そして数十分後。店を出てきた彼らの姿は、もはや隠密どころの話ではない。
「オッラァ!!コッラァ!!」
「違え、もっと顎をクイクイやんだよ」
「オッラァ!」
サングラスに口髭まで生やした緑谷が、なぜかチンピラを完コピしていた。しかも、妙に似合ってしまっている。
その隣には、夜の帝王さながらのホスト風轟。さらにキャバ嬢を思わせる艶やかな衣装の八百万。髪をオールバックにし蝶ネクタイにサスペンダー姿の飯田に頭にツノのような謎アクセを付けた切島。
(これは変装というよりコスプレのような……特に、緑谷さん、小物のチンピラ感は完璧ですわね)
時崎は内心でそう評価した。
「時崎、お前すげーな!」
切島が感心したように声を上げる。
「そうでしょうか?変装には良いと思うのですけれど」
そう答えた彼女の姿は、髪を高い位置でまとめたポニーテールに、黒と赤を基調としたスポーティな衣装。露出の高いトップスに白のショートスカート、黒いジャケットを羽織り、左右非対称のニーソックスとガーター風飾り、そして左目に眼帯。
そのアシンメトリーなデザインは妙に映えていて、皆が同じ感想を抱いた。
『『結構似合ってる』』
「夜の繁華街!子供がうろつくと目立ちますものね!」
八百万は何故かテンション高めに宣言する。
「八百万、『創造』で作ればタダだったんじゃねぇか?」
轟が素朴な疑問を投げる。
「そうですわね。八百万さんなら服の構造くらいご存じでしょうに」
時崎も同意する。
「そそ……ソレはルール違反ですわ!!私の個性で好き勝手に作り出してしまうと、流通が……そう!国民の一人として……うん!回さねばなりませんもの!経済を!」
(……ただ単に、ドンキに入りたかったんですのね)
時崎は静かに理解した。
「お? 雄英じゃん!」
通りすがりの男の声に振り向けば、ビルのスクリーンには雄英高校の謝罪会見が映し出されていた。
マスコミはここぞとばかりに責任を追及し、画面の前に立ち止まる市民たちの表情は険しい。
その視線にさらされる雄英の姿は、もはや誇りある学舎ではなく、非難の的だった。
(……気分のいいものではありませんわね)
時崎はそう胸中で吐き捨てた。
その後、一行は発信機が示す座標に辿り着いた。外観はただの寂れた小さな工場。しかし、ここしか手がかりはない。
「裏に回ってみよう。どれだけか細くても、僕らにはこの情報しかないんだ」
緑谷の提案で、彼らは建物横の狭い路地へと入った。
「狭いですわ……つっかえそう」
八百万が小声で呟く。
(発育の暴力ですわね……)
狂三は心の中で肩をすくめた。自分も負けてはいないつもりだが、彼女の堂々たる二つの山にはさすがに軍配が上がる。
緑谷は壁を見上げた。
「安全を確認できない限り動けない……ここなら一目はないし……! あの高さなら中の様子が見れそうだよ!」
建物の窓に気付き、彼は指をさす。切島がごそごそと荷物を漁り、暗視鏡を取り出した。
(暗視鏡……なかなかのお値段のはず……いえ、友を救うのにお金の話は野暮ですわね)
時崎は一瞬俗な考えをした自分を反省した。
「様子を教えたまえ、切島くん。どうなっている?」
飯田が声を掛ける。
「んあー……きたねーだけで、特には……うおっ!」
「切島くん!?」
「おい!」
「どうした、何見えた、切島!」
「何かみえましたの?」
その狼狽え方は尋常ではなかった。全員の視線が切島に集まる。
「左奥……! 緑谷、左奥を見ろ!」
切島は暗視鏡を半ば押しつけるように渡した。
覗き込んだ緑谷の顔から血の気が引いていく。
「……うそだろ……あんな……無造作に……アレ……全部、脳無……!?」
狭い路地の空気が一気に冷え込んだ。
建物を揺るがす轟音が響き渡った。壁が崩れ、砂煙が立ち込める中、時崎たちは一瞬息を呑む。
「ど……どうなっているんだ!?」
切島が驚愕の声を上げ、隣では上半身から砂ぼこりまみれの緑谷が「いってててて」と頭を押さえている。
「みなさん、大丈夫ですか? 衝撃で倒れましたが……」
八百万が素早く仲間を確認し、時崎と切島は崩れかけた建物の中をのぞき込んだ。
「Mt.レディに……ギャングオルカ……それにベストジーニストまで……!」
切島の目が見開かれる。
「虎さんもいますわね……」
時崎もまた驚愕の色を隠せない。
ヒーローがこれほどまでに集結しているとは。
「ヒーローは俺たちなんかよりずっと早く動いていたんだ……!」
飯田が感嘆の声を漏らすと、切島は思わず「すんげえ……」と呟いた。
「さぁ、すぐに去ろう。俺たちにもうすべきことはない!」
飯田が決断を促す。しかし、
「オールマイトのほう……かっちゃんはそっちにいるのか……」
緑谷が不安げに視線を向けると、八百万が毅然と告げる。
「オールマイトがいらっしゃるのなら猶更安心です! さぁ早く……」
しかしその時、中の様子が一変した。騒がしい気配が一瞬にして凶暴なものへと変わり、次の瞬間、正体不明の一撃がヒーローたちをまとめて吹き飛ばした。
「ゲッホ!くっせぇぇ……んっじゃこりゃあ!」
土煙の中から、爆豪が現れる。だがその背後には、次々と姿を現すヴィランの群れ。彼らの個性はUSJの時のものとは異なり、まったく新手であることは明白だった。
緑谷が一歩踏み出そうとした瞬間、飯田と八百万、そして時崎が同時に手を伸ばして止める。
(流石にこの場面で動くのは不可能ですわね……)
時崎の心中に冷静な声が響く。
「飯田くん、皆!」
緑谷が声を上げる。
「だめだぞ……緑谷くん……!」
飯田が必死に制止する。
だが緑谷は首を振り、叫んだ。
「違うんだよ、あるんだよ!決して戦闘行為にはならない!僕らもこの場から去れる!それでもかっちゃんを救け出せる!方法が!」
仲間たちが息を呑む中、彼は素早く作戦を説明した。なるほど、と皆が確信する。
(個性を使う以上グレーゾーンではありますが……迷っている暇はありませんわね)
時崎が小さく微笑む。
「緑谷さんの意見に賛成ですわ。わたくし達がここまで来た以上、果たすべきことを果たさなくては」
「時崎さん……!」
緑谷の瞳が光を帯びる。
「……バクチではあるが、状況を考えれば俺たちへのリスクは少ない。何より成功すればすべてが好転する……やろう」
飯田も覚悟を決めた。
こうして作戦は始動する。
緑谷のフルカウルと飯田のレシプロが推進力をつけ、切島の硬化で壁を打ち破る。轟が瞬時に氷結を展開し、空へと跳躍する道を作る。その上を駆け、切島が声を張り上げた。
「来い!!」
爆豪が凄まじい爆破を繰り出し、切島たちの元へと飛んだ。
だがすぐさまヴィランたちが追撃してくる。マウントレディが巨大な体で食い止める。
時崎は緑谷達を安全に着地させる為に《刻々帝》を使う。
「《刻々帝》——【
緑谷達が地面に着きそうな所で撃ち落下を遅くした。
時崎たちが撤退した後、戦場の中心ではただ二人の巨人が激突していた。
「全てを返してもらうぞ、オール・フォー・ワン!」
「また僕を殺すか?オールマイト」
悪の帝王——オール・フォー・ワン。
平和の象徴——オールマイト。
そのぶつかり合いは、もはや戦闘というより災害だった。衝撃波が街を切り裂き、遠く離れたビルの窓ガラスさえ震わせる。
だが、次第に人々は目を疑う光景を目の当たりにする。
あの筋骨隆々とした姿で圧倒的な強さを誇ったオールマイトが、今や痩せ衰え、骨ばった身体を隠しきれずにいたのだ。それでもなお、彼は一歩も退かず、全身を削りながら悪を睨み据え続ける。
「オールマイト……!」
群衆の誰かが息を呑む。
そして――。
「さらばだ、オール・フォー・ワン」
「UNITED STATES OF SMASH!!!」
地鳴りのような叫びと共に、オールマイトの拳が振り下ろされた。
その瞬間、空気が震え、視界の全てが白く塗りつぶされる。振り下ろされた拳はただの打撃ではなく、大地そのものを揺るがした。衝撃波は地面をえぐり取り、地割れは幾筋も蜘蛛の巣のように広がり、巻き上がった瓦礫が弾丸のように宙を駆けた。
観戦していた人々は思わず息を呑み、ヘリで中継していたカメラマンでさえファインダー越しに恐怖を覚えるほど。鉄の塊であるヘリまでもが大きく軋み、プロのパイロットが必死に操縦桿を握りしめなければ、空から振り落とされるところだった。
その一撃に込められたのは、ただの力ではない。背負ってきた人々の想い、守るべき未来への誓い、そしてヒーローとしての矜持。それら全てを握り固めた拳が、今まさに大地を裂き、空気を震わせ、敵を圧倒しようとしていた。
それは誰の目にも明らかだった、オールマイトの全身全霊、まさしく「最後の一撃」であると
土煙の中、オールマイトは静かに立ち尽くし、そして右手を高々と掲げ――どこかを指さした。
「──────次は、君だ」
それが誰に向けられた言葉なのか、民衆には分からなかった。
倒れ伏したヴィランへの宣告なのか。
それとも、この国を担うであろう未来のヒーローたちへの託宣なのか。
しかし群衆は歓声を上げた。涙し、拍手し、揺れる街の中で「勝利」の二文字を確信するかのように。
だが、時崎の胸の奥に響いたのは別の感情だった。
“わたしはもう戦えない。だから、次の世代に託す”
平和の象徴は、ここで幕を下ろす。力尽きた英雄の背中は、衰えを隠せないほどに小さく映っていた。だが、その背中が示すものは決して「終わり」ではない。
新たな時代への引き継ぎ。オールマイトという存在が託した未来は、確かに次の世代の肩に乗せられたのだ。
神野の悪夢と呼ばれた惨劇は、社会全体に深い爪痕を残した。
人々は傷つき、同時に否応なく変化を迫られる。
平和の象徴、オールマイトの引退であった。
結果的に、平和の象徴という存在を代償に巨悪を討ち果たした。それは勝利と呼ぶにはあまりに痛みの大きい結末だった。大赤字と言っても過言ではない。支えとなる「柱」が失われ、一つの時代は確かに終わりを告げたのだ。
新たなナンバーワンとして立つのはエンデヴァー。だが彼に託されたものは、重責という言葉では到底言い表せないほど大きい。この事件は、ヒーロー社会そのものに良くも悪くも大きな揺らぎをもたらしていた。
その影響は、雄英高校にも及んでいた。
生徒の安全を最優先に考えた結果、学校は全寮制の導入を決定する。
そのための家庭訪問と謝罪の文書が、各家庭に届いた。
(全寮制、ですか)
封筒を手にした時崎は、静かに息を吐いた。
やがて訪問の日。両親と共に居間に並んで座り、彼女は来客を待っていた。
やって来たのは相澤消太、そして片腕をギプスで固めたオールマイトだった。二人は頭を下げ、真摯に説明を重ねる。
「お話は分かりました。ただ……」
穏やかな沈黙を破ったのは、時崎の母だった。
「今回の事件で、狂三はヴィランとも戦ったと聞きました。預けるからには、本当に頼みますよ。本当に……」
おっとりとした笑みを浮かべる母。しかしその声音には、底知れぬ迫力があった。
(お母様……容赦ないですわね)
時崎は内心で肩をすくめる。父からは頭の回転と運動能力を、母からはお淑やかな性格と……時折覗かせる狂気を受け継いだ。
だが本物の狂気を隠し持っているのは、むしろ母の方だった。
家族の中で最も怒らせてはならない人物、それを知る時崎には、母の言葉の重さが誰よりも理解できていた。
その圧に、オールマイトも相澤も一瞬たじろぐ。だが次の瞬間には、二人の声が揃った。
「「もちろん、全力を尽くします」」
静かな家の中に、誓いの響きが重なった。
キリが悪いですけど今日はここまでにします。
最近、評価が下がり気味で、ちょっと傷心状態ですが頑張りますので今後ともよろしくおねがいします。