第20話
む~ん、と口の奥から唸り声が上がる。
別に意識してやっているわけではない。
頭を悩ませているときというのは、端から見たら変な挙動をしてたりするものだろうから。
「んん~~? 何見てるの?」
「っとと、おかえりなさい、薫さん」
集中していた紙面から顔を上げて声に対して振り向くと、思いの外近くにあったエメラルドの瞳と視線がかち合った。
どうにも肩越しに覗き込もうとしていたようで、額が触れ合うような距離感に、なんか引いたら負けな気がしてそのまま見つめ返す。
「じーーっ」
「いや口に出すもんじゃないでしょそういうの」
向こうも引かずに見詰め合った結果、片方がボケに走ったため自然と距離が開いていく。
至近距離で漂ってくるのはいつものようなミントの香り。
互いの視線は瞳からずれていき、最終的には最初に興味が向いていた場所に落ち着くことになる。
テーブルの上には私が眺めていた一冊の本が開いたまま置かれている。
手札や盤面、相手のライフや墓地なんかの情報がつらつらと書き立てられていて、さてここから勝利まで持って行くにはどうしよう。
そんなよくある思考パズルのテキストだ。
ここのところ戦績が順調に伸びており、私って結構やるじゃんと自画自賛した結果、どこまでやれるのか確かめてみようと買ってきた昇格用の参考書。
下位クラス用の品なので最初のほうはあんまり難しくもなく順調に進み、中盤でもいったん手を止めて考えてみれば何とかなり、終盤の問題だって時間こそかかったものの何とか正解を導き出せた。
では何に悩んでいたのかというと、巻末に載っていたその手のテキストにはよくある挑戦問題だ。
それもこのテキストには正解が記載されていないタイプの本格的なヤツ。
これまでのものと比べても明らかに情報量が増え、効果の範囲や裁定も複雑化したその問題に、四苦八苦しながら頭を悩ませていたところである。
「あ、これかぁ……」
「薫さんならすぐ分かっちゃいそうですし、言わないでくださいよ」
「それはもちろん。楽しみを奪っちゃ申し訳ないからね」
横から対面に移動を終えた小柄な家主は頬杖をついてニマニマと実に意味ありげな表情を浮かべていた。
世界でも有数のプレイヤーにこの問題が解けないとは思わないし、実際本人もそう言っている。
ただ、なんというかこう、表情に含みがありすぎて嫌な予感も途切れない。
「分かってると思うけど、それ滅茶苦茶難易度高いやつだよ。正答率は下位じゃほぼゼロ。中位でも1割解ければ高いほうかな? 上位クラスなら100パー答えられると思うけどね」
「うげっ、明らかに載せる本間違ってるレベルじゃないですかそんなの……」
「CCCが出してるのにはそういう茶目っ気があるからねぇ。ま、ウィーちゃんならたぶん、一週間も頭悩ませたら解けるんじゃないかな? 楽しみにしてるよ」
「…………発破のかけ方分かってるのがなんかムカつく……っ!」
そう言われてしまえば途中で投げ出す選択肢は実質的に封印されてしまうわけで。
それからはもう、ずっとその問題が頭の片隅に蠢いているような状態が続いていた。
身近な友人たちに話の流れで見せたけど結局誰も解けなかったり。
お風呂入ってるときに唐突に降りてきた解法にこれだと思って確かめてみたら、どうしても手が足りなくて悔しい思いをしたり。
もういっそフローチャート形式で全部書き出してやろうかと思ったら、あまりの処理の煩雑さにこれ一週間じゃ終わらないなと見切りをつけたり。
「わっかんない……」
寝不足になりながら今日も頭を唸らせていた。
相手の盤面の中核にあるのは、夢にまで出てくるくらいには嫌というほどイラストを見せ付けられた【犯罪王モーリアー】のカード。
こいつを処理しないことにはリーサルまで辿り着けないのだが、耐性持ちのこいつを突破するためにリソースを投入してしまうと今度は待機状態のカードを突破できなくなる。
何度考えても、どこをどう考えても、総合的に見て三手は足りない。
この手の詰め盤面の定石として、足りないのが一手であるのならそれがミスリード用の外れルートだとは見当がつく。
だが三手……三手も足りないのなら、明らかに何かを見落としている。
単に私の知識不足だろうか?
初動からして何度もルートを構築し直した。
感覚的にもこのルートが唯一可能性がありそうだってのも予想が付いた。
もしかしたら処理の順番を変えれば一手二手は稼げるのかもしれないけど、三手は無理だというのは流石に分かる。
ぐぬぬと喉の奥から唸り声が上げて、紙面を穴が開くほど睨み付けても、憎らしいカードから耐性の文字が消えてくれるわけでもなくて。
「お、やってるねぇ」
声に反応して嫌々ながらも振り向いてみれば、ニヤニヤと楽っしそうな笑みを浮かべている薫さんが居て。
「今日で一週間だけど、そろそろ答えが出たんじゃないかなぁ?」
こっちが頭を抱えているのは見れば分かるだろうに。
煽るように囀るその姿は、いつもであれば軽く流せるくらいなのに。
「うるっさいなぁっ! これどうやったって手が足りないじゃん!? こんなん絶対問題が間違ってるよっ!!」
寝不足でイライラが募っていた私は衝動を抑えきれず、椅子が倒れるくらいには勢いよく立ち上がり、手が痛くなるくらいの勢いでテーブルに叩きつけて怒鳴り散らした。
「せいか~い!!」
ぽあんと鳴らされたクラッカーが顔面に衝突して。
「………………………………は?」
ぽかんとマヌケ面を晒したのは、自分でもよく分かった。
「正確にはね、【犯罪王モーリアー】の効果テキストが正規のものじゃないんだよ。散々悩んだと思うけど、そのカードが本来持っているのは、破壊耐性じゃなくて効果耐性。それを指摘することで
空白に呑まれた私の頭に、教鞭を振るう彼女の言葉は意外なほどすんなり入り込んで。
「……そ」
「そ?」
「そんなもんわかるかああぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっ!!!」
溜め込んだストレスを全部吐き出すくらいに、私の感情は全力でもって爆発したのだった。