クラースヌィ・カミェータ。赤い彗星。
屠られる側の兵士は、彼女をそう呼んで恐れる。
機影を目視した瞬間には、とどめを刺されている。
エンジン・駆動系・装甲・武器・通信機類に至るまで魔改造を施しているのだろうが、それをどうしてここまで巧みに操れるのか。相手の砲弾が発射される前から軌道を読んで回避しつつ即時攻撃しているように見える。そんなわけあるかいと思いはしても、そうとしか考えられない動きだ。
俺を含む、彼女以外のパイロットは、決してカミェータより前に出ず、おこぼれを確実に仕留めよと指示を受けた。
「カミェータが被弾した場合どうすればいいのですか?」なんて質問したいところだったが、呑みこんだ。命拾いした。口にしちゃうほど空気の読めないウスノロが当作戦に招かれているわけもないのだろうけどさ。
12分弱で戦闘終了。
12分前に回避行動を始めた兵なら圏外へ脱出できたものと思う。アニメ部隊は、おこぼれを殺しきって、することがなくなった。
白旗を掲げたミサイル巡洋艦1164型を鹵獲。実はこいつが目的だったと帰還後に知らされる。
スドー「味方の艦では?」
先輩「味方だと思えばこそ、これだけで勘弁してやった。スポーツマンシップに則った、適度な刺激を伴う演習だよ。事後通告ではあったがな」
スドー「1164型は整備後、返してやるんですか?」
先輩「我々より上手に使ってみせられると実力で証明できるなら、何かと交換することも検討しよう。
ただ、青い星とその一味を無力化する方を優先させてもらいたいね。いまは一兵たりと無駄にはできない時局なんだ」
スドー「我々が味方に与えた損害は、計上されておられますか?」
先輩「贅肉と腫瘍を切除して身軽にしてやったんだから、良いことしかしていないはずだが?」
スドー「そ、そうですよね。ありがとうございます、納得しました。ダスビダーニャ」
ドックでメンテナンス中のアニメを見に行く。
クラースヌィ・カミェータ周辺には常に大勢が群がっていて、後進たちは様々な学びをここから吸収する。
赤色の成分は、敵兵の血だ。彼女は帰還しても洗い落とさせたりせず、それどころかコーティングして何層も重ねた鉄の被膜を作り、見せびらかす。
そこまでする趣味人なら、警察署での一幕はずいぶん手加減してくれたんだなあと有難がらずにおれない。
スドー「そうはいっても全軍の先頭に立って吶喊するボジションなわけですよね。指揮官がそれをやっちゃあ、あかんのでは?」
先輩「一般人視点の考え方だね。
彼女はイ・エスだよ。無茶なんてしていない。
指揮所は指揮所としての役目をきちんと与えられており、適性を認められた者が従事している。そのプログラムは彼女がしっかり御膳立てしており、いざ作戦を実行する上では、彼女は彼女が為し得る最も効果的なポジションをつとめるだけだ。わかってもらえているかな?」
スドー「彼女は完璧なのだ、ということを理解しました。ところで……彼女には、お名前って、あるのでしょうか」
先輩「名前?ああ、名前か……真面目に解答するなら、無い。ということになるかな」
スドー「そうですか。ちょっと、お呼びするのに困りますね」
先輩「彼女を名前でお呼びする機会など、我々ごときに巡ってきたりはしないだろう。というのは半分冗談だが、開発時のコードネームはプロトワンだったと聞いている。しかしこれを彼女はひどく嫌っていてね」
スドー「誰だってそんな番号で呼ばれ続けたくはないでしょう」
先輩「じゃあ何がいいかな、とこれまで何十何百と提案はされてきたのだが、彼女が気に入ってくれないのだよ。
それで、名前に限り、宙ぶらりんのままなのさ」
スドー「あれだけ決断の速い人なのに、意外ですねえ」
先輩「戦闘機械として極限まで品種改良されたイ・エスのオペレーションシステムに、人間を名前で区別するというアーキテクチャは備えられていないのだろうね。
わからんではない。ペットでも、名前なんか付けると情が湧くからさ。
家畜にそれは禁物だ」
スドーは、警察署で彼女に名前で呼ばれたことを思い出していた。
誰にも言わないが、俺は特別扱いなのだろうと気を引き締める。
喜べる要素なんて何ひとつ無いしな。