Doll-Houseの壁面にはこの世界ではよくある観戦用のモニターが設置され、そこではとある動画が放映されていた。
『魔王が消えたのならもう私なんて、戦闘補助人格なんて必要ないじゃない! なんで私なんかに優しくするのよ! 私は、私は……っ!』
ついてきたギャラリーたちもしんと静まり返っている。
彼らに見守られるようにピンクの魔法少女は、お店の制服であるゴスロリメイド服に身を包んだ黒髪眼鏡のよく似た顔立ちの少女に抱きしめられている。
マホちゃんは顔を真っ赤にして大人しく抱きしめられながら、けれど睨むような視線をこちらに向けている。
『『私』がちゃんと死ぬように作られた存在なのに!』
居なくなりたいだなんて言わないでと泣きながら懇願する黒髪の女の子に、彼女は言葉を返せない。
このあと感情に任せて自分が何を口走ったのかを思い出しているのだろう。
半ばヤケになりながら、誤魔化すように細い身体をぎゅっと抱きしめ返している。
何をしているかというと、保護者への説明会である。
いやだってあんなの聞かされて胸の内に秘めておくとかダメでしょ、ご家族で話し合わないと。
友達にはなったけど家も割と物理的に距離があるんだぞ私は。
ゲームボードにはドライブレコーダーのような録画機能が搭載されており、基本的の本人の見聞きしたことはほとんどそのまま動画として出力できる。
たまに遭遇する事故死魔王をデオチドットコムに掲載しているのはこの機能のおかげであり、当然ながら今日起こった出来事もその中に記録されている。
思ってた以上に闇が深かったので私だけでは抱えきれないと判断してマスターさんに見せたのだけど……横で見てたクソガキがやらかしやがったのだ。
本人的には自分のゲームを自分語りフェーズのおまけ付きで紹介するくらいのつもりだったのかもしれないが。
その結果がこれだ。荒療治にも程がある。
今更だけど、マホちゃんは本体である黒髪の子から普通に分離していた。
別人格との対峙なんてのはホビアニではよくあるやつなので、相対や分離という闇堕ちへの対処法としても割と一般的に広まっている技術らしい。
たぶん私の知らないうちにあれやこれやのイベントが終わっていたのだろう。
彼女たちにも彼女たちの人生があるのだ。
全てに関われるなんて思い上がるべきではないのである。
ちなみに私はついさっき知った。
たまたま二人同時に顔を合わせる機会がなかっただけらしい。
ウェイトレス姿で出迎えてくれたから二度見しちゃったよ。
『わたしは【オーマン湖のクパア】を招来しま』
録画であるが故につつがなく進行していた映像がぷつんと切れる。
見ればマスターさんがモニターのコンセントを引っこ抜いていた。
このあとどんなゲームが展開されるのかはこいつのカテゴリを見れば一目瞭然だ。
保護者として衆目に晒されるのは許容できなかったのだろう。もう手遅れかもしれないが。
『あーっ! なにするんですかぁ! ここからがいいところなのにぃ!』
何も悪いと思っていない精霊の精霊は食って掛かるものの、私には見えない何かを視認しているかのように次第に視線が胡乱になり始める。
『ぼ、暴力反対ー! 暴力反』
こちらも電源が引っこ抜かれたように言葉が途切れ、端末の画面で踊っていたミニキャラは出てきたときと同様、唐突に消滅した。
マスターさんの視線の先にはたぶん引っつかまれたあいつが捕らえられているのだろう。
「……苦労をかけたようだな」
「マホちゃんのことなら望むところですけど、そいつに関してはまあ、はい」
これからメスガキはこの店に住み着いているという人形の精霊たちに連行され、徹底的に上下関係を叩き込まれる運命にあるらしい。
最初にやっておけばよかったのかもしれないが、そもそもあいつの主人は私たちとは基本的に関わりのない相手である。
赤の他人が精霊にしつけをするというのは本人のためにもよくないと様子見されていたのだが、身内が被害に遭えば流石に黙っている必要もないのだろう。
ついでに飼い主も躾けておいてくれ。ほっといたらまた脱走してきそうだぞそいつ。
まあカードゲームに絶対はない。
万が一や億が一に勝利できるのならそれで彼女は自由の身だ。
完全勝利デッキなら65万分の1なので、現実的かはともかくありえない話でもない。
徹底的にメタられて圧し折られる未来しか想像出来ないが、まあなるようになるだろう。
その後、身内のごたごたで臨時休業と強権を行使したマスターはギャラリーを解散させた。
彼らも同情的な空気を出して素直に従っていたのでそこで揉め事になるようなことはなく、たぶんそのうち何人かはこの店の固定客として居着くことになるだろう。
「……そういえば、マスターさんはあの子達に名前を付けてあげなかったんですか?」
「本人に拒否されてな。……いずれ元の世界に顔を出し、本当の親に付けてもらいたいのだそうだ」
「気軽に聞いたのを謝りたくなるくらい重いですね」
どこを切り取っても闇が出てくるから胃もたれしてきたんだけど。
「じゃあ渾名つけるのもあんまり良くなかったのかなぁ?」
「っ! そんなことないわよ! ……その、友達でしょ?」
泣かせてしまった半身を抱きしめていた彼女はその手を緩めることもなく、顔だけ上げてこっちに反応した。
なにこのかわいいいきもの。
闇が深すぎる世界で闇が深すぎる役目に生まれたのに本当にいい子過ぎるって。
「……むぅ、ウィーさん。『私』だけずるいですよ。そういうことなら私にも渾名をお願いできますか?」
その胸の中から同じ声で違う声色の文句が飛んでくる。
「まってまって、事情が重過ぎてうかつに頷けないの。それこそほら、お世話になってるしマスターさんに頼むとかさ」
「ウィーさん」
まだ瞳も赤く涙の痕も残っている少女は半身の手を取って立ち上がり、言いようのない雰囲気を湛えながらこちらに歩み寄ってくる。
え、なに? 何が始まるの?
なんかこうフシギナマホウでナニカサレタりするの……?
「この世界で、『私たち』を一番最初に助けてくれたのが貴女なんです」
「えっ?」
手が握られる。
右手と左手が、同じ温度で、同じ形で、同じように、けれど違う少女たちに。
「もちろん、それがただの偶然なのは分かっています。出会うのがもう一日、もう一時間もずれていれば、きっと他の方が力になってくれたかもしれません。この世界の方々は、みなさん優しい方ばかりですから」
彼女の言葉に間違いはない。
この世界の人々は温厚で、誰彼構わずカードゲームで仲良くなれると半ば本気で信じている節がある。
たまに外れ値のようなのも居るけれど、そういうのと遭遇したって周囲が助けてくれるのは想像に難くない。
「急いでいらしたお二方は足早に去ってしまいましたけれど、ウィーさんだけが言葉をかけてくださったんです。覚えていらっしゃいませんか?」
「あっ、あー、あれかぁ……でもそんな大したこと言ってないよね? 実際にストラクチャー渡したのだって……」
「それでも」
たった一言。私が彼女に投げかけたのは、たったのそれだけ。
アドバイスにもならないアドバイスを投げかけただけのはずだ。
そんな風に、大切な人を見るような目を向けられる程の出来事ではなかったはずだ。
「私は、『私』は……声をかけてくれた貴女を探したんです。右も左もわからないこの世界の、最初の道しるべとして」
……重い。どうしようもなく、重い。
こんなにも強い想いで、思い出を語られるなんてのは想像もしてなかった。
私は自分のことを割と普通の子だと思ってる。そうだと良いなと思ってる。
「アルちゃん」
だから、気軽に声をかけた。
「………………それが、私、ですか?」
「マホちゃんのあだ名も友達と相談して決めたんだけどさ、最後はこれと二択になったんだよ。余りものって訳じゃなくて、君たち二人の呼び方なら、これで両方になるかなって」
友達にあだ名をつけるくらい、何てことない日常の一部であるべきだから。
「――はい……はいっ!」
ひとつの声でふたつの花が綻ぶのを見たのが、この
事件の顛末としては、こんなもの。
なんだか見覚えのある魔法少女と狼男の混合デッキを使うバーチャル配信者がネットの片隅に誕生したとか。
実は結構アウトドア派で大型バイクを乗り回すのが趣味になった子がいるだとか。
わざわざ語るべくもない、私の新しい友人が、日常の一部に増えたくらいのことである。
普通を尊ぶ者は大抵の場合、普通ではない。
本当に普通の者は、非日常をこそ尊ぶのだから。
――ウィー・マイン
死ぬために生まれた少女は、生き方を知らないだけだった。
――魔法少女のマホ
ひとりでふたり、ふたりでひとり。
ひとりとひとりで、ふたりになった。
――魔法少女のアル
愛されていると錯覚した対象は、いずれ私を愛するだろう。
愛されていると理解した私は、いずれ彼女を愛するだろう。
愛してしまえば、この子を送り出すことなど叶わなくなる。
名前を与えなかった私の決定は、極めて合理的な判断だと言えるはずだ。
――極めて合理的で非合理な計画
オーマン湖のあらゆる生命はクレパスの奥から誕生する。
その生誕を祝うのは、精霊たる彼女の最も誇らしき役割である。
――オーマン湖の精霊
お~まんっ湖~♪(挨拶)
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――バーチャル配信者【オーマン湖の精霊】
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