ホビーアニメじゃないらしい   作:こまつな

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第10話

 意外なことに戦況は拮抗していた。

 

「リア、感情が豊かなのは君の美点だが、ゲーム中にあまり表情に出すものではない。それだけでも幾分か手札が透けて見えるぞ」

「むぅ……ま、まだ負けてない……負けてないもん……っ!」

 

 さっきからリアちゃんの右手は光りっぱなしであり、その表情からも苦戦に苦戦を重ねているのが見て取れる。

 

 心理的にも明らかに追い詰められているが、追い詰めれば追い詰めるだけ実力が跳ね上がっていくのもLEDの特徴だ。

 不利な盤面でキーカードを引き込んでの大逆転こそが彼女たちの真骨頂とも言える。

 

「なんか、普通に押し切られちゃいそうですね」

 

 とはいえ、光っても拮抗が限度というのは、そこから更に逆転するには根本的に何かが足りていないということに他ならない。

 

「まあ実力差が大き過ぎるから順当っちゃ順当だね。まだ勝ち筋はあるけど、リアちゃん自分で気付けるかなぁ」

 

 そもそもササキさんは、負けたとはいえ女神様に正面から挑みかかるくらいの実力者だ。

 謁見に必要なカードも正規の手段で獲得していて、つまりは相応のランキング上位者であり、運営委員として立ち会ってきた上位勢の対戦も間違いなく彼の糧になっているだろう。

 

 それに対してリアちゃんは上位の壁を越えているとはいえランキング的には上の下。

 だけど一発勝負の闇のゲームが主戦場であるためか、初見での突破力に特化した成長を遂げているそうだ。

 

 公式戦のようにサイドボードも使用するマッチ戦であれば天秤はササキさんに大きく傾くはずだけど、この突発的な神前試合は1回限り。

 

 素の実力差を戦場適性で大幅に埋めてなお、ギリギリの拮抗という状況で。

 除去や無効化による空中戦がひとしきり終わり、リアちゃんは1手分を通すだけの空白を勝ち取っていた。

 

「……負けたくない」

 

 ドクンと、彼女を中心に何かが脈動する。

 素人目にもここが分水嶺だと分かるのはありがたい。

 

「ササキさんは強いよ。私がまだ、くやしいけど……すっごくくやしいけど! 届いてないのも分かっちゃったよ!」

 

 ドクンドクンと奔流は強くなっていく。

 リアちゃんの黄金は輝きを増し、目を開けていられないくらいにまばゆい光を放ち始める。

 

「でも! それじゃない! ――そのデッキから、貴方の色が見えてこない!」

 

 ササキさんが使っているのは、いわゆるグッドスタッフ。

 単体で強い汎用性の高いカードをかき集めたようなデッキだ。

 

 自分の得意なカテゴリを汎用カードで拡張するのがこの世界のデッキ構築の主流なので、汎用カードだけで戦うというのは逆に珍しいと言える。

 

 当然ながらそういうカードは需要も値段も高く、金満デッキなんて揶揄されることもある。

 高給取りだろう彼に相応しいデッキだとも思うけれど、彼女はそうは思わなかったようで。

 

「私は! 負けるのなら貴方がいいっ!! 誰にでも扱えるただの強いデッキなんかに、負けたくないっ!」

 

 そして、黄金が駆け抜けて。

 

「……いや、あれってアリなんです?」

「ありあり、全然あり! んん~~、盛り上がってきたねぇ!」

 

 視線の先では今までにないくらい盛大に光り輝いていた。

 そのデッキからカードを引けば何かが起きる。

 そう確信を持てる程の凄まじい力を放っていた。

 

 ――()()()()()()()()()()

 

「そもそも相手がLEDだって分かってるのにサーチカード入れてないのは舐めプでしょ。1回サーチ使うだけで自分のデッキは確定情報になるのに、それを怠ったのはカレシ君のミスだね。事故ってただけかもしれないけど」

「私の知らない常識を語られると未だに困惑します」

 

 リアちゃんは残った1手で盤面を処理すると、可能な限りの防御を残してターンを渡す。

 

 彼はまばゆい光を放つ自分のデッキにゆっくりと手をかけ、光の軌跡を描きながら勢いよく引き抜いた。

 そして、カードを引いた彼の表情が変わる。

 

 引いたのだろう、彼の根源に触れるカードを。

 デッキには入っていなかったはずのカードを。

 

「…………そうか、それが君の想いか」

 

 ササキさんは諦めたように苦笑を浮かべると、残っていた汎用カードでリアちゃんの妨害を丁寧に割ってから、そのカードをゲームボードに読み込ませた。

 

「私は手札から【焼きたてのバゲット】を使用する」

 

 それには、はっきりと色が見えた。

 

「私は幼い頃、パン屋さんになりたかったんだ」

 

 お腹が空いてくるような、焼きたてのパンの香りがささやかに匂い立つ。

 

「パンを焼く才能も、どうやらあったようだ。弟子入りしたパン屋の親父さんにも太鼓判を頂いたくらいにはね。有名なコンクールで賞を取ったこともある」

 

 あつあつのパンを両手で持て余しながら、彼は穏やかに語り続ける。

 自分語りフェーズは静かに聴くのが礼儀だよと隣の人からアドバイスも飛んでくる。さいですか。

 

「あるいは、大手からの移籍の話を断ったのがきっかけだったのかもしれない」

 

「彼らが望んだのは確かに私のパンを焼く才能だった。だが、私が求めていたのはそのような栄達ではなかったのだ」

 

「私は美味しいパンが焼ければ満足だったんだ。小さな店と、それを食べてくれるお客さんの笑顔さえあれば、満足だったんだ」

 

「だがそんなものも、周囲からは好ましく思われなかったようだ。実力行使で潰してやろうと考える輩が現れるまで、そう時間はかからなかった」

 

「そして、それを撃退することも、実にあっけないことだった」

 

 

「――私には、望んでもいない才能もあったのだ。まともに運動すらしたことがなかったというのに、身体をどう動かせばいいのか、手に取るように分かった。自分で自分のことも理解できないうちに、襲撃者は逃げ帰ってしまったよ」

 

「次に来たのは、以前とは比べ物にならない数の狼藉者だったよ。だが私にも、今まで知らずにいたもうひとつの才を磨き上げるのには十分な時間があったのだ」

 

「なんてことはない、勝敗はあっけなく付いてしまった」

 

 

 

「そしてそれが――ケツボクシングにおける私の初陣だったのだ」

 

 

 

 んんんんんんんんんんん????????????????????

 

 

 

「私は何度も戦った。ケツに焼きたてのパンを挟み、時には世界の為に拳を唸らせた」

 

 それは、世界を救った男の慟哭だった。

 

「だが、違うのだ。私は……私は…………!」

 

 それは、望まぬ才を開花させたが故の苦悩だった。

 

 

「決してケツに挟む為のパンを焼きたかったわけではない!」

 

 

 いやもうこんなもん聞かされてどうしろと?

 むしろ共感しちゃうよ当たり前だろケツに挟むためのパンなんて誰だって焼きたくねえよふざけてんのか。

 

「……闘いの中で築き上げた戦友たちの助けで、私はこの世界に流れ着いた」

 

 え、マジでこんなん複数いるの?

 尻にパンを挟んでボクシングをする世界があるとか普通思わないよ???

 

「――この世界は、美しかった。誰も、誰一人として、ケツに挟むためのパンを焼こうとはしなかったからだ」

 

 そんな当たり前のことで感動しないでくれ、感動さんがかわいそうだ。

 

「故にこそ護ろうと、今度は状況に流されてではなく、私自身の意思で……心から願えたのだ」

 

 ごめん待って。

 

「そして……君と出会った。世界で一番、私のパンを美味しそうに食べてくれる君と。あとの思い出は、二人で積み上げた通りだよ」

 

 なんか感動的な空気醸し出してるけど情緒が追いつかない。

 

「だが、そうだな。君が望むなら、カードが世界の意思だと言うのであれば、私の飾らぬ姿を見せねばならないだろう」

 

 やめろ、やめてくれ、世界の意思さんだってそんなん風評被害だから。

 

「かつて世界のために戦った――ひとりのケツボクサーとして、私の培った全てをお見せしよう」

 

 しまっといて、頼むから。

 そんなもん見せないでいいから!

 

「【焼きたてのバゲット】の効果! このバゲットをケツに挟み、私自身をバトルフィールドに招来する! ただしバゲットがケツから離れるか、私自身が撃破されたとき、このゲームの敗者となる!」

 

 スーツの上着を投げ捨てネクタイを緩め、ケツにバゲットを挟んだ男がリアちゃんと相対する。

 

「それが、ササキさんの本気……っ!」

 

 今の彼は汎用カードを淡々と使用していたときよりも目に見えてイキイキしているし、一筋縄ではいかない相手なのは間違いない。

 

「負けないから……! 私は【最終勝利のビクトリア】! 最後は絶対、あなたに勝ってみせるからっ!!」

 

 この絵面でシリアスを続けられるリアちゃんの想いは紛れもない本物だ。

 そればっかりは、誰にも疑いようのないことだろう。

 

 

 

 

 だが一言言わせていただきたい。

 

 ケツボクシングってなんだよ……!!

 

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