かくして我らは神の居城に乗り込むことになる。
と格好付けて言ってみたところで、雰囲気をぶち壊されるのも実に早かった。
もはや壊れるほどの空気が残ってなかったとも言える。
勝利の女神様のあらせられる神域へ到達するには、特別な力が込められたカードが必要となるそうだ。
本来であればランキングで一定以上の成績を収め、女神様に認められる為の儀式やらも必要になるらしい。
なのだけど薫さんは当たり前のように取得済みだし、リアちゃんにしてみれば実家の鍵である。
使うと神域に招かれるとかそういう類の代物のはずなのに全くと言っていいほどありがたみが感じられない。
マスターから情報秘匿のために用意されている個室を貸してもらい、薫さんがカードを壁に押し付ける。
ぼんやりとした光が瞬いたかと思うと、そこには奇妙な存在感を放つ両開きの古ぼけた扉が生成されていた。
「これ持ってればどこからでも直行できるから、リカちゃん家って飲み会の会場に便利なんだよね~」
もうやめてさしあげてください。女神様の尊厳がゼロなのよ。
この場に居るのは女性陣4名。
当事者であるリアちゃんは言うまでもなく、世界ランク6位の人はどう考えても主戦力で。
カードゲーム的な意味で戦力にはなれない魔法少女ちゃんは、それでも何か出来る事があるかもしれないと健気に同行を申し出てくれた。
なんかもういい子過ぎて逆に困る。
ある意味でこの世界に全く染まっていない彼女は積極的に情報を取り入れようとしている。
ガチ思考の戦士という側面も強いから、メンタルダメージを狙う戦術にも一定の理解を示すはずだ。
つまりはツッコミ役として期待は出来ない。
ツッコミ不在の恐怖という言葉が脳裏によぎる。
ちなみに情報屋のマスターさんは神域に出向くには格が足りないと辞退していた。
私も同調してフェードアウトしようとしたけれど保護者に引きずられてここにいる。たすけて。
扉を開こうと手を掛けたそのとき、軋むような音を立ててそれは内側から開かれていた。
「パイセン、うち来るときは連絡してくださいっていつも…………うん?」
見覚えのある顔の美しい女性がこちらを見て固まった。
リアちゃんと同じ輝かんばかりの黄金の御髪と蒼天の瞳。
ラフなジャージを内側から押し上げているのは肉感的なボディであり、その背後には謎の原理で光輪が浮かんでいる。
不機嫌そうな内面を隠しもしない半眼を向けているその御姿は、まごうことなきくたびれたOLのそれであった。
「やっほーリカちゃん。ちょっと用事あるから入れてくんない?」
「あーちょい待ってくださいパイセン」
疲れたように目元をぐりぐりと揉み上げると、推定女神様は扉の先の空間からこちら側に普通に足を踏み出した。
「連絡くらい入れなさいよ、もう……おかえりなさい、ビクトリア」
「あ、え、えっと……た、ただいま?」
零した愚痴と同じ言葉を、けれど全く違う感情を込めて、彼女はぎゅっと抱きしめた。
怒られるとばかり思っていたのか、リアちゃんは困惑したまま曖昧に言葉を返し、けれど同じように腕を回した。
じんわりと体温を交わらせるように抱擁を続ける二人。
家出娘の帰還……家族の再会というシチュエーションに、感受性の高い魔法少女ちゃんは目尻に涙を浮かべている。
彼女の現状を考えてしまうと心を動かされずにはいられない状況なのだろう。
そうして愛娘の成長を胸の中で実感し終えた女神様は、リアちゃんを懐に抱いたまま薫さんに視線を合わせた。
「で、なんか用っすか? この子を連れてきてくれたんで大概のことは大目に見ますけど」
「リカちゃん最近誰かに負けなかった?」
「言って良いことと悪いことがあるだろうが……っ!!」
大概では済まない地雷を踏み抜いたらしく、三下後輩系キャラも慈愛のお母さんキャラも崩壊なされてしまった。
伊達や酔狂ではない勝利の女神のご本尊。
自らの勝利を疑われることは、御身にとって許容できない話であらせられるようだ。
光量を増した光輪からは思わずひれ伏したくなるような圧倒的強者の気配が放出され、私は指向性の奔流から逃れる為に魔法少女ちゃんの背中に駆け込んだ。
それを正面から受けているにも関わらず、薫さんの様子には一切の変化がない。
眩しそうに目を細めることすらしないあたり、本当に人類なのかも疑いたくなってくる。
「んん~~ガチの反応。ごめんね? じゃあ、CCCの大会運営の人って来なかったかな?」
「あ゛ぁ……? あー……リアのカレシさんっすか。普通に勝ったんで仕事の手伝いさせてますけど」
なんかもう普通に前提が崩れていた。
世界の危機はなかったんだと喜んだところで、今頃別の場所で世界の危機のひとつやふたつ発生していることだろう。
というか神様のお仕事って一般人に手伝えるものなんだ。そっちのが驚きだわ。
「てかやっぱり知ってたんだ」
「そりゃまあ、あの子に悪い虫がついたらヤですし……別にこのくらいの職権乱用はいいじゃないっすか」
「まあルールの裁定を曲げてるとかじゃないから普通にセーフだけどさ」
唇を尖らせた薫さんは無駄足だったなぁとぶつくさぼやいている。
今更だけど、そもそもこの人は面白そうだからとポップコーンとコーラまで持参してきたはずだ。
なんでさも世界の危機っぽいから駆け付けて来ましたみたいな雰囲気を醸し出しているのだろう。
「ちなみにお母さんとして判定は?」
「もうちょい腕前は上げて欲しいっすけど、それ以外は性格も能力も及第点っすね。あたしんとこまで娘さんを下さいしに来たクソ度胸も好感触ですし」
もはや現場は井戸端会議の様相だ。
危機感なんて星の彼方に放り出し、カレシさんの品評会が開かれつつある。
どうでもいいけど親御さんに頭を下げるのが神に挑むとイコールになってるのは流石にハードルが高過ぎると思う。
というか誰だってそこまでは求めないんじゃないだろうか。
過ぎたるは及ばざるが如しというやつだ。
だがしかし、ここまでの話がすべて本当なら、頭に浮かぶことがある。
騒動のきっかけになった、カレシさんの情報消失は何故起こったのかという、見過ごすことにできない問題が。
「えっと、その……じゃあ、みんながササキさんのこと忘れちゃったのって……」
それはリアちゃんも同じだったのか、もぞもぞと胸元から脱出して顔を見合わせ、疑問の言葉を口にした。
「……いやその、折角神様やってるんだし、こういうときは試練のひとつでも出さないとダメかなぁって」
女神の言葉で天使が通る。
情報を咀嚼し、言葉を飲み込み、意味をお腹の腑に収め。
「――ママのバカっ!!」
「げぼ……っっ!!」
リアちゃんの言葉の刃が勝利の女神へ突き刺さった。
それだけに飽き足らず、気まずそうに視線を逸らしていた脇腹には死角からレバーブローが抉り込まれ、身体をくの字に折りたたまれた彼女はそのまま壁へと崩れ落ちる。
「ばか、ばかっ……バカぁぁあぁぁぁっ!!」
そしてそのままぽかぽかでは済まないレベルの追撃が入る。
どこで習ったのか、腰の入ったキレのあるいいパンチだ。
女神様の権能を考えるとこの暴力は完全に受け入れているらしく、涙目で拳を握ったリアちゃんには何のペナルティも課される様子はない。
意外なことに薫さんはちょっと引いていた。
純粋な暴力に晒されることはこの世界だと割と稀なのだ。
倍くらい質量のありそうな生命体が暴れていればそういうこともあるだろう。
「――平和ですね」
「――平和だねぇ」
万感の思いを込めて、部外者二人は協調する。
うん、めっちゃ平和だ。すぐに帰って午睡にでも浸りたいくらい。