ノミ以下怪人   作:天草四郎

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これは僕という一個人の正当なる権利だ

――同級生は嫌いだ。

 当たり前だ。僕に優しくするフリをして、それを信じて近づいたらまたすぐにのけものにしてくるんだ。

 

 僕のただでさえ傷ついている心を弄んでくるなんて、彼らは禽獣の生まれ変わりなのかな? そうとしか思えない。

 

――親は嫌いだ。

 僕に寄り添うフリをして、少しでも隙を見せればすぐにカウンセラーだの病院だのを薦めてくる。

 

 お前らも僕がおかしいと言いたいのだろ? 「愛してる」だのと言いながらそんなものを薦めている時点で僕の事を否定してるんだろ? 

 

 それって偽善だよね!? 「愛してる」という言葉を武器に使った圧力だよね!?

 

 親からの愛だから子供は言う事を聞かないといけないっていう僕に対する圧力だよね!?

 

 

 

 あぁ、気持ち悪い気持ち悪い鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい!!

 

 

 

 

 

 そしていつからだろうか。僕は自室に引き籠もり、寝そべりながらただ漫画とノベルに耽る生活を送るようになっていた。

 

 

「....ねぇ? もう、学校にも行かなくていいから....病院も良いから....ちょっとだけで良いから..お母さんと...お話しよ?....お願い....」

 

 ドアの向こうからしおれきった声がする。

 聞き飽きたそれが誰の声かなんてのは、言われずとも分かる。

 

 僕は偶々ベッドの下にあった小さな壺を持ち上げ

 

「.....」

 

 ガシン!

 とドアへ向かって投げつけた。

 壺は割れこそはしなかったが、その鉛がぶつかるような音はババアをビビらせ、そのまま下の階へと逃げていかせるのには充分の効果があった。

 

 

 ――果たして、僕が今している行為は正しい事だろうか?

 

 

 当然だ。僕は悪くない。 

 悪いのは僕を否定してくるこの世界。

 僕は皆を理解しようと必死に頑張った。

 だけど奴らは誰一人として残らずそれを踏み躙った。

 

 僕はこんなにも清廉潔白、品行方正、謹厳実直な男だと言うのに!!

 あんなにも彼らに配慮し、歩み寄ってやったというのに!!!!!!!

 

 

「.....」

 

 ペラペラと音を立てながら小説のページを捲る。

 読んでいるのは「RE:ゼロから始める異世界生活」というノベル。

 

 主人公がループを繰り返し、何度も死にながら記憶を引き継ぎ続け、ヒロイン達を救う話。

 

 ....まぁ、そこそこ面白い。

 ループ物というジャンル自体は3番煎じくらいの物だが、異世界物でとなると、これが唯一無二なんじゃないだろうか。

 その中で誰にもループしている事実を受け入れられず、孤軍奮闘しながら成長していく主人公。

 そんな彼を紆余曲折を経て受け入れていくヒロイン達。

 どれもこれも魅力的で、展開も読み応えのある話ばかりだ。

 

 数少ない欠点である飽き性寄りという僕が、ここまで読み進めている時点でそれがかなりの物であるといえるだろう。

 

 

 ――だが、今はもはやそれどころの話ではない。

 

 進む、とにかく進むのだ。

 ペラペラペラ、ペラペラペラと。ページがとにかく進んでいく。

 

 面白い、なんてものではない。

 狂喜という名の狂気も含みながら、近頃の僕はとにかく膨大な量の文を眼で咀嚼し、頭で味わい続けていた。

 

 それ程の美食となった要素は唯一つ、とある一人のキャラの存在。

 

 

「ひっ....ひひっ....ひひひひっ....」

 

 

 魔女教大罪司教・レグルス・コルニアス。

 

 作中において主人公達と基本敵対する役である『大罪司教』となる存在。

 

 敵対する役となると、本来は嫌われる役となるのが定石だ。事彼においては、メインヒロインの母親が死ぬ要因の一つとなっており、他にもとあるキャラが狂ってしまう要因にもなった男。

 

 

 ――だが、そんな事がどうでも良くなるくらい、僕は彼に心酔、言い換えればシンパシーを感じていた。

 

 彼の感情や、彼の境遇が、僕には理解出来たからだ。

 

 そもそも彼は悪役として登場しているようだが、振り返ってみれば彼は本当にそんな悪い事をしたのだろうか?

 

 初登場の馬車を吹き飛ばすシーンは彼の方から話し掛けようとしたのにも関わらず、彼をそのまま轢こうとした馬車が悪い。その後の行為は正当防衛といえるじゃないか。

 

 ヒロインの母親を殺したのだってそうだ。話し合いを拒否して男だの女だのと一括にして語り出す馬鹿女なんて、あんな弱肉強食な世界じゃ自分から死にに行ってるようなものでは無いか。あれはただの自殺であって、彼は悪くない。むしろそんな馬鹿女を妻にしようとして救おうとしていたんだ。

 

 そうさ。彼は徹頭徹尾、彼自身のちっぽけな人として当たり前に持つべきである『権利』を守っていたに過ぎない。

 

 僕もそうだ。僕のちっぽけな人として当たり前の文化を営む最低限の『権利』を、どいつもこいつもが侵害してくるそれを、主張していたに過ぎない。

 

 

 ――あの娘のスカートをめくった時だって。

 

 ――あいつが何も言わずに勝手に僕を馬鹿にしてその日偶々忘れていた消しゴムを僕の机に置いた時だって。

 

 ――体育倉庫の鍵を閉めて気に入らないあの娘を漏らすまで閉じ込めてやった時だって。

 

 ――あいつが先生に叱られた僕を勝手に哀れんで「災難だったな。ドッチボールしようぜ!!」なんてフザけた事を抜かした時だって!!

 

 あの時も!!!

 この時も!!!

 

 ――あの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時もあの時も

 

 ――僕はいつだって侵害される側で、権利に基づくちっぽけな要求はいつだって否定された

 

 

 もし、もしもだ。もし僕に、彼の様な無敵の能力があればあんな僕を馬鹿にしてきた奴らなんて、今頃.....

 

 

「へっ...へへへっ....」

 

 ページを捲る手を一度ピタリと止める。

 今見ているシーンは、主人公とそのお供である騎士が、レグルスが挙げる結婚式に乱入する場面。

 

 いよいよ、いよいよだ。

 彼が大活躍する見せ場の始まりだ。

 

 勿論彼が悪役である以上、流石に主人公たちをそのまま詰ませてしまう、なんて展開を期待している訳では無い。

 僕は自分の好きなキャラが活躍しないと喚き散らかすガキのようなクレーマーと違って、きちんとそこは弁えている。

 

 だが彼の無敵の能力等から鑑みても、ペテルギウスを超える史上最大の難敵、いや、これからも彼を超える難関が現れない程の敵キャラとしての活躍を見せてくれるはずだろう。

 

 そうであるはずだ。そうでなければならない。

 

「あぁ....楽しみ!! 楽しみ!!」

 

 僕はいつにも増したようなニコニコとした笑顔で、ページを捲っていた。

 

 

 

♢♢♢♢ 

 

 

 

「――はぁぁぁぁぁぁぁ!? ありえねぇぇぇぇぇんですけどぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 手に持っていたノベルをびりびりに引きちぎり、ありったけの雄たけびをあげながら僕はゴミ箱に投げ入れる。

 

 当然だ。彼がこんなあっけない幕引きを迎えて良い物か。

 

 有り得ない。有り得ない。

 

 有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。

 

 

「なんで!! なんでだよ!! なんであれで死なねぇんだよクソ○○○○○○!!!! こんなんチートじゃねぇか!! 消えろよこんなクソキャラが!! 大体、○○〇があの一連の攻撃全部避けきってるのどう考えてもご都合主義じゃねぇか!! なんだよこのクソラノベ!! 二度と見ねぇよカスが!!!!!!!!」

 

 

 ノベルを投げ捨てたゴミ箱に向かって中指を突き上げる。  

 

 ――あぁ、本当にむかつく。彼がこんな扱いを受けるなんて。

 

 所詮、作者も彼を嘲笑っていたんだ。レグルスというキャラを嘲笑いながら描いていたんだ!!   

 

 レグルスという、僕に似たキャラを――

 

 

「.....待てよ?」

 

 唐突に、脳内に電撃が走る。

 

 ――僕に似たキャラを?

 

 だっておかしいじゃないか。よく考えてみなよ。

 人権だの権利だの、こんな事を日常会話に一々混ぜていくなんて常人の発想じゃない。

 きっとリアルの何かをモデルにしたに違いない。そうでないとこんなキャラが出来上がる訳が無い。

 

 そしてこのレグルスというキャラ、言動が何もかも僕にそっくりだ。

 考え方も、喋り方も、なんなら容姿さえ――

 

 

 僕を投影したキャラを?

 

 何のために?

 

 

 ――僕という一個人を嘲笑う為に?

 

 

 

「....そうだ」

 

 

 あぁ、そうだ。きっとそうだ。

 

 

 そうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうなんだ。

 

 脳内で全ての辻褄が合う。これまでの人生が。僕の世界の不都合全てが。

 

「....はっ、ははっ....はははははは!!!!!」

 

 僕の狂ったような笑いが、いや、既に狂っていた嗤いが室内を充満させる。

 

 

 これは!! このレグルスコルニアスというキャラは!!!! いや、この作品自体が!!!!!!!  

 

 全て僕という一個人を馬鹿にするために書かれた僕に対する誹謗中傷作品なんだ!!!!!!!!!

 

 

 

 そこへ至り、僕の中で何かがプツンと切れた音がした。

 

 

「....返せよ」

 

 

 返せ。僕の人権を。

 

 ギッタギタに踏み躙りやがった僕の人権を返せ。

 

 

「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!!!!!!!!」

 

 

 いつぶりに触れたかも分からないカーテンを開け、僕は窓の外に向かって叫び出す。

 

 

「おい!! そこに居るんだろ!? こそこそ隠れていないで出てきやがれよ人権侵害者!!!!! なぁ!? 何を見ている!? そんなに可笑しいか!? なぁ!? ぼくがそんなに可笑しいのか!? あぁ!!!!????」

 

 あちこちに視界を巡らせ、僕を見ている物を僕は見つけようとする。

 

 きっと小型のドローンのような物に違いない。僕の目につかないよう、こそこそと隠れているんだ。

 

 

 ――いつから? いつからだ? いつから僕を見ていた? 小さい時から? 

 

 

 ――もしかして、産まれた時から?

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 嗤い声がする。 どこだ? どこからだ?

 

 あったぞ。あの木だ。あの木の中だ。そうだそうに違いない。

 

 あの木から笑い声がする。いや、あの木が笑っている。あの木がゲラゲラ嗤い声をあげている!!!! 

 

 何で今まで気づかなかったのだろう、あの木そのものが作者の仕掛けた最先端の人工生命体なんだ!!!!!!!!!!! 

 

 

「ははははははは!! ミツケタ!! ミツケタ!!!!」

 

 

 頭が痛い。頭痛が痛い。

 

 今すぐあれを止めないと!!! 

 

 これ以上僕の権利を!!!!!  

 

 僕の人権を侵されて堪るか!!!!!!

 

「僕の人生を!!! 僕の踏み躙られた権利と人権を!!!!!」

 

 そう、今こそ、今こそ!!

 

「取り戻すんだ!! はははははは!!!!」

 

 

 

 ――そう言って、僕は7階の窓から飛び降りた。

 

 最後に見た景色は、ただの何の変哲も無い一面のコンクリートだった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢  

 

 流石に、どうかしていたと思う。

 いくらそれに相応しい理由があったからって、7階の窓から飛び降りたら死ぬに決まっている。

 

「.....はぁ」

 

 深く溜め息を吐く。

 いくらあの件は僕の人権を侵害した方が悪いとはいえ、馬鹿な行動をした事自体の責任は僕にある。

 ――自己責任。僕の好きな考え方だ。

 これがあるからこそ、人は自らの行いを省み、より完成された個体として成長していく。

 世の中にはこの考え方が出来ない人が多すぎるよね。起こった事実なんて捉え方によってどうとでも言えるんだから、より自分の利益になる方向に捉えれば良いのに。それが分からない頭が少し残念な人が多すぎてうんざりするよね、全く。

 

 

 ....おっとっと、少し話を戻そう。

 最も、誰に向かって説明しているのは謎だけどね。 

 まぁ、今は語りたい気分なんだ。物語の主人公にでもなった気分で語っていくとするよ。

 

 まず、僕が今居るこの世界はつい先ほどまで居た僕の世界とは全く別の世界。

 

 .....なんでそれが分かるのかって? 

 感じるんだよ。人にはあるだろう? 時には理屈では説明できなくとも、五感から感じ取れる気配や感覚あって奴が。

 そんな事も一々説明しなきゃいけないの? 一を聞いて一しか知れないのは小学生までにして欲しいんだけどね。

 

 .....で、状況から察するに、僕はこの異世界へ転生し、新たな肉体を授かった。

 

 転生したこの異世界は良く言えば慣れ親しんでいる、悪く言えば元の世界と代り映えの無い世界だ。

 西洋風の建物が無ければ人外が居る訳でもない。

 至って普通で、現代的な建築と人だかりがズラリと交差点で並んでいるだけ。

 

 ――だが、眼を見張るのはこの肉体の方だ。

 中背中腰の背丈。

 白色のイカのような司教服に手袋。

 ....元からあったわずかにあった白髪は今は髪全体を染めている。

 

 心臓の鼓動は感じない。

 暑さも、寒さも、喉の渇きすらも。

 ありとあらゆる生きる上での不都合な感覚が消し飛ばされている。

 

 ....あぁ、そうさ。これはどこからどう見ても

 

「....レグルス・コルニアス....」

 

 僕はそうぽつりと呟く。

 

 そう、僕は間違いなく、あの憧れだった存在、『魔女教大罪司教強欲担当』になっていたのだ。

 

「....ふっ、ふふふっ...」

 

 両手で口を覆い、溢れんばかりの笑みを抑えようとする。

 

 だが憧れの存在になれたという事実。

 そして無敵の能力までをも手にする事が出来たという愉悦。

 

「あっはははははははははははははは!!!!」

 

 僕は堪らず。

 仕方がない。悦びで我を抑えきれなくなる時なんて誰にだってある。

 これは僕が持つ正当な権利だ。

 

 

「....ちょっと、何あれ....」

 

「構っちゃ駄目だって....行こ......」

 

 声のした方向にチラリと眼をやる。

 眼に見えたのは大学生程の齢であろう二人の女性。

 

 ....他人である筈の僕を、明らかに馬鹿するような眼つきだ。信じられないな

 

「....ちょっと、そこの君たち」

 

「....はい?」

 

 僕の後ろをささっと通りすぎようとした彼女達に優しく声を掛ける。

 酷い事を言っておきながら何も言わずに僕の後ろを通ろうとする厚かましさ。これは本人たちの為にも少し言ってあげないとね。

 

「今君たち、僕を変な人を見るような眼で見てたよね。その上で、『あれ』なんていう物や道具に使う言葉で僕という一個人を形容していたと思うけど....果たしてそれって他人に向ける上での適切な言葉なのかな?」

 

 僕は優しくそう問いかける。

 だけど、彼らは何が何だか良く分からないといった様子でこちらを見ていた。

 

 ――全く、察しが悪い事この上ない。でも僕は優しいからね。ちゃんと彼女達に説明してあげる事としよう。

 

「先に言っておくけど、君たちからしてみれば『あれ』という言葉を特に深い意味で使ったつもりではないかもしれない。それは分かっている。僕だってそれだけで君たちが僕を人間扱いしていないだなんてそんな気持ち悪い過剰意識をぬけぬけと吐き出したい訳じゃない。だから君たちを責めたい訳では無いんだ。 ....ただ、物や道具に指すような言葉を、一人の人間に向けて放つという君たちのその行為は果たしてどうなのかな? よく言うよね。言葉は時にナイフのように心を抉るって。物や道具に使う言葉で言われた方は自分が人間扱いされていないように感じて深く傷つく可能性があるという事を、君たちのようないっぱしの高校生が考えられなかったのかな? いや考えられるよね? それとも何? 君たちはそういうデリカシーについて全く誰からも注意を受けてこなかったような人生を送って来たの? だとしたらそれは確かに僕の方からは考慮してあげるべきかもしれないけど。だからってそれが君たちが他人を傷つけて良い免罪符になるってのは違うんじゃないかな? 君たちはそういった部分が自分にはあると自覚した上で、せめて言葉を心の中で押しとどめるべきだったのじゃないかな? 君たちが行っていたのは僕という一個人の価値を貶める行為。僕を人として見なさないという僕の人として生きる権利の侵害だ」

 

 ....さて、これくらいかな。

 僕は感情のままに無意味な言葉をつらつらと並べるような小物じゃないからね。伝えたい事も一通り済んだし、一度彼女達の反応を見る事にした。

 

 

「あっ....その....すみません....」

 

「うんうん。そう、そうだよ。自分が間違えたと思ったなら素直に謝罪をする。素晴らしい心掛けだ。人は誰でも失敗を犯す。大事なのはその後の態度。これが出来ない馬鹿な人が存外多くて驚くよね。全く嫌になるよ。そして僕は寛大な心の持ち主だから、僕に行った無礼な所作は、それで水に流すとするよ。僕は人を失敗を許せないような器の狭い人間じゃないのさ」

 

 にっこり、と笑顔を見せ。

 僕は彼らに掌を差し伸べる。

 

「僕の名前はレグルス・コルニアス。宜しく頼むよ」

 

 終わった後は仲直りして自己紹介。人としの基本、欠かしてはいけない礼儀だ。

 これが欠いては皆心にモヤモヤとした気持ちが残って、それが心の傷に繋がるかもしれない。

 そう、僕はそういう基本をいかなる時も決して欠かさない聖人君主で――

 

「....よし、もういこ....」

 

 ――は?

 

 あり得ない。なんと僕の握手を無視してきやがった。

 

「――あのさぁ」

 

 僕は彼らの内一人の手首を掴む。

 全くどこまでも失礼な女達だ。僕という存在を完全にどうでもいいものとして扱っているだろう?

 これはいよいよお灸を据えなければいけないな。

 

「君達さあ、僕は今自己紹介をしたよね? なのにそれを無視してどこかに行こうとするとか、礼儀とか以前にもはや人の心があるかどうかの話になってくるんだけど。自分の言葉が相手に無視されたらどんな気持ち? それも自己紹介という初対面の相手に自分から寄り添うべく発してくれた言葉を、無視するってどこか感情が欠落してるんじゃないの? ねぇ? ねぇ? 第一、そもそもの話それって――」

 

「ちょっ....いたっ...」

 

 僕に手首を掴まれた女が必死に振りほどこうとするが、僕の腕はびくともしない。

 当然だ。完璧で無欠な僕の能力にかかれば、本当ならこんな女ごときの腕なんて簡単にもぎ取れるんだ。

 それをしないっていうのはあくまでただの僕の慈悲。そうとも知らずに抜け抜けと....

 

「ちょっ...警察....警察呼ぼ!!」

 

 ――プツリ

 

 その一言で、僕の中の何かが切れた。

 

「....警察? 僕が犯罪者だと言いたいのかい?」

 

 ――堪忍袋。

 あぁ、そうだ。いつもそうだ。僕はただ僕自身のちっぽけな権利を守りたいだけで、それでいつも優しく言ってあげているのに。

 

 この世界はそんな事も許してくれないのか?

 

 本当に、本当に――

 

 ――ふざけるなよ

 

「優しく言ってやれば調子に乗りやがって!! このアバズレがぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 道端にあった雑草をひっこり抜き、それを眼の前のアバズレに投げつけた。

 その雑草は全ての物理法則を無視し、空中の中をただ直進的に進み続ける。

 

「....え?」

 

 それらの雑草は一つ漏れなく一人のアバズレの身体を貫き、彼女の身体を一瞬にして風穴だらけへと変えてしまう。

 もう一人のアバズレがそれに反応できたのは、その風穴から血が流れ出した頃。

 

「まったく.....これだから女は...」

 

 はぁと溜め息を一つ吐く。

 信じられないよね。自分が間違っているのに、それに逆ギレして警察を呼び出すなんて、僕に冤罪でも被せるつもり? そもそも自分を棚に上げて人を犯罪者呼ばわりなんて....屑にも程がある。これは僕の正当防衛であり、一個人としての正当な権利だ。

 

「いやっ....いやっ...」

 

 もう一人の方のアバズレは両手で口を抑えながら、涙を流し、後ずさっていく。

 ....全く、君が今すべきはさっきのアバズレと一緒になって僕を無視しようとした事への謝罪、もちろん僕への非は2回目だから土下座をすることだろう。

 本当にどこまでも呆れる女達だ。これはもうお灸なんて生ぬるいものでは僕の気が――

 

「おい!! 何だこれは!!」

「お前か!! お前がやったのか!!」

 

 ――どこからともなく野次馬が現れ、僕がいる前で猿のように叫び出す。

 

 僕がやったと決めつける奴。何も根拠を無しにアバズレの言葉を妄信する奴。

 

「大人しくしろ!! 今すぐ警察へ突きだす!!」

 

 ――あぁ、またか

 僕はただ正当に防衛をしただけなのに、何も根拠もなしに加害者に仕立て上げられる。

 

 もう、うんざりだ。

 

「良いさ....もう良いさ.....」

 

 グリッ、と横にあった電柱に触れ、地面から抉り取る。

 

 それを見て奴らはやっと驚愕の声を出し、冷や汗を見せる。

 

 ――今から謝っても、もう遅い 

 

 僕は電柱を思いっきり遠くへ投げる。

 それだけで電柱は直進しながら人や物体全てを貫き、産み出される有り得ない風圧は周囲の建物を半壊させた。

 元いた野次馬もアバズレも一瞬にして肉となった。

 

 だが、それに合わせて更に人が集まり出した。

 やれヒーローを呼べだのこいつを捕まえろだのとよくもまぁこうも人権侵害の言葉を羅列出来るものだ。同じ人かどうかすら疑う。

 

「...良いだろう!! ここの全てを壊してやるさ!! これは僕に与えられた権利...いや、使命だ!!」

 

 僕は僕による僕だけのためにあるちっぽけな権利を守る為、彼らに天誅下す事にした。

 

 ―――無欲な僕はただ、静かに過ごしたいだけなのに。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「....ふむ」

 

 空に浮かぶ小さな虫のような物。

 それはよく見れば、一つ目がギョロリと小さな身体の大部分を占めている、異形のような物。

 

「これ程の破壊規模....竜は手堅い....これは中々の逸材だな」

 

 それはポツリとそう呟き、対象への観察を継続する事にした。

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