とある路地の奥にある小洒落たアンティークカフェ、Doll-House。
私が普段活動している場所からは少し距離があるのでタクシーで向かい、支払いはもちろん問題を持ち込んだ野郎に押し付けた。
個室に通された私たちは威圧感のある巨体に睨まれながら、経緯を説明することになった。
この人が結構穏当な人だと分かっている私はそんなでもないけれど、一般通過女子に相談したら裏家業の身を置いてそうな強面をお出しされたもうひとりの方は内心穏やかではないようだ。
不安そうに、けれど、不自然に膨らんだ胸ポケットを庇うようにしている。
例の精霊の精霊はあそこに収まっているらしい。
「嬢ちゃん、ひとつ聞かせてくれ。この精霊はお前さんのことをプロデューサーと呼んでいるんだが、心当たりはあるか?」
「あー……すみません、その人にバ美肉デビュー薦めたの私です」
ある意味ではその精霊が発生した遠因であると言えなくもない。
だからってプロデューサー呼びは勘弁して欲しいのだが。
元々こんな面倒な事情まで関わるつもりなんてなかったし、精霊の精霊が発生するだなんてのも一切合切想定の外だ。
何より彼はちゃんとセルフプロデュースの末に今の地位を獲得している。
私はそういうものがあると教えただけで、キャラデザや配信の様式を整えたのだって彼自身。
件の精霊のプロデューサーがいるのだとすれば、それは間違いなく彼のはずだ。
というかデジタルタトゥーになりそうだからマジで勘弁して欲しい。
イヤだよ私。オーマン湖の精霊の生みの親としてネットに刻まれるの。
「なるほど、事情は分かった……が、相当面倒なことになっているな」
件の変質者とマスターはカードの精霊も交えて話していたのか所々話が飛んでいたのだが、最終的にはそんな結論が出た。
まあ分かっていたことなのだが、見識の深いマスターさんの判断でも面倒という扱いらしい。
抱え込まなくて良かった、マジでよかった。
「カードの精霊が持ち主以外、それも認識出来ない相手に懐くのは結構なレアケースだ。持ち主の実力も精霊を従わせるには足りていないしな。下手をすれば勝手に飛び出して嬢ちゃんのところに住み着いていたかもしれん」
「うわぁ…………と、そういえばその子の出自自体はそんなに問題ないんです? なんというか、カテゴリモチーフのオリキャラがモチーフのカテゴリのカードとか、私はそっちのが普通じゃないと思って連れてきたんですけど」
「成立の仕方がどうあろうとカードはカードだ。無からでも生えてくるのだから、適当なモチーフが実体化したところで大した問題じゃないだろう。実際、この店の人形共も何体かは似たような経緯で生まれている」
「そう言われるとそうなんですが……というか人形モチーフの精霊だったんですね、ここにいるの」
私の中で精霊さんの起こした出来事として一番印象に残っているのは薫さんに群がっていた光景である。
それをやっていたのが宙に浮かぶアンティークドールだと仮定してみる。
うん、物理的にも干渉できる見えないナニカとかもうそれただのホラーだって。
「そいつはカードの精霊ではあるが、電子生命体としての側面も強い。教育の仕方を間違えると大惨事に繋がりかねん。手っ取り早く強者に従わせようとした判断自体は間違っていないだろう。人選まで正しかったとは言わないがな」
正直私も巻き込まれたのは文句の一つでも言いたくなるが、世界の危機とかそういうレベルじゃなかったので安心はしている。
……いやネットリテラシーの薄い電子生命体とかそれはそれでダメではなかろうか。
映画で見たことあるぞ、そういうのがラスボスやってるヤツ。
彼の行動は本気でファインプレーだったのかもしれない。変質者だけど。
「んーでも、私はたまたまココと連絡つきましたけど、普通はそういうのどうやって対処するんです?」
「よほどのことがない限り精霊はカードの持ち主に友好的だ。行政に連絡して講習会の日取りを聞くのがいいだろう。神社や教会に併設されているカードショップに行くという手もある。そういう施設と提携している所は見える奴が多いからな。初期対応としてはそのどちらかで大凡問題ない」
「……あっ、確かそれ中学の授業で……」
「義務教育の敗北だな。……精霊視の検査結果までは知らんが、アレは唐突に目覚めることもあるからそこまで参考にならん」
そうして男二人で地元民のあるある話が展開されていく。
精霊さんも見えてないし、そういう話にも付いていけないし、これもう帰っていい流れかな?
というか勝利の女神様が実在するのに神社とか教会とかあるんだ。
まあ別の世界から輸入された思想とかはあってもおかしくないし、喧嘩しない範囲でやってるんだろうけど。
そういやリアちゃんがお祓いに行ったらうんぬんって聞いたことあるけどそれどこの話なんだろ。
行動半径的に近場にありそうなのが怖いんだけど……。
そうやってぽんやり会話を聞き流していると、こんこんとドアがノックされた。
マスターさんが話を中断して扉を開けると、そこにはピンク頭のゴスロリメイド服の少女が人数分のカップを用意して佇んでいた。
「おぉ、久しぶり。似合ってるじゃん、バイトは順調?」
「……『私』とは何度も会ってるでしょうに。っとと、マスター、コーヒーの用意が出来たのでお持ちしました」
「あぁ、少し休憩にしよう」
髪の毛がピンク色……戦闘形態、あるいは変身状態の魔法少女ちゃんと会うのは初邂逅以来だ。
黒髪のときの大人しい性格とは違い、ツンデレの風味を醸し出している彼女は顔立ちこそ同じだけど完全に別人の立ち振る舞いをしている。
置かれたカップをありがたく頂戴すると、以前ここで飲んだコーヒーよりも、なんと言うか雑味が強い感じ。
いや、美味しくないわけではないんだけど、比べてしまうとどうしても下というか。
「店の客ではないからな。この子の練習にはちょうどいい相手だろう」
「さいですか」
私のもの言いたげな表情に気付いたのかフォローが飛んでくる。
魔法少女ちゃんも文句があるなら言ってみろとばかりにこちらに視線を向けていた。
戦闘形態だけあって割と好戦的な性格らしい。
メイド服で凄まれてもバえるなぁとしか思えないけどさ。
「……そういえば報酬の話をしていなかったな」
「彼にツケといてください。私は巻き込まれただけなんで」
美少女の淹れてくれたコーヒーという情報を呑みながら、背中の冷や汗に気付かなかったことにする。したい。
いや、完全に忘れてた。
頼れる大人だからって勝手に頼ってしまったが、彼の本業は情報屋。
精霊さんに関する情報がおいくらかなんて私には到底想像がつかないのであって。
「とはいえ一般常識を教えた程度で法外な請求をするつもりはない。こいつにも、お前さんにもな」
……セェェェェェェーーフ!!!
いやホント、お金に関しては本気で足代くらいしか考えてなかった!
私のおこづかいで何とかなる範囲にしてください、お願いします!
「……そうだな嬢ちゃん、この子を外に連れ出してもらえるか?」
「えっ……マスター!?」
そうして彼から告げられた報酬の話に、ちょっと頭を悩ませて。
「んー? 『この子を』ってことでいいです?」
「ああ。俺から見ても『もうひとり』に対して遠慮が過ぎる。普通の女子としての遊び方でも教えてやってくれ」
「りょーかいです。でも今日はもう遅いですし……バイトの休みっていつです?」
「そっちの予定に合わせる。元々一人で回していた店だからな」
「折角なんで友達とも予定合わせますよ。決まったら連絡しますね」
ピンクの子は自分にそこまでされる価値なんてと喚き立てているが、残念ながらこれは彼に頼った正当な対価なのだ。
あー本当に申し訳ないんだけどなー約束はやぶれないからなー。
というか住み込みって聞いたし部屋とか見せてもらったほうがいいかな?
足りない小物とか見繕うにも雰囲気くらいは確認しといたほうがいいと思うし。
私はコーヒーを飲み干すと精霊の精霊さんの件はマスターさんに丸投げし、魔法少女ちゃんにダル絡みしながら部屋に案内してもらう。
なんだかんだ文句言いつつも拒絶はしない辺りに、彼女の人の良さがどうしようもなく滲み出ていた。