ニュースでは連日、突如出現した隕石の話題で持ちきりになっていた。
何故誰も気付かなかったのか、この責任はどうするつもりなのかと、何の意味もない議論が吐き出されては消えていく。
私の感情を一番大きく動かしたのは隕石の話題そのものではなく、そのせいで特番を組まれ販促アニメも不謹慎だと放送中止になったことだった。
きっと、世界はそのときから壊れ始めていたのだろう。
こっちじゃ四六時中世界の危機に見舞われているから実感が湧かないかもしれないけれど、ある日突然世界が終わるなんて告げられても、人の行動はあんまり変わらない。
だって実感がないのだ。
わかりやすく目に見えて環境が悪化したり、爆弾や銃弾が飛び交うように変質したわけではなく。
遠い遠い空の向こうに、ぽつりと光る点が見えるようになっただけ。
正常性バイアスというのだったか。
あと三ヶ月で世界は滅亡すると言われても、学校では新作コスメの話をして、帰りにはカドショに立ち寄って。
日常を浪費する日々に変化はなかった。
隕石とかアニメみたいだよねー、怖いよねーと、私たちにとっては話題のひとつに過ぎなかったのだ。
突然出現したんだから突然消えるだろうとか、アニメみたいなんだから主人公が解決してくれるだろうとか、そんなことばかり考えていた。
だから最初はその変化も、一過性のブームに過ぎないと思っていた。
カードゲームで世界を救うのだと、アニメから抜け出てきたようなことを主張する宗教団体が現れていた。
当然ながら、そんなことは誰も信じなかった。
私を始め、実際にカードに触れていた人たちだって信じなかったし、まあネタとしてパンフを受け取って終了というレベルの話でしかなかった。
終末論に便乗した声の大きい人は世界中でぽこぽこ湧いていたそうだし、彼らもそのうちのひとつに過ぎないはずだった。
……はずだったんだ。
空に現れた光が月よりも大きくなった頃。
日常は少しずつ崩れ始め、学校は休校になり、友人たちも家族と過ごす為なのか、都合が付き辛くなっていった。
そんな中、私は人生最後になるかもしれないカードゲームの大会に足を運んでいた。
カードゲームはずっと私の傍にあったおもちゃで、ホビーアニメは私に多くのことを学ばせてくれた教科書で。
最初から負けっぱなしで未だに勝率は三割にも届かない程度だったけれど、最期にひとつくらい、自慢できるものが欲しくなったのだ。
けれど、何十人とのトーナメントを想像していた会場は寒々とするほどがらんとしていて。
集まった選手はたったの五人。
それも同年代の女の子たちばっかりで、互いに苦笑を浮かべていて。
未だに現実の見えていないゆるふわ系女子ばかりが集った全国大会は、運営さんの一声で総当り戦に早変わり。
奇しくも五色の単色デッキが集ったことに、三期のアニメみたいだよねと和気藹々と最後まで進み。
物語のような劇的な展開なんかじゃなくて。
事故ったせいで何のドラマもなくボッコボコにされた勝負もあって。
思ったよりもずっとちゃちなプラスチック製のトロフィーは、三勝一敗の私の手に届いていた。
あんまり強くなかった私でも勝てたのは、きっとこんな状況になってもカードゲームで遊んでいるような子達しかいなかったからだ。
本当に強い、物事をしっかりと考えられる思考力を持っている人たちは、とっくにオモチャなんて手放して、家族の手を握り締めていたはずだから。
夕暮れ時まで感想戦をして、記念撮影をして、まだ営業していたファミレスで異様に値上がりしたハンバーグの値段にぶーぶー文句を言いながらみんなで分け合って。
今日、初めて会った名前も知らない子達と連絡先を交換して。
私にとってカードゲームは、そんな楽しい思い出として終わるはずだったんだ。
空から見下ろしている光が太陽よりも眩しくなり、夜という概念が消えてしまった頃。
私はようやく世界の終わりというものを実感し始めていた。
雨戸を締め切り、光を遮り、空なんて見えないフリをして。
明日が来るかも分からないという意味を、ようやく理解して。
お母さんと色んな話をした。
お小遣いに託けて家事の仕方を教えてくれてありがとうって。
好きな人ができたけど、その人にはもう恋人がいて、初恋と失恋が同時に来ちゃったことも。
お母さんみたいに、素敵な人と結婚できるかなぁって、抱きしめられて、泣きながら、未来の話もたくさんしたんだ。
お父さんとも色んな話をした。
女の子っぽくない趣味を否定しないでくれてありがとうって。
一緒になって楽しんでいた販促アニメの話でも盛り上がって、三期の美少女キャラを熱く語る姿にちょっとだけ引いて。
お父さんもカードを買っていたけど、結局やめてしまって、そのとき受け取ったカードは今でも私のデッキに入っていて。
最初に、テレビが映らなくなった。
もう無意味な討論を垂れ流すこともなく、砂嵐だけが彼方から届けられていて。
次に、電気が止まってしまった。
皮肉なことに忌々しい空のせいで気候は暖かく、雨戸を少し開ければ明かりにも困ることはなくて。
そして、水も食料も手に入らなくなって。
星の終わりがやって来る前に、こんなにも簡単に人は生きられなくなるんだって、思い知って。
無駄に装飾の施された白いローブの連中がやってきたのは、そんな頃だった。
まるでドレスでも着ているような場違いな少女が先頭に立ち、カードゲームで世界を救うのだと、優れたプレイヤーを迎えに来たのだと。
もはや何もかも終わってしまった世界で、あまりにも馬鹿馬鹿しいことを声高に叫んでいて。
埃の積もり始めたプラスチック製のトロフィーに目をやった両親は、私にどうしたいかと、視線を合わせて聞いてくれた。
降って湧いたわけのわからない妄言を信じたわけではなかったけれど、もしかしたらの可能性を何一つ考えなかったとは言えなかった。
きっと、両親は私だけでも助けたかったんだと思う。
そんな荒唐無稽は宗教に縋るくらいしか、道が見えなかったんだと思う。
私はデッキケースに被っていた埃をはたくと、ひとりになるのは嫌だから両親も一緒にと要求を突きつけた。
少女は私がそう答えると分かっていたかのように笑みを深めると、煽動するように歩き出した。
本当はそんなこと望んでいなかった。
最期まで家族で一緒にいたかった、それだけなのに。
一度だけではなく、何度でも振り返る。
その度に長年過ごした、終わりの場所になるはずだった私達の家が遠ざかっていく。
久方ぶりに見上げた空は、青色なんてどこにも見当たらなくて。
不思議と目を焼くことのない奇妙な光が、荒廃した街を静かに照らし出していた。
普通というのは常識で、前提で、当然で。
壊れてしまったこの世界に、もうそんなものは残っていなかったんだ。