戦闘訓練の翌日。時崎はいつものように軽やかな足取りで雄英へと登校していた。だが校門前に差し掛かったとき、普段とは明らかに異なる光景に気づく。
「……なんの騒ぎでしょう?」
校門前には人だかり。手にマイクやカメラを構えた人々が、ざわざわと騒ぎながら校内をうかがっていた。マスコミであることは一目瞭然だった。
視線を巡らせれば、人だかりの中に緑谷や麗日、そして饒舌に取材陣を遮ろうとしている飯田の姿も見える。
「さて……どういたしましょうか?」
彼女の脳裏に一瞬、《刻々帝》を用いれば簡単にこの場を突破できる、という考えがよぎる。だが敷地外での個性使用は禁止、しかも雄英に課せられたペナルティは決して軽いものではない。冷静に判断すれば、使うわけにはいかない。
彼女はひとつ小さく肩をすくめると、ゆったりと歩を進め、緑谷たちのもとへ近づいていった。
「みなさん、おはようございます」
その声音はまるで人混みなど存在しないかのように落ち着いていた。
騒然とする群衆の中で、ただ一人変わらぬ調子で挨拶する彼女の姿に、緑谷たちは思わず目を見開く。
((この状況で……普通に挨拶して、通り抜けようとしてる!?))
3人の驚愕は無理もなかった。
だが、その堂々とした態度がかえってマスコミの目を引いたのだろう。一人の記者が、マイクを彼女の目の前に突きつけて声を張り上げた。
「あの!そこのあなた!オールマイトについて一言お願いします!」
時崎は立ち止まり、わずかに首を傾げる。その仕草は優雅だったが、返答は短い。
「すいません、わたくしから話せることはありませんわ」
穏やかに断り、再び歩き出そうとする。だが、取材陣は食い下がった。
「そこをなんとか! お願いします!」
カメラとマイクが押し寄せる。だが次の瞬間
「……わたくしから話せることはありませんと、さきほど申し上げましたでしょう?」
同じ言葉。だが、その声音には確かな圧がこもっていた。彼女の艶やかな声色は変わらない。だが鋭い瞳が記者の目を射抜いた瞬間、場の空気が凍りついたかのように感じられた。
マスコミたちは思わず息を飲み、動きを止める。そこに漂うのは、威圧ではなく抗えぬ「迫力」だった。
時崎は何事もなかったかのように微笑むと、校舎の方へと歩みを進める。人だかりは道を空け、誰一人として彼女を引き止めようとはしなかった。
その後、ホームルームで学級委員を決めたり昼休み中にマスコミがゲートを突破したりなどあったが、1年A組の生徒たちは午後の授業の為に校舎を後にし、バスに乗り込んでいた。
窓の外には青空が広がり、先ほどまでの校門前の騒動も、少しずつ遠ざかっていく。
バスが停車すると、目の前に広がる施設の景観に一同が息を呑む。目立つ看板には『USJ』の文字が躍り、次々に並ぶ災害再現ルームの光景は、まるでテーマパークのアトラクションのようだった。
『USJかよ……!?』
小さなざわめきと驚嘆があちこちで起こる中、講師である宇宙ヒーロー・13号が登場した。全身を覆う宇宙服のようなコスチュームは、威厳と奇抜さを兼ね備え、生徒たちの視線を一瞬で集める。
「水難事故、土砂災害、火事、etc……ここはあらゆる災害の演習を可能にした僕が作った“嘘の災害や事故ルーム”――略して“USJ”!!」
生徒たちは半ば呆れながらも、そのネーミングに思わず笑いを漏らす。因みに時崎は
(大阪にある有名テーマパークから訴えられないか心配ですわ...)
ネーミングの事で心配していると
「えー始める前にお小言を一つ二つ三つ四つ…」
『『『(増えてる…)』』』
「皆さんもご存じだと思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
13号の声は真剣そのもので、威圧感すら漂わせる。
「この個性は簡単に人を殺せます。皆さんの中にも、そういう個性がいるでしょう」
その言葉に、生徒たちは一瞬静まり返る。時崎もまた、そのうちの一人である。
自身の個性《刻々帝》なら、使い方次第で他者の人生を容易に狂わせることができる。その重みを彼女は理解しており、ヒーローとして通るべき道の厳しさを胸に刻んでいた。
講義を終え、生徒たちが拍手を送り歓声を上げていたその瞬間、異変は忽然と姿を現した。
最初に気づいたのは相澤だった。その鋭い視線が、空気の中に漂う不自然な靄に吸い寄せられる。次に時崎もそれを察知し、彼女の瞳は冷静に、しかし内心では確信していた。この異常はただ事ではない、と。
「ひとかたまりになって動くな!!13号!!生徒を守れ!」
相澤の号令が響き渡る。生徒たちは一瞬凍りつき、互いに視線を交わしながら身構えた。
「何だアリャ!?また入試みたいな、もう始まってんぞパターン?」
「動くな!あれは………ヴィランだ!!」
学校での訓練とは異なる現実の脅威が、目の前に迫っていた。緊張と恐怖が一気に張り詰める。
時崎は冷静に分析する。胸中で思考を巡らせ、教師側の配置を再確認する。
「13号に…イレイザーヘッドですか…、教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが…」
周囲の声もまたざわつく。生徒たちは混乱し、誰もが事態の異常さに息を呑む。
「どこだよ…せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴が…いないなんて…子供を殺せば来るのかな?」
その言葉の端々に、混乱と不安、そしてわずかな絶望が滲む。場は瞬く間に緊迫した戦場の空気に染まった。