期末試験が終わり次の日、教室の空気は妙な重苦しさに包まれていた。机に突っ伏すようにして泣き崩れているのは上鳴と芦戸だった。
「みんな……ひぐっ……土産話……楽しみに……してるって……うぅ……!」
「まっ、まだわかんないよ!どんでん返しがあるかもしれないよ……!」
隣で緑谷が必死に励ますが、むしろ二人の涙を加速させただけだった。
(慰めは時に残酷ですわね……)
内心で呟いたのは、時崎だった。
「緑谷、それ口にしたらフラグになるやつだ……」
切島が頭を抱える。
上鳴は机を叩き、目を血走らせて叫ぶ。
「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補修地獄!しかも俺ら、実技クリアならず!これでまだ希望があるってんなら……お前らの偏差値は猿以下だ!」
「落ち着けよ、長ぇ。わかんねぇのは俺もだ」
瀬呂が肩を竦め、隣の峰田を指す。
「峰田のおかげでクリアできたけど……俺寝てただけだし」
その峰田は机に肘をつき、にやにやしながら聞き耳を立てていた。まるで自分が褒められたとでも思っているかのように。
「とにかく、採点基準が発表されてない以上、今は……」
誰かが言いかけたところで、教室の扉が開いた。
「予鈴が鳴ったら席に着け」
相澤が教壇に立ち、無造作に髪をかき上げる。
「おはよう。今回の期末テストだが、残念ながら赤点が出た。したがって……林間合宿は」
教室中が息を呑む。
「全員行きます」
『『『どんでん返しだあああぁ!!!』』』
赤点組から涙の海から奇跡の復活を果たす。
「筆記の赤点はゼロ。ただし実技で、上鳴、芦戸、瀬呂、砂糖、切島。お前らは赤点だ」
「たしかに……『クリアしたら合格』とは言ってなかったもんな」
瀬呂が頭を掻き、妙に納得した顔をする。
相澤は腕を組み、生徒たちを見回す。
「今回の試験、我々ヴィラン役は生徒に勝ち筋を残しつつ、どう課題に向き合うかを見ていた。でなければ課題どころか、開始早々に詰むやつばかりだったろう」
「ほ、本気で潰すって……おっしゃってたのは……」
飯田が恐る恐る問いかける。
「追い込むためさ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点を取った連中こそ、そこで力をつけてもらわないとな。合理的虚偽ってやつだ」
『『『ゴーリテキキョギィィーーッ!』』』
教室に妙なハーモニーが響き渡る。
一段落ついたかに思えたその時、相澤がぼそりと呟いた。
「……まぁ、時崎に関しては結構マジだったがな」
途端に、教室の視線が一斉に彼女へと集まった。静かに、微笑を浮かべる彼女。その表情はいつものように余裕を漂わせていたが、生徒たちは皆知っていた。
彼女がそこにいるだけで、教室の空気がわずかに張り詰めるのだった。そして相澤先生が口を開く。
「ただ全部嘘ってわけじゃない、赤点は赤点だ、お前たちには別途で補習時間を設けてる」
学校に残っての補習よりキツイとのこと、その言葉を聞いた補習組の顔が暗くなる。
その後は相澤先生から合宿のしおりを配られ、簡単な説明を受けてHRは終了した
「まぁ何はともあれ、全員で行けて良かったね」
HRが終わった後、教室のあちこちで持ち物の確認をする声が飛び交っていた。
「一週間の強化合宿か!」
「結構な荷物になるね」
「暗視ゴーグル!」
「水着とか持ってねーや、色々買わねえとな」
その中で、紫髪の小柄な男子、峰田が当然のように口走った「暗視ゴーグル」に、時崎は静かに微笑みを浮かべながらも心中で誓う。
(いつか、峰田さんにはお灸を据えましょう……)
そう決意を固めた直後、ひときわ明るい声が教室に響いた。
「あ、じゃあさ!明日休みだしテスト明けだし……ってことで、A組みんなで買い物行こうよ!!」
顔は見えなくても、その笑顔が眩しいほど良いものだと空気で分かる。
「おお、いいな! 何気にそういうの初じゃね!?」
「おい爆豪!お前も来い!」
「行ってたまるか、かったりィ」
「轟くんも行かない?」
「休日は見舞いだ」
「ノリが悪いよ!空気を読めやKY男共ォ!!」
わいわいとした雰囲気の中、時崎にも声がかかった。
「時崎さんも一緒に行く?」
「ええ、喜んで参加させてもらいますわ」
上品に頷いたその仕草に、周囲の女子たちが自然と微笑みを返した。
そして翌日。
「ってな感じでやってきました!!県内最多店舗数を誇る!ナウでヤングな最先端!木椰区ショッピングモール!!腕が六本の貴方にも!ふくらはぎ激ゴツの貴方にも!きっと見つかるオンリーワン!」
芦田が派手なアナウンス調で声を張り上げる。その宣言通り、ショッピングモールには溢れんばかりの人の波と煌びやかな店が並び、休日の熱気に包まれていた。
クラスメイトたちはそれぞれ必要なものを買うため散り、自然と女子組はまとまって水着売り場へと足を運んだ。
「うわぁ……種類が多すぎて迷っちゃうね!」
「強化合宿だから機能性重視かな?でもせっかくだし可愛いのも……」
華やかなディスプレイの前で、色とりどりの水着を手に取る女子たち。
その中に混じる時崎は、ひときわ目を引く存在だった。白い指先でビキニを軽く持ち上げ、試すように体の前に当てる仕草すら、舞踏会の一幕のように優雅に見える。
「時崎さんはどんなの選ぶの?」
「そうですわね……折角ですし、皆さまとお揃いというのも楽しいかもしれませんわ」
にっこりと微笑む彼女に、思わず見惚れたりと反応はさまざまだった。
ショッピングモールの一角、笑い声と弾む会話が響く。
そこには試験の緊張感とは違う、穏やかで華やかな時間が流れていた。
⸻
「さて、次どこに行く?」
「んー……ウチ、服見たいかも」
「私もお洋服を……」
楽しげな空気のまま、自然と次の目的地が決まりかけたその時――。
「では、服屋に――」
時崎が口を開きかけた瞬間、全員のスマホから同時に電子音が鳴り響いた。
「ピロン」
小さな音ながらも、不穏な空気がその場に落ちる。女子たちは顔を見合わせ、すぐに画面を確認した。
「おや?」
「「「!!!」」」
表示されたメッセージは、麗日からの一報。
『デク君がヴィラン連合・死柄木と接触、至急集合』
「みなさん」
「わかってる!」
「ええ!」
緊張を帯びた返答が交わされるや否や、時崎たちは駆け出した。
数分後、彼女たちは人混みをかき分け、指定された場所に辿り着いた。
そこには首元を押さえて咳き込み、肩で息をする緑谷と、必死にその背をさする麗日の姿があった。
「緑谷さん、麗日さん……ご無事ですか?」
駆け寄りながら声をかける時崎。その声に、麗日が振り向いた。
「みんな...」
慌てた様子で事情を話す麗日によれば、ほんの数分前まで死柄木弔がこの場に現れていたらしい。すでにプロヒーローと警察には通報済みだが、奴の姿は霧のように掻き消えてしまったという。
(死柄木……こんな場所に現れるなんて)
生徒たちは互いに視線を交わし、自然と背中を合わせるようにして周囲を警戒した。モールに響く喧騒が、今はただ不気味な雑音にしか聞こえない。
十数分後。
警報を受けた警察と数名のプロヒーローが到着し、ショッピングモールは一時的に閉鎖される。人々は次々に避難誘導され、館内は騒然とした。ヒーローたちは迅速に捜索を開始したが――結局、死柄木の影すら発見することはできなかった。
「……」
緊張の糸が張り詰めたままの中、生徒たちは指示に従い帰宅することとなる。
時崎は歩きながら小さく呟いた。
(試験が終わったばかりだというのに……また、新たな嵐が近づいていますわね)
その眼差しは、華やかなショッピングモールの灯りを前にしても、決して揺らぐことはなかった。
マジで小説のストックが切れそうなので明日は投稿できないかもしれません。