着いていった先は神殿みたいな宗教的施設ではなく、放棄されたデパートだった。
ポストアポカリプスものなんかではよくある通り、物資が豊富で寝具だって整ってる。
そして空を見上げる必要もない場所で。
発電機や電池式のライトも未だに活動を続けており、ちょっと薄暗いとはいえ普通に過ごす分には問題のない範囲。
そこには見知った顔も複数いて。
学校の友人たちや大会で顔を合わせた女の子たち。
暴動が起きたという話はあまり聞かなかったけれど、白いローブを身に纏うようになった彼女たちが、表面上とはいえ穏やかに過ごしているのは、また会うことが出来たのは、やっぱり嬉しくて。
他にも知り合いが居たかもしれないけれど、探しているような余裕はなくて。
……友達からの、対等な友人を見る目ではない、縋るような視線から逃げたくもあって。
連れて行かれた先は服屋さんの更衣室。
真っ白でフリフリのドレスなんて初めてで、着付けの仕方も分からない私は同性の信者たちにわいのわいのとおめかしをされてしまう。
彼女たちの視線も、縋るような、同情するような、諦めてしまったような。
どうしようもなく儚いものであって。
ここで文句を言ってもどうにもならなくて。
仏頂面を浮かべたドレスの少女が、鏡の先に立っていた。
腰に取り付けられたデッキケースだけが、いっそ滑稽なほどの異物感を放っていて。
そして、動かないエレベーターの横にある非常階段を登っていく。
私の後ろにはぞろぞろと信者たちが続き、無数に重なる足音だけが薄暗闇に響いていた。
いつ落ちてくるかも分からない空は、もうそこまで迫っていて。
屋上の一角にはヒーローショーのステージがあり、先導する教団の少女はそちらに向かっていた。
そこにカードを置くための台が用意されていた。
顔を突き合わせて遊ぶようなテーブルではなく、何故かステージの両端にひとつずつ。
もういっそ馬鹿馬鹿しいほどに、アニメみたいな最終決戦の舞台が整えられていた。
あんなに離れていたら相手のカードなんてわからないし、効果の読み上げだって声を張り上げる必要があるだろう。
あるいは、信者たちにやり取りを見せるという意味では分かりやすくあるのかもしれないけれど。
こっちの世界とは違って、私の故郷にはカードが実体化するようなシステムなんてない。
ただの紙のカードを遠く離れた位置でやりとりするのは、もはや滑稽でしかなくて。
でも、それでいいのだろう。
結局のところ、最期に縋ることになった宗教なのだ。
ホビーアニメのように世界を救うのなら、ホビーアニメのように舞台を整えるのが、教団にとって必要なことだったのだろう。
私と少女の二人が舞台に立ち、信者たちは観覧スペースに思い思いに腰を下ろす。
最前列には両親が慈しむような表情で、友人たちは縋るような表情で。
見回してみれば、観客席には結構見知った顔が並んでいた。
カードショップで顔を合わせていた顔見知りたちが、何人も縋るような目でこちらを見ていた。
そりゃそうだ、この期に及んでカードゲームに可能性を見出す人たちというのは、カードゲームが好きだった人たちなんだから。
途中で打ち切られてしまった四期のアニメが、ハッピーエンドで終わることを信じていた人たちなんだから。
だから、見てしまった。
お兄さんがいた。
初めてゲームで勝負した人で。
ルールを教えてくれた人で。
失恋してしまったけれど初恋の人で。
ずっと主人公だと思っていた、間違いなく私よりも強いプレイヤーが。
縋るような目で、諦めた表情で、壇上の私を見つめていた。
それに気付いた瞬間、私の中で何かが冷めた。
正直、本当に世界が救われるかもしれないと、これだけ大仰に舞台を整えられて勘違いしてしまっていたのかもしれない。
物語の主人公のような立ち位置に置かれ、このゲームで全てが解決すると、無邪気に信じてしまっていたのかもしれない。
だけどそんなことはなかった。
もしかしたらが消えてなくなった。
だって私の生まれたこの世界は、ホビーアニメじゃないんだから。
こんなの視線を逸らすための茶番に過ぎないと、理解してしまった。
本当にカードゲームで解決が出来るのなら、ここには私よりも強い彼が立っていなければならないのに。
舞台の向こう側でドレスの少女が客席に向かって何かを喚いている。
何を言っているのかは理解出来ない、するつもりもなくなった。
口上が終わったのだろう。
そいつはこっちに向き直ると、更に何かを喚き散らし始める。
テンションが上がっているのか、大仰に手振り身振りを交えながら舞台の上で踊るクソガキは、私ではなく別のものを見ているようで。
それを冷めた目で見ながら、私は台に置いたカードを手に取った。
初期手札は五枚。
だけど私は一番上のカードだけをデッキから取り上げた。
そのカードは【焼け出されたエルフ】。
イラスト違いが何種類もあるから、デッキに入れているのはなんとなく全部別のイラストにしているカードで。
最初期から使っている、初めて買ったストラクチャーに入っていた思い出のカードだった。
それを破り捨てた。
ビリリという、紙の裂ける小さな音が、少女の口上を遮るほどに、嫌というほど不自然に響く。
次のカードを手に取る。
一期の主人公のエースカードだった。
――破った。
次のカードを手に取る。
お父さんからもらったカードだった。
――破った。
破って、破って、破って、破って。
何が起きているのか、そいつには理解できなかったのだろう。
誰も私のやっていることに理解が追いつかなかったのだろう。
それでも私は、積み上げてきた宝物を壊す手を止めなかった。
破って、破って、破って、破って。
私のデッキは最後の大会で使用したときのままだった。
メインデッキが40枚。サイドボードが15枚。
だから今持っているカードは、合計で55枚。
破って、破って、破って、破って。
ルール上ゲームが成立しなくなってしまう、16枚目を手に取った。
デッキに入れた覚えのない、見たこともないカードが、薄くなったカードの束から手元に来て。
大方着替えのときにでも紛れ込まされたのだろう。
それを見て、私のイラつきは最高点に達した。
人のデッキを勝手に弄ってんじゃねーよと。
やめろと喚くクソガキの声を無視し、誰かが反応するよりも早く、やけに硬い手ごたえの名前も知らないカードを、私は二つに引き裂いた。
聞こえてきたのは、紙の破れる軽い音ではなく。
もっと異質な何かが引き裂かれたような音が空間を響かせた。
空が裂けていた。
正確には、空にあったはずの、輝く何かが。
真っ二つになった光の向こうに、月と夜空が覗いていて。
えっ? と呟いたのは私だったのか、他の誰かだったのか。
状況を理解するよりも先に、私の身体は何かに引っ張られるように浮かび上がり始める。
テーブルに捕まろうとしていたのか、混乱したまま反射的に手に取ったのは残った39枚のデッキだったもので。
誰かと必死に声を張り上げても、既に届かない手が両親から伸ばされるのが見えるばかりで。
上から見下ろした舞台では、白いドレスの少女が二つに裂けて倒れているのも見て取れて。
空の裂け目に吸い込まれた私には、その後世界がどうなったのかなんて、分からなかったんだ。