わたくしのヒーローアカデミアですわ   作:レゾリューション

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入学試験

中学三年の夏。進路を決める三者面談の時期がやってきた。

 

教室の一角、担任教師の前に座るのは、黒髪を整え、背筋を伸ばした時崎狂三。その隣には保護者の母が座っていた。陽射しの差し込む窓辺で、机を挟んだ三人は向き合う。

 

「……それで、時崎さん。志望校は決まったかな?」

 

担任が問いかける。

 

少女は深紅の瞳を細め、優雅に微笑んだ。

 

「はい。わたくし、雄英高校を志望いたしますわ」

 

その一言に、教室の空気が張り詰める。

担任の目がわずかに見開かれた。

 

雄英といえば国内最高峰のヒーロー養成校。

全国から有望な若者が集まり、何千という受験者の中からほんの一握りしか合格できない。生半可な志望動機では、到底たどり着けない場所だ。

 

「雄英か……確かに、君の“個性”は規模も応用性も並じゃない。だが、あの学校は才能だけじゃなく、心構えや実績も問われる。……本当に大丈夫かい?」

 

教師の声音には、心配と迷いが混じっていた。

 

それは単に倍率の問題だけではない。

狂三は、中学三年間で幾度となく「事件」に巻き込まれてきた。

 

美しい容姿と上品な言動は、同年代からは憧れを集め、大人からは“別格”のように見られた。だが、その一方で....彼女は狙われやすかった。

 

下校中に見知らぬ男に声をかけられたこと。家の近くで、後をつけられたこと。数にすれば片手では足りないほど、彼女は危うい場面に“巻き込まれかけた”。

 

もちろん、学校の記録には「未遂」や「不審者対応」とだけ残されている。それ以上の詳細は、決して表には出なかった。だが担任は知っている。彼女が自分の力をどう扱ってきたか。そして、誰も傷つけない形で乗り越えてきたことを。

 

狂三は静かに首を振った。

 

「先生。わたくし……これまでに、何度も“助けを求められた瞬間”に居合わせましたの。そのたびに、胸の奥に感じました。“救える力があるなら、逃げてはいけない”と」

 

その声音は落ち着いていて、誇張ではなかった。彼女は己の過去を多く語らない。けれど、あの瞳に宿る光は、他者を救った実感と責任を背負ってきた者のものだった。

 

「もし、わたくしが己の力を隠してばかりであれば……きっと後悔してしまいますわ。ならば、きちんと胸を張って“人を救う側”に立ちたいのです」

 

その言葉に、母も静かに頷く。

 

「……彼女の気持ちは本物です。だからこそ、きちんとした場で学ばせたい。雄英なら、彼女の力を正しく導いてくれるはずです」

 

担任は長く息を吐き、深く考え込んだ。

そして最後には、苦笑混じりに首を振りながらも頷いた。

 

「……分かった。雄英高校、全力でサポートしよう。ただし、努力は怠らないように。合格は簡単じゃないからな」

 

「ええ、当然でしてよ」

 

狂三は微笑み、胸に手を当てて一礼した。

その姿は令嬢のように優雅で。しかし同時に、未来を切り開く強い決意を帯びていた。

 

その日、時崎狂三は雄英高校への道を選んだ。

 

 

 

 

 

国立雄英高等学校

 

日本が誇る最大の高等教育機関であり、世界有数のヒーロー養成機関として、その名を世界に轟かせていた。

 

結果として、一般入試倍率はおよそ300倍。

求められる偏差値は驚異の79とも言われている。だが、時崎狂三にとって学科試験は壁ではなかった。

 

彼女は頭脳明晰であり、中学時代の成績は常に学年上位。三位未満に落ちたことがなく、むしろ一位を争う常連であった。

今回の筆記試験においても、記述問題を含め余裕を持って解き終えていた。

 

そして今、ついに実技試験の説明が始まろうとしていた。

 

大講堂のような説明会場に、数千人の受験生が詰めかけている。

緊張、焦燥、そして自信。

若者たちの熱気が空気を震わせていた。

 

壇上に現れたのは、プロヒーロー・ボイスヒーロー、プレゼント・マイクである。

 

『今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイ、ヘイ!』

 

試験官らしい挨拶ではなく、ライブ会場を思わせるハイテンションな掛け声。

だが、返ってきたのは静寂だった。

 

数千人を超える受験生の誰一人として声を返さず、場の空気は気まずさと緊張に包まれている。わずかにざわめきが起こったが、それもすぐに飲み込まれて消えた。

 

狂三は小さく目を伏せ、唇に笑みを浮かべる。

 

「ふふ……緊張感が高すぎますのね。皆さん、余裕がございませんわ」

 

その呟きは、誰に聞かれることもなく消えた。彼女だけが、場違いなほどに落ち着いていた。

 

プレゼントマイクは気にした様子もなく、さらに声を張り上げた。

 

「リスナーにはこの後10分間の『模擬市街地演習』を行ってもらうぜ!!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!」

 

巨大なモニターに、仮想敵ロボットの映像が映し出される。

それぞれの大きさと性能に応じて、4種類のポイントが設定されていた。

 

『注意点は三つ!一つ、仮想敵には0ポイントの“障害物”タイプもいる!得点は入らねぇが、お前らの行く手を阻むぞ!二つ、他人への攻撃などアンチヒーローな行為はご法度だぜ!三つ、持ち込みアイテムは自由!使いたいものがあるなら有効活用しろ!』

 

会場がざわついた。特に「0ポイントの妨害敵」の存在に、受験生たちは一様に顔を曇らせる。それは純粋に戦闘力を競うだけではなく、機転や判断力が試されることを意味していた。

 

(……わたくしの《ザフキエル》は、直接的な破壊よりも“時間”を操るほうが得意。正しく使えば、誰よりも有利に立てますわね)

 

彼女は心の中でそう結論づけると、赤い瞳を輝かせた。

 

「俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう!!かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った!!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!Plus Ultra(更に向こうへ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

試験会場につきスタートの合図を待つ。

 

 

『はいそれじゃあ実技試験スタート!!!』

 

会場全体に響き渡る、プレゼント・マイクの甲高い声。

号令と同時にゲートが開き、数百名の受験生が一斉に飛び出していった。

 

「行けぇぇぇッ!」

「早くポイント稼がなきゃ!」

 

焦りにも似た声と共に、各々が己の個性を発揮し、模擬都市へと飛び込んでいく。炎を撒き散らす者、地を割って突き進む者、俊敏な身のこなしで壁を駆ける者。群雄割拠の戦場へと早変わりした。

 

その中に、時崎狂三の姿もあった。

 

「あらあら、随分と物騒な機械ですこと」

 

深紅の瞳を細め、優雅に笑みを浮かべる。目前に立ち塞がったのは、緑色の装甲に身を包んだ仮想敵ロボット。無機質なセンサーが狂三を捉えた瞬間、甲高い電子音が鳴り響く。

 

『標的捕捉! ブッ殺ロス!!』

 

狂三は、微動だにせず一歩下がり、軽やかに跳ねるように回避した。

 

スカートの裾を翻しながら、舞踏のように回り込み、左手に握られた短銃から放たれた弾丸が、的確に装甲の継ぎ目を撃ち抜いた。

 

一拍遅れて火花が散り、仮想敵は派手な音を立てて崩れ落ちる。

 

普段、彼女の銃弾は“人を傷つけぬ”よう威力を抑えている。だが、今の相手は機械仕掛けの標的。容赦する必要はない。

 

その気になれば、鉄板すら容易く貫通する弾丸が、次々と敵を穿っていく。

 

「次は、そちらですのね」

 

新たな敵影を視認した瞬間、狂三の体はすでに動いていた。

 

走り抜けながら銃を構え、狙いを外さず引き金を引く。

 

遠距離からでも弾丸は正確に標的を捉え、頭部を撃ち抜かれたロボットは一瞬で停止する。

 

背後から迫る気配に、狂三は振り返りもせず短銃を撃った。

 

乾いた音とともに背後の敵の膝関節が破壊され、よろめいたところをもう一撃で仕留める。

 

「まぁ……試験とはいえ、随分と数が多いのですわね」

 

汗一つかかず、唇に笑みを浮かべながら、次々と敵を倒していく。

まるで戦場を優雅に舞う舞姫。

その姿は他の受験生の目に、ただの中学生とは思えぬ異彩を放って映っている。

 

 

試験が始まってから少し経ったとき地面が揺れた。

最初は小さな震動。だが、それは瞬く間に大地を叩き割るほどの地響きに変わっていく。

 

「な、なんだ……!?」

「逃げろッ!早く逃げろ!」

 

受験生たちが恐怖の声を上げたその時、市街地の影から姿を現したのは、まるで一つのビルがそのまま歩き出したかのような巨体だった。

 

鉄塊のような装甲。前脚のような腕で建造物を押し退け、瓦礫を撒き散らしながら進軍する。まさに“災害”と呼ぶにふさわしい機械の怪物。

 

「でかっ!?」

 

『YES!! そのデカいのが妨害仮想敵の0ポイントヴィランだ!! 触るな! 近寄るな! 速く逃げろよ、受験生どもォ!!』

 

プレゼント・マイクの声がスピーカーを通じて響き渡る。

だが、受験生たちは逃げ惑うばかりだった。あれを倒してもポイントはゼロ。関わる意味はない。

 

……はずだった。

 

「っ……だ、だれかっ! 助けて……!」

 

倒壊したビルの影から、弱々しい声が上がる。

瓦礫に足を取られ、受験生のひとりが身動きできずにいた。

 

逃げ惑う群衆の中、ただひとり。時崎狂三だけが、逆流するように走り出した。

 

「お怪我はありませんか?」

 

瓦礫を華奢な腕で払いのけ、少女は倒れた受験生を抱き起こす。

その動作に無駄はなく、優雅さすら漂わせていた。

 

「あ、ありがとう……大丈夫、走れる……」

 

「それは、良かったですわ。では、お気をつけて」

 

柔らかな微笑みを浮かべ、相手を送り出す狂三。

だが、次の瞬間

 

彼女は一切、逃げる素振りを見せなかった。

 

「えっ!? あなたは逃げないの!?」

 

「ええ。ヒーローを目指すのであれば……あれくらいで背を向けるわけには参りませんもの」

 

紅の瞳が妖しく煌めく。次の瞬間、彼女は煙と瓦礫の向こうへと駆け出していった。

 

――戦場へ。

 

「さあ、わたくしの戦争を始めましょう」

 

その声音は、優雅にして冷酷。

影が揺らめき、そこから現れたのは巨大な“時計”だった。

 

 

 

 

「おいでなさい――――刻々帝(ザアアアアアアフキエエエエエル)!!」

 

 

 

 

絶唱の声が響き渡り、時崎狂三の背後に“影の時計”が浮かび上がる。

その存在感は、この世の理をねじ曲げる異質そのものだった。

 

「《刻々帝》――――一の弾(アレフ)

 

掲げた短銃に、時計の『Ⅰ』の針から黒き影が吸い込まれていく。

狂三は躊躇いなく、自らのこめかみに銃口を当て、引き金を引いた。

 

轟音。血飛沫はなく、ただ世界が切り替わる。次の瞬間、彼女の姿は機械の背後にあった。その移動速度は、人の視覚が追いつく前に完了していた。

 

巨体がようやく振り返る。しかし、反応が遅すぎた。

 

「きひひひひ……流石に、大きすぎると動くのが大変そうですわねぇ」

 

狂三の唇が歪み、深紅の瞳が巨体を射抜く。

だが、その巨体も黙って見ているだけではなかった。

 

ギギギ、と軋む音。

0ポイントの機械が突如、腕を振り下ろす。瓦礫ごと地面を叩き潰そうとする巨腕。

 

轟音が走った。粉塵が舞い上がる。

 

だが、そこに狂三の姿はなかった。

 

「《刻々帝》(ザフキエル)ーーーー一の弾(アレフ)

 

すでに時計の針は新たに動き、狂三の姿は別の高所にあった。

残像だけを残して、瓦礫の山の上に立っている。

 

「あらあら、威勢は良いですが……お行儀がなっていませんわね」

 

嘲笑と共に、左手の短銃を振り抜く。弾丸が撃ち放たれ、機械の関節部に穴を穿つ。しかし巨体は怯まない。

 

次に狂三が現れたのは、ロボットの足元。影から滲み出るように姿を現し、その紅瞳を妖しく煌めかせる。

 

「《刻々帝》――――二の弾(ベート)

 

時計の『Ⅱ』の針から黒き影が吸い込まれていき、撃ち抜かれた瞬間、巨体の動きが鈍化する。時間そのものを奪われたかのように、動作がわずかに遅れたのだ。

 

「きひひひひ……これで少しは踊りやすくなりましたわ」

 

その足元を駆け抜け、影を纏った令嬢は再び跳躍する。

 

今度は背後へ

 

「《刻々帝》――――三の弾(ギメル)

 

放たれた弾丸が鉄塊の背部に突き刺さる。その瞬間、異常が起きた。

 

金属の表面に錆が走り、装甲が剥離し、油が濁り腐敗する。たった一発で、数十年分の劣化が巨体を蝕んでいく。

 

「ギ……ギギギ……」

 

巨体が悲鳴にも似た軋みを上げ、膝から崩れ落ちた。

 

狂三は高く跳躍し、舞い降りるようにその崩壊を見届ける。

 

煙と破片の中に立つ少女は、優雅にスカートの裾を摘み上げ、深紅の瞳を細めて微笑んだ。

 

「……これでおしまいですわね」

 

轟音と共に、0ポイントのヴィランは完全に沈黙した。

 

そして轟音が鳴りやむと同時に…

 

「終了~!!」

 

終わりの合図が鳴り響いた。

 

 

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