騎馬戦が終わり、プレゼントマイクと相澤のやり取りが騒がしく響く中、時崎は静かに別の場所にいた。彼女の注意は、昼食前に見かけた二人の影、緑谷と轟に向けられていた。
(やはり、あの二人、何かあるでしょうか)
背後からこっそりと二人を追う。視界の端で、微かに耳に入る轟の声。
「『お前の左側が醜い』と母は俺に煮え湯を浴びせた」
その言葉は、轟家の歪んだ家庭事情を淡々と語る序章だった。轟の父、No.2ヒーロー・エンデヴァーは、自分ではオールマイトを超えられないと悟り、次世代である息子にその役割を託そうとしていた。
幼少期からのスパルタ教育は轟の母を精神的に追い詰め、家族の歪みを作り出していた。
「ざっと話したが、俺がお前につっかかんのは見返す為だ。クソ親父の個性なんざなくたって……いや、使わず“一番になる”ことで奴を完全否定する。本当なら時崎も呼ぼうと思っていたんだが……ちょうどいなかったからな」
時崎は理解する。轟は父への反発から、炎の個性を封じ、母の力だけで証明しようとしているのだと。
「それで、2人の会話を盗み聞きしている爆豪さん」
小声で爆豪に話し爆豪が律儀に小声で近づき、怒りを滲ませる。
「誰が盗み聞きだ!それならテメーもしてんじゃねぇか!!」
時崎は静かに答えた。
「わたくしは、二人が偶然話しているのを見てしまっただけですわ」
その言葉に、爆豪はさらに眉をひそめる。だが時崎の瞳は冷静で、周囲の喧騒に惑わされることなく、二人の本音と意図を正確に読み取った。爆豪も態度は悪いが轟の複雑な事情を察していた。
時崎と爆豪は静かに此処を離れた。
昼休憩が終わりそうな頃、観客の熱気が冷めやらぬまま、プレゼントマイクの声が場内に響き渡る。
『さぁ!最終種目発表の前にィ!予選落ちした諸君に朗報だ!あくまで体育祭、全員参加が基本ッ!ちゃーんとレクリエーション種目も用意してんのさ!さらに本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ――ん?アリャ?』
実況のプレゼントマイクが、不自然に言葉を止めた。場内の空気が一瞬ざわめく。
『……なーにやってんだ、あいつら』
相澤先生が呆れ顔でモニターを見やる。
観客の目に飛び込んできたのは――チアリーダー衣装に身を包んだA組の女子たちだった。
そして、なぜかその列の中には時崎の姿まである。だが、笑顔を浮かべるどころか真顔。
むしろ不機嫌そうにピクリとも笑わず整列しているため、華やかさよりも場違いな異様さが際立っていた。
『どーしたA組!!?おいおいチアリーダーが全員真顔ってどういう状況だァァァ!?』
プレゼントマイクの声が裏返る。
事の発端は昼休憩に遡る。峰田と上鳴が、女子たちを「ルールだから」「参加必須だよ」と見事に騙し、衣装を八百屋に造らせ女子達に着せたのだ。
策略が成功した二人はガッツポーズで大喜び。男子の中には「見ちゃいけない」と言いつつも、チラチラ視線を向けてしまう者もいた。
「峰田さん、上鳴さん!!騙しましたわね!?」
八百万が怒りを隠さず叫ぶ。
「ま、本選まで時間空くしさ!張りつめててもシンドイし、いいじゃない!!?やったろやったろ!!」
葉隠はむしろ楽しげにスカートをひらひらさせる。
「透ちゃん好きね……」
蛙吹は肩をすくめ、苦笑を漏らした。
そんな中、時崎――いや、時崎狂三の分身がぽつりと口を開いた。
「上鳴さん、峰田さん……夜道には気をつけてくださいまし。最近は....何かと物騒ですので」
不機嫌の理由は単純だった。本体から「重要だから」と代理を頼まれた結果、やらされているのがチアガール。納得できるはずもない。
「え、ちょっと待って、分身なの!?本体はどこいったの!?」
「さあ……」
落ち込む者、呆れる者、無理やり楽しむ者、何故か夜道を警告する者。A組女子は三者三様の反応を見せていた。
そして――肝心の本体の時崎はどこにも見当たらない。
峰田と上鳴は、真顔で衣装を着こなす女子たちを眺めながら、ぽつりと嘆いた。
「……峰田、夜道に気をつけようぜ」
「ああ、不思議とオイラもそう思った...」
二人の肩がガクガクと震える中、会場のざわめきは次なる種目へと移ろうとしていった。
――その頃。
体育祭会場の喧騒から少し離れた食堂。
本体の時崎は、トレイの上のサンドイッチを優雅に手に取り、何事もなかったかのように少し遅れた昼食を楽しんでいた。
卵、ハム、レタスを挟んだサンドイッチ。紅茶を片手に、実に穏やかな昼休み。食堂のモニターには、自分の分身がチアリーダー衣装で並んでいるのがちらりと見える。
だが、時崎本人は気にせず紅茶を飲む。
「代理には少々酷な役をお願いしましたけれど……まあ、あの子にもいい経験になりましたでしょう」
そう呟きながら、サンドイッチを一口。喧騒の渦中にありながらも、彼女の昼食時間は揺らぐことなく流れていた。
場内の笑いとざわめきが収まらぬ中、突如としてモニターが切り替わり、校内放送が再び響き渡る。
『――さて!お待たせしました!!』
プレゼントマイクの甲高い声が一気に場の空気を引き締めた。
『ここからはッ!いよいよ決勝戦に突入だァァ!!ここまで勝ち上がった勇者たちよ、準備はいいか!?』
会場から大歓声が湧き起こる。観客席の興奮に押されるように、生徒たちも思わず息を呑んだ。
『今回の決勝種目は――トーナメント形式の!ガチンコ一騎打ちバトルだァァ!!』
すると、青山は胸を張りながらも、かすかに弱々しい笑みを浮かべていた。個性の反動で腹の調子が悪いのだろう。もう1人尾白は真っ直ぐに立ち、拳を握りしめる。
「俺は、皆が必死で戦って勝ち上がってきたのを見てきた。そんな中で何もできないまま立ってるなんて、俺にはできない」
その潔い言葉に会場は一瞬静まり返り、やがて拍手が湧き起こった。
二人の辞退は、ミッドナイトの「粋じゃない?」という好みで認められ、繰り上がりで鉄哲と塩崎が決勝進出を決める。
かくして十六名が揃い、くじ引きが開始された。
モニターに表示された対戦カードに、会場の熱気は一気に爆発する。
第一試合 緑谷出久 対 心操人使
第二試合 轟焦凍 対 瀬呂範太
第三試合 塩崎茨 対 上鳴電気
第四試合 時崎狂三 対 芦戸三奈
第五試合 発目明 対 飯田天哉
第六試合 常闇踏陰 対 八百万百
第七試合 鉄哲徹鐵 対 切島鋭児郎
第八試合 麗日お茶子 対 爆豪勝己
「わたくしは……芦戸さんとですか」
時崎は小さく呟き、口元に笑みを浮かべる。その笑みは、不敵でありながらも楽しげであった。
その間にもセメントスの巨体が黙々とフィールドを整え、やがて広大な決戦の舞台が完成する。
『ヘイガイズ!!アァユゥレディ!?』
プレゼントマイクの絶叫が観客席を震わせた。
『色々やってきたが、結局はここだァ!!頼れるのは己のみ!ヒーローでなくとも、そんな場面は山ほどある!!心!技!体!知識!全部総動員して駆け上がれぇぇ!!』
地鳴りのような歓声。会場のボルテージは最高潮に達していた。
そして――。
「両者、前へ!」
ミッドナイトの声が響く。
第一試合、緑谷出久と心操人使が静かにフィールド中央へと歩み出た。
二人の視線が交差する。
『一回戦!!成績の割になんだその顔!!ヒーロー科緑谷出久!!バーサス!!ごめん!まだ目立った活躍なし!普通科心操人使!!』
セメントスが作り上げた広大なバトルフィールド。観客たちの視線が一点に注がれる中、決勝トーナメントのルールが再確認される。
それは単純明快――。
相手を場外に落とすか、行動不能に追い込むか、あるいは「まいった」と言わせること。勝敗はただそれだけで決まる。
『さァァァ!!聞いて驚け見て叫べ!!ルールはシンプルだ!!』
プレゼントマイクの絶叫が会場の隅々まで響き渡る。
『この開けたフィールドで、相手を叩き落とすか潰すか!!言わせるか!!お手上げ宣言「まいった」だァ!!』
観客席から「おおーっ!」と歓声が巻き起こる。だがプレゼントマイクはさらに声を張り上げた。
『怪我上等!!我らがリカバリーガールが控えてんだから心配ご無用だ!!道徳倫理は今だけ捨てちまえ!!』
一拍置いて、声を低くして付け加える。
『……だが!命に関わるようなのはクソだぜ!それは即刻アウトだ!!忘れんなよ!!』
彼の瞳は鋭く光り、観客席の生徒たちすら息を呑んだ。
『ヒーローはヴィランを捕まえる為に拳を振るう!!それを実感できるのが――この舞台だァァァ!!!!』
地鳴りのような歓声が再び巻き起こり、バトルフィールドの熱気は一層高まる。選手たちもまた、己の拳を握りしめ、それぞれの決意を胸に試合へと臨もうとしていた。