楽しかった一日も過ぎ去り、友人たちは名残惜しむこともなくさらっと別れの挨拶を告げる。
カラオケに突入して流行の歌を熱唱し、精霊の精霊が名乗りを上げて変質者のことを知ってる友人たちはあ~みたいな反応を見せ、そいつからはフリーの音声合成アプリを流用して見えてない私たちとコミュを取ろうとした苦労話を聞かされたり、こっちの歌をよく知らないマホちゃんにマイクを持たせて折角だからとデュエットを流したり。
カドショを梯子して皆でパックを剥いて一喜一憂したり、出てきたうんこまんを即座に売り払ったりオーマン湖カテゴリを引いた私に精霊が無駄にテンションを上げやがったり、フリーの対戦スペースでマホちゃんに回し方を教えながらわいわい騒いだり。
こんなことは日常の一部であり、いつだって出来ること。
もっと遊びたければ次の約束をすればいいし、誰かの家でお泊り会に移行したっていいだろう。
そんなのが、私達の当たり前だ。
「……なんでよ」
だけど主賓の彼女にとってそうではなかったようで。
不意にピンク色の少女が立ち止まりぽつりと零したのは、精霊の精霊が私の端末に居着いてることを相談するついでに帰り道に同行している最中のことだった。
「えっと……ごめん。普通に楽しんでたように見えたから気にしてなかったけど、もしかして無理に合わせてた?」
「……楽しかったわよ……楽しかったのよ!」
俯いてしまった彼女の表情は見えない。
何を考えているかも、付き合いが浅く生まれ育った価値感が違い過ぎるのもあって、想像が難しい。
「だけど……なんで私だったのよ!?」
彼女は感情を溢れさせているけれど、それだけ察せられるほど私はこの子のことを知らなくて。
「初めてのことに戸惑って! ぐいぐい詰めてくるせいで追い払えもしないのに! 人が気にしてることにぜんっぜん興味すら持たなくて! 知らないことを教えられて、これが夢にまで見た眩し過ぎる当たり前の日常なんだって、いやでも分からされて……!」
まるで楽しかったことが罪であるかのような言葉が、どうしてなのか理解出来なくて。
「なんでそれを与えられてるのが『私』じゃなくて私なのよっ!」
だけどその叫びは、なんだか妙に腑に落ちて。
表面上の出力の仕方は違っても、彼女は結局彼女なのだ。
あの底抜けのお人よしで、赤の他人のために涙を流せる、優し過ぎる少女なのだ。
「この服だって、『私』が私のために選んだのよ!? 私の派手な髪じゃないとこの服は合わないの! それなのに、『私』は大事なお金と時間を使って、私なんかのために!」
リボンだらけのふりふりの衣装は、勝気なピンクの髪の彼女に良く似合っていた。
黒髪の大人しい眼鏡の少女にはあまり似合わないだろうことも、簡単に想像が付いた。
「魔王が消えたのならもう私なんて、戦闘補助人格なんて必要ないじゃない! なんで私なんかに優しくするのよ! 私は、私は……っ!」
その嘆きは、私には想像も付かないほど重いもののはずで。
彼女は、彼女たちは、二人で一人の魔法少女は、魔王を追ってこの世界にやってきた。
肝心の魔王はこの世界の防衛機構に破れてしまっていたけれど。
魔王を倒す為に、彼女たちには求められていた役割があって。
戦いの場において、それを実行するのは目の前にいるピンク髪の彼女だったはずで。
「『私』がちゃんと死ぬように作られた存在なのに!」
自爆スイッチを押すのは彼女だったことに、私はようやく気がついた。
『はぁ? なんでそんなくっだらないこと気にしてんですかぁ?』
だけど、空気の読み方すらろくに学んでいない生まれたての子供は容赦なく突き刺して。
「――何が、くだらないって言うのよ」
『わたしとわたし? とかよくわかんないですけど、ご主人に愛されてるじゃないですかぁ。喜びましょうよー。わたしなんて怒られてばっかりですよ~?』
精霊の精霊は生まれたばかりで善悪も他人の迷惑もいまいち分かってないクソガキである。
今日だって勝手に脱走し、勝手に私の端末に潜り込み、帰れと言っても帰らずに一日中付き纏われていた。
……まあ最後のは友人共が面白いからって引き止めていた部分もあるけれど。
『おねーさんはそのまおー? とかいうのをやっつけるために生まれたんですよね? お仕事終わったらあとはオフの時間じゃないですかぁ。なら好き勝手遊んで何が悪いんです?』
「知ってるわよ! 分かってるわよそんなことっ!」
たぶん私の口からは、こんな言葉は出てこない。
遠慮も配慮も未熟過ぎる子供だからこそ、情け容赦のないそんな悩みなんて知るかが言えたのだ。
「『私』だって! マスターだって! ウィーだってあの二人だって! 私になんて優しくしないでよ! 生きていたいなんて思わせないで! 幸せだって、思わせないでよ……ばかぁ……」
今日一日、散々斜に構えたような彼女のバカは聞いていたけれど。
間違いなく一番小さな声で、疑いようもなく、一番重いバカだった。
流石に目の前で泣き出されてしまえば気まずさを覚えるのか、ぐるぐる目になったチビキャラがあわあわとこちらに助けを求めてくる。
私だって手を伸ばしたい。けれど、今の彼女は間違いなくその手を振り払う。
そして実際に、振り払わせてしまったら、たぶん取り返しの付かないことになる。
だって彼女は優しいのだ。
たとえそれが本気ではなかったとしても、本心からではなかったとしても。
助けの手を振り払った事実は、その罪悪感は、最後の一押しになりかねない。
『~~~~ええい! ぶろでゅーさー! これちょっと借りますね!』
「は? え、ちょっ、壊さないでよ!?」
ゲームボードが勝手に宙に浮かび上がり、軽く光が瞬いたかと思えばそこにはデッキがセットされていた。
更にAR機能の応用で投影しているのか、私の目にも精霊の姿が浮かんで見える。
『おねーさん、ゲームしましょうゲーム! 言い過ぎたのはごめんなさい! だから仲直りです!』
この世界は全てをゲームで解決する。
生まれたばかりのカードの精霊だからこそ、ゲーム以外での解決策は思いつかなかったのだろう。
「………………はぁ。子供に気なんて使わせちゃったら、それこそ本気でバカみたいじゃない」
ぐしぐしと赤くなった目を擦りながら、気を削がれた彼女はため息を漏らしてから顔を上げた。
「言っとくけど、私あんまり強くないわよ」
勝利の女神は公平だ。
『ならぼっこぼこにしますね!』
相手が誰であっても忖度なんてしてくれない。
「あんたホントに仲直りする気あんの!?」
だからこそ――
『わたしは【オーマン湖のクパア】を招来しまーす!』
こいつがセクハラクソデッキだってことも、指摘なんてしてくれないのである。