車内でも散々惚気を聞かされて、ポップコーンもサイダーも尽きた頃、私たちを乗せた車はミントの香りを漂わせながらとある路地の近くのパーキングに停車する。
薄暗い小道を通るのはどうしたって嫌な記憶を思い出してしまうけれど、同行者に置いて行かれてしまうのはもっと望ましくないことで。
「まだだっ! 俺は【絶対勝利のビクトリカ】を招来する! 条件を満たしたこのカードが招来したとき、俺はこのゲームの勝者となる!」
『馬鹿な……馬鹿なぁぁあぁあぁあぁぁぁぁぁ!!!』
そしたらなんか通り道で小学生くらいの子供が特殊勝利を決めている場面に遭遇した。
思わずリアちゃんに視線が向いたけれど、彼女は無言の圧力に気付くこともなくちびっ子に慈愛の視線を向けている。
いやちょっとくらい動揺とかしないの? これが日常的な風景だったりするの? どんな遭遇運してるの???
特殊勝利を決めた彼の背後から金髪ボインでやたら露出の多い純白のローブを身に纏い光輪を背後に湛えた分かりやすい感じの女神様が現れ、虚空に緻密で荘厳な魔法陣が描かれていく。
そしてたっぷり1分くらいタメを作ってからごんぶとビームを放ち、なんかこう見るからに悪っぽい雰囲気を醸し出す不審者を撃退しているシーンだった。
【絶対勝利のビクトリカ】は名前の通り女神様をモチーフにした特殊勝利系のデッキであり、知名度も高く人気のあるカードである。
真っ当な意味で非常に高いイラストアドに加え、【完全勝利のビクトリカ】とか【逆転勝利のビクトリカ】とかの亜種も含めて愛好家が多く、光輪がカードの裏面と同じデザインなところから女神様の自己主張が感じられたりと、複数の理由から人々に求められているカテゴリだ。
なお、確率を考えても妙に事故率が高く特殊勝利が成立しにくいという意味でも有名なカテゴリだったりする。
そのせいで全然勝てないビクトリカさんとかネタにされがちなカードでもあったりする。
そんなんでいいのか女神様。
「おーいちびっ子! この辺ちょっと薄暗いからあんまり奥まで入ったらダメだよ~」
勝利の余韻に浸りながら肩で息をしている少年に、我らが薫さんが声をかける。
「……あっ! 【うんこまん】のおねーちゃんだ!」
それに対して笑顔と共に返ってきたのは、あまりにもドストレートな言葉だった。
「んん~~♪ そのとーりっ! 【うんこまん】のおねーさんだよ!」
薫さんは世界ランカーとして非常に知名度が高い。
そしてそれ以上に、使っているデッキがデッキなため特に小学校低学年男子には絶大な人気を誇っている。
女性相手に投げかけたらひっぱたかれても仕方のない言葉であろうと、彼女にとっては紛れもない褒め言葉。
布教用の直筆サイン入り【うんこまん】を渡しながら、一瞬で距離とノリを合わせてポーズまでとり始めていた。
「ところでさっきのって野良? どっかに大元がいるんなら退治しとくけど?」
「えっと……たぶん大丈夫だと思う! 自信満々に魔王とか名乗ってたから!」
「お、すごいね少年。今日から魔王キラーじゃん」
よしよしと頭を撫でながら、抜かりなく情報共有は怠らない。
野生の魔王が小学生に撃退されるとかこの世界特有の珍事だと思う。
ひとしきりファンサも終わったあと、名も知らぬ少年はテンションを上げたまま大げさに手を振り元気に駆けていく。
「さてと」
そして特に雰囲気を変える様子もないまま、薫さんはゲームボードからカードを数枚抜き撃った。
『ぐっ……!』
カカカッっと紙製のカードが地面に突き立ったとは思えない硬質な音が響き、影に紛れて逃げ出そうとしていた件の魔王とやらが3枚の【うんこまん】に縫い付けられるというあまりにも酷い絵面が完成していた。
『なんだこの……なんだ!? 本当になんだ!!?』
正直私もその言葉には同意したいけど口を噤む。
「そのまま負けを認めて帰るなら解放してあげるよ。それとも普通に移民として住民登録しとく? 市役所の場所なら地図に書いてあげるけど」
『待て! 我は今脅されているのか!? せめてそれだけでも教えてくれ!!』
彼は今混乱の極みにあるのだろう。
その視線がどこに向いているのかは定かではないが、困惑するのように影が蠢いているのは確認できた。
たぶん別の世界から何らかの目的があってこの世界にやってきて、ちゃんとこっちのルールに則ってデッキを用意したけどちびっ子にあっさりと撃退され、更に今、【うんこまん】たちに囚われて住民登録を勧められている。
いやうん、こんなの混乱するなってほうが無理でしょ。
箇条書きマジックでもなく経緯が混沌とし過ぎている。
ただまあ、こちらの世界の住人からしたらそこまで悪いことはしていない判定ではあるのだ。
彼がやろうとしたことは未遂に終わっているし、自分のデッキを用意している以上は彼もまたプレイヤーのひとり。
勝敗のついたあとに部外者が囃し立てるようなことは、マナーの良い行いではないのだから。
というかそもそもこの人の目的が何なのかなんて私たちは誰も知らないし。
「んん~~、脅すっていうか、意思確認? ちびっ子に負けるくらいなら別に放置しても害にはならないしね。折角デッキまで組んだんだからしばらくこっちで遊んでいったらどうかなって」
『…………ええい、こんな恐ろしい世界に居られるか! 我は故郷に帰らせてもらう!』
そしてひとしきり状況を整理できたのだろう。
逃げ出すだけの力は残していたのか、【うんこまん】の下から気配が溶けて消えていく。
伊達に世界を渡ってくるタイプのハイスペック魔王ではなかったらしい。
こんな状況で迷いなく決断出来るとか本気で尊敬に値する。
そしてそんなレベルの悪役が小学生とバトルして事故死するのがこの世界である。
インフレにも程があるというか、世界が滅んでいない理由の一端が垣間見えている。
まあなんともなく終わってくれたなら幸いだ。
ただでさえリアちゃんの件で立て込んでいるのに、更に別の事件に巻き込まれては纏まる物も纏まらなくなる。
「待ちなさい」
なんかフリッフリのバトルドレスを着たいかにもなピンクのツインテの魔法少女が私達の進行方向にふわりと降り立っていた。
纏まる物も纏まらなくなりそう(こなみかん)。
チラリとリアちゃんの様子を確認するも、きょとんとして可愛らしく首を傾げてきた。
彼女の中ではこの程度の連鎖は別に驚く程度のことではないらしい。
こちらとしては色々と諦めてスマイルを返すくらいしかないのだけど。
「んん~~、ごめん、私たち用事があるから後にしてもらっていい?」
ほらいくよーと薫さんは完全に無視する方向に決めたようで。
子供の前だからと仕舞っていたミントの煙をふかしながら【うんこまん】を回収し、短いコンパスでてくてくと進み始める。
たぶんあの魔王とやらを追いかけてきた別の世界の英雄とかそういうやつだろう。
悪役相手はすぐに対応するけどヒーローヒロインは特に害がないから後回しというのはよくある話らしい。
魔法少女ちゃんが何かやったのか向かう先に微発光する壁のようなものが現れたけど、特に何の役目も果たすことはなく。
「え!? あっ、ちょっ、待ちなさい! 待って! ねえ!? お願いだから話を聞いて!?」
「あーえっと、自分のデッキくらい用意しといたほうがいいですよ? ここはそういう世界なんで」
最後尾の私はアドバイスと共に軽く会釈をして通り過ぎる。
デッキも持ってない上に強引に言うことを聞かせようとしている彼女は、礼儀作法の判定で言うとさっきの魔王のほうがマシだというレベルになる。
みんなの対応が塩いのはさもありなんといった感じだ。
そして彼女は自分で張った障壁らしきものを解除も突破も出来なくなり、その場に取り残されてしまっていた。
カード以外の力業で言うことを聞かせようとすると割と酷い目に遭うのもこの世界の特徴のひとつである。