盤面は割と一方的な展開になっていた。
というのも、精霊は基本的にLED能力持ちなので最低でも下の上くらいの実力がある。
性格的にも無邪気なガキンチョなので手加減するつもりもないだろう。
対してマホちゃんのほうはカードの処理も覚束ない初心者。
今日のカドショ巡りでみんなでわいわいとデッキの改良もしてみたけれど、その改良後のデッキを手に馴染むほど回していたわけでもない。
下手をすればどのカードを抜いて何のカードを入れたのかもまだ把握し切れていない可能性もある。
その結果。
『ダメでーす。【オーマン湖のクレパス】の効果でこのカード以外は効果破壊を受け付けませーん』
「んなっ、先に言いなさいよそういうの! じゃあそっちを対象に……」
『ちゃんと読み上げてくださーい。がっちりしっかり処理するなら今のだって無意味になってたんですよぉ? ほらほら、カード名読み上げて対象指定をおねがいしまーす』
「ああもうっ! 破壊対象は【オーマン湖のクレパス】よ!」
『じゃー待機状態にしてた【オーマン湖の潮吹き】で対応しますねー。【オーマン湖】カテゴリが対象にされたときに無効化できるカードでーっす』
「あ゛あぁあぁぁぁっ!!」
なんかもうひどいことになってた。
ぼこぼこにするとは言っていたけど煽りも含めて情け容赦なくぼっこぼこである。
いや精神的に落ち込んでたから思いっきり叫ばせてあげたほうがいいとは思わなくもないけど、もうちょっと手心とかさぁ……。
まだ負けてないのは食らい付けているからというか、遊ばれているからというか。
怒りと羞恥のどっちで顔を赤くしているかもわからない魔法少女はそれでも果敢に攻め続ける。
精霊は余裕綽々と言った感じでそれを捌きつつも要所はライフで受けることで、まだ行けると相手に思わせることも忘れない。
彼が【オーマン湖の精霊】のガワで配信している姿はサラッとしか見てないけれど、こういうプレイスタイルではなかったはずである。
この子の彼に対する呼び方も『ご主人』だし、ペルソナが実体化したというよりは、運命力的な何かでカードの精霊と名前と外見が偶然一致した結果こちら側に呼び寄せてしまったとかなのだろうか。
「さっきからなんなのよ鬱陶しいっ! 性格の悪さがデッキに出てるんじゃないの!?」
『んあ~負け犬さんのわんわんって可愛いですよねぇ。ほらほら、もっと吠えて。がんばえ、がんばえ~』
これどっかで止めたほうがいいのかなぁ、ヒートアップし過ぎないといいんだけど。
正直もう大丈夫そうなんで先にお店まで行ってマスターさんに事情のひとつでも説明したいんだけど、メスガキが私のゲームボードを無断借用しやがったせいでこの場を離れられない。
「【オーマン湖のプシヤア】に攻撃よ!」
『【オーマン湖のプシヤア】は耐性とは別にターンに1度まで戦闘では破壊されませーん』
「【オーマン湖の――】!」
『【オーマン湖の――】!』
「【オーマン湖――】!?」
『【オーマン湖――】!!』
こんなん聞かされてんのに逃げられないってどんな罰ゲームだよ。
いや待って。もしかしてこのゲームのログって私の履歴に残るの???
嫌だよそんなの一生の恥になるやつでしょ!? 誰か私を助けてくれ……!
てか二人とも気付いてる? 周り見てみろよギャラリー出来てんじゃねえか。
そりゃ美少女が怒鳴り散らしながらこのカテゴリの耐性を突破してたらみんな見に来るよ。
路地ったって人通りが皆無なわけじゃないし、なんならマスターさんのカフェに行く人だって通る道なんだぞ。
耐久型を相手にしたゲームは時間がかかるのだ。
かれこれ20分くらいは互いに恥ずかしく聞こえる言葉を連呼しながらゲームを続けているのだ。
あー録画はおやめくださいお客様、肖像権の侵害は損害賠償請求の対象になる場合がございます。お客様? お客様ー!?
もう他人の振りして帰っちゃダメですかね? ダメですか、そうですか……。
闇のゲームでもないのに肩で息をしながら、ピンクの少女は覚悟を決めたような眼力で対戦相手を睨みつける。
対するクソガキはライフこそ削られているものの、余裕綽々と言った様子で傲慢な表情を崩さない。
なんか最終決戦っぽい雰囲気になってるけどこれはただの野試合で、使われているデッキはクソみたいなセクハラデッキである。
うーんカオスすぎる。
「……もうあったまきた。絶対その顔面にぐーを叩きつけてやるんだから……!」
『えー? おねーさんにやれるんですかぁ? ホントに~?』
「もうなりふり構ってなんていられないのよ、ここまでコケにされて引き下がれるわけないでしょ!」
彼女はそう言うと手札の一番端……最初から手札にあったにも関わらず今まで使用していなかったカードを、ゲームボードに叩きつける。
「私は手札から【焼きたてのバゲット】を発動するわ!」
「あっ」
それは、彼女のデッキに元から入っていたカードだった。
彼女の使用するカテゴリとは特にシナジーがあるわけでもなく、枚数も一枚。
パッと見のイラストはただの美味しそうなバゲットだし、ネタにするにはちょうどいいカードでもあった。
最新のレアカードだから引いたまま入れちゃったのかなと思ってデッキ調整の際に聞いてみたけど、割と嫌そうな顔と共に入れたままにしといて欲しいと言われた品でもある。
そして今、お尻にバゲットを装備した魔法少女がバトルフィールドに佇んでいる。
世界観で分けているカテゴリとは別の分け方、機能別分類において、このカードは【降臨型】と呼ばれるカードに分類されている。
これはプレイヤー自身をバトルフィールドに招来する効果を持つカードの総称だ。
不思議には思わなかっただろうか。
――ケツボクシングジムがカードを使いこなすための訓練施設として機能していることが。
おかしいとは思わなかっただろうか。
――カードゲームと関係がない訓練をしないとカードが使いこなせないなんていう事実が。
降臨型のカードを使用した場合、プレイヤー自身がバトルフィールドで直接戦闘を行うことになる。
言い換えるのなら、プレイヤーのリアルファイト技能がスペックに直結している。
別の世界の英雄たちが、元の世界での技能をカードゲームの場で十全に発揮するためのキーカード。
それが降臨型と呼ばれるカードの正体だ。
では、考えてみよう。
別の世界において、世界を滅亡寸前まで追いやった魔王に肉薄するために、相打ち前提とはいえたったひとりで送り出された
『………………は? はああぁぁぁぁぁあぁ!?』
リアルファイト技能参照とはいえ、カードゲームであるが故に能力の上限は設定されている。
完全耐性かつ、高ステータスの連続攻撃。
極めてシンプルに纏まった暴の化身。
フルスペックの【焼きたてのバゲット】の性能はざっくり言えばそんな感じだ。
また細かい仕様として、実はお尻にバゲットを保持する方法については明文化されていない。
バゲットが尻から離れないのであれば、別に尻肉で挟んで保持する必要はないのだ。
何を言っているか分からないかもしれないが安心して欲しい、私も分からない。
ただ、目の前の光景のように、魔法的なパワーで相対位置を固定したとしても、ルール上は何の問題もない。
装着されたバゲットには薄く発光するマジカルなバリアが幾重にも張られ、バゲットカードの唯一の弱点である特殊敗北から彼女の身を遠ざけている。
その姿は尻にパンを挟んで殴りかかるケツボクシングなどではなく。
淡い光を放つ雄大な尻尾を携えた、獣の力を持つ魔法少女の様相で。
「【オーマン湖のプシヤア】に攻撃! 【オーマン湖のクパア】に攻撃! 【オーマン湖の――】!」
やめろよ今雰囲気に浸ってんだよ!
耐性剥がしてるのは分かってるけどサブリミナルで私の聴覚にオーマン湖を流し込んでくるのホントにやめて欲しいんだけど!?
耐性を突破されたモンスターたちを全滅させ、待機状態のカードも意に介さず、煽る為にわざと攻撃を受けていた精霊のライフはその一撃で消し飛ぶ程度であり。
『ひっ!? …………あぅっ』
思わず目を瞑ってしゃがみ込んだチビスケの額に、ぺちこんと軽めのデコピンが見舞われる。
「はい、これで私の勝ちっ! ……ほら、何か言うことは?」
『むぅ~……次は負けませんからぁ!』
「うん、次も負けないから」
軽いやり取りで健闘を称え合う少女たちに、ギャラリーが沸いた。
だってみんな好きなのだ。
ずっと狙っていた逆転のチャンスで一気に盤面をまくり返して逆転するのとか。
試合中はいがみ合ってたけど終わったら仲直りとか。
そういう流れは、カードゲーマーなら嫌いなわけがない。
初心者だけあってこういう雰囲気には慣れてないのか、マホちゃんはどうしていいか分からずこちらに視線で助けを求めている。
救いを求める彼女の手を今度こそ握り締めて、人垣を割るように帰路に就く。
そして宙に浮いていたゲームボードはふわふわと高度を落とし、私の手元へ舞い降りた。
『ぷろでゅーさー、これお返ししますね~』
うん、ちゃんと返してくれてありがとう。
でも衆人環視の中で私があんたのご主人様だと誤解されかねないこと言わないでくれるかな???