気づけば、5人は仲間たちとはぐれていた。八百万、蛙吹、障子、耳郎、そして時崎。
逃げ込むようにして辿り着いた先は、ビルの最上階にある展望室だった。
「……ここなら、少しは落ち着けるかしら」
八百万が肩で息をしながら、辺りを見渡す。
障子はすぐに壁際へ移動し、増やした腕の耳を外へ伸ばして探るように気配を拾う。
「敵の気配は、今のところ感じない」
その報告に蛙吹は短く頷いた。
「でも油断はできないわ。すぐに見つかるかもしれない」
耳郎は壁際に膝をつき、イヤホンジャックを壁へ差し込む。建物の軋みや下層の足音を探ろうとしたが、すぐに眉をひそめた。
「下の階に……何人か。近づいてきてる」
張り詰めた空気が展望室を支配する。
次の瞬間、耳郎の身体がびくりと跳ねた。
「ああああぁぁぁ!!」
突如、彼女は悲鳴をあげ、床に崩れ落ちた。
「耳郎さん!」
八百万が慌てて駆け寄り、蛙吹も心配そうに見下ろす。
「耳郎さん、何がありましたの?」
時崎が冷静に問いかける。
苦痛に顔を歪めながら、耳郎は言葉を絞り出した。
「アイツら……音楽を……! 大音量で……! 私の索敵を潰してる!」
障子は増やした耳を壁に当て、低く唸る。
「……これは厄介だな。俺ならまだしも、耳郎には拷問に近い。狙い撃ちだ」
時崎は一瞬だけ目を細め、腰の短銃を抜き放った。銃口には淡く【
「耳郎さん、これで少しは楽になりますわ」
だが、引き金に指をかけた瞬間──
「ッ……!」
展望室の窓ガラスが砕け散り、パチンコ玉が銃身を弾き飛ばした。続けざまに、窓一面にヒビが走る。
「狙撃……いい腕ですわね」
時崎は、逆に楽しげな笑みを浮かべる。
「みなさん、隠れてください!」
八百万が声を張り上げ、蛙吹と障子を展望室の陰へと誘導した。
時崎は冷静に思考を巡らせる。
(障子さんの“目”を封じる狙い。耳郎さんの索敵も潰す……周到ですわね。この手際……以前、どこかで……)
耳郎は、苦痛に顔を歪めながらもサポートアイテムで打開しようとするが、そこへ再び玉が飛び込み、装置を破壊。さらに片耳をかすめ、血が滲む。
「くっ……!」
時崎は即座に判断し、短銃を耳郎の前へ滑らせた。
「耳郎さん、これを……」
だがその瞬間、敵の狙いが時崎に移った。銃を持つ彼女こそ、この場で唯一遠距離で反撃できる存在だからだ。
しかし、狂三は不敵に微笑む。
「……今ので十分、狙撃地点は把握しましたわ」
銃口が淡く光り、引き金が絞られる。閃光が迸り、飛来する玉と空中で激しく衝突した。火花が散り、破片が軌道を描くように舞い散る。
狂三の口元が、愉悦に歪んだ。
「狙撃の腕は一流……ですが、狙撃手としての腕は三流以下ですわね」
彼女は楽しむように低く囁いた。
「玉が撃ち落とされるという事は、位置が割れているということですのに....」
彼女は薄く笑みを浮かべたまま、銃口をわずかにずらした。
「見えておりますのよ、あなたの手筋が」
彼女は静かに一歩を踏み出すと《トールギス》が唸りを上げ、瞬間的に解放された。
殺人的な加速
空気が裂け、視界が歪む。窓ガラスを突き破り、頭を傾け、肩を落とし、身体を回転させながら、まるで舞踏のように死をすり抜けていく。
狙撃手の瞳に、その姿は人間ではなく一発の弾丸そのものと映った。
「な──!?」
不意を突かれた狙撃手は、反応するより早く視界が凍りつく。時崎が【
時間が解けると同時に、冷たい銃口が後頭部に押し付けられていた。リーダー格の生徒から通信が届く。
『どう致しましたの?第二段階は終了しまして?』
「……!」
耳元に甘やかな声が囁く。時崎は彼女以外に外に敵がいない事を確認する。
「わたくしがビルに戻ったら……『第二段階終了』と、通信で言ってくださいまし。言わなければ......わたくしの分身があなたの体重を鉛弾分増やす事になりますわ」
柔らかな声とは裏腹に、そこには死神のような冷ややかさが宿っていた。実際には彼女の銃弾は体内に残ることはない。
だが、そんな真実を知る者は知らない。また彼女は人体を貫く威力で人を撃つこともしない。しかし狙撃手の彼女には、ただ額の裏まで貫かれる光景しか浮かばなかった。
時崎はトールギスを蹴り出すようにして八百万達がいる部屋戻る。もう1人の時崎に狙撃手の背後を任せたまま、冷静な足取りで現場を離れた。
恐怖に駆られた狙撃手は、苦悶の表情でインカム手を伸ばす。
「……だ、第二段階終了……!」
報告を終え通信を切る。リーダー格の女生徒に異変を悟られることはない。通信が切れた瞬間、後頭部に軽い衝撃が走った。
「──っ!」
崩れ落ちる狙撃手。だがそれは銃弾ではなく、時崎の掌底だった。狙撃手の身体が前のめりに崩れ落ち、床に沈黙する。
倒れた女子生徒を一瞥し、時崎はふっと笑みを浮かべると、踵を返した。
「さあ……わたくし達の戦争を始めましょう」
彼女の行動は最初からすべてを見通していたかのように冷静だった。
1人の時崎は【時喰みの城】に戻り、もう1人の時崎は八百万たちのいる展望室へ戻ってきた。
「ただいま戻しました」
その声に、すぐさま反応が返ってきた。
「時崎さん!」
「時崎!」
「狂三ちゃん」
八百万、蛙吹、障子、耳朗。仲間たちの安堵と期待が入り混じった声が一斉に響き、室内に緊張が和らぐ気配が広がった。
だが、時崎は浮かれた色を見せず、冷静な口調で事実を報告する。
「狙撃手は倒しました。確認しましたが、彼女以外に敵はいませんでした。八百万さん、現状は?」
八百万は真剣な面持ちで周囲を見渡し、唇を固く結ぶ。
「まだ異常はありません。ですが……これから何か動くかもしれませんわ」
その言葉が終わると同時に、窓のシャッターがガラガラと音を立てて降りてきた。金属が擦れる重い響きが空気を震わせ、全員の視線が一斉に窓へ向かう。
時崎は即座に察した。確実に障子の「視覚拡張」を潰す狙いだ。
「……少し、寒くないか?」
障子の疑問に八百万がハッと顔を上げる。
「空調っ!?」
次の瞬間、冷気が肌を刺すように流れ込み、吐息が白く染まった。
蛙吹は耐えきれず、力なく膝をつく。
「ケロ……」
意識を失いかけ、ぐらりと倒れ込む蛙吹を障子が慌てて抱きとめた。
(蛙の個性を持つ彼女の弱点……急激な気温の変化。やはり……この手口、あの人しか考えられませんわね)
障子が焦った声を上げる。
「蛙吹! 大丈夫か!? 時崎、回復の弾を!」
だが時崎は冷静に首を横に振った。
「それはあまりおすすめしません。【
八百万はすぐに毛布を生成し、蛙吹を包み込む。障子は彼女を抱きかかえ、必死に温める。耳朗は緊張に耳を澄ませ、外の気配を探ろうと集中していた。
だが事態は休む暇を与えない。
ジジジ……と、不気味な音が展望室に響いた。それは熱線が金属を焼き切るような音。
「今度は何!?」
「扉を溶接していますわ……!」
「くっ……脱出経路を塞ぐ気か……!」
耳朗が驚き八百万が答え、障子が悔しげに拳を握った。
残された正面の扉は、敵が待ち構えているのは明白。背後を塞がれ、時間をかければかけるほどこちらの消耗は増す。
時崎は状況を冷静に整理した。銃で強行突破も可能だが、発砲音で即座に居場所が露見する。それでは、時崎の切り札である個性も無力化される恐れがあった。
静かな沈黙を破るように、時崎は低く呟いた。
「ここまで、悪辣で用意周到に全員の個性を潰しにかかる動き……やはり、あの人ですわね」
八百万が眉をひそめ、声を落として問いかける。
「あの人?」
時崎はわずかに微笑し、確信を込めてうなずいた。
「えぇ、今ので確信しました。この指揮を取っているのは──印照才子。彼女以外あり得ませんわ」
耳朗が首を傾げ、素朴な疑問を口にする。
「狂三とどんな関係なの?」
時崎は視線を遠くに向け、過去の記憶を呼び起こすように語り始めた。
「彼女とは1年ほど前、友人に誘われて参加したサバイバルゲームで出会いました。当時は個性使用禁止の大会で、互いに大将を務めていたのです」
記憶が鮮やかに蘇る。街を舞台にした模擬戦。印照は徹底した用意周到さで相手を追い詰め、巧妙な罠を幾重にも仕掛けた。だが最後に一瞬の隙を突いた時崎の機転によって、勝負は逆転で決した。
「なるほど、時崎と同じく策を練るタイプか……」
障子が唸るように呟く。だが時崎は首を軽く振り、否定した。
「いいえ。わたくしは”勝つため”に策略を練りますわ。まぁ、芝居がかった事もたまにしますが.....ですが印照さんは、相手を追い詰め、逃げ場を塞いでいく過程そのものに快感を覚える方。勝敗よりも、その緻密な追い詰めが目的となっているのですわ」
冷徹に言い放つ時崎の声に、八百万と耳朗も静かに頷いた。
張り詰めた空気の中、時崎の眼差しだけが鋭く未来を射抜くように光っていた。
才子ちゃんってアニオリのキャラでしたけど可愛いですよね。
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