第12話
「そこのお嬢さん、僕とゲームをしてくれませんか?」
友人たちと街を歩いていたら、見知らぬ人に声をかけられた。
なんてことのない、好青年のように見えた。
それはこの世界では割とよくいる辻ゲーマー、もしくはナンパのテンプレート。
ありがちなことと珍しいことの境目にある、半歩程度の非日常。
「んー、いいですよ? あ、でもバゲット系のデッキは最近食傷気味かも……」
「あはは、よく見ますもんね。でも安心してください、詳細はゲーム中に語りますが、別のカテゴリですよ」
私は自意識過剰にも後者として受け取ってしまい、その誘いに承諾してしまったのだ。
「ちょっ、ウィーちゃん!?」
「……もしかしてこの子、知らないんじゃ」
「??? なんかダメなの? でももう承諾しちゃったし……」
ここのところ負けも少なく、天狗になっていたのかもしれない。
友人たちが何故必死になって制止しようとしていたのか、その理由に思い当たることもなく。
相手を待たせてしまってはいけないと、何故なのかを考えることもしなかった。
「僕は【オーマン湖のクパア】をバトルフィールドに招来します!」
それを今では後悔している。
「【システムエラー・レッドスクリーン】を発動。止められなければ特殊勝利が確定しますけど……では確定で。対戦ありがとうございました」
実に恐ろしいデッキだった。
相手のプレイスキルがそこまで高くなかったのが救いだった。
対戦相手のデッキは以前知った難読系に属するタイプの低速デッキ。
カード名を読み上げない限り強固な耐性を突破できないというタイプのアレだ。
こんな風にメンタルを責めてくることがあるだなんて思わなかった。
精神的な意味で読み上げにくいから難読とかもうなんでもありじゃねえか。
盤面を無視して特殊勝利に持って行けてなによりである。
一度も読み上げてやらなかったのは意趣返しとしては上々だろう。
こういうパターンは想定していなかったのか、失意と共に膝から崩れ落ちた相手を友人たちが足蹴にしている。
はしたないからやめなさい。こいつに死体蹴りしていいのは勝者である私だけのはずだ。
頭を抱えて防御体勢に入ったセクハラ野郎にゲシゲシと蹴りを入れても誰も止めないでいてくれる。
カードゲームが中心のこの世界で、こうも暴力が許容されている空間というのも珍しいものだろう。
周囲から聞こえるひそひそ声によれば、こいつは割と常習犯らしい。
こいつはランキングの分類で言うところの下の上であり、言葉の上ではそこまで強くはないように聞こえてしまう。
だけど実際のところ、この分け方だと1層毎に人口が10倍に増えるのだ。
つまりは下の下から下の上に属する下位クラスのプレイヤーは実に世界の99%以上に相当する。
中位上位の連中が極まっているだけで、下の上であっても99%の相手には勝てる実力者だということだ。
羞恥に負けてタイムアウトしてしまった少女たちに手を出さずに去っていく紳士ぶりは見せていたらしいのだが、一応勝ちはしているため被害届を出すわけにもいかず、今日まで野放しにされていたとか何とか。
相手のデッキのカード名が気に入らないから通報するなどという行為は、はっきり言ってそんなことをする奴の方が叩かれるレベルの暴挙に当たる。
なにせ世界最強の一角に当たる人物が、そういうカードを使うことを戦術の一環として確立してしまったからだ。大体あの人が悪い。
相手が「これも勝つための戦術です、実際に勝ってますよね」と言い出してしまえばそれまで。
何を言おうと敗者の吐く戯言として扱われてしまうだろう。
そんなところで、ふと、もしかしたら文化の違いじゃないかなぁとも頭によぎってしまった。
近頃この世界では尻にパンを挟んでボクシングをするという別の世界が発祥の文化侵略が行われている。
そのカードへの対抗策として、カードショップでは【うんこまん買い取ります】の張り紙がイラスト付きで掲示されたりもしている。
嘘みたいだろ? これ、環境が廻ってるだけなんだぜ……?
「あの、今更聞くことじゃないかもしれませんけど、そういう地名がある別の世界からやってきた方だったりします?」
「……違うよ。僕はただ、女の子が【オーマン湖】のカード名を読み上げてくれることが嬉しいだけの、ただの紳士さ」
脇腹に蹴りを入れる。
「もういっそバ美肉とかで自給自足してろよ……っ!」
「……っ!? その話、詳しく聞かせてもらえないか!?」
思わず感情のままに叫んでしまったことが、彼にとっては衝撃の言葉だったらしい。
バ美肉、バーチャル美少女受肉。
所謂ネット配信者が配信用アバターとして美少女イラストを使用し、そのアバターの演者として振舞うことを差す。
この世界でもネット配信や動画サイトは繁栄している。
覇権コンテンツはもちろんカードゲーム関連の内容だ。
単純にゲームの対戦を配信することもあれば、カテゴリ毎の回し方講座みたいなのもある。
公式戦の録画に解説を入れている人もいれば、凸待ちの辻対戦も受け付ける者もいて、カテゴリの世界観をフレーバーから読み取ろうという動画もある。
ただし、そこにはこの世界特有の制約みたいなものがある。
原則的にカードの知識やプレイングというのは、よほどの上位クラスでない限り自分のカテゴリを中心にしたものになる。
更にランキングとデッキと個人情報が結びついていることもあり、目の肥えた視聴者ならちょっとした癖から個人を特定することも不可能ではなく、匿名で配信していても身バレのリスクが非常に高いのだ。
なのでネット上でも顔出し配信が基本であり、わざわざ顔を隠して動画を仕上げようという人はあまり多くない。
バーチャル配信者はこの世界では希少種なのだ。
あとどんだけ頑張ってキャラ作っても、辻試合で【うんこまん】を始めとしたろくでもないデッキに轢かれるリスクもある。
勝っても負けてもキャラクターイメージが大きく毀損されるため寿命が短く、コンテンツとして長続きしない。
そういう意味では最初から方針がヨゴレ芸というか、ボイチェンした野郎がちょっとアレな名前のカードを使ってゲームを行う配信というのはそれなりに勝算があるように見える。
カワイイは正義はこの世界でも通用するし、なんならこいつは男なのにビクンビクン的なやつも付いてるからお得みたいなのもニッチな需要だろう。
本人的にも女声の美少女キャラが例のカード群を自分でぶん回す配信になるのだろうし、なんかいい感じに気持ち悪いけど本人が満足するならそれでいいんじゃないですかね。
「まさか、そんな方法があったなんて……」
熱意に押されてちょっとお高めのカフェで奢らせながら軽くプレゼンしてみたのだが、思いの他好感触だった。
友人たちも最初は引いていたのだけれど、解説に熱が入ってくるとのめりこむように静かになっていき、私にプロデュース頼めばネットでアイドルデビューとか出来るのではと画策した挙句、うんこまん轢死事故の下りでスンッと何事もなかったかのように静かになった。
「ウィーちゃん妙に詳しいけど、配信者やってたの?」
「え、あー配信じゃなくて動画投稿だけど……ほらこれ」
言いながら見せるのはとある動画投稿サイト。
その名もデオチドットコム。
ゲームボードの録画機能により、定期的に出没する別の世界の魔王とかが暴力に走ろうとして事故死する様を掲載するという死体蹴り……お焚き上げ……もとい、笑いに昇華するという趣旨のコンテンツである。
私の投稿ではないが、いつだったか魔法少女ちゃんに見せた動画もここに掲載されていたものだった。
風の噂ではあるものの、警察関係者が行方不明の魔王を探して情報の照合に使うこともあるらしい。
そういう意味でも罪悪感は出ないので割と笑えるサイトである。
「……なんか呪われそうじゃない?」
「よく笑えるねこんなの……」
なお友人たちには普通に引かれた。
趣味が悪いってなんだよ、別にいいじゃないか。
エターナルダークさんとか芸術点高いんだぞ。
そしてその場は解散と相成った。
件の変質者は財布の中身を気にしていたが、それはそれ、一期一会のゲームの結末としては笑い話で終わるだろう。
まあ彼が失敗しようと成功しようとどっちでもいいのだ。
野生の変質者がジョブチェンジしてちょっとしたコンテンツを提供してくれるのなら、世界はそれだけ平和になるだろう。
たとえコケようがその間はヤツが辻試合に出向くことはなくなるのだ。
どう足掻いてもプラスにしかならん。
そんなことがあってしばらく、バーチャルネット配信者【オーマン湖の精霊】さんの動画がニッチな需要を獲得して数字を伸ばして行った頃。
デオチドットコムの私のアカウントに1通のメールが届いた。
件名は、助けて欲しい。
そんなあからさまなスパムは普段なら速攻で削除するのだけど、送り主が問題だった。
ここまで状況が整えば予想が付くだろう。
そう、それは件の【オーマン湖の精霊】の中の人からのメッセージだったのだ。