ヒーロー殺しステインとの死闘から一夜明け、時崎たちは保須市内の病院にいた。もっとも、彼女の【
時崎は男女の区別ゆえ、緑谷・飯田・轟とは別の病室にいた。
そんな折、病室の扉が小さくノックされた。
「どうぞ」
「失礼する。保須警察署署長の面構だワン。怪我の具合はどうかな?」
大柄な男が入室する。犬のような顔立ちに特徴ある語尾。警察署署長、面構犬嗣その人であった。
「大丈夫です。もともと掠り傷程度ですし、こんなの怪我に入りませんわ」
時崎はあっさりと答える。
「それなら良かったが、体は大切にな。さて、今回の事件で関わった君たち四名に話があって来たんだワン。まとめて話がしたいから彼らの病室まで移動してもらってもいいかな?」
「ええ、わかりました」
時崎が立ち上がると、廊下には既に緑谷の職場体験先であるグラントリノ、そして飯田を預かっていたマニュアルの姿があった。彼らと共に、四人は一室に集められる。
ベッドに腰かける緑谷と飯田、その隣に腕を組む轟。そして時崎。全員が揃ったところで、面構署長が口を開いた。
「話は単刀直入にする。……今回の件、君たちは無免許のまま個性を使用した。たとえ相手が“ヒーロー殺し”であろうとも、立派な規則違反だワン。君たち二名――緑谷出久くんと飯田天哉くん。そして職場体験を許可したプロヒーロー、マニュアルとグラントリノにも、厳正な処分が下されねばならない」
「なお、時崎狂三さんと轟焦凍くんについては別だ。エンデヴァーから正式に“個性使用許可”が出ていたため、規則上お咎めはない」
静まり返る病室。飯田の表情は苦渋に染まる。緑谷は唇を噛み、グラントリノとマニュアルは無言で受け止めていた。
「……待ってください」
沈黙を破ったのは轟だった。低く、しかし熱を帯びた声。
「もし緑谷や飯田が戦っていなかったら、もっと酷いことになっていた。俺や時崎だけでは防ぎきれなかったかもしれない。彼らの行動を罰するなんて理不尽だろ」
面構の眉がわずかに動く。だが答える前に、時崎が一歩踏み出して轟を制した。
「落ち着いてくださいまし、轟さん。まずは最後までお話を伺いましょう」
柔らかな声音。けれどその瞳は、どこまでも冷静だった。
面構はしばし二人を見比べ、頷いた。
「……そうだな。実を言えば、この話には続きがある」
そして語られた提案は、四人の予想を超えるものだった。
「本来ならば、規則に従い処分は避けられない。だが公表しなければ、違反そのものを“なかったこと”にできる。事件の真相は秘匿され、世間には“エンデヴァーがヒーロー殺しを逮捕した”と伝える。……どうだワン?」
病室の空気が一層重くなる。緑谷は悔しさを押し殺し、飯田は罪悪感を背負ったまま、互いに視線を交わした。轟はまだ納得しきれない表情をしていたが、時崎が軽く首を振る。
「……わかりました。公にするよりは、こちらの方が賢明でしょう」
四人は面構の提案を受け入れた。
「大人のズルで君たちが受けていたであろう賞賛の声は無くなってしまうが...せめて、共に平和を守る人間として...ありがとう!」
こうして真実は闇に葬られ、公式記録には「エンデヴァーがヒーロー殺しを討伐した」とだけ残ることとなった。
なかなか濃密だった職場体験もついに最終日を迎えた。朝からエンデヴァー事務所に顔を出したものの、肝心のエンデヴァーは保須での一件の後始末に追われているらしく、最後まで姿を見せることはなかった。
新幹線で帰路につくとき、サイドキックたちに見送られながらふと後ろを振り返ると、そこに一瞬だけエンデヴァーの姿があった。何も言わず、すぐに背を向けて歩き去っていくその背中を見て、時崎は思う。
(意外とシャイなのかもしれませんわね)
そんな感慨を胸に、職場体験は幕を閉じた。
職場体験を終え、自室に戻った時崎は椅子に腰を下ろし、紅茶を一口含んで肩の力を抜いた。
束の間の静けさ。だがその空気はすぐに破られる。
ぞろぞろと影が現れ、部屋に足音が広がった。
現れたのは、時崎の分身達。だが今回は体育祭のとき以上の数が揃い、しかもその姿は異様だった。
衣装は煤で黒ずみ、髪はアフロとまではいかないが、縮れてチリチリになっている。肌には焦げ跡まで残っていた。
一目で過酷な戦場をくぐり抜けたことが分かる。
「……」
時崎が目を細める前に、一人の分身が一歩前へ出た。その口調は、まるで本体を他人のように責めるようだった。
「何かいう事はありますか、『わたくし』?」
普段なら「わたくし達」と共鳴するように声を揃えるはずの彼女らが、本体に向けて棘を隠さぬ言葉を放った。それはもはや会話ではなく、糾弾だった。
そう、この場に集った分身達は、エンデヴァーとの戦闘訓練で彼の炎に焼かれ、消し炭になりかけた存在だったのだ。
「…………」
あの瞬間、彼女らは本能的に悟った。エンデヴァーの炎に直撃すれば存在そのものが灰となる。
咄嗟に【時喰みの城】へ退避したことで消滅は免れたが、その代償がこの有様だった。
髪は焼け、服は焦げ、誇りすらも踏みにじられた気分だった。
体育祭、あの時も分身達は「本体の都合」で扱われ、結局ひどい目に遭った。そして今回、またも炎に晒される羽目になった。
鬱積した不満は、ついに爆発していた。
「……前科持ちの本体様には、さすがに申し上げたいことが山ほどございますわね」
別の分身が吐き捨てるように言う。その目は冷たく、皮肉に満ちていた。
狂三はカップを静かに置き、唇に笑みを浮かべる。
だがその笑みは、果たして本心なのか、それとも“本体”としての威厳を保つための仮面なのか。
分身達の目は、一様に愉快そうでいて、怒りに燃えていた。
彼女自身が生み出した“もう一人の狂三”達が、今まさに本体を追い詰めようとしていた。
もし本体がまた、体育祭のように脅しを吐けば、彼女らは用意していた秘策で抵抗するつもりだった。
しかし、時崎はゆっくりと立ち上がり、紅茶のカップを置いた。その瞳は静かで、笑みは柔らかい。
「ええ、今回はわたくしの落ち度。『わたくし達』にご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんわ」
その声音に、分身達の間に一瞬の沈黙が走った。責めるために集まったはずが、本体が素直に頭を下げてしまえば、返す言葉が見つからない。
「……っ」
言葉を失い、互いに顔を見合わせる分身達。
本体は、分身達を「もう一人の自分」として認識している。
だからこそ、彼女の謝罪には真実味が宿っていた。怒りに燃えていた分身達の胸の奥に、言葉にならない感情がじわりと広がる。
「……ずるいですわね」
最初に口を開いた分身の声音は、先ほどまでの棘を失い、どこか拗ねたような響きを含んでいた。
それは分身達に向けられた、本体の優しさそのものだった。
本体の素直な謝罪に、分身達は一瞬言葉を失った。
いつもなら皮肉や脅しが飛んでくるとばかり思っていたのだ。それがあっさりと自らの落ち度を認め、謝罪の言葉まで口にするとは思わなかったからだ。だが、そのまま引き下がるほど彼女らも甘くはない。
分身の一人が懐から一枚の写真を取り出した瞬間、本体の表情が固まった。
「『わたくし』に謝罪の意志があるのは認めますわ。ですが、これ以上無茶をさせるようなら……」
分身は唇の端を持ち上げ、不敵に笑う。
「これをばら撒きますわ」
時崎は目を凝らし、思わず声を上げた。
「こ、これは!」
そこに写っていたのは、一年前の彼女自身。医療用眼帯で左目を隠し、妙にテンションが高い少女――。
時崎狂三、中学時代の黒歴史の一幕だった。
「ええ、一年前、『わたくし』が何となくつけてみた眼帯姿ですわ」
分身が嬉々として説明する。
時崎は顔を引きつらせながら吐き捨てた。
「く……すべて燃やしたはずでしたのに……」
「ええ、探すのにとても苦労しましたわ」
別の分身が続けざまに別の写真を掲げる。そこには、十字架のネックレスを下げた彼女や、ロリータ風の衣装を身につけた彼女が写っていた。
いずれも、今の彼女からすれば見せられない黒歴史ばかりだ。
「もし、『わたくし』が人使いの荒い事をするなら……どうなるかわかりませんわね」
分身達の声が重なり、部屋の空気が妙な圧迫感を帯びた。
時崎はしばし沈黙した後、諦めたように息を吐き、微笑みを浮かべた。
「……ええ、約束しますわ」
その声音には観念の色が混じっていた。
分身達は顔を見合わせ、満足そうに頷く。
こうして本体は、望まぬ形であっても、自らの“もう一人の自分達”と約束を交わすことになったのだった。
そして一夜明け、いつも通りの学校生活が戻ってきた。時崎が教室に入ると、次第に人が集まり、賑やかな空気が満ちていく。クラスメイトたちが思い思いに職場体験の成果や失敗を語り合う中、時崎は少し離れた席からその光景を眺めていた。
「アッハッハッハッ!!マジか!!マジか爆豪!!」
「ハハハハハ!!頭っ!!頭が!!アハハハハハ!!」
切島と瀬呂が机を叩いて大爆笑していた。その視線の先には、明らかに不機嫌な爆豪。
「笑うな!!癖ついちまって洗っても直んねえんだ……おい笑うなぶっ殺すぞ!!」
「やってみろよ、八二坊や!!アッハハハハ!!」
どうやら爆豪はベストジーニストの事務所で職場体験をした結果、髪型を無理やり「八二分け」に整えられ、そのまま街中を歩かされたらしい。教室は笑いの渦に包まれた。
「んだとコラ!!」
爆豪が吠えると同時に、彼の頭から煙のような爆ぜる音が響く。次の瞬間――
「戻った!!元に戻った!!アッハハハハ!!」
瀬呂が腹を抱えて笑い転げた。
その傍らでは、耳郎が「避難誘導や後方支援の訓練だった」とクールに語り、蛙吹に至っては「隣国の密航者を捕えた」と淡々と話している。その内容の重さに、聞いていたクラスメイトが思わず目を丸くするほどだった。
「お茶子ちゃんはどうだったの?一週間」
蛙吹が尋ねると、麗日が何やら不思議な呼吸法をしながら答えた。
「コォォォォォ……とても、有意義だったよ」
「目覚めたのね、お茶子ちゃん」
蛙吹が真顔で頷く。
(すごい、変化ですわ……)
その様子を見ていた時崎も思わず感心してしまう。
「たった一週間で変化すげぇな……」
「変化? 違うぜ上鳴。女ってのは……もともと悪魔のような本性を隠し持ってんのさ....!」
爪を噛みながら震えているのは峰田だった。どうやらMt.レディの職場体験で、とんでもない“何か”を見てしまったらしい。青ざめた顔で机に突っ伏すその姿は、彼なりに「人は変われる」という証明のようでもあった。
その後ヒーロー殺しの話になりクラスの雰囲気が暗くなると思ったが飯田が前向きにみんなを元気づけ授業が始まろうとしていた。
オールマイトによるヒーロー基礎学の授業が終わり、女子生徒たちは更衣室で着替えをしていた。
女子特有の和気あいあいとした空気が広がり、更衣室はちょっとした女子会状態。だが――。
「みんな、静かに」
耳郎の鋭い声がその空気を真っ二つに断ち切った。普段はクールな彼女の声に、場の空気が凍り付く。
「えっ、なに?火事?敵?」
「ケロ……なんか嫌な予感がするわ」
女子たちがざわつく中、耳郎は壁を指差して低く告げた。
「……向こうに峰田がいる。覗こうとしてるっぽい」
「「「「「!!!」」」」」
更衣室は爆発したような大混乱。芦戸は飛び上がり、八百万は顔を真っ赤にして口を押さえ、蛙吹は舌をペロリと出して警戒態勢。
葉隠は姿が見えない分、怒っているのか焦っているのか不明だが、とりあえずバスタオルを握りしめていた。
その喧噪の中、ひとりだけ落ち着いた様子で嘆息する少女――時崎。
(……そろそろ、きっちりお仕置きが必要ですわね)
彼女は無言で、短銃を顕現。銃口はまっすぐ壁の覗き穴へと向けられた。
八百万が慌てて駆け寄り、小声で必死に止める。
「時崎さん!いくらなんでもそれはいけませんわ!たとえ相手が峰田さんでも!」
芦戸も慌てて叫ぶ。
「そうだよ!ヤバいって!ちょっと変態?な峰田が死人として、でちゃうよ!!」
「……でも、峰田だぞ」
耳郎の冷めた一言に、更衣室が再び静まり返る。
女子たちは視線を交わし、否定しきれないという表情を浮かべた。
そんな緊迫した空気の中。穴の向こうから、元気いっぱいの声が響いた。
『オイラのリトルミネタはもう立派な万歳行為なんだよォォ!八百万のヤオヨロッパイ!時崎の真珠みてぇなスベスベ肌!芦戸の腰つき!葉隠れの浮かぶ下着!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァァァ……!!!』
更衣室内――沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
女子全員の目が、一瞬で冷えきった光を帯びた。
時崎がゆっくりと銃の引き金へ指をかける。八百万が青ざめて止めに入ろうとした瞬間。
耳郎のイヤホンジャックがズドンと穴に突き刺さった。直後、壁の向こうから悲鳴が響き渡る。
「ぎゃあああああああああああああああああああっ目がぁ、目がぁぁぁ!!!」
更衣室の静寂が戻ってきた。
「ありがと、響香ちゃん」
葉隠がタオルを直しながら、ほっとした声で礼を言う。
「なんて卑劣……!すぐにふさいでしまいましょう!」
八百万は顔を赤らめ、手を腰に当てながら怒鳴る。
(そういえば、耳朗さんだけ何も言われなかったような....)
気のせいにする時崎
「はぁ……もうさ、峰田の辞書から“反省”って単語消えてるんじゃない?」
芦戸が呆れ顔で肩を竦めると、蛙吹が「ケロッ、そうかもしれないわね」と同意した。
時崎は銃を霧散させながら、唇に笑みを浮かべる。
(……残念ですわ。ほんの少し“本気”で撃って差し上げたかったのに)
こうして女子更衣室の平和は守られた。
代償は、峰田の目と欲望である。
峰田はくるみんの肌を真珠で表現しましたがちゃんと理由があります。気になった方は原作を買ってね!(ステマ)