薫さんたちが情報交換している間、私には特にやれることはなく。
なんか事情を抱えてそうな魔法少女の女の子が現れたわけで。
まあ力になれるかはともかく話を聞くことは出来るから軽い気持ちで聞いてみたわけだ。
――死ぬ程重い話だった。
彼女が語ったのは戦記だった。
間違っても日曜の朝に放映されるようなぴゅあぴゅあした魔法少女モノのあらすじではない。
兵士の名前が魔法少女であり、兵器の名前が魔法であるだけの、人類の抵抗の記録だった。
彼女の世界の人類は人命を擦り減らしながら、一歩また一歩と元凶の元へと歩みを続けた。
もはや時間すら残されていなかったのだ。命で時間が買えるのなら、そうするしかなかったのだ。
そうして死体で出来た道を進み切った先、乾坤一擲の最終勝負でかろうじて勝利を収めることに成功する。
けれど、敵対していた魔王を倒し切ることは出来なかった。
次元を歪め、空間を渡り、異なる世界へ逃げていったそいつを追いかけるのは、疲弊し切った人類には不可能だったのだ。
けれど彼女たちは諦めなかった。
いや、見捨てることが出来なかった。
自分たちの世界は平和になったというのに、化け物を押し付けてしまった名前も知らない世界を、忘れることが出来なかったのだ。
用意されたのは、人類の知恵と力を結集した二つの魔法。
異世界転移魔法と、世界間迎撃魔法。
彼女にはもう元の世界に帰る手段はない。
送り出されたときに使用された人間基準の転移はもう使えない。
あるのは魔王を射程に引き摺り込むための、人間には耐えられない自爆に等しい魔法の発動キーだけ。
残された役目は、魔王討伐のための照準機として、世界規模の大魔法の矛先を向けること。
魔王の名は、エターナルダーク。
ちょっと思うところがあって検索してみたら名乗りを上げている途中で蒸発する動画を発見した。
「えっ」
彼女の反応的にたぶん探していた魔王で合っているようだ。これで一安心である。
「…………………………、えっ?」
「この世界って単純な暴には無法に近いって言うか、話も聞かずに暴れ出すタイプはどうとでもなるって言うか……その箱開けて一番上のカードとってみてよ。それで理由が分かるからさ」
目を白黒させた彼女は心ここにあらずといった感じで言われるままにストラクチャーの蓋を開く。
一番に目に飛び込んでくるのは、豪奢なイラストに煌びやかな加工が施された、一枚のカードだ。
この世界で初めてパックやストラクチャーを開封して自分のカードを手にしたとき、その中には必ずとあるカードが紛れ込んでいる。
それはプレイヤーとして認められたという祝福にして、女神様からのプレゼント。
その名もずばり【勝利の女神ビクトリカ】。
効果欄にはこう記されている。
【このカードはデッキに入れることは出来ず、条件を満たしたのならデッキに入っていなくても効果を発揮する。
相手がカードゲーム以外による決着を強要したとき、またはカードゲームの勝敗に従わなかったとき、あなたは勝利することが出来る。】
事実上全てのプレイヤーが所持しているこのカードの存在が、世界の中心をカードゲームにしている一番の理由である。
問答無用で襲い掛かってくる……つまりは暴力での決着を強要するタイプの化け物は大体これに引っかかるのだ。
その結果が勝利の女神様による勝利という名の概念攻撃、あいてはしぬ。
ちなみに確認に使った動画ではエターナルダーああああぁぁぁぁぁぁぁああぁあああ!!?という断末魔を上げていた。
無駄に芸術点が高い。
まあ実際に命まで取られるのは稀らしいし、判定だって結構緩い。
路地でのこの子みたいに、別の世界から来たばかりでルールが分からずやらかしちゃう人って結構いるみたいだし。
「よかった……本当に、よかった……っ!」
まだ名前も聞いていない女の子は、女神様のカードを両手で抱きしめながらぽたりぽたりと雫を零していた。
「私達のミスで、災厄を取り逃して……ずっと、ずっと謝らなければならないって、許されるはずがないことなのに……っ」
相当に切羽詰っていたのだろう、もはや無理矢理に私たちを押し留めようとしていた姿は見られない。
「ありがとう……強い世界でいてくれて、ありがとう……私たちの代わりに、アイツを倒してくれて、本当にありがとう……っ」
大粒の涙を零しながら、彼女は謝罪と感謝を延々と述べている。
抑えていた栓が抜けてしまったかのように、何度も何度もしゃくりあげながら、瞳から感情があふれ出していた。
そこにコトリと、湯気を漂わせた真っ白なマグカップが提供される。
「ホットミルクだ。……少し、休んでいけ」
「すみません……私、お金も、持ってなくて……」
「泣いてるガキから巻き上げるほど腐った性根はしちゃいねぇよ」
そう言うとマスターはこちらを一瞥してから、カウンターの奥に引っ込んでいった。
あとは同性の私たちにフォローは任せたということなのだろう。
なお最初の遭遇で無視を決め込んだ薫さんは滅茶苦茶気まずそうな顔をしている。
同じ席に招いたので位置関係はすぐ隣だ。他の話をしていたって泣き出してしまえば否が応でも目に入る。
リアちゃんは泣いている少女の手を取り、親身になって話を聞き始めた。
漏れ聞こえてくる誰かの名前は、故郷に残してきた友人なのだろうか。それとも散ってしまった勇士たちなのだろうか。
どちらにしたって、彼女が二度とその人物と顔を合わせることは出来ないのだろうと思うと、やるせない気持ちが湧き上がってくる。
それはそれとして、さっき路地裏で帰宅して行った魔王って結局なんだったのだろうと私は頭を悩ませていた。
情報を整理するとどう考えてもあれは完全に別件なのである。
結局私が襲われた謎のアンドロイド軍団のその後もよく分かってないし、技術体系的にこっちも別の案件なのは間違いない。
更に事故死していたとはいえ魔法少女ちゃんの件とリアちゃんのカレシさんの件も並行している。
改めて魔境過ぎるだろこの世界。むしろ今までよく平穏に過ごせてたな。
「あの……私にも何か手伝えることはありませんか?」
ひとしきり感情を流し終えたあと、涙のあとも消えていない彼女の口からはそんな言葉が投げかけられた。
瞳に強い力を持つ、最後まで諦めないと覚悟を決めていた英雄の眼差しだ。
「んん~~、こっちの事情って究極的には人探しなんだけど、貴女ってこの世界に来たばっかりだよね?」
「探知系なら任せてください。それこそ世界の果てに居たって見つけ出してみせますから!」
別の世界に逃亡した魔王を追いかけてきた人が言うと説得力の桁が違う。
きっと彼女はその能力を買われて遠征に選抜されたのだろう。
初遭遇時に余裕がなかったのは、それでも痕跡を発見できなかったからなのだろう。
まあそのときには出落ちしてたんだろうね、仕方ないね。
「ならお願いしてみようかな。……あ、でもそれ申請が必要なタイプの技術だからあとで資格の取り方とか教えるね。個人情報とか最近うるさいし……でも今回は緊急事態ってことで私が許可を出しまーす」
「トップランカーって色々権限持ってるんですね。てかファンタジー相手なのに全然夢がない……」
「その探している相手の映像や画像はありませんか? それと、縁の深い相手やモノがあるなら精度が上げられます!」
「ならこれ! カレとのツーショット! 恋人だから縁だって十分のはず!」
リアちゃんから提供されたのはスーツを着た眼鏡の男性と彼女がペアで写っているアナログな写真だった。
その写真の男性に、ふと脳裏によぎる何かがあった。
「……あれ、なんか見覚えあるんですけどこの人。どこだったかな……」
「本当っ!?」
思わず口から零れ出た瞬間、両手ががしりと掴まれていた。
リアちゃんから圧が迫ってくる。物理的にも肉圧が強い。
いや、記憶の片隅に引っかかった感じだからすぐに出てくるわけではないって言うか……。
「何日か前に街頭の映像端末で見た気がします。えっと確か――全てのカードに喝采を、でしたっけ」
「……あぁっ! CCCの広告! 大会運営委員会の眼鏡の人っ!!」
頭から靄が晴れるように、散り散りになっていた像が形を結ぶ。
それは大会の中継が終わったあとにテレビで見た、似合わない笑顔を浮かべた男の人だった。