仮面ライダーアウトサイダーズ the other 〜永遠のヴァルハラ〜 作:大島海峡
クロックアップ。
それは渋谷に隕石が落下して後、人類がそこに付着していた異星物と対峙するために、開発した技術……と、影山は聞いている。
ライダーシステムを循環するタキオン粒子を活性化させることにより、肉眼では捕捉できない怪物たちと同じ、光速の世界で渡り合うことが可能となる。
〈Hyper clock up!〉
だが、その他を寄せ付けない世界において、なお圧倒的な速さで、パンチホッパーの拳に触れさせもせず、その一発を繰り出す間に数十発に及ぶ連打を叩き込む。
影山からは、クロックアップ中に黄金の光が瞬き、超加速で動いているはずの自らを、見えざる何者かが叩き据えるような感覚だったことだろう。
それが、金色の甲虫戦士。
〈Maximum rider power〉
その力の源たるハイパーゼクターのホーンを上下させ、内より力を充溢させていく。
「む……ッ」
だがその過程において、彼は目の前の、見覚えのないマスクドライダーシステム装着者の体勢が、多少の変化を見せていることに気がついた。
彼にとっては緩慢な動作ながらも両足を浮かせ、跳び退きつつ背を丸め、手足を折り畳む。
怯懦の構えである。だが、幸か不幸か、偶然か思惑あってのことか。その及び腰の防御の丸まりは、コーカサスの攻撃に完全に備える体勢となった。なってしまった以上は、時の流れを戻さない以上、力押しでその構えを崩すよりほかない。
〈Rider kick〉
その必殺の技名を、口の中で復唱する。
敵の脇腹を穿ち、臓腑を抉り出すはずのミドルキックは、防がれてもなお、吹き飛ばすに十分な威力を帯びて、パンチホッパーを蹴り飛ばした。
〈Hyper clock over〉
ほぼ停止していた時が、再動する。
と同時に、蓄積されていた打撃が、一気に影山を襲い、地に崩れる。
だが、かろうじて変身を解くことはない。やはり、ある程度は威力が殺されたらしい。
――いや、それだけではあるまい。
手足の感触から、伝わってきた拍動から、そう断じたコーカサス――
詰まった呼気と共に、影山の身体が、緑碧の発光を放つ。
「なるほど」
得心と共に、黒崎は独語した。
パンチホッパーの装甲ごとに、妖光に包まれたその形態が歪曲する。
そして、一本の角と殻を持つ、蛹のごとき異生物の姿へと変じた。
ワーム。その
あるいはまだ、人間としての姿の方が今なお本物なのか。もはやその問いには、彼さえも答えることが出来ないだろう。
いずれにせよ、彼の首の皮一枚がつながったのは、異星生物としての生命力ゆえだろう。
「しかし解せませんね。人を超え、より高位の
言葉遣いは丁寧ながら、握力は決して緩めず。
淡々と疑問を口にするコーカサスのグローブの先で、影山は再びパンチホッパーとなった。
「……そんなの、決まってるだろ」
飛蝗の仮面の奥底で、彼は答えた。
「俺が、弱い存在だからだよ。あんたらと同じでね」
と。
「俺はかつて、いや今も……強い相手にすり寄って、自分がないから、ただ周りに流されてきた。その挙句、人間をやめてしまった……っ」
か細い声を必死に振り絞り、さらに続ける。
「けど、あいつらは違う……どんなに圧倒的な力を前に、最後の一瞬ですべてを覆されても、欺かれ、無謀を嗤われても、屈することなく自分を張り続けた……『あの人』のように」
渾身の力でコーカサスの腕をわずかながらに押し戻しながら、影山は
「俺や、あんたとは、違う……」
と言った。
「……同じクロックアップシステムの資格者のようですが、面識はないはず……私と貴方が、何故同じと?」
「いいや、分かるよ……あんたも、圧倒的な力に屈して、それを後ろ盾にしていきがってる……空っぽの人間だ!」
「――黙れ」
その声域に、ブレはない。
だが語調の乱れは、さらに増していく握力は、そのまま彼の静かな怒りを表しているようだった。
身じろぎしながら抗う影山だったが、そこには力量さを覆す強さなど、もはや入っていない。踵の裏などが時折、ハイパーゼクターをかすめる程度でしかなかった。
――だが、その瞬間。
〈フルチャージ〉
外周にいまだ屯していた、ブラックバルキリーたちの一角が、爆発と共に崩れ去った。
「やっぱり、本物の塔を隠してやがったな」
そうニヒルな語調で独語したのは、紫桃の仮面で鬼の顔を覆った戦士……ネガ電王である。
銃型に変形させた複合武器デンガッシャーが、その肩で白煙を吐いていた。
「ほう、見たこともない黄金のライダーもいるようだが」
その帳の向こうで、尖った頭頂部を揺らすように、影が動く。
黄金の魔術師、ソーサラーである。
「面白い! では」
「我ら、いずれの金色の輝きが本物か。教えてやるのも一興か」
さらにその両隣に随伴するのは、銅色のメカニカルな
黒ずんだ林檎の皮の如きアーマーを前面に押し出し、悪意の陽炎をその頭部で揺らめかせた武神……
自認金ライダーの彼らの乱入、のみではない。
エターナルの無法の荒技によって除かれた障壁。その真なる塔を中心に、混乱は始まっていた。
「この新型カイザを手に入れた以上、君が俺が勝てる可能性は皆無……ということで良いのかなぁ?」
また別のライダーは飛び上がった後に、地上の黒に金の刻印を施した重戦士に、三角形の刃を絡ませ、通りは良いが粘着性を帯びた声を絡ませる。
だが、それに応じたのは
〈Exceed charge……〉
という野太い声。それを発したデバイスより伸び上がった、光の剣。
先割れしたその切っ先に首を
彼に、ぼそりと応じる。
「良いわけが無いだろう。人間とオルフェノクの未来のために、ここで君は沈むんだ……俺と一緒にね」
物憂げな、落ち着き払った若い男の声色はしかし、それとは似つかわしくない力強いその刃をひねった。
「き……ばッ!」
断つ、というよりも
締め上げられたライダー……仮面ライダーネクストカイザは、頸骨を折れる音を自ら聴きながら散華した。
このように、過去の宿怨を持ち込むライダー。在り。
「どけっ! 生き返るのは俺だ!」
「一番は私よ!
ほか、愚直に長槍や弩を奮い立ち回り、同士討ちを始める
「令和になってもライダーどもの歴史は醜いままだ。ならばこの地獄の道も、俺が善意で舗装してやろう!」
時計を嵌めたベルトより抜き取った輝く剣を
さながら、天より垂らされた雲の糸に縋る亡者の如く。
塔を中心に、混沌は拡がっていた。
「煩わしい……何なのですか? この状況は……」
呆れた様子で辺りを見回したコーカサスの意識はしかし、腕の先のパンチホッパーから逸れた。
「身勝手で、欲深くて往生際が悪い……けど、最期の一瞬まで己を貫いた……ライダー達だろ」
そしてその一瞬に、影山は狙いを絞って賭けていた。
「そして、俺も……せめて今だけは!」
腹の前からホッパーゼクターを一旦引き抜くと、その前後を入れ替えた。
〈Change! Kick hopper!〉
彼の纏うヒヒイロカネの装甲が、緑へと塗り変わる。頭部の角が、なけなしの反骨と気骨を見せつけるがごとく、反り立ち、瞳が赤く染まる。
キックホッパー。
同型機のデバイスで、彼の兄貴分が変身していた形態であった。
「くだらない! だから何だと言うのか!!」
荒々しい呼気と共に吐き捨て、黒崎はなお影山を手放さず、必殺の拳を浴びせ続ける。
火花を散らして、なおもがく。全身を使って抗う。
言葉の通り、その足掻きが、一瞬、ふたたび、ハイバーゼクターを掠めた。
それで、十分だった。
〈Rider jump!〉
ゼクターの後脚のレバーを半ばまで持ち上げ、スタンバイ状態に。
一掠り。一瞬時触れるだけで、良かった。
そして、脚部へと送り込まれるタキオン粒子。それに伴い発生させるエネルギー。本来、跳躍がために用いられるそれとキックホッパーの脚力が組み合わされば。
――ハイパーゼクターをコーカサスから吹き飛ばし、分離させるには、十分だった。
「!?」
その衝撃の余波で、黒崎の体幹が揺らぐ。その隙に、拘束を振りほどいた影山だったが、崩れた態勢のまま、コーカサスの正拳がキックホッパーの中心を直撃した。
叩きつけられ、大きく弾む影山の身体。
だが地に突いた手で我が身を食い止め、支え、反撃がための推進力を作り出す。そして、ゼクターのレバーを引き切る寸時が生じた。
「ライダー、キック……!」
〈Rider kick〉
影山のゼクターが唱和する。
ハイパーゼクターの回収を後回しにし、低い飛翔とともに、追い打ちを仕掛けてきたコーカサスに向けて、手を軸に、両脚を揃えて突き出す。
――捉えた。
焦りか慢心か、予期しえなかった反撃を、コーカサスはその黄金の鎧に受けた。
両者の接点で一度大きく収縮し、たわんだ瞬間解き放たれた空気の塊が、嵐となって荒ぶった。
脚部のジャッキから送り込まれた突破力と、己の突撃力が相乗した結果、コーカサスは吹き飛び、野太い断末魔と共に爆散した。
跡形も、残りはしなかった。
ホッパーシリーズ。
かつてネイティブの協力によって開発されたゼクターが、彼らの支配下に置かれる、ないし暴走した場合の抑止として、秘密裏に人類側で開発されていた。
図らずもその本来の役割を、並行世界でその走狗となっていたコーカサスを斃すことで、果たしたのだった。
だが、それが限界だった。
度重なるダメージが蓄積されていた影山の身体は、いよいよ限界を迎えた。
変身は解かれ、そのまま肘の支えを失い膝を折れた。
風前に曝された命の灯を示すかのように。
仰向けに倒れた彼の、満身創痍の肉体からは、緑の炎が立ち上っていた。
そんな彼のことなど意にも介さないように、周りではなお混戦乱戦が続いていたが、その表情に、悔いのようなものはなかった。
仰ぎ見た天で、星が、いや月が煌めいている。
赤黒い雲を晴らし、白銀に染め上げる、影の月。
白夜。日向を歩けぬ闇の住人さえも照らしてくれる光。
見られたのが最期の一瞬であったとしても、この仮初の命を、捧げるだけの価値はあった。
「『地べたを這いずり回ってこそ、見える光がある』……本当だね……兄貴」
微笑をたたえて紡いだ呟きと共に、彼は陽炎となって静かに消えていったのだった。