しながら野営してましたと言ってもギリ通用するのだ。

 

 全てを完璧に偽装することはできないが、だからといって最初から開き直るようでは成長できない。気分は自分を優秀だと思い込んでるドジっ子新人女スパイ、若返ったミネルバはこんな部分でも異世界を楽しんでいた。

 

 花火のような、あるいは流星群のような。ゲームのイベントシーンよりも何十倍も幻想的な水晶龍のヒナの巣立ちを撮影し、観光に行ってましたアピールのための証拠を用意しつつ本心から観光を楽しんだミネルバ。

 前世では野外でのキャンプはもちろん、日を跨ぐ船旅などジジィとババァでは財政面ではともかく健康面ではとても実行する気にはなれなかった。80歳を過ぎて尚ピザやラーメンをコーラで流し込みながらパソコン2台並べて夜通しマルチプレイをする体力があっても外出や旅行は別なのである。

 

 あとは嫉妬民たちが自分のアカデミー不在を知ってどんな嫌がらせをしているのかを確認するだけの簡単な作業が残っているだけ。さすがに寮の自室にまで侵入したりはしていないと思いたいが、自分の行いを正当化する能力に長けた化け物にはルールもマナーもモラルも通用しないので覚悟はしておいたほうがいいだろう。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 トビラ、異常ナシ。  

 

 物の配置、異常ナシ。

 

 クローゼット、異常ナシ。

 

 隠しカメラ確認、不審者の出入りナシ。

 

 

「……ふむ。やはりドラゴンバトルが基準となる世界だけあって、ドラゴンに関係ない部分でのイタズラやイジメは控えめということなのでしょうか。転生者である私にとってはとても好都合ですが、ドラゴンテイマーとしての能力が最も評価基準として重用される世界ですから何とも言えませんねぇ」

 

 

 バトルの勝敗で電子マネー的なアレは増減する。勝者はドラゴンの育成で有利となり勝率はより高く、敗者は不利となり勝率はより低く。プレイヤーへのダイレクトアタックを実行するドラゴンテイマーは今のところ自分以外に見たことはないが、弱者にとって努力が報われ難い世の中なのは異世界でも同じなのだろう。せっかくのゲーム転生なのに夢も希望も薄味とはこれ如何に。

 

 

「ま……だからといって正義のヒーローなんて演じる気はありませんが。さて、旅行が終わったらなにが始まるか? もちろん次の旅行が始まるに決まっています。次の連休は……いえ、近場を巡る程度にして、長期休暇でリージョンを……ですが、ダンジョン攻略もしたいですし……うーん、やりたいことが沢山あって、それを実行するための若い肉体があるので悩ましいですね! なんて贅沢な時間なんでしょう! おや、タブレットに連絡が。いったい誰から────」

 

 

 ソレ、を確認した瞬間ミネルバのウキウキ気分だった表情が一瞬で不機嫌な色に塗り潰された。呼び出しはアカデミーから、ベビードラゴンだけでダンジョン攻略を続けるミネルバを持ち上げようと()()()()を続ける厄介な連中である。

 

 自分にとってはそうでも、当人たちは真面目に仕事をしているだけ。それでも気に入らないのであれば自分がアカデミーを自主的に退学するべきなのだから……と、ひとまず相手の立場を尊重して素直に職員室へと向かう。

 逆の立場であれば教職員が気に掛けるのも理解できるのだ。ゲーム開始時に貰えるベビードラゴンはアイテムを使うことで進化させることができ、ベビードラゴンのまま攻略を進めるのは一種の縛りプレイである。アカデミー側からしてみれば、ベビードラゴンのままでも複数のダンジョンを攻略できるだけの実力あるテイマーが未進化のままというのは到底理解できるモノではあるまい。

 

 

「失礼します。ミネルバ・四季咲、入ります。なにかご用でしょうか?」

 

「シキザキくん、よく来てくれました。ホワイトリージョンでの旅行は楽しめましたか?」

 

「はい、先生。なかなか良い感じで撮影もできました。ホラ」

 

「ほぅ……? これは、街中から撮影した映像ではありませんね?」

 

「地元の人たちにとっては毎年の行事でも、私にとっては貴重な経験ですので。せっかくリージョンを跨いでの旅行なのですから、これぐらいは」

 

「そうですか、そうですか。それはとても良い心掛けだと思います」

 

 

 ミネルバが撮影した動画を見て嬉しそうに微笑む若い女性。放置して欲しいと心の底から願っているミネルバには迷惑な人物だが、ドラゴンバトルをより盛り上げるために頑張っている“比較的”善良な大人なのであまり無下にもできない相手であった。

 

 各リージョンにはドラゴンマスターと呼ばれる属性ごとのプロフェッショナルがいて、それらを相手に実力を認めさせてオーブを集め、年に1度全てのオーブを所持しているドラゴンテイマーたちによるトーナメントを開催し、最強のチャンピオンを決定する。

 古い世代ならばキャップを被ってお手頃サイズのボールを投げる少年の姿が思い浮かびそうなイベントが、この世界では最高に盛り上がる時期であり、各種施設を格安だったり無料だったりで利用できる資金源でもあるのだ。それらを管理・運営する人たちがいるからこそ、経済的に恵まれない者でもドラゴンテイマーとして成り上がれる。ズルをして2度目の人生を楽しんでいるミネルバとしては、鬱陶しく思いつつも素直に尊敬できる相手でもあった。親切過ぎて初見プレイでは「コイツ黒幕じゃね?」と夫と盛り上がっていたのはナイショの話。

 

 

「ちなみに、ですが。2週間の外出申請を提出していたということは、移動時間を除いてもホワイトリージョンに10日は滞在していたことになりますよね? その間に現地のドラゴンマスターに挑戦してバトルしてみたり、なんてことは」

 

「ありません」

 

「……旅行が本命だとしても、ドラゴンロードに挑戦するという名目であればアカデミーも貴女のことをサポートできます。シキザキくんの場合ダンジョン踏破の実績があるので無料で宿泊できる施設のグレードも上がりますし、レストランなどの飲食のほうも」

 

「申し訳ありません先生。私、指紋にまで気を遣うようなカトラリーが並ぶ食卓に全く魅力を感じないのです。現地の人たちにオススメされたバチクソに味の濃い屋台飯をアホみたいに香料がブチ込まれたジュースを飲みながら食べる方が気楽で楽しいんです」

 

「正直なところ、ソレは自分も同意できる話ではあります。料理が美味しいのは良いのですが、それはそれとして肩が凝るんですよね、アレ。わかりました、確認したいのは以上です。もしも気が変わったら是非とも相談してください。ベビードラゴンたちを進化させるためのエレメントクリスタルの手配も含め、すぐにでもサポートをしますので」

 

「その時が来れば、お世話になります」

 

 

 本当に、悪い人ではないのだろう。価値観が狂っているのは自分の方であって、この世界で産まれこの世界を生きている学生ドラゴンテイマーにとっては感謝してもしきれないほど頼りになる大人なのだ。

 それを思えば出来る範囲で協力したいという気持ちもある。が、真面目にバトルをしているドラゴンテイマーたちの間に挟まるクソチート女なんていったい誰が喜ぶというのか。知識を持ち越しているだけで自動的にアウトだし、だからといって制限するならそれは手抜きの育成であり対戦相手を侮辱する行為になる。なにより意図的に弱く育てられるドラゴンに申し訳ないというものだ。

 

 どうせなら悪の組織を壊滅させてこい、とでも頼まれた方が余程気楽なのだが……ゲーム的な都合が存在しないのであれば、そんなことを学生に頼む教師なんて普通はいない。

 そして目の前の女性はそういう『普通の判断』が出来る大人である。尊敬しているのは本当だし、ドラゴンバトルを盛り上げたいという気持ちもわかるのだが、自分に協力できることは無いだろうとミネルバは静かに部屋から立ち去った。

 

 

 その直後。

 

 

「……アレが、アンタが注目しているってドラゴンテイマーか? ハッキリ言わせてもらうがな、あんな覇気の足りていないドラゴンテイマーに期待するなんて、アンタも目が曇ったんじゃないか?」

 

 

 隣の部屋に待機していた男子学生のドラゴンテイマーが、ミネルバに対する失望を隠すことなく女教師に話しかけた。

 

 その態度に教師の女性は困ったように微笑むだけ。彼は別に女教師が呼び付けたのではない。注目している女子学生のドラゴンテイマーとこれから会話すると知り、アンタほどの実力者が注目するテイマーがどんなものか見定めてやると勝手に盗み聞きしていたのだ。

 生徒会長すら超えるほどの実力者であるが故にライバルが不在なのだと本人も周囲も認識しているが、そういう相手構わず上から目線ばかりでいるから友達が出来ないのでは? と思いつつ────女教師にはそれを相手のプライドを傷付けないよう上手に伝える方法が思い付かないので黙っているしかなかった。

 

 

「テイマーとしての実力があるのは確かですよ。ベビードラゴンだけで複数のダンジョンを最深部まで攻略しているのですから。少なくとも、ランキング戦に出場すれば序列は一気に中の上辺りまで駆け上がることでしょう」

 

「……確かに、腕は悪くないかもしれんがな。肩に乗せていたウインドパピー、見たところレベルは30ぐらいか? 進化の適正レベルをとっくに超えているのに物好きなことだ」

 

(残念、アレのレベルはベビードラゴンの種族限界である50ですよ。悪くない、どころではありません。そして、彼女が使役するドラゴンはそれだけではないでしょう。そうでなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 タブレット端末の機能を使いこなせていないミネルバは気付けなかった。学生ドラゴンテイマーの旅路の安全のために、アカデミーから支給される端末の位置情報がどのように管理されているのかを。

 偶然、外出申請を届け出た相手がこの女教師だから騒ぎにはならなかったのだ。彼女はミネルバの実力を察し、高い能力を持ちながらドラゴンロードという最高の名誉に興味を示さないことを惜しみつつも、本人のモチベーションを尊重するべきだからと黙っているのだ。

 

 大氷河への進入を確認した時点でトラブルの気配があれば自分が直接救助に向かうつもりで準備を完了させていたが、何事もなく本当に観光を楽しむ余裕すらある状態でアカデミーに帰ってきた。

 端末に加算されたDPの履歴から野生のドラゴンともそれなりの回数戦闘が発生している。それだけでアカデミーの学生だけではない、卒業したドラゴンテイマーよりも上なのは確実だし、本気モードのドラゴンマスターたちとも互角以上に戦えることだろう。

 

 ちなみにドラゴンロード、所謂チャンピオンで最強と名高いテイマーでも手持ちのドラゴンはレベル70から80ぐらい。ミネルバが使役するドラゴンとのレベル差も70から80ぐらい。ガチでバトルすれば互角以上どころか一方的な蹂躙にしかならないのは確定的に明らかである。

 

 

「貴方のドラゴンテイマーとしての実力は私も高く評価していますが、たまには彼女のようにバトル以外のことにも時間を使ってみるのも悪くないかもしれませんよ? 視野を広げることで、新しい発見があるかもしれないのですから」

 

「興味無いな。……時間の無駄だったな、これならダンジョンでドラゴンどもの経験値を稼いでいたほうがマシだった」

 

 

 その無駄な時間を楽しんでいる相手にドラゴンマスターとして負けているのに、なんてことは言わない。格下の相手を様子見に来たものの期待ハズレでガッカリする自分、という空気を楽しみながら退出する男子学生の背中を微笑ましく見送るのが大人の対応というものだ。

 

 そんなことより。

 

 

「ミネルバ・四季咲。どうにか彼女に公式大会に参加して貰いたいところですが……こればかりは、本人の意思を無視するワケにはいきませんし……。う〜ん、もったいないッ! 嗚呼、教師として生徒の生き方を尊重してあげたい気持ちと、ひとりのドラゴンテイマーとしてその実力を確かめてみたい気持ちが……ッ! し、しかし、やはり大人としては、本人にその気がないのに無理やり持ち上げるなんてそんなこと……ふ、ぐぅぅ……ッ! ……取り敢えず、いくら実力があろうとも生徒の安全に気を配るのは教師の務め。どうせまた黙って危険地帯に行きそうな気配してますし、ここは大人としていつでも救助に向かえるよう備えましょう」

 

 

 大人なら危険に近付かないよう注意してやるべきなのでは? などという正論は通用しない。

 

 何故ならここは異世界、ドラゴンと共に生きるドラゴンテイマーたちが活躍するゲームの世界。

 

 

 なにより、この女教師が予測した通りミネルバは世界各地を巡っては“あの世で夫と再会したときのための土産話を増やす”という目的のために伝説やら禁忌やらに突撃を繰り返すことになる。チート転生者が好き勝手に生きると心の中で思うどころか既に行動を始めているのだ、常識や正論で思い止まらせることが出来るのであれば誰も苦労なんてしないのである。





 この作品の設定を気に入ってくれた方がおりましたら、是非とも連載してくださいなんでもはしません。
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