オールマイトが脳無を撃破した直後、USJの空気は一変した。煙を切り裂くように教師陣と援軍が到着し、その中心には飯田の姿もあった。スナイプの銃弾が黒霧を牽制し、エクトプラズムやセメントスが死柄木の逃げ道を狭めていく。
「……彼を除いて、ほぼ全員無事か」
駆けつけた警察の塚内警部が、厳しい目で生徒たちの安否を確認していく。負傷した相澤と13号を除き、ほとんどの生徒が集結していた。
「そうか、やはり皆の所もチンピラ同然だったか」
「ガキだとナメられてたんだ」
常闇と切島が肩を並べて語る。どうやら各所に現れたヴィランは、脅威には至らなかったようだ。
(……通りで、“オールマイトを殺す”と大口を叩いていた割には力不足でしたわね)
狂三もまた、心の中で納得していた。
「とりあえず生徒らは教室に戻ってもらおう。事情聴取はすぐにはできんだろう」
塚内警部が声をかけると、蛙吹が一歩前に出た。
「刑事さん……相澤先生は?」
警部は短く息をつき、淡々と答える。
『時崎という生徒がある程度治してくれたから、身体に異常はないらしいが入院は確定コース』
「だ、そうだ」
蛙吹は小さく「ケロ……」と唇を震わせた。
13号もまた重傷を負っていたが、命に別状はなく、オールマイトはリカバリーガールの治療で処置可能だと伝えられた。
「デクくん……」
「緑谷くんは……!?」
麗日と飯田が声を上げる。
「緑谷君は保健室で手当てが間に合うと言っていたよ」
塚内警部が優しく答えると、二人の肩から緊張が解けた。
(……全員が生きている。それだけで、今回は“勝ち”と受け取るべきなのでしょう)
狂三は静かにそう思う。かくしてUSJ襲撃事件は終息した。ヴィランは撤退し、雄英に爪痕を残したまま姿を消した。死柄木達は隙をついて逃げたそうだ。その影響のせいか翌日、翌々日は臨時休校となった。
家に戻った狂三は、母に強く抱きしめられる。だが彼女は、いつもの柔らかな口調で「大丈夫ですわ」と報告し、不安を拭ったのだった。
◇
臨時休校が終わり、再び雄英の門をくぐる日が来た。教室に入った狂三は、近くの生徒に挨拶を済ませ、いつもの席に腰を下ろす。
やがてチャイムが鳴ると――
「皆ー!!朝のHRが始まる!!席につけー!!!」
またもや飯田が声を張り上げる。
「ついてるよ、ついてねーのおめーだけだ」
瀬呂が即座にツッコミを入れ、飯田は悔しげに眉をひそめて席についた。
その瞬間。
「おはよう」
聞き慣れた低い声が教室に響く。全員の視線が入口に向いた。
『『『相澤先生復活早えええええ!!!』』』
生徒たちの叫びが揃う。全身を包帯で覆った相澤が、ゆっくりと教壇へ歩を進めていた。
「先生!!無事だったんですね!!」
「無事言うんかなアレ……」
(無事とは到底言えませんわ……足取りがあまりに危ういですもの....)
狂三も心の中で呟く。
それでも彼はプロヒーローだった。ヨロヨロと立ちながらも、教壇の上からクラスを見据える。
「俺の安否はどうでもいい」
「いや良くないでしょ……」
「何よりまだ、戦いは終わってねえ」
全員が息を呑む。
相澤はそこで静かに告げた。
「雄英体育祭が迫っている」
『『『クソ学校っぽいの来たぁぁぁぁぁ!!!』』』
雄英体育祭。ヒーロー科にとって最大の晴れ舞台。その幕が、静かに上がろうとしていた。
午後の授業が終わり、教室の空気は一気に緩んだ。時崎も静かに鞄をまとめ、帰路に就こうと扉へ歩み寄る。だが、その先に広がっていた光景に、思わず足を止めた。
「うおおおお……何事だぁ!!?」
教室前の廊下には、人の壁。声とざわめきが渦を巻き、一歩たりとも身動きが取れぬほどの人だかりができていた。
(……まぁ、なんの騒ぎでしょう?)
狂三は内心で呟き、隙間の無さに眉を寄せる。
「出れねーじゃん!!何しに来たんだよ!!」
「敵情視察だろ、ザコ」
峰田の不用意な一言に、即座に爆豪が噛みついた。
「ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭前に見ときてぇんだろ。意味ねぇからどけ、モブ共」
「知らない人のことを取り敢えずモブって言うのやめなよ!!」
飯田が慌ててツッコミを入れる。緑谷曰く、これが爆豪の“通常運転”らしい。
そんなやり取りの中、人混みをかき分けて一人の男子生徒が前に出てきた。紫色の長髪を無造作に垂らし、眠たげな瞳でこちらを見据えている。
「……ずいぶん偉そうだな。ヒーロー科に在籍する奴は皆こうなのかい?」
挑発的な言葉に、爆豪の眉が跳ね上がる。
「あぁ!?」
「こういうのを見ると幻滅しちゃうなぁ。普通科とか他の科って、ヒーロー科に落ちた連中が結構いるんだよ。知ってた?」
(そうでしたわね……)
狂三は静かに心の中で応じる。
紫髪の生徒は小さく肩を竦め、口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだってさ。もちろん逆もまた然り……。敵情視察? いや、少なくとも調子に乗ってる奴がいたら、足元ごっそり掬ってやるって、宣戦布告しに来たつもりなんだ」
廊下に一瞬、冷たい緊張が走る。
さらに別の方向から、豪快な声が響いた。
「おうおう!!俺は隣のB組のもんだがよぉ!! ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思って来たんだが……エラく調子づいちゃってんな!! 本番で恥ずかしい真似すんなよォ!!」
(あらあら....そんな風に思われていたのですか)
あの死地で、調子など乗れるはずがない。一歩間違えれば誰かが死んでいた。クラスメイト全員が全力で戦った。自分自身も命を賭して戦ったのだ。
廊下に張りつめた緊張の中、時崎はゆっくりと前へ歩みを進めた。靴の音が乾いた廊下に響くたび、人混みのざわめきが少しずつ静まっていく。
目の前に立ちはだかるB組の生徒を真っ直ぐに見据え、彼女は微笑みを浮かべぬまま言葉を落とした。
「宣戦布告するつもりなら勝手ですわ。ですが……調子に乗っていると思われていたなんて、心外ですわね」
冷ややかな声音が、周囲を一瞬で凍り付かせる。笑い声も囁き声も、すべてが掻き消える。
「ヴィランに襲われ、戦闘になり、少しでも油断すれば命の保証はない。そんな状況に置かれた、わたくしたちを、調子に乗っていると?」
言葉は刃のように鋭く、廊下に集まった全員の胸を突き刺した。紫髪の生徒は返す言葉を失い、僅かに視線を逸らす。周囲のB組の者も、息を呑むしかなかった。
時崎は軽く裾を翻し、背筋を伸ばしたまま続けた。
「こんなことしているお暇があるなら、鍛錬にお使いくださいまし。それでは、ごきげんよう」
自然に道が開いた。誰も彼女の前に立ちはだかる者はいない。冷気の残る廊下を一人、悠然と歩き去るその姿に、ヒーロー科の生徒も普通科の生徒もただ黙って視線を送るしかなかった。
二週間という短い時間は、瞬く間に過ぎ去った。個々人の準備、己の個性を伸ばすための特訓――その全てを経て、ついに迎えた雄英体育祭当日。
1年A組の控え室は、出番を前にした熱気で満ちていた。
「皆!!準備は出来てるか!? もうじき入場だ!!」
飯田の大声が響き渡る。
「コスチューム着たかったなー」
「公平を期す為、着用不可なんだよ」
緊張と高揚が入り混じる空気に、自然と笑いも漏れた。
しかし、その中でひときわ重い雰囲気を纏う二人がいた。
「緑谷」
「轟くん……な、なに?」
学年屈指の実力者の1人である轟が、緑谷に声をかけたのだ。控え室に漂う空気が一瞬で張り詰める。
「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
「へ……!?う、うん……」
「……お前、オールマイトに目ぇかけられてるよな」
「!!」
緑谷の瞳が大きく揺れる。轟は深く追及することなく、淡々と続けた。
「別に詮索するつもりはねえが……お前には勝つぞ」
その言葉は、宣戦布告に等しかった。普段は冷静沈着な轟が、感情を滲ませるほどに。
(なにか……あったのでしょうか?)
そのやり取りを見ていた時崎は、心の中で小さく呟く。だが次の瞬間、轟の鋭い視線が彼女へと向けられた。
「時崎」
「はい、なんでしょう?」
「……お前は俺より強い。そう思ってる」
「ありがとうございます」
狂三は優雅に微笑みながらも、静かに受け止める。轟はさらに言葉を重ねた。
「あの時、俺はお前の策に嵌められた。だが……お前にも勝つぞ」
「ええ。頑張ってくださいまし」
軽やかな声音で返す狂三。挑発にも似た彼の言葉を、余裕の態度で受け流した。轟はそれ以上語らず、黙して目を閉じる。
やがて、入場を告げる合図が鳴った。
「……そろそろ入場の時間だ。行こう。飯田、先導頼ぜ」
「う、うむ!!それでは整列して入場だ!! 行こう皆!!」
息を合わせるように、一年A組の生徒たちが立ち上がり、控え室を後にする。
━━そして。
『一年ステージ!!生徒の入場だァァァ!!』
プレゼントマイクのアナウンスが場内を揺るがし、観客席から大歓声が巻き起こる。
無数の視線と熱気に包まれながら、時崎たちは入場門をくぐった。日本中が注目する大舞台、雄英体育祭が、今ここに開幕した。