怒涛のように過ぎていった雄英での入学初日。他クラスがきちんと入学式を行っていたと後に聞かされ、1-Aの面々は改めて雄英の「校風」の意味を思い知ることになる。
適当に授業を受けていれば、何かしらの理由を付けられて除籍。それすら現実的に思えてしまうほどだった。
気を引き締め直して迎えた次の授業は英語。
「んじゃこの中で間違っている英文はどれだ?」
相澤の厳しい眼差しを思い返して身構えていた生徒たちは、一瞬で拍子抜けする。
『『『普通だ……すごく普通の授業だ……!』』』
誰ともなく心の声が重なる。
「Everybody, heads up!! 盛り上がれ~!!」
快活に教科書を進めるプレゼント•マイクに合わせ、生徒たちは半ば安堵のような笑みを浮かべた。
(……ちゃんとした授業、ですわね)
時崎も、ほんの少し肩の力を抜く。その後の科目も進度が早いとはいえ内容自体は至って普通で、張り詰めていた心が少しずつ緩んでいくのを、誰もが感じていた。
そして昼休みを挟み、午後。ついに、彼らが最も期待していた時間がやって来る。
「わぁあたぁあしぃぃがっ……普通にドアから来たぁっっ!!!」
轟音のような声と共に現れたのは、筋骨隆々の巨躯を持つ存在。輝く笑顔を浮かべ、堂々と立つ平和の象徴、No.1ヒーローオールマイトだった。
「おおおおお!!!」
教室は一気に熱気に包まれる。誰もが知る憧れのヒーローが、自分たちに直接教えてくれるのだ。
狂三もまた、目を細めながら理解する。自分は今、恵まれた場所に立っているのだと。
「早速行こうか!! 私が受け持つのはヒーロー基礎学!! 少年少女たちが目指すヒーローとしての素地を作るため、様々な基礎訓練を行う科目だ!! 正に必須科目!! 単位数も多いから気を付けたまえ!!」
勢いそのままに、オールマイトは「BATTLE」と書かれたプレートを掲げ、さらに力強く宣言する。
「今日はこれ!戦闘訓練!!!」
その瞬間、生徒たちの瞳に灯がともった。好戦的な者、負けん気の強い者、未知への期待に胸を躍らせる者。それぞれの思惑を胸に、メラメラと闘志を燃やす。
オールマイトが軽く指を鳴らすと、教室の壁がゴウンと音を立てて動き始めた。そこに収められていたのは、各自が入学前に提出したデザインを基に、専属会社が制作した戦闘服。
「着替えたら各自、グラウンドβに集合するように!遅刻はなしで頼むぞ!!」
その言葉と共に、1-Aの面々は一斉に自分の収納ケースを掴み、更衣室へと駆け出す。
そして、
時崎もまた、自らのコスチュームに袖を通した。赤と黒を基調としたドレス。優雅さと妖艶さを兼ね備えたその装いは、戦場に立つ衣装とは思えぬほど異彩を放っている。
やがて、ドレスの裾を揺らしながら彼女はグラウンドβへと到着した。
グラウンドβに集った1-Aの生徒たち。戦闘訓練の授業内容を告げるオールマイトの声は、いつも以上に力強く響いていた。
「今回の授業は!正しく基礎を学ぶためのものだ! 舞台は屋内!君たちはヒーローチームとヴィランチームに分かれ、実際の戦闘を体験してもらう!」
説明が続く。ヒーロー側はヴィランを捕らえるか、あるいはヴィランが隠し持つ核兵器を確保すれば勝利。
一方、ヴィランは制限時間までに核兵器を守り抜くか、ヒーロー全員を確保すれば勝利となる。
「ちなみに核兵器は張りぼてだ!だが、これは実際の任務と同様、本物として扱ってもらうぞ!」
その言葉に、生徒たちはごくりと息を呑んだ。核兵器の奪取や防衛、現実の任務を想定した訓練だと理解できたからだ。
「そして!気になるチーム分けだが……これはくじ引きによって決定する!」
一斉に「おおっ!」と声が上がる。爆豪は腕を鳴らして闘志を露わにし、轟は冷静に箱を見つめる。緑谷は不安げに手を震わせていた。
それぞれが思い思いの表情を浮かべながら、順に箱へと手を伸ばしていく。
やがて、時崎の手元にも一枚の紙が握られた。
彼女のカードに刻まれた文字は「I」。
「どうやら……わたくしはIチーム、ですわね」
口元に微笑を浮かべながら、狂三は静かに呟いた。
チーム分けの結果、狂三の手元には「I」のカードが残った。同じカードを引いた二人と合流すると、早速明るい声が飛んでくる。
「一緒のチームだね!!よろしく尾白君」
声の主は透明な存在。透明化の“個性”を持つ少女葉隠透である。その横で、逞しい尻尾を軽く振りながら、もう一人が自己紹介を始めた。
「葉隠さんだよね、宜しく。それで……時崎さんで良いんだよね?」
「時崎狂三と申します。好きなように呼んでもらって構いませんわ」
微笑を浮かべながら、狂三は静かに答えるその声音には、どこか含みを持った上品さが漂っていた。
「分かった。時崎さん、宜しくね~!!」
葉隠の明るい声が、空気の透明な一角から弾ける。姿が見えないだけに、その陽気さが一層際立つようだった。
こうして、尾白の頼もしげな尻尾、葉隠の透明な存在感、そして時崎の不思議な気配、三人の個性は偶然にも一つのチームにまとまった。
21人という人数の関係で、Iチームだけが例外的に三人構成となったのだが、それはむしろ奇妙な巡り合わせのようにも思えた。
「さて……愉快な組み合わせですわね」
狂三は心の中でそう呟き、目の前の二人に微笑みを向けるのだった。
爆音と共に終わった第1戦。緑谷と爆豪の因縁めいた激突は、周囲の生徒たちに「これが戦闘訓練なのか」と衝撃を与えた。勝敗は麗日の機転によってヒーローチームに軍配が上がったが、同時にその代償として緑谷が満身創痍になった姿は、皆に「戦いの厳しさ」を刻みつける結果となった。
そして、次なる第2戦。
ヒーローチームは轟焦凍と障子目蔵。ヴィランチームは尾白猿夫、葉隠透、そして時崎狂三。
三対二という人数差での戦闘となるが、その分だけ制限時間は延長されており、単純な有利不利では測れない戦いだった。
舞台となるビルに入ると同時に、三人の間に緊張感が走る。
「ううっ~緊張して来たぁ~!!」
葉隠の声が透明な空間から弾ける。その明るさの裏に、動揺が隠しきれない。
「でも、こっちの方が人数は有利だから。基本有利、だから落ち着いて行こう」
尾白は尻尾を軽く振り、仲間を安心させるように言った。体格も精神も頼もしさを感じさせる。
狂三はそんな二人を見やり、ふと口を開いた。
「葉隠さん。取り敢えず開幕まではブーツは履いておいた方が良いと思いますわ」
「えっ、そうかな?」
透明な声に、狂三はにっこりと笑みを浮かべる。だが、その言葉は鋭い読みを伴っていた。
「わたくしが轟さんなら、開幕直後でビルを凍結し相手を封じ込めますわ。それなら圧倒的に有利な状況に持ち込めますもの」
その説明に、尾白も思わず頷く。確かに、轟の“個性”は一瞬で戦況を決定づける力を持つ。地形をも支配できる相手に対し、甘い見通しでは勝ち目はない。
「……なるほど。たしかに靴がなければ、足元を凍らされて一発で終わりか」
「うん、わかった!ありがと、時崎さん!」
葉隠の声に一層の緊張感と、ほんの少しの安心感が混ざる。
開始直後、轟は迷いなく手をビルに触れる。冷気が一気に吹き荒れ、数瞬でビルの内部は氷の世界と化す。床も壁も、息を吐くことすら白く染まる。
「本当に来た!」
「やはりそう来ますわね……」
時崎はため息混じりに微笑み、銃口を床に向けて撃ち込む。
「【
瞬間、二人の凍りついた床が水へと巻き戻り、轟の氷結を帳消しにした。
「.....では、手筈通りにお願いします」
『了解!!』
「さあ、わたくし達の戦争を始めましょう」
轟は確信していた。建物の中の訓練相手の尾白と葉隠、時崎の配置をパートナーの障子から教えてもらい、氷で三人を完全に封じ込め、動きを止めた。これでもう勝負は決まったはず。悠然と階段を上がり、核が保管されている部屋へと歩を進める。
だが、部屋にたどり着いた瞬間、その確信は音を立てて崩れ去る。
「お待ちしておりましたわ。轟さん」
艶やかな声音と共に、闇の中から現れたのは時崎狂三だった。黒と赤のドレスが揺れ、彼女の右手には長銃が構えられている。躊躇など一切ない。引き金が引かれるのと、轟が反応するのはほぼ同時だった。
「っ!」
轟は右足を叩きつけ、瞬時に氷の壁を生み出す。だが銃弾は氷を容易く砕き、鋭い風切り音を残して彼の頬をかすめた。冷たさと熱さが同時に走り、頬に一筋の赤が滲む。
「はあっ!」
その隙を逃さず、尾白が飛び込む。尻尾が槍のようにしなり、轟を狙う。轟はすぐさま腕を振るい、厚い氷壁を生み出して尾白を押し返した。氷と肉体が激突する重い音が響き渡る。
だが攻防は途切れない。氷壁が割れた瞬間、時崎が尾白と入れ替わるように前へ出る。双銃が閃き、立て続けに放たれる銃弾が轟を追い詰めていく。轟もまた一歩も退かず、氷を絶え間なく生成して迎え撃つ。
銃弾と氷、氷と時間。双方の力が正面からぶつかり合い、床はひび割れ、壁は砕け散り、瓦礫があふれ出す。
「きひひひ、まだ続けますわよ?」
時崎は小さく嗤いながら、砕けた氷の欠片を掴み上げた。
次の瞬間、それを轟に向けて投げ放つ。そして同時に、短銃の銃口をその氷へと向ける。
「【
弾丸が放たれ、氷は瞬く間に融解して水へと姿を変える。その水飛沫がそのまま轟の顔へと降りかかり、視界を一瞬奪った。
「くっ……!」
轟の鋭い瞳が揺らぎ、思わず目を細める。その一瞬の隙、戦場に再び不穏な気配が忍び寄っていた。
轟が目を開けると、時崎の短銃がすぐそこにあり、銃口は確実に頭部を捉えていた。
「っく!」
その一撃で、轟は思わず数歩後ろに跳ね、バランスを崩す。だが時崎は引き金を引かず、攻撃は止められたままだ。赤と黒の衣装が揺れるたび、妖艶な影が室内に漂う。
「わたくし、ずっと不思議に思ってましたの。轟さんは何故、左半身を使わないのかと」
その声は、静かに、しかし確実に空気を支配した。冷たくも甘い響きが、瓦礫と氷の残る空間に満ちる。
「……お前には関係ないだろ……!!!」
轟は声を張り上げ、強張った表情で応じる。怒りと苛立ちが混ざり合い、緊張の糸が張り詰める。
「ええ、関係ありませんわ。ですが理由はどうあれ、右の能力だけでわたくし達を倒せると思っていたのなら……随分と甘くみられたものですわぁ」
時崎の瞳が深紅に光り、妖艶な声が再び室内を満たす。その威圧感は、ただ戦闘力だけではなく、精神をも締め上げるような圧迫感を持っていた。
時崎は妖艶に微笑みながら言葉を終えると、軽やかに身を引き、尾白へと交代した。次の瞬間、床に散った水が「ビチャッ」と嫌な音を立てる。
轟の目がわずかに細められる。自分がさきほど生み出し続けた氷壁。それが、いつの間にか水へと戻されていたのだ。氷の質感ではなく、水特有の重みと冷たさが確かにそこにある。
「……」
轟は迷うことなく腕を振り抜き、その場に広がる水を一瞬で凍り付かせた。白い氷が爆発的に広がり、足元を侵食する。
「動けない!」
氷が床を這い、尾白の足首をがっちりと縛り上げる。彼の尻尾すらも凍結に捕らえられ、動きが鈍る。
「くっ……!」
必死に力を込め、尾白は氷を砕こうと尻尾を叩きつけるが、そのたびに鋭い音が響き渡る。轟の氷結はあまりに強固だった。
だが、その横で時崎は、まるで余裕を崩さぬまま氷に絡め取られていた。紅い瞳を細め、口元にうっすらと笑みを浮かべている。
「あらあら」
尾白の苦悶の声とは対照的に、時崎の声音は軽く、まるでこの状況すら計算済みであるかのようだった。
轟の眉がわずかに動く。
「……あんま、動かねぇ方がいいぞ。霜焼けじゃすまねぇからな」
轟は冷徹に告げながら周囲を確認した。氷の上で動きを封じられている尾白、そして同じく凍り付いた時崎。さらに、氷に埋もれる形で小さなブーツがあった。そこに葉隠がいるのは明らかだ。カムフラージュのために手袋を外していたのか手袋が床に落ちていた。轟は冷静に結論を下す。
これで全員確保。そう確信し、彼はゆっくりと核に歩み寄り、指先を伸ばした。
その時
「いいことを教えますわ、轟さん」
氷に捕らわれたはずの時崎が、柔らかな声を放った。轟の足がわずかに止まる。
「……?」
「あなたはここで捕まりますわ」
凍りついたままの時崎は微笑んでいた。轟は眉をひそめる。ふざけているのか。そう思ったのも無理はない。三人とも足元を凍らせて動きを封じた。確かに決着はついているはずだった。
だが、時崎の声音はまるで違った。艶めいていて、確信に満ちている。
「いえ……あなたの敗因は、わたくし達を捕縛するのに時間がかかったことではありません」
「……?」
「あなたはわたくし達の策を見抜けず、これが“戦闘訓練”だということを忘れ……ヴィラン役のわたくしと、これを含めて2回もおしゃべりをしてしまったことですわ」
その瞬間。
「轟くん確保ーっ!!」
背後から、明るく響く葉隠の声。
「なっ……!?」
轟の身体が前へと押し倒される。状況を理解しようと必死に視線を巡らせた彼の目に飛び込んできたのは、部屋の隅の光景だった。
瓦礫が高く積まれ、氷結の範囲からわずかに外れている場所。そこに手袋とブーツを外した葉隠は立っていたのだ。轟の死角に隠れるように、静かに。
「……っ」
「あなたは、咄嗟に思いついて水を凍らせたのでしょう。ですが、その分だけ氷結は甘かった」
狂三が囁く。
「最も、身動きを封じるくらいには十分でしたが」
「どうやって……瓦礫を……っ!?」
轟の声には驚愕と焦りが滲んでいた。確かに、部屋の隅には見落としていた瓦礫の小山があり、その上に立つ葉隠が勝敗を決定づけたのだ。だが、戦闘の最中、そんな余裕などあるはずがない。
氷を砕き、攻防を繰り返す中で、いつ彼らはそんなことを。
その疑念に答えるように、凍りついたままの時崎が妖艶に笑みを浮かべた。
「ふふ……わたくしと尾白さんが交代したり、あなたとおしゃべりした本当の理由、お分かりになりまして?」
轟は目を細める。
「……」
「一つは、交代しながら瓦礫を少しでも速く積み上げること。作戦の要である葉隠さんの存在を勘付かれないためですわ」
時崎はさらりと言葉を重ねる。
「もう一つは……わたくしが【四の弾】や目くらましであなたの視界を封じ、わたくしとおしゃべりしてる間に力がある尾白さんが静かに積み上げてくれたということですわ」
その説明を聞いた瞬間、轟の胸に氷より冷たい感覚が走る。彼はずっと、時崎の異質な間合いと弾丸の応酬に気を取られていた。
尾白との入れ替わりも、単なる連携の妙だとばかり思っていた。だが、それすらも囮。
「……お前ら……最初から……!」
「ええ。最初からヴィランとして“勝つ”ことだけを考えていましたわ」
「ですが、これが3人で助かりました。二人だと積み上げるのが難しくなるので」
狂三の声音は甘やかでありながら、どこか底冷えする響きを帯びていた。
次回に続きます。