「きゃー! かっわいぃ~~!」
「元がいいから何着せても似合うね」
本日の予定は友人たちを集めてショッピングである。
飾り立てられているのはこないだ知り合ったばかりの魔王様。
黒を基調とした普段着のドレスから一転、甘ロリ系の白っぽいコーディネートで全身が纏められていた。
「この色合いだと少し印象が軽く見えてしまいますね……ならここにリボンを足して……ウィーさん、履物のコーナーに案内していただけますか?」
その身体に纏わり付いていそいそとお世話をしているのは魔法少女(平常時)のアルちゃんである。
私も友人共もゴスロリ甘ロリといったドレス系のフリフリ衣装にはちょっと疎いので、マホちゃんの余所行きコーデを仕立てた実績のある彼女に応援を頼んだのだ。
「むふふふふっ……もっと褒めるがよい! 褒めるがよいっ! 今の我では褒章は出せんが、愛想くらいは振りまいてやろう!」
意外なことに魔王ちゃんもノリノリである。
こっちに越して来たばかりで公営住宅住まいで服も揃っていない。
それを聞き出したのはあの日にゲームを終えてからのことだ。
負けず嫌いが発動したらしい魔王ちゃんを何度も返り討ちにしてみたのだが、本人の宣言通り二度や三度負かしても全くめげず、七回目の試合で手札事故を起こした私は序盤の不利を巻き返すことが出来ずにそのまま敗北した。
序盤に事故れば勝ち目が見える。
地力は足りていないがその辺のセンスは持ち合わせていたらしく、彼女は最後に勝ち星を拾うと高笑いと共に満足そうに勝負を打ち切ったのだ。
その上で負けたんだからお前荷物持ちな! と六連敗した人とは思えない傲慢な要求を突きつけてきやがった。
普通にムカついたので方向性の違う衣装を着せて辱めてやろうと思ってメンバーを集めたのだが……これである。
「ウィーちゃんなんか変な顔してない?」
「この子の普段着黒系だし、趣味に合わないの着せて嫌がる顔見たかったんじゃない? ウィーって結構性格悪いから」
「えぇ……ストレス発散なら付き合ってあげるのに……子供相手に八つ当たりするのはどうなの……?」
「理解ある友人が持てて私は幸せだよ」
あまり言語化したくはないのだが、私は子供があんまり好きではない。
特に小学生くらいの女児やそれに類する精神の幼い輩には当たりが強くなる。
決して普段から小柄な女性にぼこぼこに負かされているからではない。
生意気なクソガキの言動から嫌なことを思い出すとかは特に関係がない。
ブーイングを聞き流しながら、アルちゃんと連れ添って履物コーナーに足を運ぶ。
子供向けの靴なんて普段まじまじと見ることはないから、新鮮と言えば新鮮な経験だ。
真剣な表情でひとつひとつ靴を吟味しているのは最近友達になった子で。
顔立ちは同じはずなのに、もうひとりの姉妹とはっきりと別人だと分かるのはなんだか奇妙な感じで。
私の視線に気付いたのか、人工物っぽさすら感じる整い過ぎた横顔に、きょとんとした人間の表情が浮かび上がる。
「ウィーさん? 私の顔に何か……?」
「んー……いや、急に呼び出して迷惑じゃなかったかなぁって」
「そんなことありませんよ。私の交友関係もあまり広くはありませんから、誘っていただけて嬉しかったです」
朗らかに花を咲かせるその姿は、若干精神的に汚れている私には眩しいものがある。
この世界には、別の世界から様々なモノが訪れている。
それは人に限らず魔王だったり、神だったり、精霊だったり、魔法少女だったり。
元の世界の物語を終え、エンディング後の語られない後日談として終の地を求めて流れてくる人もいる。
元の世界の物語の最終章として、異界へ逃れたラスボスを追いかけてやってくる人もいる。
元の世界の物語の延長として、こちら側で新章の幕開けを待ち望んでいるモノだっているだろう。
だけど、何もかも放り出して逃げてきた人ってのは、案外少ないものだったりして。
頭の中で衣装合わせが終わったのであろう彼女は、よしっと小さく声を出し、小さな靴を拾い上げる。
それは魔王様のおみ足にピッタリとフィットし、どこかふわふわとしていた全体の印象を一気に引き締めた。
「おぉ……靴ひとつでこんなに変わるんだ」
「うちらはこういうひらひらしたの着ないもんね」
「今度合わせてみる? ウィーちゃん小柄だしこーゆーのも似合うと思うんだけど」
「嫌だからやめて欲しいんだけど……」
「もう今からやんない? 折角お店にいるんだしさ」
「さんせーい!」
「ウィーさんのドレス姿……ちょっと待っててください! 見繕ってきますから!」
「嫌だからやめて欲しいんだけど……!」
止める間もなく魔法少女は風になる。
変身してない状態でも身体能力は高いようで、残像を残して駆けていく様を見せ付けられても彼女の女子力が下がることはない。
抵抗も空しく三人がかりで着せ替えさせられ、鏡に映るのはフリルが満載された白いドレスに身を包んだ仏頂面の少女の姿。
それは本当に、嫌というほど昔を思い出す格好で。
「おぉ……馬子にも衣装だっけ?」
「悪くないけど表情が楽しそうじゃないなぁ」
笑って笑ってと催促されて、それでも作り笑顔さえ浮かべることのできないほど。
裾からぶら下がったままの値札が私の正気をギリギリで保っている。
「――御主ら、そこまでにしておけ。こやつ本気で嫌がっておるぞ」
ぴしゃりと空気を変えたのは、魔王様の下知であった。
友人たちは三者三様に反応を見せ、視線の向かう先は全体像や衣装から、血の気の引いた私の顔へ。
「あー……ごめん、着替えていい? こういう服さ、ちょっとトラウマになってて……」
正直吐きそうだったから便乗して内心を吐露しておく。
女子会のノリを壊したくなかったからなんとか流そうとしてたけど……流石に限界だった。
はっきり言って気分は最悪だったが、それでも大切な友達に当り散らしたいとまでは思わなくて。
「――ごめーん! そこまで嫌がってるとは思ってなくて!」
「……そういやあんたハッキリ嫌って言うのは珍しかったね……ごめん」
「す、すみません! 私が話も聞かずに飛び出したから……!」
「だいじょぶだいじょぶ、こんなどうでもいいこと忘れてくれちゃっていいからさ」
カーテンを締めて、鏡を見ずに、雑になりそうな手を理性で強引に動かして。
ドレスを脱いだあとに残るのは、一気に疲労感を増した自分の顔だ。
億劫になりながらも元の服に身を包む。
取り立てて目立つでもない量産品で、珍しくもない普段着で。
肩で大きく息を吐き、丁寧に畳んだドレスを持って試着室を出る。
自分で着ている姿でなければ別に記憶は刺激されない。
こんなのはただのフリフリで可愛い女の子っぽい服。
なんだろうな、こういうのって。
「魔王ちゃん、ありがと」
「そこは様を付けて呼んでおけ。一応聞いておくが、問題はないのだな? 貴様の内に見えた闇は尋常なものではなかったぞ」
「ちょっと吐きそうになったくらい。へーきへーき」
「……何かを吐き出したいのであれば、それを聞くべきなのは我ではないだろう」
くいと視線で促されれば、姦しくなった三人にわちゃわちゃと取り囲まれて撫でられて。
体格差があるから囲まれると脱出できないんだけど。
そんな私の有様を、魔王様は呆れるように、見守るように、上位者の視点でやれやれと見下ろしていた。