田んぼによくいるオバケエビ(ホウネンエビ)が古代の海っぽい異世界に転生して進化し続けた結果ヤベェことになる話   作:大豆島そうめん

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汝右の頬を打たれそうになったら、右だけでなく左の頬も忘れず庇いなさい。しかし残念な事に相手は空いたボディを狙ってきます。

 ある日目覚めたら、宝石の身体ではなく懐かしさすら遠くなったクチクラの身体になっていた。

 …あぁ、私の(イーリス)は終わったのか。

 少なくとも、今孵化出来る卵は無さそうだ。

 

 残念ではあるが、この肉体はそもそもイーリスが終わった時のスペアだ。

 計画通りの展開とも言える。

 虹とは異なる新たなる姿を目指すも良し。

 虹が再び繁栄できる様に障害を取り除くも良しということだ。

 

 そもそも、最後に私が幾つかの場所に生んだ卵は、そのままでは羽化しない場所ばかりに置いてきた。

 逆に言えば、余程の事が起きない限りは卵は保全される。

 

 

 

 小型のイーリスにもなれなかったということは、大型のイーリスも小型イーリスも生存個体や孵化出来る卵は無いということだが、それを絶望するばかりでは何も始まらない。

 失った事よりも、手に入れる為に進むべきだ。

 早く進まなければ、その分だけ後から追ってくる者たちへのアドバンテージを失う。

 

 

 私はひょろ長いゴリラの様な、恐らくはアウストラロピテクスかそれに類似した存在の頸を噛み切りながら、これからに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 人類は何れ誕生する。

 それを完全に阻む事については諦めている。

 私が望む事は、それを遅らせる事だ。

 その分だけ、私達は先に進める。

 

 如何なる進化を目指すか?

 人類の様な文明を持つ私達?

 否。如何に脳に似た思考機能が高度になったとしても、脊椎動物の脳には敵わないだろう。

 時間を掛けて行う事が相手の下位互換では、先行する旨味もない。

 極めて高度な魔法生物。

 否。魔力そのものに身体を作り直す事が出来たとしても、それは今ある強味を活かす事にはならない。

 ならば、シンプルに生物としての性能を上げる他はあるまい。

 より疾く、より堅く、より強く、より多く増える。

 他の生き物を食い潰して、遂には飢えて滅びるその瀬戸際までのチキンレース。

 嘗ての(イーリス)と同じ設計思想。

 

 一度上手く走った進化()だ。

 次もそれなりには上手く行くだろう。

 以前は圧倒的な硬さと重さを持ち、それでいて飛翔する事が武器だった。

 触れるだけで終わらせる。

 例えるのなら隕石。

 戦おうとする事そのものが誤り。

 少なくともあの忌まわしき魚の子孫以外にとっては。

 

 …もし、もしもあの魚がいなければ、私はあそこまでの重さを必要とはしなかっただろう。

 必要を遥かに超える重さは、あの魚以外には不要だった。

 今の海にあの魚の子孫たる龍がいないと仮定するならば、次は初動(早さ)襲撃(速さ)技量(疾さ)を追求すれば良い。

 …………次のコンセプトは概ね決まった。

 

 

 

 

 

 私はそのコンセプトを追求しながら、浅い海の水面を時折周回した。

 自分の生命を以て、あの忌々しい龍が生きていないかを確認していた。

 結果として、今の所は見つかっていない。

 私はコンセプトを更に進めながら、進化を続けていた。

 

 

 今私にある二枚の翅は六対の巨大な薄翅が合わさったものであり、その薄翅は更に細かい無数の針翅で構成されている。

 顎は薄く重なった二重の牙で構成されており、前後に交差するように振動する事で対象を切断する。

 きっと化石にも残らない精密な構造だが、そんな事は私にはどうでも良い。

 私は化石(過去)になどなるつもりはない。

 私は今の連続(連なる未来)を生きていく。

 

 

 

 

 

 この大陸の周囲の海には恐らく海龍はいない。

 少なくとも果てしなく伸びるサンゴに覆われた浅瀬には、あの海龍はいない。

 精々、私から見て小型のキンギンポの(たぐい)がいる程度だ。

 

 この大陸には飛竜もいない。

 普通の恐竜しかいないのは、そうならざるを得なかった原因(イーリス)がいないからだろう。

 飛竜は滅びたのか、それとも此処は飛竜も届かない遠い大陸なのか。

 それは判別出来なかった。

 

 

 さて、人に進化する為に必要な要素は、空からの安全だ。

 それが確保されなければ、二足歩行という狙われやすい選択肢を選ぶ事は困難だ。

 

 ならば好都合だ。

 私達が私達であるだけで、人類の希望は止まる。

 

 私の双眼は獲物を逃さない。

 私の翅は獲物を逃さない。

 私の振動顎は獲物を逃さない。

 

 

 例え、イーリスに戻る迄の間であろうと、私は私の全力を追求する。

 私は今の己を虹の無い空(アイエール)と定義した。

 

 

 

 私は今の私の弱点を知っている。

 それは、硬く重たい相手には通用しないということだ。

 私の子供達が跋扈する世界になれば、逆説的に堅く重い対抗馬が現れる。

 厳密に言えば、そうでないものが滅びていく。

 

 何時までも私の天下が続く事はない。

 私があの魚に下されたように。

 そしてあの魚が今では見つからなくなったように。

 

 

 だが、それで良い。

 世界が堅く重い選択を生物に答えとして示す様になった時代において、その最たる正解である(イーリス)を復活させる。

 そうすれば、(アイエール)に対抗する為だけに育った世界は、架かる虹(イーリス)に破壊される。

 弱者なりに全力で固めた防御など、虹の前には貫通以外の答えがない。

 

 私にはホウネンエビから続く幾つもの可能性がある。

 アイエールが通用しなくなればイーリスに。

 イーリスが通用しなくなれば、再びアイエールかまたは新たな可能性を求めれば良い。

 どの可能性へもやり直せる様に、何者も届かない場所に(保険)を残せば良いだけなのだから。

 逆にその二つの両方に対応しようとする餌達は、互いに邪魔になる対応を同時に引き起こす事で、都合の良い餌になるに違いない。

 

 イーリス(獲物を魔力偏重へと追い込む者)としての視点と、アイエール(獲物を鈍重へと追い込む者)としての視点。

 少なくともその二つを持つ私は、双眼と呼ぶに相応しい存在なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *現代の見識*

 

 

 

 人類を含む生物は何故、『疾風の先触れ』現象が聴こえると、恐怖にすくむのだろうか。

 『疾風の先触れ』とは、大気の密度が急激に高まった状態で高速振動する際に発せられる音である。

 この音が聴こえると、本能的に身を固めたり何らかの防御態勢をとってしまう。

 身体が切断される様な恐怖を感じるこの現象は、実際の所何かを引き起こす事は滅多にない。

 上空の大気が振動する時点でエネルギーが使い果たされてしまい、地上にいる我々に何か影響が出る事は殆ど無いのだ。

 

 では何故恐怖を感じるのか。

 僕はその原因をこう考えている。

 『疾風の先触れ』と同様の現象を引き起こすもの、若しくは『疾風の先触れ』に近い音を出す捕食者が嘗て存在していた、と。

 現存する哺乳類や鳥類、爬虫類や亜両生類までもが同様の反応を示す事から、その何かは汎ゆるものを捕食対象にしていた当時の頂点捕食者であったという仮説だ。

 

 残念な事に、それ程にまで繁栄した筈の頂点捕食者の化石は今まで見付かっていなかった。

 

 

 

 ──というのは、少し前までの話だ。

 とある多翅類が、世界樹の琥珀から発見された。

 まるで眠れる嵐の神のようだ。

 余りにも精密で、余りにも邪悪で、余りにも神々しいそれは、その怪物ではない怪物(アローアルテマ)と名付けられた。

 この学名を今の君達の言葉で言うなれば“じゃない方のヤバい奴”という意味だ。

 

 ああ、君達笑い過ぎだ。

 ところで、これを聞いてくれ給え。

 先に言っておくが、パニックにならないでくれると嬉しい。

 

 

 

 静まれ、鎮まりたまえ諸君。

 だからパニックになるなと言っただろう。

 今の音は、アローアルテマの飛行音の中でも比較的高い音と、二重牙が高速スライドする音を人工的に再現したものだ。

 

 驚く程似ていないかね?

 『疾風の先触れ』に。

 

 僕は歓喜したよ。

 今も震えが止まらない理由が存在する事に。

 

 反射には、それが形作られる理由(ルーツ)がある。

 熱いものを触ったら手を離す。

 目の前に物が近付いたら目を閉じる。

 何で必要かを理解せずとも反射で行えるが、反射で行う為には理由がある。

 

 この生物が跋扈していた時代、我々の先祖はどの様な恐怖を生きていたのだろうか。

 音だけで身を硬直させる必要がある恐怖の理由。

 それがいなくなった今でも子孫に本能として遺された恐怖。

 想像も出来ない程の恐ろしい想像が、出来そうな気がして来ないかい?

 

 

 

 ユニバーサル士官大学教授ケービィン・ハムタロッサ博士の講義『音と恐怖の究明』から引用

 

(注釈:ケービィン博士はハムタロッサ公爵家の嫡男であり、本来なら公爵子と呼ぶべきであるが、本人の強い強い希望で博士と記載させて頂く)

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