仮面ライダーアウトサイダーズ the other 〜永遠のヴァルハラ〜   作:大島海峡

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1.地獄への目覚め

 ……何かが鼓膜と鼻腔をくすぐる。

 覚醒を促す。

 

 まるで朝、パンをトーストする匂いで、あるいは小鳥のさえずりで目が醒めるように。

 うっすらと意識が浮上し、瞼が開く。

 慣れた音。慣れた匂い。慣れた光の明滅。

 

 ――戦場。そして地獄のそれだった。

 

 少年の頃、彼は死に、そのまま肉体は時を止めたはずだった。

 だがその後、特殊な酵素を断続的に投与され、自然ならざる加齢の結果、年齢不詳の面構えとなっていた。

 せめてもの人間性の表れか、あるいは捨て去ったがゆえか。その髪の一房は青く染められている。

 

 大道克己。

 それが、かつて彼を示す名であった。

 

「ここは……」

 黒革のジャケットを擦りながら身を起こした男は、胡乱気に周囲を睨め回した。

 かつては別の用途があったであろう幾多の瓦礫の山を積み上げた、何処までも寒々しい光景が続く荒野と廃墟。

 赤い雲が覆う空。

 

 そしてその雲を突っ切って、落下していく一筋の流れ星。否、隕石――否、人型の、強化装甲。

 断末魔の尾を引いて、ほぼ直角に近い速度で落下していく彼は、地面に触れた瞬間、顔面を衝撃で潰しながら爆散した。

 

 甲虫にも似た角が、その形見として男の足下に転がり込んできた。

 

「Yeah!」

 それを高所より撃ち落としたらしいのは、白いパワードスーツの戦士である。

 トンファーのような武器に接続されたジェットパックにより滞空しながら、快哉の声をあげる彼だったが、直後、そこにまるで狙い定めたように、そうなることを予測していたかのように、白煙を帯びたミサイルが叩きつけられた。

 

 それは地上の、灰色のパワードスーツの男の担いだランチャーから発せられたものだった。

 

 その武装と装甲に、克己は覚えがあった。

 以前、目を通した一昔前の軍事資料にあった。

 

 G4システム。

 超能力者の知覚と同期。取り入れた予知能力を戦闘AIが最適の戦術パターンを構築する。だが、それは本来人間の及ぶ反射速度、身体能力をまるで考慮しておらず、装着者はその心身をすり減らす消耗品扱いとなる。

 死人を蘇生させて戦場に投入するのに対し、負けず劣らず非人道的な技術であった。

 

 ……人間たらしめる部分が削ぎ落とされていくにも関わらず、戦闘に関わる情報(きおく)は、忘れないように出来ている。

 

 だが、陸自が試験的に運用したのを最後に歴史の裏からもその影を消した武装が、何故ここに――そも、そこは何なのか。

 

 否、それ以外にも、人ならざる所業、力は克己の目の届く至るところで行われている。

 濃緑の鬼が大仰な立ち回りで笠と刀を振るえば、紫桃が割れたような形状の目を持つ戦士がそれをいなす。

 黄金の魔術師と、黒い蝙蝠男が、それぞれマントを翻し、足下で展開させた魔法陣めいたものをぶつけ合う。

 またもう一方では鮫を同じモチーフに選んだ近未来的な装甲をまとう戦士が、銛と剣とを噛み合わせる。

 

 そしてその姿は千差万別なれど、顔を仮面で覆うという一点において、彼らは共通している。

 あえて言うなら、それは克己がかつて自称したのと同じ、

 

「仮面、ライダー……?」

 と呼ばれる存在の集まりだった。

 ただし、そのいずれも純正とは言い難いものだ。

 

 それぞれの武器を互いに突き立て合い、割れた装備の隙間からおびただしい血を流すも厭わず、一歩の後退もしない。

 たとえ相手が親の仇であっても、かくも苛烈で破滅的な争いはすまい。

 まるで何かに駆り立てられるように、彼らは戦闘に没頭していた。

 

 これではまるで彼らは――ここは――

 

 だが、そうではない者も、たしかに居た。

 その集団から抜け出し、強靭な脚力で爆火の中を駆ける。

 気丈にして屈強を、そのまま体現したかのような佇まいと骨格を、黒いエキゾチックな装束で包んだ女丈夫。

 

 その必死に生を求める姿、抗う姿が、一瞬、誰かと被った。

 脳内の奥底で、瞼の裏で、闇の中で、同じように活路を見出そうとしていた。

 それが誰かは憶えているのに、いつのことだったか、自分は何を考え、どう感じていたかが、どうしても思い出せない。

 

 らしくもない当惑を浮かべる克己の前で、風のように襲来した集団が、彼女を取り巻いた。

 皆一様にメタリックな、黒豹を原型としたパワードスーツを身に着けている。

 

「貴方はゲームエリアから離脱しようとしています。ただちにお戻りください」

「お戻りください」

「お戻りください……」

 ――いや、その警告から人間らしさは感じられない。声音やフォルムこそ女性的だが、おそらくは変身者などいない。完全自立型のロボットの類だ。

 

「ふざけるな……ッ」

 舌を打つ女戦士は、その手に重厚かつ無骨なディスプレイの取り付けられたドライバーを取り出し、それらと相対することを決めたようだ。

 

〈スチームライナー〉

 汽車のモンスターがポップに描かれたカードを追加で抜き取るや、それをスライドさせてから、バックルの裏側へと押し込み、拳を固めた右手首を、逆の手で握る。

 

「変身ッ」

 毅然と鳴るその音声は、自らへ強く込められた念か。それとも術式を発現させるための文句か。

 いずれにせよ、それを合図として、彼女の姿は変わる。

 

 幽霊列車まがいの偶像がその周囲を巡ったかと思えば、身体が炎に包まれ、伸び上がった骨がその車体を取り込む。彼女の身柄と融合させる。

 黒い肋のごときものが浮き上がったボディ。狂猛なマスク。

 歪なれども、それもまたひとつのライダーの姿なのだろう。

 

〈ドレッド・零式〉

 というのが、その名らしい。

 

〈バレットバーン・ドレイン〉

 カードを読み取らせて、二丁拳銃を呼び出す。

「はぁっ!」

 野太い気合いと共に、その引き金を絞った。

 

 なかなかの思い切りの良さと、勇戦ぶりだ。

 だが、その様子は孤軍奮闘というよりかは、衆寡敵せず、といった方が妥当だろう。

 ドレッドが二口より銃撃を放つと、その倍の光弾が、四方八方、雨霰と叩きつけられる。

 

 その彼女の周りを天地を問わず黒豹の機人たちは駆け巡り、銃撃を撃ち重ねていく。

〈Blocking Blast!〉

 という甲高い声と同時に、集約していたその光が暴発。その爆炎が天を衝かんばかりの柱となって彼女を焼き、その煽りで克己の身を吹き飛ばした。

 

 叢に転がった克己の手に、何か硬い感触と行き当たる。

 それよりも、問題は女の方だった。思わず手に掴み取ったそれを握り、しまい込む。

 

 肌と肉の焼ける臭いと共に、彼女もまた、地を這っていた。

 砂利を口端より吹き零した血反吐で濡らしながら、無機質に見下ろす黒豹どもを睨み上げる。

 だがその眼もぐるんとあらぬ方向へと剝かれ、そのまま糸が切れた人形のように、首が力なく克己の方へと傾けられた。

 

 ――知らず、その克己の身体は動いていた。

 駆け出し、黒豹の囲いに突貫を仕掛けた。

 予期せぬ方角からの不意打ちに、ダメージらしいダメージこそ与えられなかったものの、切り崩して中に飛び込むことには成功した。

 名も知らない女。見たこともない。だが、その腕の中で生前の熱が抜けていく感覚は、知っている。思い出した。

 

 ――お前は、負け犬だ。

 無慈悲な宣告と共に、かつて死戦を潜り抜けた女に拳を見舞った。硬さと冷たさ。

 

『イレギュラー発生。即時対処します』

 苦い顔をする克己の背に、銃口が向けられる。

 だがその機械仕掛けの射手に横薙ぎの一閃が奔った。

 

 飛び込んできたのは、風来坊然とした男。この男には、その手の両刃剣には、朧げながらも見覚えがあった。

 陣取った風都タワーの頂点より、遠目に。

 突然乱入してきて、副リーダーである(いずみ)京水(きょうすい)を打ち破った、あの仮面ライダーだった。

 

「大丈夫!? 俺は火野(ひの)映司(えいじ)。ここは俺に任せて!」

 早口でそう捲し立てた彼は、生身で果敢にその黒豹たちに挑み掛かる。

 そう言われるがまま、女の骸を担ぎ上げてその場を離脱しようとした。

 

 

「なんちゃって」

 

 

 直後。

 軽薄な哄笑と共に、克己の全身を衝撃が襲った。

 今まで黒豹に向けられていたはずの剣が、克己の背を貫き、胸まで貫通していた。

 

 まとめて貫かれた女の身体が、力の抜けた彼の腕をすり抜け、土嚢のように無造作に地に転がった。

 辛うじて顧みれば、酷薄な笑みを浮かべた『火野映司』が、そこにいた。まとまりに欠く髪は部分的に紫に変色し、歪む双眸は金の妖眼に変わっている。

 そしてその彼に対し、機械どもは攻撃の素振りさえ見せない。

「困るんだよな。コイツらに倒されたり場外負けとか、ポイントが稼げなくなるだろ」

 そう言い捨てて剣を引き抜く。

 

「でも、案外チョロかったなぁ」

 男の嘲笑は、的を射ている。

 たしかに目覚めたばかりで、寝惚けていたようだ。

 

 だが、完全に油断していたかと言えば、そうではない。

 さして、問題ではない。

 どれほどこの身が傷つけられようとも、すでに機能を失った臓器が損傷しようとも。

 死人兵士『NEVER』である、自分には。

 慢心とは、奴の方をこそ言う。

 その腹に、拾っていた甲虫の角を突き立てた。穿たれた『映司』の腹より、血とメダルのごときものが溢れ落ちる。

 

「ぐッ……! 貴様……!?」

「地獄ってのは、ずいぶん手荒い歓迎をするんだな」

 

 せせら笑いながら、白目を剥いた男と、諸共に倒れ臥す。

『イレギュラー発生。即時対処します』

 だが、その上により集まった黒豹たちが、無数の銃弾を容赦なく浴びせかけた。

 

 あぁ、と。

 軽く嘆くような調子で、どこからか男の声が漏れ聞こえた。

〈すまないね。どうやら何かの手違いで、君を想定外の場所に送り込んでしまったようだ〉

 と続けた。

 

 だが、克己は問い返すことも、睨み返すこともできなかった。

 そのための咽頭も、舌も、目も、集中砲火でことごとく潰されていた。

 

〈ようこそ、我がヴァルハラへ〉

 かろうじて残されていた聴覚が捉えたその言葉を最期に、克己の意識は再び闇の奥底へと沈んだのだった。

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