探し人が誰なのかが判明したところで一段落、とはならなかった。
「あの、これ想像以上にやばいことになってません?」
だって色々とおかしいのだ。
薫さんもこの写真を見ているはずだ。
トップランカーであり大会の常連でもある彼女が、運営委員の人と面識がないとはとても思えない。
もっと言えば効果テキストの僅かな差異すら明確に記憶しているような人が、私と一緒に見ていたはずのCMを覚えていなかったというのが異常に尽きる。
更にはCCCのホームページを開けば顔も名前も出てきそうな立場の人だというのに、情報屋の精霊さんたちからも何も出てこなかったそうで。
それもまた有り得ないレベルでおかしなことのはずだ。
「んん~~……これたぶん制限改訂のシステムを悪用されてるかなぁ」
ない胸の前で腕を組み天井を見つめながら思考を回していた薫さんが、そんな場違いな言葉を呟いた。
「制限改訂ってあれですよね? 禁止カードの制定とかの。……この世界にもそういうのあるんですか?」
「カードって自然発生するしLEDの子たちが好き勝手作ったりするからさ。たまーに変な噛み合い方してバランスがぶっ壊れるようなコンボが開発されちゃったりするんだよ。そういうカードに使用制限を付けて調整したり、酷いときにはなかったことにしたり……まぁ神様の業務のひとつだね」
話を聞く限りエラッタも含んでいるみたいだけど、大筋では私の認識している内容と変わりはない。
さらっと言っているがどこで仕入れてきた知識なのだろうか。
ただ問題なのは、ここがカードゲームで全てが決まる世界なわけで。
娯楽のひとつとして販売元の大人たちが額を突き合わせてあれこれ悩みながらゲームバランスを調整しているわけではないということで。
というか、うん、ものっすごくいやな想像が掻き立てられるのだけど。
それ、神様の業務内容が悪用されているということになるんだけど。
確実に女神様本人ではないだろう、眼鏡でスーツの男性に。
「あの、薫さん。変なこと聞くかもしれませんけど……勝利の女神様って、負けることあるんですか?」
「え、そりゃカードゲームに絶対はないし。私でも勝率7:3くらいじゃない?」
「負けることあるんですか!?」
いや、いやいやいや!
それはない、それはないでしょう!?
「薫さんが、薫さんが強いのは知ってますけどっ! 7割……!? 神様相手に7割勝てるっておかしくないですか!?」
「んん~~……ウィーちゃんさ、私が神様やりたがるような性格に見える?」
思わず食って掛かってしまった私の問いに、質問が返された。
虚を突かれたのもあり、どこか達観したような笑みに流されるように、その姿を想像してみる。
……うん。
「………………見えません」
いや無理だよ。
全国放送で【うんこまん】を振りかざして大暴れしてる人が神様とか無理だよ。
ファンサで【うんこまん】のおねーさんだよ! ってピースする人が神様とか無理だよ。
「だよね。他のランカー勢も似たようなもんだから、そこそこ強くて便利にパシれるくらいの子に神様役任せてるんだよ。そもそもビクトリカって襲名制だからね。今三代目だし」
「情報量が、情報量が多いっ!!」
何!? 神様ってトップランカーのパシリなの!?
カードゲームが全ての世界だからって、そんなことってある!?
そりゃ全然勝てないビクトリカさんとかネタにもされるよ!
「リカちゃんの実力的にはランキング一桁と二桁の境目くらいかな? あの子相手に5割勝てるならトップリーグで楽しく遊べるってレベル。でも勝率1割でまぐれ勝ちを狙うだけなら、上位クラスの誰にだって可能性はあるよ」
外患には完璧に近い防護があるくせに内憂に対してザル過ぎる。
ワンチャン狙えるならそりゃ悪の組織だってデッキ握って暗躍するよ。
雨後の筍の如く面倒事がポップする理由ってそれなんじゃないの???
「でも勝利の女神様って勝利の権能があるんですよね? それ使って問答無用で勝利とかは……」
「ウィーちゃん」
恐ろしく深いエメラルドの瞳がこちらを見ていた。
ぞっとするようなその表情は、今まで何度か向けられたことがある。
別の世界からやってきた私が異なる常識に振り回されて、言ってはいけないようなことを言ってしまったときだ。
「勝利の女神ビクトリカは、カードゲームで回ってるこの世界の神様なんだよ。私たちは、そんなことする子を絶対に選ばない」
「……思慮が足りませんでした、すみません」
それはきっと、信頼とか希望なんて曖昧なものなんかじゃない。
そういうものだからそういうものであるという、確信。
この世界におけるトップランカーというのは、比喩ではなく神のようなものだ。
誰よりも強いのだから、どんな振る舞いをしたって許される。
だけど、この世界はある意味では平和そのものだ。
どこでも誰でも誰とでもカードゲームで賑わっている、悪事だってカードゲームで行われてしまう、あきれるほどに平和な世界。
彼らはただ君臨して、蟲毒の如く新陳代謝を繰り返している。
神様相手に勝率なんて算出できるくらいに、止まることなくデッキを回し続けている。
神になるだなんて、どうでもいいことに気に取られる暇もないままに。
「話を戻すけど、そういうコンボを開発するのって大体トップとか上位ランカーたちだから適用も上のほうから順番に入るんだよ。私は言わずもがなだし、ここのマスターは……今は中の上だったかな? それにCCCの社員寮の管理人さんだって、防犯的に中位クラスの実力はあるはずだよ」
「……だから下位ランクの私はうっすら覚えてて、そもそも今日初めてカードに触った子は全然忘れてなかったと」
細かい理屈は分からないけど、薫さんが言っていることに間違いはないのだろう。
でもそうだとすると、ひとりだけ説明から外れたことになっている人が浮き彫りになってくる。
「えっと、じゃあ、リアちゃんは?」
上の下に属する蠱惑的な美少女は困ったような笑みを浮かべたまま言葉を返さない。
中位ランクのマスターさんが忘れていたのなら、それより上にいるリアちゃんもそうなっていない理由が分からない。
恋人だから、大切な人だから、よくある愛の力で忘れなかったというわけでもないのだろうか。
「この子リカちゃんの娘さんだから適用外だよ? 半分はシステム側の存在だし」
「なんでこの子ホームレスやってるの? もっとこう、やんごとなく奉られてないとおかしくない???」
なんかもう今明かされる衝撃の事実が多すぎて感覚が麻痺してきた。
襲名制ってことなら元人間でも家族がいても不思議じゃないかもだけど、ホントなんで浮浪者してるの?
「んん~~、それはちょっと私の口からは説明できないかな。本人から聞いたかどうかで結構印象が変わっちゃうからね」
呆れたような口ぶりで話を促されたリアちゃんは、えーとか、あぅ~とか意味のない呟きをもらしながらも、最後には観念したかのように口を開く。
「だって、その…………は、働きたくないし……」
頬を染めて視線をそらし、その口からは実に恥ずかしそうに実に恥ずかしい言葉が零れ落ちた。
「…………うん?」
「だ、だって実家にいるとお仕事のお手伝いさせられちゃうし、カードゲームだけしてても生きていけるもん……にーとじゃないもん……」
可愛く言ってもダメ人間だぞ???
「世界の危機に対抗する為に食費削ってまでパック剥いてるって聞いたことあるけど……」
「え? だってそのほうがたくさんパックを剥けるよね? みんな優しいからご飯分けてくれるし、美味しいのも好きだから奢ってくれるならいっぱい食べるけど……それに悪いのをやっつければ補助金が出るから……賞金目当てで大会に出るとママに見つかっちゃうし……」
うん?……うん、うん。
もしかしていつもネコミミフードしてるのって獣人さんに擬態してるつもりなの?
浮浪者の噂は割と有名だから分かった上で見過ごされてるんだと思うよ???
「薫さん、私帰って寝ててもいいですか?」
「こういうのっていくらでも巻き込まれるから早く慣れたほうがいいよ?」
もう何もかも面倒くさくなったので自棄になって残っていたバゲットサンドに齧り付いた。
この世界はこんなにも平和なんですねと、地獄を生き抜いてきた魔法少女は慈愛の笑みを浮かべて感慨深く呟いていた。