七刻器の物語   作:海山羊

1 / 1
周囲へとまき散らされる悪意としか言い表しようの無い波動が人々を蝕み一人、また一人とその目に狂気を宿しすぐ自らに最も近い場所にいる物を殺害せんと拳を振るい刃を振りかざし拾った石を叩きつける、それは相手が我が子であろうと将来を誓い合った恋人であろうと関係は無く、むしろそのような相手にこそ執拗に攻撃を繰り返している

(この身も何時まで持つか…?)

血に宿る力を発起させ悪意の波動から身を守っているもののそれだけでは事態が解決するはずもなくただ狂気に呑まれるまでの時間を引き伸ばしているだけに過ぎない

(ここが俺の終点か)

その時が来れば存外あっけなく諦めがつくものだと驚きに近い思いを感じながら隣の女を見やる、行きずりの流れで少しの間相方をやっていただけの相手だがそれでも最後に誰かと言葉を交わしたかった

「ねぇ、貴方」
「どうした、遺言なら聞いてやれんぞ」
「そんな後ろ向きなものじゃあないわよ!一つだけこの場から皆で生きて帰る方法があるわ、その為に一つだけ質問させて」

()()()()()()()()()()()()


槍と牙

フリキダム大凍山、この世の始まりから有る六竜が一、凍界竜(とうかいりゅう)の住まう山脈の中心であり1000年の間振り続ける雪は一度として溶けることはなく少しずつ、だが確実にその領域を増やし続ける人類の前に立ち塞がる具体的でいつか必ず世界を滅ぼす災害の()()である

 

しかしだからこそこの山は人を惹きつけた、凍界竜を倒さんと臨んだもの、人類未踏の領域を目指した者全て帰らず、周辺に住む者達はその男もまた、進んで命を捨てる愚か者と同じだと考え疑わなかった

 

その男の手足は山どころか小高い丘ですら登れるかどうかと心配させるほどにやせ細り、青白い顔は見る者に死人と生者の中間のような印象を与え杖にすがりつくようにして亀の半分の速さで山を登っていた、その杖もまた術の補助としての機構が備わったものでも無く金属で作られているものの老人の扱うそれであり彼が世を儚み死に場所を探しに来た人間だという勘違いを加速させていた

 

「…………………………ハァッ……ガッ……」

「主よ、やはり引き返しましょう貴方様の身体が持ちません!」

渦嵐(からん)

 

凍った雪に足を取られ前のめりに倒れそうになってしまいどうにか杖で踏ん張り倒れ込むことだけは阻止した男だったがとうとう動けなくなってしまった、そんな男を見ていられなかったのか今まで合図をするまで決して現世に出て来なかった彼の従者が現れる、それは十六つの羽を持ち下手をすれば長身の男よりも大きな身体を持った肉食の鳥と言うべき姿をしていたがその大きく、牙の生えた嘴からは流暢な言葉を発し主への進言を始める

 

「たしかにこれは貴方様にしか出来ない事ですが貴方様がしなければならない事では無いのです!世界の凍結が進んでいるとは言え未だ大陸の三割にも達していない範囲、余裕なら充分に」

「無い」

 

枯れ木と見まごうような男から放たれたとは思えない力強い否定が鳥の言葉を遮る

 

「凍界竜はこの十年で支配領域を一割も増やしている…これまで数千年チマチマ広げてきた領域をだ、もう俺達(人類)に残された時間は無いに等しい」

 

男は言い終わると同時に休憩を終え歩き出す、もはや渦嵐も止める言葉を持たず主の負担とならぬように時が来るまで消えてる事を選択する、そしてもはや銀しか存在せず、風の音しか聞こえない過酷な世界を三日の雪中山行と二日の休息の後に登頂、凍界竜が鎮座すると言われている山頂へとたどり着いた

 

「聞こえているか凍界竜よ!お前に少しでもこの世界全ての生物を思う心が有るというのなら今すぐにこの雪を止めろ!さもなくば俺の前に姿を現せ!」

 

男の言葉に呼応するように吹雪を裂き()()が現れる、間近に迫るまで雪と見分けがつかない白銀の鱗を持ち六本の足を持つ竜が勢いそのままで吐息(ブレス)が吐きかける、男がただの人間であればその一息で砕け散るものであり凍界竜にとっても家に入り込んだ羽虫を潰してしまう感覚に近かった

 

「お怪我はありませんか?」

「問題無い、しかし対話も無しに攻撃とはな…始まりの六竜と言われている割に野蛮極まる」

「と言うより話す価値が無いと思われているのでしょう、火滞竜(かたいりゅう)風来竜(ふうらいりゅう)が特別なのです」

 

うざったい羽虫を美しい雪に変えてやった、自分はなんて慈悲深いのだろうと思っていた凍界竜の耳に聞こえて来たのは消したはずの羽虫と新しい羽虫の会話、それも自分をあの愚図や羽虫性愛以下と罵るという暴挙、産まれた事をすら後悔させるべく手足を一本一本踏む砕き最後は空から放り捨て落ちるまでの絶望の表情を眺めてやろうと決め前脚を振り下ろす

 

「下郎が」

 

しかしそれは風の…否()()の壁によって阻まれる

 

「さすがの六竜相手では少し心配ではあったが十分通用しそうだな、渦嵐よ増援は必要か」

「いえ、ですが主が危ないと判断されたときは八牙(やつが)煌狗(こうく)をお呼び下さい」

 

それだけ言い終えると渦嵐は飛び上がり両前脚を壁に向かって叩きつけ続ける凍界竜を見下ろす位置につく

 

『風切羽・嵐』

 

渦嵐の持つ八対の羽が赤く輝きを帯び羽ばたきと共に風の刃となって凍界竜の巨躯へと襲いかかる、壁を壊せない事に腹を立てすっかり頭に血が昇っているにも関わらず赤刃に触れてはまずいと察知したのか身を捩らせ咄嗟の回避を行うがいかん身体が大きすぎる、赤刃が触れた場所は大きくえぐり切られ竜特有の黒い血が流れ落ちそのまま凍結する、しかしこれこそが竜の狙いでもあった

 

「なるほど、考えたじゃないか無駄にでかい頭は飾りでは無かったという事か?」

 

竜の血には強い力が宿る、それも始まりの六竜程の大竜のそれは他の全ての力を寄せ付けぬ程の密度を誇っていた

 

「tcesnigniw…」

 

凍界竜の心に余裕と嗜虐心が戻る、あのうざったい壁などこの血氷の爪が有れば何の障害にもならぬ、まずは自分を見下ろす羽虫から殺し返す刀でそれを操っているであろう術師の羽虫を殺す、いたぶれないのは残念だが余計な事をする前に殺す!実際にその前脚は渦嵐の張った大気の壁を軽く引き裂きまた渦嵐自身も同様の末路を辿っ…

 

「八牙」

 

現れたのは深い暗黒、そして竜にとっては産まれて始めて感じる危機感、その光景を遠く離れた場所から見る者がいれば山のように大きな()()()()()が竜を呑み込まんとする光景が見られただろう

 

「砕け」

 

蛇の口が閉じられる、それはまるで断頭台を彷彿とさせる光景であり蛇の八つの牙は竜の身体を半分に噛み分けてしまった

 

「llewho」

 

胸から下を食いちぎられ後数分で失血死すると言うのに竜はまるでこたえた様子が無い、それもそうだろう例え死んだとしても凍界竜がこれまで広げてきた領域の力を集めればたったの数分で復活する事が出来る、そしたら今度は領域を広げることに回していた力を戦いに回せば良い、そうすればこの程度の羽虫達など一瞬で凍らせる事が出来ると考えていたし実際それは正しかった

 

「お疲れ様だ渦嵐、美味かったか八牙」

 

しかし竜の態度は術師の男が杖に偽装して持っていた物をみた瞬間に一変する

 

「待て!待て!それは!!?」

「なんだしゃべれるんじゃないか」

 

男が持っていたのはあまりにも細い全体が金属で出来た槍である、装飾等は一切無く知識のない者が見ても失敗作の槍にしか見えないだろう

 

「わかった!領域を広げるのは止める!お前の言う事になら何でも従おう!私を使えば世界の王になることだって容易いんだ!だから…」

「偉大なる六竜ともあろうものが命乞いをするものじゃない」

 

非常にゆっくりとした歩みで断面の部分にまでたどり着いた男は槍が心臓に届くように慎重に狙いを定めて差し込む、男の非力な腕では竜の肉を裂く事は難しいがそれでも槍は沈んでいく

 

「俺の槍の能力は正直に言って七の中で一番しょぼい、この槍で心臓を貫かれた者に確実な死を刻む…始めて知った時はガッカリしたよ、なにせ大概の生き物は心臓を貫かれれば死ぬからな」

 

男の言葉はもはや竜には届いていないだろう、竜にとって死の恐怖と言うのは生まれて始めて感じる物であり人間が生きていくなかで都合よく忘れてしまうそれを人間の何倍も優れた脳一杯に感じているのだ、口からは子供がしゃくり上げるような悲鳴を出すばかりでもはや生き物としての尊厳すら怪しい体だ

 

「だが違った!この力が真価を発揮するのはお前達のような不死相手だった!」

 

男の槍はとうとう竜の心臓へとたどり着き、一息に貫いた

 

「……………!!!!!?!!?」

 

この星を美しい銀世界に変える事を夢見長きに渡って人類の頭を悩ませてきた厄災、凍界竜は声を上げる事すら出来ずに塵となって消えその場にはあまりにも美しい青空だけが広がっていた

 

 

プロローグ   槍と牙   第一話 終

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。