フェイトオブエクシリア   作:シュキヨ

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ラフォート研究所の闇

 湿った地下水路にかけられた梯子を昇ると、空気が一変した。

 

 そこに広がっていたのは、まるで幻想の世界に足を踏み入れたかのような、近代的な施設だった。

 

 空間は淡い青緑の光に満たされ、天井まで届くほど高く広がっている。壁を彩るステンドグラスのような窓からは、柔らかな光が差し込み、床や柱を静かに照らしており、中央に佇む巨大なアーチ状の構造物は、まるで装飾された歯車のように複雑な曲線を描きながら空間を飾っていた。

 

 頭上には奇妙に発光する樹木が浮かび、その根元から垂れ下がる灯籠のような光源が、通路の両脇を照らし出している。道は細く、高低差のある橋が幾重にも交差し、どこへ通じているのか分からない。

 

「これほどの施設とは……」

 

 女性は足を止め、ゆっくりと辺りを見渡した。

 その目には憂色が浮かんでいる。

 

「周辺の微精霊たちの気配が無いところを見るに、相当大掛かりな計画を進めているようだが……何故、人は世界を破滅に導くような力を求めるのか。黒匣(ジン)が無くとも、リーゼ・マクシアの民は生きていけるだろうに……」

 

 その声は誰にともなく放たれ、まるで目に見えない誰かと会話しているようであった。

 

「……ああ。そうだったな。今はそんなことを呑気に考えている場合では無――」

 

「……ん? なっ!? き、貴様! どこから入って……っ!」

 

 施設内を巡回していた兵士が彼女を見つけ、驚きの声を上げている。

 

「またか……。まぁいい。どうせ、力ずくで押し通るつもりだったしな!」

 

 剣が抜かれ、再び剣戟による火花が散る。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 短い戦闘の末、兵士は床に崩れ落ちた。女性は剣を収め、吐息と共に独り言を零す。

 

「……さて。さっきの者と同様、この程度であれば何とかなりそうだな。……なに? 油断は禁物、だと? ふっ。お前たちを従えた私に、恐れるものなどないだろう?」

 

 彼女の言葉に呼応するように中空に閃く一瞬の光に微笑みかけた彼女は、再び歩みを進める。

 

「……ああ、分かっているさ。……では、先へ急ごう」

 

 決意溢れる眼差しで先を見据えながら。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 やがて辿り着いたのは、異様な静けさに包まれた一室だった。

 

 照明は落ち、非常灯の淡い緑色の光だけが部屋を縁取る。整然と部屋の壁面に並ぶのは、巨大なガラス製の容器の数々。その内部には青緑色の液体が満ち、無数の泡をぼこぼこと吐き出している。人の姿こそ見えないが、そこに潜むものの不気味さは、肌を通じて嫌というほど伝わってきた。

 

「ここか?」

 

 その部屋を検めるように女性が部屋を見回していると――

 

「……おいおい、侵入者ってあんたなの?」

 

 甲高い声が上階から降ってきた。

 

「誰だ?」

 

 視線を向けた先、上の階にあるガラス製の容器に繋がれた何かをピコピコと操作していたのは、一人のそばかすの少女だった。

 

「アハ~」

 

 白銀の髪が腰まで流れる少女。まるで月夜に舞い降りた魔の使者のようで、淡い光を帯びた瞳には冷たい光が宿り、見る者を射抜くような鋭さがある。真紅のドレスのような服装は花弁のように幾重にも重なり、その縁には黒い装飾が闇のように広がっている。肩には黒い羽根飾りが鋭く伸び、彼女の妖艶さと狂気を象徴していた。

 

 足元から膝上にかけて伸びる黒のハイブーツには、血のような赤い紋様が刻まれており、戦場に咲く毒花のような存在感を放つ。背後に構えたその細い体が持つとは思えないほどの巨大な武器は、禍々しい曲線と鋭利な刃を備え、ただそこにあるだけで空気を震わせるような迫力を持っている。

 

 そんなこちらを楽しげに眺め、にやにやと笑みを絶やさない少女。

 

 口元に浮かぶ笑みは悪戯めいており、意外と年若かったその姿には、女性は思わず呟いた。

 

「ん? 子どもか? ……今日はやけに子どもに足止めされる日だ」

 

「あんた、ここで何するつもり?」

 

 ともすれば、罵倒や容姿批判に聞こえなくもない女性の言葉であったが、本当に子供なのか、ただ単に『子ども』と言われても気にしないだけなのかは分からないが、少女は気にした風もなく女性の目的を問いただす。

 

「貴様に言う必要はないな」

 

「ふ~ん……まぁ、あたしとしても、あんたが何しようと構わないんだけどさ。ただ、この先に用があるってんなら……」

 

 その瞳がより狂気に満ちると、背後から体ほどもあるサイズの剣を取り出した。

 

 どうやら戦う気しかないようだ。

 

「そうか。こっちとしても、その方が手っ取り早くていい」

 

 而して、それに呼応するかの如く、女性もまた剣を構える。

 

 次の瞬間、張りつめた空気の中、少女が上階から降りてくると、そのまま戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ハァアアア!!」

 

 少女が精霊術を放とうとする最中、女性がその背後に炎を纏った人型の巨人を伴うと、巨人の力を借りたかの如く生み出した炎の球体を少女に直撃させ、少女を容赦なく吹き飛ばした。

 

「ぐあぁっ!!」

 

 少女の体は背後の容器に叩きつけられ、力なく崩れ落ちる。意識を失ったのか、ぴくりとも動かない。

 

「黙って消えてくれるなら、危害は加えなかったのだが……」

 

 戦いは終わったと女性が剣を下ろした、その時だった。

 

「い、今のって……まさかイフリート?!」

 

 突如、部屋の中に入ってきたジュードの声が響く。

 

 研究施設の奥を揺らした張本人(張本精霊?)。炎で形を成す巨影――最近ではお目にかかることができないと言われている存在、四大精霊の一角、イフリートのその初めて見る姿にジュードは目を疑った。

 

 思わず声を上げた彼に、隣の女性は落ち着き払った調子で答える。

 

「ん? ああ、そうだ。火を司る大精霊だ」

 

「で、でも……四大精霊は今、召喚できないはずなのにどうして……」

 

 ジュードは首を傾げる。常識が崩れる音が頭の奥で響くように。

 

「それはそうだろう。彼らは常に私と共に在るのだ。誰かが召喚などできるはずもない」

 

 一方、そんな音など知る由もない女性がさらりと告げた言葉に、ジュードは息を呑んだ。

 

「常にって……でも、それじゃあまるで、本当にマクスウェルみたいじゃ……って、あれ? それじゃあ、あなたは本当に……マクスウェル?? でも、本当にそんなことが……?」

 

 疑念と畏怖を滲ませる声。女性はその問いを正面から否定もせず、ただ静かにジュードを見返した。

 

「しかし、君も存外しつこいな。私を止めるためにこんな所にまで来るとは。まぁ、それが君の成すべき事だというのなら、仕方ないが……」

 

「あ、いえ! お姉さんのこともありますけど、ハウス教授……僕の捜している人がここに来てるかも知れなくて、だから……」

 

「そうか。それならばいい」

 

 ジュードの言葉に淡々とした応答をした女性は、倒れている少女の側に膝をつき、冷静にその身を調べ始めた。

 

「……その子は?」

 

「さあな。だが、ここの警備をしている兵士という訳ではなさそうだ」

 

「どうして、兵士じゃない人がこんな所に……?」

 

「フッ、君も私も人のことは言えまい」

 

 皮肉を含んだ声に、ジュードは「ま、まぁそうですけど……」と言葉を詰まらせた。

 

 ジュードとの話の間、女性は少女が落としたと思われる一枚のカードを拾い上げると、自分の懐にしまい込む。何かに使えるかも知れないと、軽い気持ちで拝借したようだ。

 

 その様子を横目に、ジュードは室内を見回していく。壁は冷たく無機質で、薄っすらとしか照らされていない室内にデカデカと置かれた謎の容器は、まさに恐怖の象徴と言わんばかりにジュードに少しの恐れを抱かせる。

 

 絶え間なく泡を噴き出し、中を見せまいとする謎のオブジェにジュード。

 

「これ、何なんだろう?」

 

 怖いもの見たさと言わんばかりに首を傾げながら、中をよく見ようと目を凝らす。

 

 ――その瞬間だった。

 

「……ジュー……ド……」

 

 耳に届いたのは、掠れた声。

 

「……え?」

 

 思わず女性を見るが、彼女は口を開いていないし、そもそも自分を見ていない。

 

 だが確かに聞こえた。自分の名を呼ぶ声。

 

「…………ジュード……」

 

「――っ! やっぱり聞こえる」

 

 心臓が跳ね、背筋に冷たいものが走る。ジュードは容器に近づき、恐る恐る手を触れる。

 

「ここから聞こえたけど……でも、いったい誰が……」

 

 すると中からもまた、同じように手が伸び、ぴたりと重なった。

 

「っ!? な、何!?」

 

 飛び退くジュード。その目に、泡の奥で揺らめく人影が映る。

 

「……誰? 誰かいるの……?」

 

 凝視した先に浮かび上がった顔を見た瞬間、ジュードの声が裏返った。

 

「………………えっ!? ハ、ハウス教授!?」

 

 すると、その容器の中に居たのはジュードの探し人、ハウス教授であった。

 

「な、なんで!? なんで、これの中にハウス教授が!?」

 

 慌てて容器に張り付くジュード。

 

 一方、液体の中、苦しむ老教授は苦しげに口を開き、掠れた声を絞り出す。

 

「だ、騙され……たんだ……助……けて……。マナが……私のマナが……」

 

「きょ、教授?」

 

 ジュードが声をかける横で、女性が低く呟く。

 

「……む? マナだと?」

 

 その時、女性の足がケーブルを踏み、火花が散った。瞬間、室内の照明が一斉に点灯する。闇に隠されていた光景が露わになった。

 

 壁面に点在していたガラス容器の中――泡の向こうには、人間の姿が複数、液体に沈められていた。

 

「えっ? えぇ!? な、何?! ひ、人が中に?! 一体、どうなって……」

 

 ジュードの声が震える中、容器の中でハウス教授の体が泡沫のように崩れ始めた。

 

「あ……あぁ……」

 

「え……ハウス教授……? ハ、ハウス教授!?」

 

 ガラスを必死に叩くが、教授の姿は遂には掻き消え、青緑色の液体だけが残る。周囲の影も次々に霧散していった。

 

「な、なに……? 何が起きて……」

 

 動揺するジュードに、女性は冷静に告げる。

 

「彼の言葉を聞く限り、おそらくマナを奪われたのだろう」

 

「マナ?」

 

「そうだ。人間の体から生み出されるマナ。それは人間を形作る上で必要な要素でもある。それを干からびる程に奪われたのならば……」

 

「その体は形を保てなくなって……消失、す……る……?」

 

「ああ」

 

「そんな……」

 

 ジュードの膝が崩れそうになる。だが女性はなおも淡々と推測を続けた。

 

「無論、この機械がそのための装置ならばという話しではあるが……とはいえ、だ。これでここが、微精霊たちが消えたのと関係していないとは考えづらく――」

 

「なんで……どうして、ハウス教授がこんな……」

 

「それは分からない。だが、この状況を止めなければならないことは間違いな――」

 

「――アハ~」

 

 不意に、不敵な笑い声が室内を裂いた。

 

「だから……やらせねぇって言ってんだろうが!」

 

 倒れていた少女が跳ね起きたのだ。そんな少女は女性に対して怒りを露わにする。

 

「あの子!?」

 

「……全く、まだ痛い目に遭いたいようだな」

 

「あんた……マジムカつくな! ……あぁ、イイコト思いついたっ! アハハ~!」

 

 狂気を孕んだ笑みを浮かべる少女。その目は鋭く女性を射抜いた。

 

「おいっ、てめぇ! 許さねぇからな! 絶対ぇに殺す! 苦しみながら殺してやる! アハハハ~!」

 

「逃がさん! 待て!」

 

 少女が駆け出し、女性もすぐさま後を追う。

 

「あっ! ……行っちゃった」

 

 ジュードは伸ばしかけた手を下ろし、奥歯を噛み締める。胸の奥が熱く、冷たい。

 

「……でも、あの人の言う通りだ。止めなくちゃ、こんなの。ハウス教授がこんなことになるなんて、間違ってるんだから。……正直、勝手にそんなことしていいのかは分からないけど、それでも……もう二度とこんな事が起きないようにするためには、情報ぐらいは集めなきゃ。……急ごう!」

 

 涙を堪え、扉の奥を見据える。女性と少女が駆け抜けたその先へ。ジュードもまた、決意を胸に暗い施設の奥へと踏み出した。

 

お聞きしたいのですが、1話何文字ぐらいが読みやすいでしょうか?

  • 1000文字以内
  • 1~2000文字以内
  • 2~3000文字以内
  • 3~4000文字以内
  • 4~5000文字以内
  • 5000文字以上
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