それは、まさに運命の出会いであった。
パレットアカデミーへ続く道の始まりにあったひとつの屋台。元気ハツラツとした中年女性の呼び込みの声に重なるのはパチパチと揚げ物がどんどん美味しくなることを知らせる音。
「そこのお嬢ちゃんッ! 興味あるならひとつ、食べてみるかいッ!」
それはコロッケパンと呼ぶにはあまりにも大きすぎた。パン、コロッケ、キャベツ、そして大雑把なソース。それはまさに屋台メシであった。
「……女将さん。そのコロッケパンをふたつ────いえ、ひとつ、お願いします」
「おや、ひとつで足りるのかい?」
「そうですね。自分で言うのもなんですが、こう見えて私はそれなりの健啖家です。その両手で抱えなければならないサイズのコロッケパンでも、みっつは余裕で食べきれることでしょう。しかし」
瞬間、途切れる言葉。
強い意志力の宿る瞳。
視線が交差した瞬間に女店主は理解した。目の前の少女は、只者ではない。
「屋台料理の醍醐味とは、出来立ての料理を、その場で、タイムラグ無く楽しめることにあると私は確信しています。テイクアウトの文化を否定するつもりはありませんが、最高に美味しい状態に仕上がった料理というものは想像より遥かに短命でしょう。1度に食べられるのはひとつだけ、それで複数まとめて購入するのはわざわざ料理の鮮度を落とす行為に等しい。たかが屋台料理などと侮るつもりはありません。私は、自分が食べたいと思った料理とは真剣に向き合いたいのです」
「……ハッ! ただのお子様かと思って声を掛けたが、お嬢ちゃん、なかなか言うじゃないか。気に入ったッ! ソースも自分で好きなだけタップリかけちまいなッ! ……マスタードも、出してやるさね」
「ありがとうございます」
アカデミー入学のための準備よりも何倍も真剣な表情でコロッケパンと対峙するミネルバ。いまの彼女には一切の油断も慢心もない。
コロッケとは、揚げ物とは、そのサクサクの衣がプレイヤーの行動により自由自在に性質を変化させる千両役者であるが……同時に、僅かなミスで取り返しのつかないことになる繊細さをキツネ色のヴェールを纏った花嫁のようだと解釈することもできる。
まして、屋台の女将さんから手渡された真っ黒なソースというものは、扱い方を間違えれば料理の個性と旨味を塗り潰してしまうこともある諸刃の剣なのだ。故に、コロッケパンという料理の在り方を尊重しつつ、屋台料理としての生き様を讃えるように。ミネルバはソースのボトルを受け取ると────大胆に、コロッケパンを染め上げたッ!
これでいい。
これがいい。
味のバランスを考えることを放棄したのではない。ミネルバは意図的にパン、コロッケ、キャベツ、ソースの調和を徹底的に乱すように仕上げてみせたのだ。何故ならばそれこそが彼女が求めているモノ、味覚の計算を度外視したジャンクな風味と腹の底にドスンッと居座る満腹感こそが旅立ちを迎えた自分に相応しいと判断したのだ。
あとは。
「飲み物の自販機はそっち。テーブルはそこの空いてるトコ使いな。この辺りに出してる屋台が共同で管理してるところだから遠慮はいらないよ」
「これはこれは……お心遣い、感謝します」
前世の日本に比肩するラインナップ、しかし既にコロッケパンはソースを纏っている。じっくりと悩んでいる時間は無い、許された選択の時間は残り13秒以下。
後味スッキリと、そして胃袋にも優しいお茶系のペットボトルを購入しようと指を伸ばしたミネルバはそのままボタンを押下する────直前に、猛禽類の狩りを思わせる鋭さで軌道をずらしコーラを選択した!
惰性で、妥協で、多様な選択肢を前にして足踏みするなど言語道断。せっかくの揚げたてコロッケパンを、それも眩しい日差しに照らされ心地良い風に撫でられる外で頂こうというのだ。12歳の少女らしく、どこまでも
「それでは……いただき、ます」
人目のある往来で大きく口を開くことに多少の羞恥を覚えつつ、しかしこれもまた料理を楽しむスパイスのひとつ。
まずは香り。
ジャガイモに混ぜられた玉ねぎと牛肉の脂身から溢れたであろう甘い香りが、充分に熱を加えられたことで包み紙では抑えきれないほどの広がりで喉の奥をくすぐってくる。
そこにコッテリとした塩気と微かな酸味の合わさったソースの匂いが重なることで恐るべき旨味の予感を漂わせるのだ。それ単体では舌先が痺れるほど塩辛いソースも、揚げ物という最高のパートナーを得ることで個性として万人に歓迎される存在となる。
「はむっ。あふっ、はふ……あぐ」
ザクリと歯先に伝わる振動。
広がる熱。
パンの柔らかさ。
口内を満たすソースの香り。
ここではまだ強過ぎた刺激も瑞々しいキャベツにより爽やかな香りと適度な水分により中和され、想定通りコロッケパンは完成した。
そして、間髪入れず────コーラに手を伸ばすッ!
「んぐっ、んぐっ……ぷはぁッ! ……この瞬間のために、私はここにいる」
ドロドロに味の濃いジャンクフードを。
ビタビタに甘い炭酸飲料で流し込む。
健康寿命について考えるようになってからは、残された人生をより楽しめるようにと食事にも色々と気を遣っていた。だが生まれ変わった若い肉体にそのような配慮など不要。これだ、これなのだ。失われた時間を取り戻す実感というのは、こうした何気ない日常にこそ隠されているのだ。
つまり、結局のところ何が言いたいのかというと……惣菜パンと炭酸の組み合わせは最も高いと書いて最高なのである。
「嗚呼、なんということでしょう。食べるのに集中し過ぎたせいで、あっという間にコロッケパンが無くなってしまいました。我ながらなんてはしたない。しかし、たくさん食べる私が好きだとアノ人も褒めてくれていたのですから、我慢するほうが心身の健康によろしくないというものです。さて、次はどうしましょうか? まずは向かい側にある塩レモンチキンバーガーでも食しながら、次の屋台を目星付けて……おや?」
港から屋台通りに繋がる道路が騒がしい。
屋台の親父さんからバーガーを受け取りながら何事かと視線を向ければ、どうやら騒音の正体は荷運びの仕事をしていた四足歩行のドラゴン【フレイムリザード】が暴れているのが原因らしい。声を荒げるテイマーのことなど眼中に無い様子で、まっすぐ屋台通りに突撃しようとしていた。
「あの暴れ方、そして鳴き声の調子。恐らくは────店主さん、お釣りは結構ですのでもうひとつ、こちらの青唐辛子入り牛カルビバーガーをいただきます」
「へ? あ、いやッ! お嬢ちゃんッ! 危ねぇから近寄っちゃダメだッ!!」
「大丈夫です。問題ありません。さぁ、こちらにおいで……」
「カルァァァァッ!!」
「よしよし、大きく口を開けて良い子ですね。ほらッ!」
「カルァァ────フガッ?! ……フギッ、フギュッ、モギュ……ングンッ!」
「一部の例外も存在しますが、火属性のドラゴンは辛味の強い味付けを好むことが多い。ベビードラゴンでなくても、青唐辛子の辛味であればミドルドラゴンまで成長したフレイムリザードでも満足できるはず。如何でしょう?」
「……カルァ〜♪」
「そうですか。それはなによりです。まぁ雰囲気だけで満足している空気が伝わってきているだけで何を語っているのかはサッパリですが。どうでしょう、せっかくですから他の屋台グルメも試してみましょうか。そうですね……向こうの、レッドホットチリ焼きそばなんて美味しそうではありませんか?」
「カルァ?」
「安心してください。私の奢りです」
「カルァッ!」
それもう会話してるくない?
そんなギャラリーの困惑など気にする様子もなく、ミネルバは目的の屋台まで暴走していたフレイムリザードを引き連れて歩き出す。店主も最初は身構えたものの、一連の流れから凡その事情を察して焼きそばのパックを両手に出迎えてくれた。
「味付けが気に入らないからって、暴れないでくれよ? お嬢ちゃん、コイツは屋台通りがメチャクチャにされるのを防いでくれたお礼ってことにしておくぜ」
「いや、さすがにそれは……」
「実害が出ていたらコイツも────このフレイムリザードだって何らかのペナルティが与えられていたんだ。なぁ、それはよ。これからアカデミーに向かう新人ドラゴンテイマーとしても、それは面白くないだろう?」
「そういうことであれば、遠慮なくご厚意に甘えさせていただきます。さぁ、おいで」
「カルァァッ!!」
大きく開かれたフレイムリザードの口の中にポイポイッと焼きそばが放り込まれる。尻尾を左右に揺らすように地面に叩きつけながら咀嚼するその姿は、ミネルバでなくとも、ドラゴンテイマーでなくとも、誰から見ても上機嫌であることが簡単に読み取れるようだった。
それから少し遅れてフレイムリザードの契約者らしき男性テイマーと、騒ぎを聞き付けたのだろう二人組の警察官がやってきた。
「〜〜〜〜ッ!! この馬鹿ドラゴンがッ! 急に暴れだしやがって、荷物もメチャクチャにしやがるし……テメェッ! 飼い主に逆らうことがどういうことなのか、もう一度カラダに叩き込んで」
「ガルァァッ!!!!」
「ヒィッ?!」
通常、テイマーと契約し龍門と繋がることを受け入れたドラゴンは命令に忠実であり逆らうことは無い。例外があるとすれば、テイマーの実力がドラゴンの能力に対して著しく不足しているときか────余程、ドラゴン側がテイマーに対して不満や怒りを抱えているときである。
「当然の反応ですね。
「な……ッ!? おいガキッ! 適当なこと言い出しやがって、どういうつもりだッ!!」
「事実を申し上げたまでです。この子は空腹の限界を超えてしまい理性を失ってしまったから暴れたというだけのこと。そうでなければ、1度暴れ始めたドラゴンが食事を与えただけで大人しくなるなどあり得ません。なにより、契約したテイマーがいるのに、食事を与えただけで他人にここまで擦り寄ってくるなど……不自然極まりない。私の意見に不満があると仰るのであれば、どうぞこの子の頭でも撫でてみてください。テイマーなら、自分のドラゴンを撫でるくらいできますよね? 私のようなガキでさえ、こうして背中を撫でることができるくらい賢くて大人しいのですから簡単でしょう?」
「そ、それは……そんなことぐらい、余裕で……」
「グルァァァァ……ッ!!」
「う、うぅ……ッ!?」
ミネルバの手が置かれた身体は微動だにせず。
しかし首から先はテイマーである男性に向けて、口の端から炎が溢れ出すほど露骨に嫌悪感を示して威嚇している。それだけで、この場にいる誰もが少女の言い分が正しいのだと理解した。
「ふぅむ。どうやら、荷運び中のドラゴンが暴れたことについてじっくり詳しく話を伺う必要がありそうですな? ご同行、願いましょうか。それとも、そこのお嬢さんの言う通りドラゴンの頭を撫でて良好な関係をアピールしていただけるのですかな?」
「……わかり、ました」
「ご協力、感謝しますよ。おいッ!」
「ハッ! 逃げ出そうなんてバカなことは考えるなよ? 警察で訓練されたスカイドラゴンは上空から犬猫だって捕捉できるんだからな」
「はい……」
「さて、テイマーのほうは後ほどゆっくり話を聞くとして……だ。お嬢さん、そのフレイムリザードだが」
「ひとつ、提案したいことがあるのですが。まずは話だけでも聞いていただけませんか? もちろん、お忙しいというのであれば素直に引き下がりますが」
「うむ、よかろう。話してみなさい」
「このフレイムリザード、数日だけでも構いませんので私に預けては頂けないでしょうか。治安維持のために様々な規則があり、それらが正しく機能するように取り計らうのが警察官の皆さんのお仕事なのは理解しているつもりですが……それは全て人間側の都合であり、ドラゴンには関係ありません。いま、この子を、私が追い払うようなことをしてしまえば……もう一度、人間を信用できるようになるまで長い時間が必要となることでしょう」
「クルァ?」
少女と、フレイムリザードを、やや年配の警察官が交互に見やる。その視線は先ほどまでと違い、どこまでも優しさが宿っていた。
「……なるほど。そういうことであれば、本官の責任において、このフレイムリザードについてはキミに任せるとしよう。これからパレットアカデミーに通うのであれば、
「はい、ありがとうございま────へ?」
「本来ならば大人として咎めるべきなのだろうが、暴走するリザード系の前に出て堂々と向き合うその胆力! いやはや、将来が楽しみだよ。是非とも大会などの情報なども見逃しがないようにチェックしなければイカンな。それでは、お嬢さん。本官はこれで失礼するよ」
「いえ、あの。何か勘違いというか、認識のズレが」
「やるなぁお嬢ちゃんッ!」
「その若さで大した度胸だぜッ!」
「ほんと、うちの旦那にも見習わせたいぐらいよッ!」
「あの野郎、ドラゴンをなんだと思ってやがんだッ!」
「よかったな〜お前! あんなケチなテイマーと違って、その娘さんならきっと大事にしてくれるぞッ!」
(あ、コレはもうダメな奴ですね。完全に当事者であるはずの私が置き去りにされたまま話が完結しています。可笑しいですよね? ほんの数日だけ、本当に……一時的に預かりたいって、私ちゃんといいましたよね? 何故、正式に契約してこの子をお迎えする方向で決定してしまったのでしょう。というか、トラブルが起きたのですから確認というか、聞き取りとかそういう……そもそも私、名乗ってすらいませんよね? ちょっとこの世界のセキュリティというか、ルールというか、ドラゴンを基準にしてガバガバ過ぎませんか? なんだか、セントラルリージョンはもちろんですが、アカデミーでの生活も不安になってきましたね……)
「クルァ?」
「あぁ、いえ。大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけですから。それでは……えぇ、えぇ。そうですね、自分の言葉には責任を持たなければ。それがどんな形であろうとも。それでは、頭に失礼します」
「クルァッ!」
フレイムリザードの頭の上にミネルバが手を置くと、ドラゴンの全身とミネルバの腕に刻まれた龍門が互いに響き合うように輝き出した。これこそがテイマーとドラゴンの間で交わされる契約の瞬間である!
ドラゴンが人間をテイマーとして認める規準は様々だ。ゲームでは基本的に野生のドラゴンとの戦闘で、相手の体力をゼロにしてから契約するかどうかを選択することになる。それ以外にもイベントクリアや他のドラゴンテイマーからの譲渡などがあるが、システムの枷が存在しないこの世界ではより多岐に渡る。
腹ペコで怒り狂っているところに食事を与えられて満足した今回のように、例えば、家の裏庭に迷い込んできたベビードラゴンと遊んでいたら懐かれて契約したり、軒先で雨宿りしていたラージドラゴンに簡単な食事と毛布を与えたら一宿一飯の恩とでも言わんばかりに頭を下げてきたりなど、野生のドラゴンが自ら人間をテイマーと認めることは少なくない。
もちろんミネルバもその辺りの事情について情報は仕入れていた。可愛いからといって野生動物に無責任にエサを与えてはいけないように、面倒を見る覚悟がないのであれば迂闊に撫でるようなことはしないように、そんな前世の常識と照らし合わせて野生のドラゴンとの関わり方には慎重になっていたのだ。
だからこそ、今日の出来事は完全に想定外であった。他のテイマーが契約し、使役していたドラゴンである。それも荷運び業者で管理していたのであれば、各方面や公的機関に届け出て登録されているはず。真面目に世話をしていなかった様子から、そこは少々怪しい部分では在るが……ならば、尚更のこと現場の判断で子どもに説得され全面的に任せるなどあり得ない。
「クルァ? ……クルァ♪」
「……私との契約を、喜んでくれているようでなによりです。ただ食い気に誘われただけのような気もしますが、こうして正式に契約したからにはちゃんとお世話しますので安心してください。ほかの新入生が多くの場合、アカデミー側が入学記念として用意したベビードラゴンから育て始めてダンジョンに挑む事を思うと……少し、ズルいかもしれませんけどね」
仮にベビードラゴンを受け取ったとしても、万が一のときには龍門の向こう側にある庭園で待機しているドラゴンたちに頼るつもりだったのだ。
そう考えれば前世からの引き継ぎのメンバーではなく、この世界で産まれこの世界のテイマーに育てられていた、このフレイムリザードはギリギリだがセーフと言えなくもない。
(本来であれば、他のテイマーから譲り受けたドラゴンへの指示はテイマーとしての格が要求される。それは、ゲームでは各地のリージョンに待ち構えている各種属性のスペシャリスト【ドラゴンマスター】に勝利することで得られるアイテムで解決する要素……なのですが。なんとなく、ですが、この子は普通に私の指示に従ってくれそうな気がしますね。ならば、こちらの世界ではキーアイテムの役割にも変化があるということでしょうか? ふむ、実に興味深い……)
亀の甲より年の功、想定外のトラブルだろうと人生を楽しむスパイスとする。もとより成り上がりや英雄を目指す旅などするつもりはないのだ、命の危機に関わるようなことでもなければ、多少の理不尽も飲み込んでしまおう……と。この世界を楽しめればそれでよし、前向きにミネルバは割り切ることにした。
昔は焼きそばパンの紅ショウガが苦手でした。
そんなことより、こうして設定を明かしていけばそのうち「来週、またハーメルンにアクセスしてください。本当に面白いストーリーを作ってみせますよ」みたいな人が現れるかもしれない。