勝利の女神様の領域――もとい、リアちゃんの実家は部屋数が妙に多いことを除けば割と普通の家だった。
古代神殿のように荘厳な柱や彫刻が鎮座しているわけでもなければ、鳥居やら注連縄みたいな代物が設置されているわけでもない。
パッと見では何の変哲もない木製の一軒家。
だけどそこは神の住居。
常識では考えられない異変だって当たり前のように存在していた。
「あの、さっきからビクトリカ様と5回くらい擦れ違ってるんですけど」
「流石に一人じゃ手が回んないから増えてるのよ。ほら、カードって刷れば刷っただけ増えるでしょ?」
私の疑問に答えてくださったのもまた勝利の女神様だった。
ちなみにこのお方が最初に扉から御出でになられた個体である。
納得出来るようで納得し難いそんな雑な理由で神が増えるとか本当に怖い。
聞けば別に増えた分弱体化するでもなく全部が本体なのだとか。
無限増殖する勝利の概念とかマジで誰が勝てるんだよ。
無尽蔵に別の世界と繋がっても無事な理由が力業過ぎる。
まともな人間なら完全に同じ自分が複数存在するとか発狂のひとつでもしそうなものだけど、そこは種族女神。
増えるんだから便利だよねという認識でしかないらしい。
リアちゃんにとってもビクトリカ様が複数存在することは当たり前のことらしく、ひとりひとりとハグを交わしてはえへへと笑みを浮かべていた。
「なんか脳がバグりそう……」
「だ、大丈夫ですか……?」
魔法少女ちゃんに甲斐甲斐しく世話をされながら幅の広い廊下を進んでいく。
向かっている先は応接間だそうだ。
もうリアちゃんが帰って来たことは全ビクトリカ様の中で共有されているらしく、部屋の扉の隙間からは同じ顔が並んでこちらを見ていたりする。
いやもう完全にホラーだってこれ。
顔面が恐ろしいほど整ってるせいで異質な感じが余計に際立っている。
まさか自分が女神様にこんな感情を抱く日が来るとは夢にも思わなかった。
「……同じ方が複数居る、というのはそんなに不思議なことなんでしょうか?」
「私の故郷でもこの世界でも、同じ顔なんていいとこ双子が精々だからね。それだって顔立ちに差はあるし」
言い方からして彼女の故郷じゃそれほど珍しくないのかもしれない。
末期世界にありがちな試験管でクローンが作られてるとかだろうか。
ちょっと深掘りするだけでも闇が噴出してきそうな気がする。
「そういえば、二人はリアのお友達?」
「いえ、私は薫さんちで居候してまして、リアちゃんはうちのゴミ漁ってたのを拾っただけなので……近所の子くらい?」
「ごめんなさい、私は今日が初対面でして……」
なんか流れでここまで付いてきてしまっているけれど、ぶっちゃけ私たちの関係性は割と薄い。
私にとってリアちゃんは噂話の先にある変人でしかない。
ここまでの道のりで悪い子じゃないのはよく分かったし、ダメな部分もまざまざと見せ付けられた。
でも一度もゲームで対戦したこともないくらいにはお互いを知らない。
今日だってきっと、ゴミ捨て場で遭遇しなかったら頭によぎることすらなかったはずだ。
よくて知り合い。それ以上の言葉を使うことは出来ないだろう。
魔法少女ちゃんに到っては道端でなんか遭遇してから2時間も経っていない。
そもそも私たちは彼女の名前すら聞いてないのだ。ほぼ他人である。
友人になるのに時間は関係ないとも言うけれど、リアちゃんと付き合いを続けたいかと聞かれたら、かなり微妙だ。
正直今日みたいな頻度で事件に巻き込まれたくはない。
どうか私とは関係のない場所で幸せに生きていて欲しい。
だけど勝利の女神様は、私の肩に手を置き、全てを諦めたかのような穏やかな表情を浮かべていて。
「――先輩と関わったのならもう逃げられないわ。早めに覚悟を決めておきなさい」
「そっち!?」
神のお告げはあまりにも無慈悲だった。
でもそれは、想定していたのとは別の方向から殴り付けてきた。
いやなんと言うか、これが厄介ごとを誘引するリアちゃんや、それこそ世界ランク1位とかの特別感のある人なら分かるのだ。
それがランキング6位という強いは強いけど上には上が居る絶妙なラインの薫さんが、ここまで女神様に特別視されている理由がわからな過ぎて余計に恐怖を煽ってくる。
「…………あの、女神様は代替わりしてるって聞いたんですけど、まさか先代が薫さんだったりしませんよね?」
「それはないわ。あの人、本質的に神には向いてないから」
結局疑問の答えは得られないまま、私達の短い旅は終着点へと辿り着く。
女神様は他の部屋とも区別が付かないひとつの扉の前で立ち止まると、それを開け放つ。
――瞬間、ぞわりと肌が粟立つのを感じた。
その向こうは真っ白で荘厳な空間だった。
何かがあるように見えないのに、確かに何か、人の身には恐れ多い何かが天上から見下ろしているような。
貧弱な発想力でも想像出来てしまうような、神様の領域がそこにあった。
「あの」
「どしたのウィーちゃん? 入んないの?」
「応接間って言ってましたよね?」
「だから応接間でしょ。神様が人を迎えて対応する部屋」
「納得しちゃったよちくしょう」
そのやりとりで緊張が抜けたのか気が抜けたのか、動くようになった足で扉を潜り抜ける。
私が足を止めている間にリアちゃんはカレシさんと感動の再会を果たし、豊かな胸で抱擁を交わしていた。
広告で放映されていたようなぎこちなさのない自然な笑顔で、彼もまたリアちゃんを迎えていた。
例によって魔法少女ちゃんは感動を瞳から溢れさせ、そのままキスシーンにでも移行してfin.となりそうな空気感。
「それじゃ、ゲームを始めようか」
だがしかし、そうは問屋が卸さなかった。
「そもそもさ、そっちのカレシ君がリアちゃんに相談もなく動いたのって対話が足りなかったからだと思うんだよね。二人とも本気の本気でぶつかり合ったことってある? このまま解散したって今日の二の舞になるだけでしょ」
場を仕切り始めたのはこの空間の支配者である女神様ではなく、なんか面白そうだからと首を突っ込んできた薫さんだった。
口の端に咥えた電子タバコを楽しそうに揺らしながら、神域でも構わずミントの煙を噴かしている。
言っていること自体は一定の説得力がないわけでもない。
私の感性からするとそれ帰ってからでもよくないかなと思ってしまうわけだけど。
「……そうだな。リア、君には心配をかけてしまったようだ」
「……うん。でもササキさんは、私のことを考えて……」
「いや、それは君の思いを蔑ろにした言い訳にはならないだろう。結局のところ、私の独り相撲になってしまった」
この世界の。
カードゲームで全てを決めてきた人たちにとってはそうではなかったようで。
「双方の合意を確認しました」
いつもの機械音声とは違う、勝利の女神様直々の宣誓が響き渡る。
ご本人はちょっと困ったような笑みを浮かべていて、それでもこの流れを崩したいとは思ってはいないようで。
「勝利の女神ビクトリカの名の下に、ゲームを開始します」
女神様はゲームにおいて公平で、相手が誰であっても忖度なんてしてくれない。
「先行は【最終勝利のビクトリア】に決定されました」
ルールを護って遊んでいる子供たちを、ただ純粋に、見守っているだけなのだ。