爆豪と時崎の戦闘は、なおも続いていた。
二人の体操服はすでにボロボロで、肌には汗と煤がこびりついている。だが疲労の色は明らかに爆豪のほうが濃かった。
その理由はひとつ――時崎が空中戦の最中に放った【
「……ハア、ハア……!中々やるじゃねぇか...それでこそ、ぶっ倒しがいがある!」
荒い息を吐きながらも、爆豪は血走った目で笑う。
「これで俺が完膚なきまでの一位になる!」
「それは何よりですわ」
時崎もまた、銃口を静かに下げて微笑んだ。
「ですが――わたくしも負けるわけには参りませんの」
爆豪の瞳に火花が散った。
次の瞬間、彼は跳躍する。両腕を左右逆方向へと突き出し、爆破を連続発生させ、その反動で体を錐揉み回転させながら時崎へと突撃。まるで弾丸そのもののような質量を持って迫る。
一方の時崎はなんと爆豪に向かって走り出して呟いた。
「
「
轟音を伴い、爆豪の渾身の一撃が炸裂しようとした。対する時崎は《刻々帝》を顕現させ『Ⅶ』
の文字盤の影が銃に吸い込まれる。
そして、
「
「【
二人の声が重なった。
次の瞬間――爆豪の手から放たれた特大の爆破が床を抉り、会場全体を揺らす。轟音、閃光、そして吹き荒れる爆風。割れた床から黒煙が立ち昇り、観客席から悲鳴とどよめきが響いた。
しかし、
爆煙の中、爆豪の眼前に時崎の姿はなかった。
「……ッ!?」
背筋に冷たいものが走る。慌てて振り返ろうとした爆豪の耳に、甘美で残酷な声が囁かれる。
「派手な爆破でしたわ、爆豪さん」
黒煙を裂き、時崎が静かに立っていた。その手には古銃――そして銃口は、確かに爆豪の頭を捉えていた。
プレゼントマイクが絶叫する。
『ど、どうやって避けたッ!?時崎!!あの爆破をノーダメで突破したァァァッ!!!』
時崎は涼やかな微笑を崩さぬまま、答えを告げた。
「簡単ですわ。あなたの時間を止めたまでです」
その言葉が響いた瞬間、会場全体が大きなどよめきに包まれる。誰もが耳を疑い、瞠目した。
「ですが……これは燃費が悪いので、切り札としか使っていませんの」
そして、時崎は最後の忠告を口にした。
「爆豪さん。最後にもう一度伺いますわ――降参なさいますか?」
爆豪の肩が震えた。先ほどの大技で体力も気力も使い果たし、もはや反撃の術はない。だが――彼の牙は折れなかった。
「するわけ……ねぇだろ……!」
歯を食いしばり、血を吐くような声で叫ぶ。
「俺は降参なんざ……絶対にしねぇ!!次は絶対俺が勝つ!!」
狂三の笑みが深まる。
「ええ、頑張ってくださいまし、もっとも次もわたくしが勝ちますが」
「……クソがッ」
そして時崎は銃口を僅かに傾け、引き金を引き銃声が響き渡る。爆豪の体が揺れ、力なく床へと崩れ落ちた。
会場が静まり返る。次いで、ミッドナイトの判定が轟いた。
「爆豪君戦闘不能!!よってこの勝負、時崎さんの勝利!!!」
プレゼントマイクの声が会場を揺るがせる。
『き、き、決まったー!!!今年度雄英体育祭一年優勝は━━━━A組、時崎狂三だぁぁぁぁ!!』
割れんばかりの歓声が沸き起こる中、時崎は涼しげに銃を下ろし、一礼した。
「後ろから撃たれて負けても恨まないでくださいまし――最初に申し上げた通りですわね」
その声音は、勝者の余裕に満ちていた。
「それでは!!これより表彰式に移ります!!」
ミッドナイトの張り上げた声と共に、観客席がどっと湧き上がる。壇上に立つのは、常闇、轟、爆豪、そして栄えある一位の時崎狂三。四人の姿に、歓声が一層大きく響き渡った。
「メダル授与よ!!今年のメダルを授与するのは勿論この人!!」
宣言の直後。
「HAーHAHAHAHA!!」
朗々と響くアメリカンな笑い声。誰もが聞き覚えのあるその声に、生徒たちは一斉に上を見上げた。屋根の上には見慣れたシルエット。
「オールマイトだ!」
巨大な人影は空へと跳躍し、鮮やかな回転を決めて壇上に降り立つ。
「私が!!メダルを持って来「我らがヒーロー!!オールマイトォ!!」
……しかし。ミッドナイトの紹介と完全に被ってしまった。
「……!」
「被っちゃった……」
(被りましたわね……)
壇上の空気が一瞬だけ妙な気まずさに包まれる。だが、そこはオールマイト。何事もなかったかのように白い歯を輝かせて親指を立てた。
気を取り直し、メダル授与が始まる。轟、常闇、爆豪と順に首へメダルがかけられ、彼らは力強く抱きしめられた。
そして最後に、時崎の番となる。
「さて、時崎少女!一位おめでとう!騎馬戦からガチンコバトルの策略まで、私も驚きの連続だったよ!」
眩しい笑顔と共に、金色のメダルが狂三の首に下げられる。
「光栄ですわ」
涼やかな微笑みを返す狂三。だが、当然のように抱擁が来るかと思いきや――寸前で止まった。代わりに差し出されたのは大きな手。
「……握手でよろしく!」
どうやらコンプラ的な判断が働いたらしい。彼女は内心苦笑しながらも、その手を受け取った。
「さァ!今回は彼ら彼女らだった!!しかし!!この場の誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通り!競い合い、高め合い、さらに先へと登っていくその姿!!次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」
観客を振り返り、オールマイトが力強く言葉を投げかける。その声はスタジアム全体を揺らした。
「てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和ください!!せーの!!」
拳を掲げ、観客も声を合わせる――はずだった。
「「「プルス・ウルt――」」」
「お疲れ様でした!!!」
……しかし、場内には明らかに違う声が響き渡った。観客席からは一斉にツッコミが飛ぶ。
「そこはプルス・ウルトラでしょ!!」
壇上の空気が再びぐらりと揺れた。
(……本当に締まりませんわね)
狂三は、場違いな騒がしさを楽しむかのように小さく微笑んだ。
体育祭が終わったある夜。時崎は優雅に椅子へと腰をかけていた。白磁のカップに注がれた紅茶からは、ふわりと芳醇な香りが立ち昇る。
だが、部屋の空気は決して穏やかではなかった。
机の向こう側には――彼女自身の分身たちがずらりと整列し、全員が腕を組み、険しい顔で本体を睨みつけているのだ。
「わたくし達……もう我慢の限界ですわ」
「そうです! 踏み台扱いはもう嫌ですの!」
「銃のキャッチ係なんて危なすぎますわ!」
次々と浴びせられる抗議の声。体育祭での無茶な使われ方に、不満が鬱積していたのだ。
そして、一際目立つ存在が一歩前に出た。チアガール衣装に身を包み、ポンポンを抱えた“チアガール時崎”である。彼女は本体を睨みながらも毅然と告げた。
「『わたくし』! あの格好で観客の前に立たされた時の羞恥、どう責任を取るおつもりですの!?」
「まぁまぁ、みなさん。わたくし達は結局ひとつ。役割分担は必要ですわ」
だが、分身たちは一斉に首を横に振った。
「いいえ! わたくし達はストライキします!」
「本体が反省しないなら、もう戦闘協力はいたしませんわ!」
「……ストライキ?」
紅茶を口に含んだまま、時崎が目を瞬かせる。
すると分身たちは一斉に背を向け、どこからともなく取り出したテーブルを床に広げ、当然のように腰を下ろした。
「さぁ、チアガールのわたくし、クッキーのご準備を」
「銃キャッチ係のわたくし、牛乳をお願いしますわ」
「踏み台係のわたくしは『わたくし』に嫌味を言う担当ですわ」
わいわいと賑やかに始まるお茶会。本体を除け者にした、“ストライキ茶会”の幕開けである。
「……なるほど。本体である『わたくし』に反旗を翻す、と」
時崎はゆるりと立ち上がり、腰に手を当てて目を細める。そして、にっこりと笑みを浮かべ、低く囁いた。
「ですが忘れていませんか? “わたくし達”を操る権限は……本体にしかないという事を」
次の瞬間、分身たちの動きがぴたりと止まった。
ざわ……ざわ……と先ほどまでの賑やかな空気が一気に凍りつく。
「……やはりストライキは中止で」
「そ、そうですわね! 仲良くやるのが一番ですわ!」
「流石わたくし……やり口が汚いですわ……」
分身たちは見事なまでの掌返しを見せ、テーブルを片付けて整列し直した。
満足げに紅茶を啜る時崎。本体の周囲に戻った分身たちを見渡しながら、静かに呟く。
「ふふ……やっぱり、わたくしが一番ですわね」
――と、その時。
テーブルの端に取り残されていたチアガール時崎が、ぽつりとつぶやいた。
「……でも、この衣装だけは本気で考え直してくださいまし」
一瞬の沈黙。次の瞬間、他の分身たちが吹き出し、部屋は再び笑いに包まれた。
本体の時崎は知らぬ顔で、優雅に紅茶を飲み干していた。