バスの車内から解放され、A組の生徒たちは五限の災害演習施設“USJ”へと到着していた。最初は授業の延長のような雰囲気だったが、突如として場を覆った靄が、全員の注意を一瞬で引き寄せた。
「13号避難開始!学校に連絡試せ!センサーの対策が頭にある敵だ、電気系の個性が妨害している可能性がある。上鳴お前も個性で連絡試せ」
相澤の号令に応じて上鳴は即座に個性を発動する。
「うっス!」
だが、生徒たちの間には動揺が広がる。
「先生は1人で戦うんですか!?あの数じゃいくら個性を消すっていっても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ、正面戦闘は……『緑谷』」
相澤先生が遮る。
「一芸だけじゃヒーローは務まらねぇんだよ。状況に応じて戦闘スタイルを変えていく。それにヒーローが任せろと言ったんだ。俺達はまず生きることと先生の無事を考えろ」
その言葉と共に、イレイザーヘッドは広場に飛び降りた。瞬く間に彼の独壇場となる。ゴーグルで目線を隠し、誰の個性を消しているか悟らせず、相手の力を利用しながら次々と敵を薙ぎ倒す。
「すごい…!多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」
「分析している場合ではありませんわ、早く避難を……」
時崎が声を張ろうとした瞬間、黒い靄が生徒たちの前に瞬時に展開し立ちはだかった。
「させませんよ」
無情にも立ちはだかるヴィラン。その声は凛とした響きを伴い、緊迫感を増す。
「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは……平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
その言葉に生徒たちは一瞬で思考を停止する。オールマイトを殺すなど、言葉にしてしまうこと自体が恐怖でしかなかった。
(本当にヴィランは“殺す”という単語が好きですわねぇ)
時崎は心中で呟く。
「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ…ですが何か変更があったのでしょうか?まぁ…それは関係なく…私の役目は....」
その瞬間、黒い靄が勢いよく噴き出そうとする。しかし爆豪と切島が先手を打ち、突進するも、相手は霧状で攻撃は全く通用しない。その時、
バァン!
鋭い銃声が響き渡った。音源は明らかに時崎からだった。だが彼女自身はまるでいつものように言葉を漏らす。
「脳天を撃ち抜くつもりでしたが、やはり効きませんわ」
((この人、普通に脳天を撃ち抜くって……!?))
クラス全員が時崎の物騒な言葉に息を呑む。その隙に、靄が生徒たちを包み込み、無情にも散り散りに飛ばしていった。
靄に飲み込まれ、強制的に転移させられた生徒たちは、空高くから投げ出されるように落とされた。
しかし
「【
乾いた銃声と共に、時崎狂三の弾丸が放たれる。その軌跡は落下してくる上鳴、八百万、耳郎の三人を正確に射抜き、効果を発揮した。撃ち込まれた瞬間、彼らの落下速度は緩やかになり、羽根で舞い降りるように地面へと降り立った。
「助かりましたわ、時崎さん」
八百万が深く息をつきながら感謝の言葉を口にする。
「ありがとう」
耳郎も肩を押さえつつ安堵の笑みを浮かべた。
「助かったぜ!」
上鳴は勢いそのままに笑い、仲間の再会を喜んだ。
「礼には及びませんわ」
時崎は優雅に微笑み、銃口を下ろす。しかし、その束の間の安堵を切り裂くように、殺気が辺りを包んだ。
狂三の瞳が鋭く細められる。周囲の気配、足音、そして息遣い。四人を取り囲むように、次々と影が現れる。
「……やはり、バラバラに飛ばしたのは各地に配置した敵で、一人ずつ嬲るための策ですわね」
冷静に結論づけた時崎の前に姿を現したのは、50を超えるヴィランたちだった。いずれも目に狂気を宿し、口元には醜悪な笑みを浮かべている。
「おいおい、女もいるじゃねぇか!」
「これは楽しめそうだぜ!」
「あっちのねぇちゃん、いい乳してんじゃねぇか!」
卑俗で下卑た声が飛び交い、空気は粘つくような不快さに変わる。八百万と耳郎の顔色が引き、全身に冷たい戦慄が走った。想像してしまう。捕まってしまった時に待ち受ける最悪の未来を。
しかし、その不安を切り裂いたのは、狂三の声音だった。
「あらあら……」
その声は優美で穏やか。しかし同時に、底冷えするほどの冷たさを孕んでいた。
彼女の瞳が妖しく輝き、ヴィランたちの下卑た笑みを次々と射抜く。
ヴィランたちがジリジリと距離を詰めてくる。四人を完全に包囲し、下卑た笑いと舌なめずりが混ざり合い、圧迫感が肌を刺す。
その中で、ひとりのヴィランが痺れを切らしたように吠え、時崎へ飛びかかった。
「喰らえぇぇ!!」
上鳴、八百万、耳郎の三人は思わず息を呑む。
((危ない!))
しかし、時崎は振り返りさえしなかった。
顕現した銃を横に構え、視線は前を向いたまま、無言で引き金を引く。
乾いた銃声が響いた瞬間、飛びかかったヴィランは頭部を撃ち抜かれ、そのまま糸が切れた人形のように地面に倒れ込んだ。
無論、弾丸の威力は抑えてある。だが頭部に直撃すれば気絶は免れない。
「……っ!?」
敵も味方も、反応が一瞬遅れる。
しかし時崎の手は止まらなかった。次々と銃口を別方向へ向け、視線を動かさぬまま、後ろから襲いかかろうとするヴィランをノールックで撃ち落としていく。
一人、二人、三人銃声が鳴るたび、確実に敵が沈んでいった。
「すっご……」
「凄いですわ……」
上鳴が呆然とと呟き、八百万も驚きと安堵が入り混じった声を漏らした。耳郎はただ目を見開き、息を忘れて狂三の姿を見つめるしかなかった。
当の本人は涼しい顔で、口元に微笑を浮かべる。
「随分と大きな口を叩いておられましたが……所詮は口だけですわね」
静かに放たれたその言葉は、銃弾よりも鋭くヴィランの心を抉った。
((この人、ヴィラン相手に煽った!?))
三人の心情が、見事に重なった。
「あのガキっ!調子にのりやがってぇ!!」
「女も関係ねぇぶっ殺せ!!」
狂三は銃をくるりと回し、ふっと微笑んだ。その笑みはいつもの優雅さを保ちながらも、背筋を冷やすような冷たさを帯びている。
「上鳴さん、八百万さんと耳郎さんと協力して、あちら側のヴィランのお相手をお願いできますか?……残りは、わたくしが倒しますわ」
さらりと口にされた言葉に、上鳴は思わず二度聞きする。
「い、いやいやいや!?残りって軽く40人はいるぞ!?本気で言ってんのかよ!?」
ヴィランたちの嘲笑と殺気が渦巻く中、その突っ込みはあまりに現実的だった。
だが時崎は首を傾げるようにして、あくまで穏やかに答える。
「ええ、安心してくださいまし。こう見えても、わたくし……結構強いですの」
一瞬の沈黙。だが上鳴の脳裏には、先日の戦闘訓練で見せた彼女の策謀と、個性把握テストで垣間見た底知れぬ力が鮮明に蘇った。確かに、彼女なら言葉通りにやり遂げるかもしれない。
「……マジかよ。けど、まぁ……分かった! こっちは任せろ!」
八百万もきっぱりと言葉を重ねる。
「時崎さん、ご武運を!」
耳郎は拳を握り、真剣な眼差しで叫んだ。
「頑張って!」
その励ましに、狂三は艶やかな笑みを深める。
「ええ、任されましたわ」
銃口を滑らかに持ち上げ、敵陣に向ける。その仕草はまるで舞踏会の開幕を告げるかのように優雅だった。
狂三の銃声が絶え間なく響く。彼女は自ら言った通り強かった。
舞うように跳躍し、空中から正確無比に弾丸を撃ち抜く。
狙いを定める暇すら与えず、敵が照準を合わせたときにはすでに姿はそこになく、逆に背後から銃口を突きつけられる。そして冷ややかに、ヘッドショット。
まるで戦場の主導権すべてを握っているかのような、圧倒的な立ち回りだった。
一方、八百万・耳郎・上鳴の三人も必死に食らいついていた。
これが初めての「実戦」本物のヴィランとの対峙。だが怯むことなく、自分たちの長所を活かして戦う。
耳郎が敵に飛びかかり、プラグを耳に突き刺す。
轟音がヴィランの鼓膜を襲い、悲鳴とともに膝をついたところへ、上鳴が触れて電流を流し込む。
「アバババババババ!!!?」
痙攣しながら崩れ落ちた敵に、とどめを刺したのは八百万だった。
彼女が生成した鉄製の棒を、フルスイングで顎に叩き込む。骨が軋む音と共に、ヴィランの意識は途絶えた。
やれる。私たちは戦える。そう思った。相手が本物のヴィランでも、力を合わせれば勝てるのだと。
しかし、その小さな慢心こそが、致命的な隙を生む。
「いけませんわ!!」
狂三の鋭い声が響く。
振り向いたとき、八百万の背後から迫る刃。それは確実に致命傷を与える軌道だった。だが次の瞬間、狂三は【一の弾】で加速し、八百万を突き飛ばす。
「きゃっ――!?」
そのおかげで八百万の命は救われた。しかし、代わりに振り下ろされた刃は、容赦なく狂三の右腕を断ち切った。
ざくり、と肉を裂く音。上腕から下が宙を舞い、地面に転がり落ちる。
八百万の悲鳴が響いた。
「時崎さん!!いやーー!!」
「時崎!?」」
「時崎さん!?」
胸を締め付ける罪悪感が彼女を襲う。自分が慢心したせいで……彼女の腕が。そう思わずにいられなかった。
だが、当の時崎あまりにも落ち着いていた。異常とすら言えるほどに。
顔も歪めず、むしろ淡々とした声音で呟く。
「……あらあら、ひどい事をしますのね」
その微笑みは変わらない。右腕を失ったという事実すら、彼女の優雅さを揺るがすことはなかった。
狂三は静かにヴィラン達へと語りかけた。
「わたくし、ずっと疑問に思っていましたの」
落ち着いた声音は、まるで日常会話の延長のようだった。だがその瞳の奥には、冷ややかな光が潜んでいる。
「何故、人は《殺す》という言葉をこんなにも簡単に口にするのか。……口にするだけならいくらでも言えますわ。ですが、こう考えたことはありませんでしたの?」
彼女の声が鋭くなる。
「人を殺すということは、同時に、自分が殺されるかもしれないということ」
一瞬、周囲の空気が張り詰めた。だがヴィランの一人は嘲笑混じりに吐き捨てる。
「ハッ、そんなもん知るかよ。俺たちは殺したいから殺すだけだ!」
「……そうですの」
狂三の唇が、優美に笑みの形を描いた。
次の瞬間。
彼女は左腕を掲げる。空気が変わった。世界が沈むように暗転し、まるで影の帳が落ちたかのように光が消えていく。
「ッ!?ぐ、あああ!?」
「きひひひひひひひひひひひひひひひひ」
ヴィラン達が一斉に呻き声を上げ、苦悶に顔を歪める。身体の奥から何かを吸われていくような感覚に抗えず、膝をつく者も現れ始めた。時崎は奇声とも言える声を発していた。
一方で、上鳴たち味方の生徒には何の異変も訪れない。ただただ、目の前で繰り広げられる異様な光景に息を呑むだけだった。
その中で、八百万だけは違和感に気づいていた。いや、気づかざるを得なかった。
まず一つ。右腕の上腕から下を失った彼女は、本来なら出血性ショックで倒れていてもおかしくないはずなのに、平然と立ち続けている。
二つ目。切断面から、一滴の血すら流れていない。
三つ目。そして最も衝撃的だったのは普段、時崎の髪に隠れている左目が露わになっていたこと。
そこには黄金のような瞳に時計の文字盤のようなものが刻まれており、短針と長針が左回転しているのがはっきりと見えたのだ。
八百万は戦慄する。これまで彼女が見せてきた加速、減速、回復、そして不可思議な銃弾の数々。それらすべてが一つの答えに繋がっていく。
「時崎さん、まさか……あなたの“個性”は……」
その問いかけに、狂三は微笑んだ。その笑みは、どこか甘美で、どこか残酷だった。
「ええ、そうですわ。わたくしの個性は
そして優雅に宣告する。
「簡単に言えば……時間を操ることができます」
その言葉に、八百万の背筋は凍りつく。同時に、ヴィラン達はさらなる絶望を悟った。