食欲だけは大人顔負けの魔王様は栄養バランスを無視した晩御飯をたっぷりと召し上がると、暇そうにしてた私とアルちゃんを伴ってお風呂場に直行。
その玉体を磨き上げると、下々のものにも供として湯船に沈む名誉をお与えくださった。
口元までお湯に沈めて不機嫌そうにぶくぶくとやりながらしっかり100まで数え、しっかり髪を乾かし手入れをしたあと愛用の装備に袖を通す。
流石に寝巻きは厨二スタイルではなく、ふわもこのきぐるみパジャマ。
夜の魔王様はにゃんこであらせられた。
……ごめん、抱きしめていいかな?
いやもうさ、色んなところから可愛いが漏れ出てんのよ。
間違いなく威厳もあるんだけど、それ以上に可愛さの成分の方が多いのよこの子。
半ば闇に染まっていたアルちゃんも魔王様の威光を浴び、今ではキラキラした目でその小さな身体を抱き上げている。
かわいいと小さく零された言葉にも満更でもなさそうなご様子であり、そうであろうそうであろうとふんすふんすと気炎を上げていた。
しかしこのあとゲームが待っていることを思い出し、改めて厨二衣装にお着替えを始めた。
サービス精神を忘れないすばらしき魔王様である。
話を変えるが、この世界の初心者向けストラクチャーデッキというのは少々特殊なデッキだったりする。
なにせ初めて開けたとき限定で女神様のカードが追加で封入されている謎仕様だ。
それはつまり、中身の情報が確定していなければ未開封の箱やパックですら、右手やらデッキが光ったりする権能の範囲内ということ。
構築を弄らなくてもそのままゲームに使えるレベルの、その人の来歴や気質に沿ったデッキが、箱の中から現れる。
それがこの世界における初心者用の構築済みデッキなのだ。
この世界出身の人が箱を開ければその人にあった既存カテゴリのデッキが出てくるのだけど、別の世界からやってきた人ならば話は別。
彼ら彼女らに由来した新規カードが多数混入していることも珍しくはない。
既存のデッキであれば既に誰かの手に触れ、回し方や改良の方向性といった運用マニュアルが集合知により確立されている。
対して新カテゴリのデッキというのは、類似の構築を参考に自身の手で動かし方や相性のいい汎用カードを探さなければならない。
そのうちCCCから新弾として出回って研究されるものだけれど、最初のうちは専用装備の使い方を自分で学ぶ必要がある。
自分でも使い方がわからない珍しいデッキというのは、それだけでこの世界の人たちとの交流のきっかけとなるだろう。
ああでもないこうでもないと、趣味を同じくする誰かと相談しながら自分だけのデッキを作り上げる時期が一番楽しいものである。
なので私もあっちに混ざりたくもあったのだけど、魔王様をひとりにするわけにもいかない。
我らが魔王軍は人類の集合知を堂々と正面から打ち破る所存である。
ちなみに魔王様は初心者用のではなく【ダガー】カテゴリのストラクチャーに一目惚れしたらしい。
それはそれで運命の出会いなので否定するものではないだろう。
「……散々待たせおって。ようやく準備が整ったようだな」
寝起きのときの若干皺の付いた衣装ではなく、この勝負のためだけにタンスから新しいのを装備した魔王様は威厳たっぷりに勇者たちを待ち構える。
そのままの流れで私とアルちゃんはこちら側に控えている。
「……今更だが、いたいけな童女にこの人数で襲い掛かるというのはどうなんだ?」
「でもこの子魔王ですよ」
「何を言うかと思えば。このような可愛らしい娘が魔王なわけないだろう」
「お前なんて言って私に襲い掛かってきたのか思い出してみろ」
相手の布陣は勇者を中心に左右を仲間たちで固め、その後ろからはアドバイザーとして私の友人たちが手元を覗き込んでいる。
だが三対一というわけではなく、デッキを持っているのは中央に立つひとりだけ。
勇者ちゃんのデッキを軸に他二人からカードを集めてひとつのデッキを再構築したらしい。
リアちゃんも監修していたのならその完成度は推して知るべし。
カードを握るのは初心者とはいえ、油断できない相手であることは間違いないだろう。
「それじゃ、はじめるよー」
どちらかに肩入れするとそれだけで勝負が決まりかねない奇跡の化身はどっちの手札も見えない位置に座って開始の合図を投げかけた。
[双方の合意を確認しました]
ゲームボードから、勝利の女神様の宣誓が流れ出す。
[勝利の女神ビクトリカの名の下に、ゲームを開始します]
「あ、初心者さんが先行でお願いします!」
「先行だとバトルに入れないし、流れを感じるには後攻のがよくない?」
「……よく分からないが、私は戦闘が本領なので後攻が望ましいな」
「うむ、我もそれで構わん! 存分に力を発揮するがいい!」
[――先行は【不屈の魔王 エス・ケープ】に決定されました]
「この部分って干渉できるんですね」
「カジュアルにやってるときはママも融通利かせてくれるよ? お互いに相談して決めたなら、それもまた公正だからね」
「魔王……魔王だと!?」
「さっき言ったじゃん」
「このような可愛らしい娘が魔王なわけないだろう!?」
「だからお前なんつって襲い掛かってきたのか思い出してみろよ」
この外野ありのカジュアルなゲームだからこそのわちゃわちゃ感よ。
勇者やら魔王やらファンタジー要素が混じっているものの、なんも考えずに遊んでいられる環境のなんと素晴らしいことか。
先行をもらった魔王さまは【ダガー】の特徴であるバーン効果でちくちく削りながら盤面を整えていく。
「我は【ダークネス†カオス†ブリンガー】を招来する! 更にカードを2枚待機状態にしてターンエンドだ!」
とはいえ彼女もまだまだ初心者の域を出ない。
お気に入りのカードを降臨させて満足しておられるが、残念ながらそのカードには妨害効果も耐性もない。
【ダガー】カテゴリは攻撃的なデッキだから耐性付与も出来ないはずだし……さてどうなることやら。
「私のターン! まずはカードを1枚ドローして……よし! 手札から私を――【勇者ノアナール】を招来する!」
勇者ちゃんのバトルフィールドには彼女にそっくりな、けれどバトルドレスよりも豪華な武装を整えた写し身が姿を現した。
「これだけでは終わらんぞ! 【勇者ノアナール】はバトルフィールドに招来したとき、デッキから自身の剣を引き抜くのだ!」
「あ、名称指定のサーチだよ! 【勇者ノアナール】の名称が記された設置物を手札に加える効果!」
横から補足が入るが、思ってたよりノリノリだなこの子。
頭脳労働は苦手そうなタイプだったけど、大方普段の行動とカードの動きが似通っているのだろう。
堅実にアドを積み重ねるシンプルな装備ビートかな……?
「私は【勇者ノアナール】に【裂光剣アナ・ルヴァイブ】を装備する!」
くそっ! 完全に油断してた……! そういうタイプかよこいつら!!?
「…………なんて???」
「【勇者ノアナール】に【アナ・ルヴァイブ】を装備だ!」
そんな泣きそうな目でこっち見ないでください魔王様。
ファンタジー出身なのにわかっちゃってるんですね魔王様。
たぶんこっからもっと酷くなるんで心を強く持ってください魔王様。
「待て待て待て! いや名については我も触れぬ! 異質に聞こえる音の連なりだが異界の名称にケチを付けるべきではないからな! ……だが何故勇者が光を裂く剣など持っておる!?」
「私達の敵は光と闇を操る最強たる混沌の魔王だ! 聖女が闇を封じ、勇者である私が光を裂く! それこそが古より繰り返された魔王討滅の方法だ!」
「そうか! 納得できる理由があるのだな! くそがよ!」
ぎりぎり威厳を保ったまま吐き捨てる魔王様だが、残念ながら相手のターンはまだ終わっていない。
というか手札1枚しか消費してないんでまだ色々出てくるぞこれ。
「おっと、補助役だからってボクを忘れてもらっちゃ困るな。【錬金術師ビヤ・クィリー】を招来! このカードは【勇者ノアナール】がバトルフィールドにいるとき、招来権を使用せずに招来できる! それからボクのポーションを手札に!」
「勇者と同じ名称指定のサーチだね。【錬金術師ビヤ・クィリー】の名称が記されたカードのサーチ」
「【勇者ノアナール】に【ビヤ・クィリーのブーストポーション】を使用するよ。ボクがいないと使用できないけど効果は絶大、ステータスの増強と破壊の肩代わりさ。堅実に行こう」
アナ・ルヴァイブを装備した勇者ノアナールにビヤ・クィリーのポーションが投与された。
一緒にデッキ組んでた友人たちはこれを見て何も思わなかったのだろうか。
……いや普通に爆笑してるな。
オーマン湖みたいに相手に強要するタイプじゃないから全力で楽しんでやがる。
私もそっちに行きたかった。
「最後はわたしですね」
そして満を持して聖女様が勇者ちゃんの握るカードを手に取り、小さく祈りを捧げるとそれをゲームボードに読み込ませた。
「【聖女オチン・マルチン・ピローン】を招来します!」
この文字列から聖女マルチを抽出できるの、もはやなんかの奇跡だろ。
「このカードも【勇者ノアナール】がバトルフィールドにいれば招来権を使用せずに招来できます! それとみなさんと同じように、関連カードを手札に加えます!」
魔王様はもはや死期を悟った老人のような穏やかな表情ですべてを受け入れておられた。
「手札に加えた【
「発動制限が重いけど完全耐性のばら撒きは強力な効果だね。【ダガー】カテゴリは盤面無視してバーンで焼けるから万全じゃないけどさ」
「置物の儀式カードを割るのもありだし、戦闘で弱いところから突破してもヨシ! 攻略法は色々あるから腕の見せ所だよ!」
三者三様に戦闘準備を整えた勇者パーティ。
対するは不屈の魔王の僕【ダークネス†カオス†ブリンガー】。
「では戦闘に入る! 行くぞ魔王! アナ・ルヴァイブの錆にしてくれる!」
「そんなもんの錆にされてたまるかああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」
魔王様は威厳を投げ捨てなりふり構わず迎撃を開始する。
はたして勝利を掴むのは勇者と魔王、どちらなのだろうか。